SS 【死神と愛娘】 甘美な日常
遅くなり申し訳ありません。
まったりお頼みください。
3人でカモミールティーを飲み木苺のタルトを食べた後、わたしたちはお店を後にして冒険者ギルドに戻ることにしました。わたしが冒険者であり、サラが受付嬢であるので組織の長に今回の話を通しておこうと思ったのです。一連の出来事があってから半刻は過ぎていました。まぁ、ギルド会館へ帰って来た時の反応は予想通りで笑ってしまいましたが。
「帰って来たぞ!」「どうなったんだ!?」「ねぇサラどうなったの?」「シルヴィアちゃんとサラちゃん可愛いよなぁ」「サラちゃんがダメならシルヴィアちゃんか!?」「止めとけ死ぬぞ」「エトさんが手を出す前にわたしたちがとどめを刺すわ」「でも、何だか幸せそうね」「朝からやったのか!?」「莫迦、声がでけえ!」「止めるのそこ!?」
「え、あ、あの、あとで報告するね?」
サラは受付嬢の同僚に短く言伝てから、わたしをギルドマスターの執務室に案内してくれました。先程までは並んで歩いていたので彼女の容姿をまじまじと見ることがありませんでしたが、今は必然的に後ろを歩いていますので、その眼に着くわけです。桃のような果実が揺れるのが。何と言うことでしょうか。今まで色ごとに感ける暇があれば鍛錬、女に現を抜かす暇があれば鍛錬とこの歳まで過ごしてきましたから、免疫が無いようです。眼で追ってしまうというのはなんとも恥ずかしい。
「旦那様?」
ふと気がつくとサラがこちらを見ていました。おや、もう着いたのでしょうか? ついと視線をずらしてサラの視線に合わせます。反応が初々しいのでつい照れてしまいますね。
「ああ、ありがとうございます。着いたのですね?」
「あの、他の男性の視線は嫌でしたが、旦那様に見て頂くと嬉しいです」
バレてますね。ええ、視線を感じるということは凝視していたのでしょう。何とも恥ずかしい。もじもじしながら言うサラの姿に見惚れながらも、言葉を濁してしまいました。幸いシルヴィアは先程のタルトをたっぷり食べたお蔭か、わたしの腕の中で寝ています。
「そ、そうですか。すみません、何分この分野に疎いものでつい」
「いえ、良いのです! 旦那様ですから!」
そう言いながら俯くサラ。可愛らしい娘です。本当にわたしでいいのでしょうか? ついそう思ってしまうくらいです。成行きとはいえ、若妻を娶るのはこういう事なのですね。
がちゃり
「人の部屋の前で何を惚気けているのですか?」
サラの姿を見ながらそんな事を考えていると執務室からギルドマスターが出て来ました。開口一番、核心を突いてきます。お辞儀して要件を伝えましょう。その表情を見る限り聞かれていたと考えたほうがいいですね。
「ギルドマスター報告があってまいりました」
「貴方たちがくっついたって話?」
「え? どうしてそれを?」
「あのね、サラ。人の部屋の前で「旦那様?」とか言ってれば誰だって気が付きます。はぁ、何がどうなったら貴方たちが夫婦になるのか分かりませんが、取り敢えず部屋に入りなさい。弁明を聞くのはそれからです」
ギルドマスターは紺藍色の少し癖のあるポニーテールを揺らしながら部屋に戻ります。わたしたちも顔を見合わせて中に入りました。確かにここで立ちっぱなしでは話が進みません。部屋に入ると鬱金色の瞳がわたしたちを問い詰めていました。さあ、話しなさいと。無言の圧力にサラが耐えれるはずもなく、事の経緯を説明してゆきます。足らない所はわたしが補足するようにして、殆どサラが理路整然と話し切ってくれました。流石受付嬢です。
「サラ、今更だけど、後悔はないの? こう言っては何だけど、エトさんはもういい歳よ?」
それ以降は言い足さないようですが、言いたいことは分かります。先が短いのにということでしょう。ギルドマスターはドワーフですから人間に比べて長寿です。わたしを人間だと思い込んでいればそういう見方も致し方ありません。訂正する気はないのでことの成行きを見守ることにしましょうか。
