SS 【死神と愛娘】 雨降って地固まる
2016/12/6:本文修正しました。
「サラさん」
「あ、はい、何でしょうか?」
「わたしとお付き合いくださいませんか?」
「「「「「「「「はぁっ!?」」」」」」」」
何やら周りが騒がしいですね。ああ、言い間違いに気付かれたということでしょうか。それでしたらーー。
「わたしとしたことが少し言い間違いをしてしまったようですね。申し訳ありません。わたしにお付き合いくださいませんか?」
「「「「「「「「いやいやいや!」」」」」」」」
何がいけないのでしょうか? そう言えばサラ嬢のお顔が真っ赤になっておりますね。何かわたしが失礼をしたのでしょうか? これはいけません。
「サラさん、急な事で申し訳ありません。少し説明を」
「よ、よろしくお願いします!!!」
「「「「「「「「ええええぇぇぇぇっ!!!」」」」」」」」
事情を説明してないことに気付きそれを言葉に出そうと思った矢先に、サラ嬢の大きな声とお辞儀で掻き消されてしまいました。周りの声も一段とお大きくなります。これもある意味ツッコミというものなのでしょうか? 難しいですね。でも、サラ嬢には了解を頂きましたので出かけることにしましょう。
「では少し出掛けましょうか」
「は、はひぃ!」
「何だこれ!?」「夢か!? 夢なのか!?」「サラちゃん狙ってたのに……!」「うおおぉぉぉ!」「じいさんに負けたーー」「えええ、サラって年上派だったの!?」「即決って男らしいわ!」「頑張ってらっしゃい!」「子持ちでもいいの!?」「いや、シルヴィアちゃん養子だから」「おめでとぉーーっ!」「何なに!? 何があったの!?」
何やら受付周辺が騒がしくなってきましたね。こんなに騒がすつもりはなかったのですが……。何やら盛大に勘違いなさってる気がしてなりません。
受付カウンターの向こう側からサラ嬢が顔を真っ赤にして俯いたまま出て来ました。さっきまでの雰囲気とは随分違いますが、ふむ、これはわたしが何かしでかしてしまったでしょうか……?
「お、お待たせしました!」
「そんなに緊張することではありませんよ。今後の事を打ち合わせればと思ったのです。ここでは騒がしいですから何処かでお茶でも如何ですか?」
「今後の事!?」「いきなりそこ!?」「経済力の差か!?」「莫迦、実力だろ!」「ええ、サラちゃんそんなとこまで話が進んでるの!?」「くそおぉぉぉぉーーっ!」「何でじいさんのほうが良いんだ!?」「お前よりか紳士だからだろ?」「エトさん優しいからな〜」「ね〜」「あ〜誰かいないかな〜」「俺、俺空いてるよ!」「「「「Fランクに用はない!」」」」「うわぁぁぁぁん!」
「は、はい、よろしくお願いします」
「それにしてもここは活気がありますね」
「「「「「「「「お前の(あんたの)所為だろ!!!」」」」」」」」
「ひっ!?」
これがツッコミなのですね、ルイ様。何となく分かった気が致します。でもわたしが何故突っ込まれているのかは理解できないのですが。それも時間が経てば分かるといいですな。シルヴィアにこの騒がしさが伝わってないのは幸いです。耳が聞こえていれば泣き出したかも知れません。サラ嬢も吃驚しているようです。エスコートが必要ですね。
「ふふふ。お騒がせしました。ではサラさん参りましょうか」
「ふぇぇぇぇ」
シルヴィアを左胸に抱いたまま右手をサラ嬢の方に差し出します。ふふ。御婦人をエスコートするのはリーゼ様が幼い時にお手をお貸しして以来ですね。懐かしい。さて、それはさておきお茶を何処で楽しみましょうか。都に来て間もないものですから多くを知りません。サラ嬢に聞くほうが早いかも知れませんね。
「くっそぉぉぉぉっ!」「俺もサラちゃんと手を繋ぎてぇぇぇぇっ!」「さらっと格好良過ぎる!」「自然なエスコートだわ〜」「サラ羨ましすぎるわ〜」「きゃぁぁぁぁ! 素敵!」「サラちゃぁぁぁん!」「負けた、じいさんに負けた完敗だ」「そもそも勝負になってねえだろ」「諦めろ相手が悪い」「新しい恋を探せ」
後ろで何やら騒いでいますが、出掛けましょう。あまり煩わしいのは好きではありませんので。
「あ、そうだ、サラさん」
「は、はい!」
「この近所で美味しいお茶が飲めるお店をご存知ありませんかな? 宜しければ案内していただきたいのですが?」
「え、あ、わたしがですか? はい! 喜んで! こっちですエトさん!」
一瞬だけ躊躇うような表情が現れましたが、直ぐに笑顔になってサラ嬢がわたしの手を引っ張り始めます。反動でシルヴィアが揺れますが眼を覚まさ増す程ではなかったようですね。それにしても何故ギルドはあんなに活気があったのでしょう? わたしに向けられる視線も少し敵意を感じられましたが。