「はい。旦那様がいいんです」
「はぁ、御馳走様。貴女がそこまで頑固な人間だとは思っても見なかったわ。まあ、良いでしょう。ギルドの運営に支障をきたすわけでもないでしょうし、要らぬハエが来ないようにする対策にもなるわね。勿論、ここで働いでくれるのでしょう?」
「旦那様?」
ギルドマスターの問い掛けにサラが確認を求めてきます。わたしを立ててくれてるのでしょう。ありがたい話です。本当に良く出来た女性ですね。
「王都に定住出来るかどうか分かりませんが、それも今直ぐ出す結論ではありません。しばらくは都に腰を下ろして生活する予定ですから、サラのしたいようにすると良いですよ」
「ここで働いても?」
「クエストを受けて出かける時に見送ってくれれば?」
再度の確認に片眼を瞑って少し悪戯っぽく答えてみます。大人気ない対応かも知れませんが、こういう感覚も面白いですね。サラも満更でもなさそうです。ギルドマスターは蚊帳の外ですから面白くなさそうですね。わたしたしが一緒になったということを聞いた時点でそんな表情でしたから、独り身ということでしょうか。触らぬ神に……ですな。
「うふふ。畏まりました」
「はいはい、わたしの前でいちゃつかないでもらえます? 幸せオーラで吐きそうになります」
「そんな……」
「冗談よ。でもエトさん、貴方相当敵を作りましたね?」
「それだけの中からわたしを選んでもらえたというのですから、光栄な話ですな」
おっと、わたしに矛先が向いてきましたか。真に受けてはダメですな。サラリと受け流しましょう。
「旦那様……」
視界の端に悶えているサラの姿が有ります。
「はいはい、本当もぅお腹いっぱいだわ。サラ、さっさと身分証を出しなさい」
「え、あ、何でしょう、雑な扱いなんですが?」
サラからさっと身分証を奪うように受け取るとギルドマスターは、自室の両袖机の上にある水晶珠にサラの身分証を翳しました。シルヴィアの身分証を作ったのと同じ事をしているのでしょうか?
「き、気の所為よ。エトさんのファミリーネームを教えてもらえるかしら?」
「スベストルです」
「スベストルね。よしと、これで完成よ。ふぅ。はい、サラ。おめでとう」
どうやらそのようですね。ギルドマスターから祝福と一緒に身分証を受け取ったサラは、わたしに抱きついてきます。拍子でシルヴィアが眼を覚ましましたが、サラが見えたのでまた眠りに就きました。掲げてくれた身分証はの内容が見えます。身分証の向こうに嬉しそうな笑顔も。
「ありがとうございます! 旦那様見てください♪」
■【名前】サラ・スベストル
【種族】テイルへルナ人 / 人族
【性別】♀
【職業】南区冒険者ギルド職員
【出身】イシディス
【備考】エト・スベストルの妻
イシディス。近くの地方の名前なのでしょうね。【備考】に妻という表示が有ります。これで夫婦ですか。シルヴィアとはまた違い、何となく感慨深いものが有りますね。目礼だけギルドマスターにしておきます。それに気付いたギルドマスターもひらひらと手を振るだけで何も答えません。さて、下で報告が必要ですね。
「ほら、サラ、下に降りますよ。皆に報告するのでしょう?」
「は、はい!」
わたしが促す前にギルドマスターがサラを促してくださったので、眠ってるシルヴィアを抱いたまま下に降ります。1階に戻った時には何故か人が増えてました。何事でしょうか? わたしたち3人を背にギルドマスターが立ち柏手を打って注意を引きます。
パンパン
「はい注目〜。え〜目出度い事に、エトさんとサラさんが結婚されました」
「「「「「「「「えええぇぇぇぇっ!!?」」」」」」」」「「「「「「「「きゃあぁぁぁぁっ!!」」」」」」」」
その一言に驚嘆の声と悲鳴が入り混じりました。正直耳が痛いくらいです。
パンパン!
「静かにしてください! サラさんには3日間、寿休暇が認められます。業務の方は彼女の穴埋めをよろしくお願いします。他の方は新婚さんの邪魔にならないようにしてくださいね。じゃないと絞めるわよ?」
もう一度柏手を打って鎮めると、さらりと業務の事を引き継ぎ一瞬だけ殺気を放ちました。流石ギルドマスターですな。水を打ったようにしんとなります。「じゃ、そういうことで」と一言残してギルドマスターが執務室に戻ると一気に揉みくちゃに祝福されてしまいました。嬉しいのですが、男性陣から恨みぶしをぶつけられるのには困りましたね。そんな気持ちがおありならアタックをかければ良かったのです。と申しましたら泣いて逆上されました。
冒険者らしい荒っぽい祝福を受けたわたしたちは冒険者ギルドを後にして宝飾店に向かいます。ルイ様がされたものとは比べ物になりませんが、ああいった物が女性の心を豊かにするのだと学ばされましたので実践です。
四半刻後、わたしたちは路地の奥まった所にある古い宝飾店の中に居ました。何軒か覗きに入ってみたのですがサラの気に入る指輪が無かったのです。人間の文化でも指輪を妻に贈るという習慣は無いので、あれはルイ様が居た世界の習慣なのでしょう。それでもわたしはあれをしたいと思ったのです。少し気になることも有りますが、今はサラの為に時間を使いましょう。
「いらっしゃい。おや、可愛らしい娘さんが来なすったね」
「こんにちは!」
「失礼します。妻に指輪を送りたいのですが、なにか良い物が有りますか?」
「おやおや、歳の随分離れた夫婦じゃないか。長生きはするもんだね。見ておくれ、その左手側が指輪だよ。気に入るものがあると良いんだけどね」
「ありがとうございます」
店の扉をあけて挨拶をすると、奥から老婆が姿を表した。腰の曲がった老婆でしたがどことなく品を感じさせる佇まいです。老婆に薦められて言われた辺りの棚に視線を向けてみると、歳月を経たと感じさせる指輪が30点程並べられていました。サラは真剣な眼で指輪を見詰めています。
…… あっち ……
不意にシルヴィアの声が聞こえて来ます。慌てて娘の顔を見ると、指輪とは全く違う棚の方を指差しているではありませんか。
「あっちも見たいのですか? サラ、しばらくそこで見ていてください。シルヴィアも気になるものがあるそうですから」
「あ、はい、分かりました」
それほど大きくない店舗なので数歩で目当ての棚に辿り着きます。そこにはペンダントやネックレスが並んでました。
…… これ ……
シルヴィアが指差したのは雫のような形に研磨された紅玉をペンダントトップに嵌めたペンダントでした。銀製? いえーー。
「白銀製ですか」
「ほぉ、それが解るのかい。なかなかの審美眼だねぇ」
「畏れ入ります。どうやら娘が気に入ったようです」
「ほっほっほ。そうかいそうかい」
わたしの言葉に老婆は顔の皺を寄せて、さも嬉しそうに笑うのでした。何か曰くつきなのでしょうか。そのペンダントを右手に載せたままサラの所に戻ります。どうやら目移りしているようで決めかねているようですね。昨年ルイ様たちと南区の市場巡りをして帰った時も品定めに時間がかかってましたね。やはり女性はそういう傾向が強いということでしょうか。
「気になるものが有りましたか?」
「それが気になるものばかりで……。旦那様が選んでくださいませんか?」
「わたしがですか? サラはそれで良いのですか?」
「はい」
ふむ。照れるサラの笑顔も良いものですね。さて、任された訳ですがどれが良いでしょうか。俯瞰するように棚から少し離れた場所から指輪を眺めてみます。ん? 棚の一番端の奥にある指輪が光ったような? 錯覚かも知れませんがサラの肩を抱いてそこに誘導してみます。視線の先に在ったのは何の飾り気のないペアリングでした。
「何故でしょうか。これが気になったのです。まるで見つけて欲しいと言わんばかりに…」
「旦那様。この指輪、内側に文字が彫ってあります。小さいですけど緑色の宝石も入ってます」
「翠玉のような透明感はないですね。これは」
「砂金石英だよ。あんまり出まわらない石だから聞かないかも知れないけどね」
「石英ですか。無色透明しか無いものと思っていました」
「だから珍しいのさ」
「ではこの3点を頂けますか?」
「そうだね。御代はその指輪とペンダントが着けれれば考えてみようかね」
可怪しな事を言うものです。まるで身に着けれない節がありそうな言い方ですね。装飾品が人を選ぶとでも言うのでしょうか?