ギルド会館から10分ほど歩いたでしょうか。路地を曲がった所に小綺麗な食堂のような店に案内されました。店主の心意気が伝わってくるような作りですね。
からんからん
「こんにちわ〜」
真鍮製の鐘鈴が扉を開くはずみで来客を知らせています。ほお。家畜用の鐘鈴を利用するとは面白い着想ですね。
「あらサラちゃん、いらっしゃい!」
「奥の部屋空いてますか?」
「空いてるわよ〜」
「カモミールのお茶とルブスのタルトを2人分お願いします。エトさんこっちです」
「はぁ〜い!」
店の奥からベルの音に気付いて30代と思われる婦人が顔を出します。顔見知りのようですね。安心しました。どうやらかなりの回数通っているようで、注文や部屋の利用も心得たものです。ここはお任せしましょう。若い御婦人が多いですね。御婦人方の好むものを取り揃えているということでしょうか。
サラ嬢の後に付いて扉で仕切られた個室に入ります。窓が無いですね。よく考えられた間取りです。ただ、攻めこまれた時が困りますが、ここではそんなことを考えずにお茶を楽しむことにしますか。先程オープンフロアを抜けてくる時に良い香りがしていました。わたしが席を引く前にサラ嬢は座ってしまいましたので、わたしも席に着くことにします。
こんこん
「失礼します」
軽く扉がノックされ先程の婦人が大きな円形のトレイに注文の品を乗せて入って来ました。動きが洗練されていますね。侍女経験者ですか。わたしたちの前に空のティーカップと受け皿、ルブスのタルトが切り分けられそれぞれの前に置かれます。ポットから美味しそうなカモミールの香りが漂ってきました。わたしの腕にシルヴィアが抱かれていることに気が付いて驚くものの、気分を害さないようにさり気ない目礼で非礼を詫びてきます。素晴らしい対応ですね。カップにお茶が注ぎ終わるとサラ嬢が女主人に小さく声を掛けています。
「ルイズさん、ありがとうございます」
「サラちゃん、ハードル高そうだけど頑張るのよ! では、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
笑顔で見送りましたが、何が高いのでしょうか? 値段でしょうか? ここはわたしが持つつもりですから問題ないはずです。おっと、冷めない内に頂くことにしましょう。
「エトさん、御口に合えば良いのですが……」
心配そうにわたしの反応を窺うサラ嬢に急かせれるようにお茶を口に含みます。香りが十分に出ていて美味しいですね。それにこのパンのようなものも、甘さで耳の付け根にきゅっと来ますな。
「ーー良いお茶です。それに木苺をこのようにお菓子にして食すのは初めてです。とても美味しいですね」
「良かった!」
わたしの反応にやっと緊張が解れたのか、はぁ〜と大きく息を吐き出してサラ嬢も食べ始めます。このタルトというものがお好きなのでしょう。溢れるような笑顔で幸せそうに食べる姿は、なんとも心が安らぎますね。
「ん……」
香りに気が付いたのかシルヴィアが眼を覚ましました。ゆっくり視線がテーブルの上のものに向けられます。ああ、気になりますか。少しくらいなら大丈夫でしょう。
「シルヴィア、これはタルトというお菓子です。少し食べてみますか?」
「あ〜」
食べたそうにテーブルに向けて手を伸ばすので、小さくフォークでタルトを割り、シルヴィアの口に運んでやります。ああ、貴女も美味しそうに食べるのですね。
「ふふふ。シルヴィアちゃんも気に入ってくれたみたいで嬉しいです。あの、本当にわたしでいいのでしょうか?」
ん? どういう事でしょうか? サラ嬢の質問の趣旨を図りかねるのですが。いえ、簡単に振り返ってみましょう。わたしがサラ嬢に付き合って欲しいとお願いして、快諾してもらい、場所を変えて今後の事を話したいからと釣れ出し、ハードルが高いかけども頑張れという応援を聞きながら、サラ嬢から自分で良いのかと確認をされているこの状況は……。気付いてしまいました。サーッと血の気が引き音が聞こえてきそうです。
迂闊にも程があります。確かにこの歳になるまで御婦人とお付き合いする経験はありませんでしたし、そのような浮ついた話に感けてる暇もありませんでした。しかし、ここまでの状況を顧みると、取り巻きのあの騒ぎようは分かった上での騒ぎということですか。これは、困りましたね。
「あうあ〜」
ぺしぺしとシルヴィアが頬を叩いてきますがそんなことは気になりません。
「あ、あの……エトさん?」
ここは双方が傷を負わない、いえ、サラ嬢に恥をかかせない安全地帯を探さなくてはなりません。それも大至急! わたしが沈黙しているから見る間にサラ嬢の顔色が悪くなり始めてます。これは、何か話さなければ。まずはお茶で口の乾きを癒やしましょう。