「分かりました。サラ左手を出してくれますか?」
「は、はい」
「これはわたしが御仕えする方の受け売りですが、自分の妻になる女性の左手の薬指にその証となる指輪を贈るのだそうです。わたしもサラにそれをしてあげたいと思ったのですよ」
「ーー旦那様。ふあっ!?」「ほぉ」「これは!?」
安全上自分から指を嵌めてもらう事も考えたのですが、それだと雰囲気が台無しになるのでサラの指に指輪を通します。問題なく嵌まります。サイズが少し大きいようですねと言おうとした瞬間、指輪が淡い緑色の光を発するではありませんか。閃光のような光は眼を開けると消えており、指輪のサイズはサラの指にしっかり合うように調整されていました。これは一体……。
「旦那様、ありがとうございます。一生大事にいたします!」
「では、わたしの左手の薬指にも嵌めて頂けますか?」
「はい!」
予想通り、わたしの指に嵌った指輪も同じように緑色の光を発して消えたのでした。サイズも調整済みです。魔法でしょうか? 便利なと言いますか不思議な事があるものですね。次はシルヴィアです。このペンダントを首に掛けてあげましょう。
「おお」「綺麗」「うんうん」
すると今度はルビーの色に合わせた赤い光が燦き、店内を色付けたのでした。瞬く程の間ですぐに元の店内に戻るのですが、不思議な事もあるものですな。老婆の方はよく分かりませんが、何かを話すわけでもなく嬉しそうなにわたしたちへ優しい視線を向けてくれます。
「無事に着けれたようです。御代はいかほどでしょうか?」
「その宝飾品はね。随分昔に持ち主を陰ながら守ってた優し子たちなのさ。持ち主が亡くなってからもその気持ちを捨てきれずに居た子たちに出逢いがあるとはね。王都に来るなんて何時以来だろうか。胸騒ぎがして来てみたけど、あんたたちに逢うためだったとは。ふぇっふぇっ長生きはするもんだね。御代はその子たちを大事にしてくれることさ」
「えっ!?」「体が透ける!?」 …… ばいばい ……
それだけ告げると老婆の体が急に透け始めたのです。後ろの壁が見え始めることに驚きましたが、それよりも棚の上にあった宝飾品も透けて行くではありませんか。慌てて触ろうとしましたが、それらも透けて触ることが出来ません。一体あの老婆は何者だったのでしょう? 幻術で化かされたのかとも思いましたが、わたしたちの薬指、シルヴィアの首から下がるペンダントがそうではないことを明かししています。
暫くすると店の中は完全な空き家状態でした。誰の気配もありません。
「不思議なこともあるものですが、今度お会いすることがありましたら、御礼と御名前を聞かなければなりませんね」
「そ、そうですね!」
さて、やることはまだあります。
「【召喚】アクア」
店だった建物の外に出て吸血馬を召喚します。人気がないので大丈夫でしょう。地面に幾何学模様の円が現れ、その中から農耕用の輓曵馬を思わせる大きな黒毛の馬が現れます。眼が碧玉色で水を思わせたので、水を意味するアクアと名づけました。まぁ驚きますよね。
「え!? う、馬!? えええええっ!!? だ、旦那様は召喚士なのですか!? 確か執事だったはずですが!?」
「ふふふ。まだまだ貴女に話してないことが沢山あります。一度に全部は心が追いつかないでしょうから少しずつお話しますね。アクア、この女性がわたしの妻のサラです。この子は娘のシルヴィア。わたしが居ない時には彼女たちを護り運びなさい。傷付けることは許しません」
ブルルルル
「ふあっ、よ、よろしくお願いしますね」「あゔぁ〜」
わたしからの注意を聞いたアクアがサラの顔に自分の鼻を擦りつけました。サラもシルヴィアも驚いているようですが、これで大丈夫でしょう。シルヴィアは2度目したね。鞍は予め着けた状態でしたから、これに乗って移動しましょう。
「さあ、乗ってください。もう少し買い物と家を見に行かなければなりません。夕方までに帰ってこれるように急ぎましょう」
まずわたしがシルヴィアを抱いたままアクアの背に乗り、サラが右手側から乗れるように手綱を操り手を伸ばします。サラは前に座ってもらえばいいでしょう。その方が安心ですからね。サラを鞍に引き上げて横座りにさせて目的地に向かうことにします。ふむ。人数が少しずつ増えているようですね。
◇
それから一刻、孤児院への食料を買い込みわたしたちはある家の玄関前に立っていました。暫く人が住んでなかったせいで多少の痛みは見受けられますが、住めなくはありません。
「旦那様、この家は?」
「中古物件ですが、わたしたちの新居の予定です」
「ええっ!? 新居ですか!?」
「1年は使っていませんから掃除をしなければなりませんけどね。ああ、この家の持ち主から了解を得ています。この家に帰る予定はないから都に居る時は好きに使って欲しいと」
ベルントから頼まれた事は時間を見つけて説明しないといけませんね。今はエレクタニアで家持ですから、ここに帰る理由がないですし。まあ、ユリカ嬢が旅に出ることになれば分かりませんか。それでも今のままだと旅にも出れないでしょうが。さて、回収だけ済ませてしまいましょう。
「あ、そうなんですか?」
「これがその鍵です。ですが、開けるのはまたにしましょう」
アイテムバッグから受け取っていた旧ベルント邸の鍵を見せ、またアイテムバッグに戻します。
「え?」
「サラはこのままアクアに乗っておいてください。家の周りをぐるっと回ったら直ぐ戻ります。【黒剣】」
「ええっ!? 旦那様何ですかそのスキル!? 見たこと無いんですが」
「ふふ。今は人目がありますから、それも後でお話しましょう。アクアから降りないように。良いですね?」
「は、はい。えーー」
すみません、サラ。少し急がなければ街中で面倒な事になりそうなので急ぎますね。岩を切り出した時と同じように家の境界を切り分けます。サラにはわたしが一瞬消えたように見えたかも知れませんね。井戸は仕方ありません、あきらめましょう。
「只今戻りました。【念動力】」
「え、早い!? え!? えええええっ!!?」
ズズズズズッ
黒塗りの刀身を家に向けて岩を引き上げた時のように家の土台だけでなく、地面から持ち上げます。ベルント邸には商品を保管しておくための地下室があると聞いていますから、そこも忘れずに切り離さなければなりませんね。余裕を見て5mほど地面ごと家を持ち上げ、【黒剣】で切れ目を4方から入れます。
ズズズゥン
あとは自重で地面が元に戻りますが、5mの穴が出来てしまいますね。また夜にでも埋めに来ましょう。リューディア様からお聞きしていた移動方法をここで試しますか。アイテムバッグから何も入れてないアイテムバッグを1つ取り出します。収納。
「あ、アイテムバッグ? へっ? き、消えた? 旦那様! 家が消えたんですけど!?」
「はい。アイテムバッグは何も入れなければ、家1軒分の為に使えるのです。あまり知られていない方法ですが、引っ越しには持て来いです」
「え、あ、それはそうなんですが。ええ?」
「ふふふ。驚かせてばかりですみません、サラ。でも驚いた顔も可愛いですよ」
「ーーもう、旦那様ったら」
「さて、少し移動して最後の案件を片付けてしまいましょう」
今の振動で何事かと近所の方が集まる前に移動してしまいましょう。それしにても反応が素直で見ているわたしが癒やされますね。驚いた顔も照れた顔も愛おしい。それ故に度し難い輩が居るのは我慢なりませんね。幸いシルヴィアもまだ寝ているようですから済ませてしまいましょう。意志を通わせるあの方法はこの娘にはまだ負担が大きいのかも知れませんね。
四半刻後、王都の中に点在する小さな林の中にわたしたちは辿り着きました。勿論南区の中ででの話ですが、孤児院までは戻るつもりはありません。追々知られるとしても、こちらから親切に教えてやる必要は皆無です。この頃にはシルヴィアも眼を覚ましサラの腕の中で寛いでいるのですが、わたしたちを監視していた者たちの行動があからさまになり始めました。
「サラ、シルヴィア」
「はい」「ーー」
「気が付いていると思いますが、これからこういう輩がわたしたちの周りに増えます。そうなった理由は言わずもがな、注意が必要であることには変わりありません。2人はアクアの背から降りないように」
2人がわたしの前で頷くのを確認してアクアから降りて無頼漢どもに対峙します。ギルド会館を出た時からその数が徐々に増えてきましたから、少なく見積もって20名と言ったところでしょうか。
「【召喚】魔狼。【召喚】梟。アクアの背に居るのはわたしの妻と娘です。彼女たちに害意を持つものから守りなさい」
不測の事態に備えて2匹の獣を【召喚】します。通常の狼の3倍の大きさはある魔狼がアクアの傍に、大人の頭ほどの大きさの可愛らしい梟が鞍の上に陣取りました。そうしている内に木々の影に武装した男たちが現れます。逃がすつもりはないということでしょうか? くく。こちらももですよ?
「さて、御集まりの皆様、最初に一言だけ言わせていただきます。人違いではありませんか?」
沈黙。殺意。金属音。殺る気満々ということでしょうか。
「沈黙は肯定と取ります。ここで引かなければ貴男方を容赦しません。10数える内に行動しなさい。さもなければ誰1人逃しません。10・9・8・7・6」
誰1人として逃げる気はないようですね。宜しい。背後に居る者が何者かは知りませんが、手を出させないようにしてくれましょう。少しずつ包囲の輪も狭まっているようですね。
「5・4・3・2・1。時間です。【黒剣・蝕】」
抜剣した刀身が黒くなり、紫色の炎のようなものが薄っすらとそれに纏わりつきます。さあ、訃告を届けましょうか。逃げられては困りますから殺意は抑えましょう。腹の奥底に。
「消えた!?」「ぐかっ」「おい、そこだ!」「がっ!」「ごぇっ」「見、見えねぇっ!」「無闇に振り回すな!」「あ、おい!」「ぐあっ!」「な、何なんだあいつは!」「聞いてねぇぞ!」「だがやられた奴は息がある」「殺せねえのか!?」「ぶっ!」「分からねぇ、けどこんだけ実力差が在ったらぐはっ!?」「ちぃっ!」「う、腕が折れごあっ!」「ち、畜生」「こっちは見えねえのに刈られていくだなって、いつぅっ!」
「ふあああ……旦那様凄すぎます。昇級試験の時は手を抜いていたんだ……」
…… わたしのときも、こうだった ……
「えっ!? シルヴィアちゃんなの!?」
…… うん ……
「嬉しい! シルヴィアちゃんの声が聞けるだなんて!」
…… あ、おわった ……
「ふう。やはり少し体が鈍っていますね。さて、意識は刈らずに置きました。この理由が分かりますか?」
林の中に蹲る男たちに向けて語り掛けます。足の骨は折っておいたのですぐには逃げれないでしょう。さて、宣言しなければなりませんね。
「お前たちが誰に雇われたのか、今更知りたくもない。故にこれだけは伝え置く。お前たちの肉体に刻まれた黒い刀傷は命の期限だ。それが伸びてお前たちの心臓に達した時に死が訪れる。お前たちに訃告を授ける、命の期限は3日。この“死神”に列なる者に手を出したことを悔いるが良い」
わたしの言葉に襲撃者たちが己の体をまさぐり始めます。腕や足に付けていますからすぐにも見つかるでしょう。あのスキルで斬った傷からは流血はありません。しかし、恐怖は植え付けることが出来ます。さて、仕上げです。再びアクアの背に戻り、押さえ込んでいた殺気を解き放ちました。案の定気絶する者、蒼白になる者、ガクガクと震える者、逃げ出そうとする者、腰を抜かす者が出来上がります。周囲の動物たちにも迷惑を掛けましたね。特に手を貸す必要を感じませんから、そのまま放置です。3日間、生き足掻いて頂きましょう。
小さな林を後にして、やや駈歩気味にアクアを走らせながら思い巡らしていました。今宵は祝いの席が設けられます。きっと賑やかな夕食になるはず。それまでに孤児院の奥にベルント邸を移設してしまいましょう。今夜は孤児院の部屋でも良いかも知れませんが、早めに掃除も必要ですね。サラたちに微笑むと微笑みが返って来ます。これを守らなくてはなりません。家族を持つと言うことはこういう事なのですね、ルイ様。身元に行けませんがどうぞご無事でーー。
街並をゆっくりと駈け抜け行きながらそう、離れ離れになってしまった主人に思いを馳せるのでした。
この3日後、サフィーロ王国公爵ゴールドバーグ卿の御息女、アンネリーゼ・フェン・ゴールドバーグが賊に攫われたという噂が王都に広がり出すのですが、それはまた別の話。しばらくは甘美な生活を味わうことに致しましょう。
最後まで読んで下さりありがとうございました!
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