「ふぅ。サラさん」
「は、はい!」
「まずは皆の前で暴挙に出たことに謝罪させてください」
「い、いえ! そんな事ないです! ぎ、逆に嬉しかったですから……」
これは……不味いですね。女性を誘う技術の拙さが露呈しただけでなく、致命的な欠陥があったということですか。わたしにとっては不利にサラ嬢にとっては有利に作用するとは。執事以前の問題です。サラ嬢にとって、わたしの言葉を告白だと思い込み承諾している訳ですから逃げ道は断たれたと考えていいでしょう。しかしーー。
「こう言ってはなんですが、良い年と言いますか、こんな枯れかけた老人の世迷い言を本気にしても大丈夫なのですか?」
そうなのです。明らかに年齢が違います。見た目60代半ばくらいのわたしと20代のサラ嬢では完全に親子です。シルヴィアに至っては孫扱いですからね。人としての有り様であれば、最後を看取る妾としての縁組もないとは言えないでしょう。ですがわたしはヴァンパイア。齢684歳です。もうじき685歳ですが、シルヴィアもサラ嬢も人である以上その枠から外れられない。長くは共に居られないということです。まだその事を話すつもりはありませんが、一時の感情で流されているだけでしたら止めなければなりません。
「……変ですよね。年齢差があるのも分かっていますし、お逢いしてから日もそんなに経っていないというのも分かっています。でも、エトさんの事を考えるとこう胸の奥が苦しくなるんです」
すみません、サラ嬢。それはリーゼ様と同じ病気です。はぁ。間近で見ていましたが、その対象がわたしになるなどと誰が考えたでしょう。弄られますね。コレットに。ええ、間違いなくコレットに。
「告白しておきながら、失礼な言い方をお許しください。周りの人に絆されて感情に流されるま快諾してくださったのではありませんか?」
「いいえ! 確かにエトさんの人となりを知る時間は短かったですけど、人に言われてとかそういうのはありません! わたしの本心です!」
わたしの問い掛けに、きっと表情を引き締めてはっきり答えてくれました。一瞬の躊躇いもなく。はぁ、この気持ちをルイ様は受け止めておられたのですね。14人もーー。尊敬致します。
「こんな老人と一緒になるってご両親は」
「両親とは喧嘩別れして都に出てきましたので、もう関係ありません!」
「理由をお聞きしても?」
「わたしが育った村は士爵領で、騎士様が村を治めておられたんです。そこのダメ息子に嫁入りさせられそうになって、絶縁状を叩きつけて出てきました」
「それはなんとも剛毅な話ですね」
「弟も居ますから家のことは心配してません。なので両親ことは考えないで大丈夫です!」
御淑やかなだけの女性かと思っていましたが、自分をはっきり持っておられるのですね。シルヴィアもじっとサラ嬢の顔を見詰めています。
「シルヴィアの事もありますが?」
「大切にします。やきもちを焼かれるかも知れませんが、仲良くしたいです!」
わたしの問いにシルヴィアの様に視線をずらし、少し困ったような笑顔を向けます。シルヴィアは嫌そうな顔をしていません。それどころか、サラ嬢の方に両手を伸ばして抱っこを要求してるではありませんか。
「あ〜」
「あ、シルヴィアちゃん! ありがとうございます」
テーブルの上でシルヴィアをサラ嬢に手渡して再び腰を下ろします。2人とも良い笑顔ですね。シルヴィアを養子にした時点で今までとは違う責任を負う覚悟をしたのです。人の子を育てるという責任を。
「あうあうあ〜」
「シルヴィアちゃん」
「ふぅ」
仲の良さそうな2人の様子に癒やされますが、あれだけ観客が居て既に出払ってるでしょうから、【瞳術】や【魔眼】で無かったことに出来ません。そうするつもりならあの瞬間を逃すべきではありませんでした。わたしも男です。腹を括りましょう。ルイ様も好きにするように言われましたからね。コレットだけでなく皆様からどう弄られるのか不安ですが。
「あの、エトさん?」
眼を瞑って色んな不安を吐き出すように深呼吸すると、サラ嬢が不安そうに様子を窺ってきました。シルヴィアも同じような視線を送ってきています。ダメですね。それに警護の事を踏まえるとこれが最善かも知れません。
「散々前置きして不安にさせてしまいましたね。ただ、言葉の綾という誤解も、いえ、これは余分でした。サラさん、わたしと結婚して下さいますか?」
その言葉にサラ嬢の眼に泪が溜まってきます。シルヴィアを抱いていない左手で口を押さえたではありませんか。な、何と言えばよかったのでしょう!? 結婚を前提にお付き合いをでしょうか? 妻になってくださいでしょうか? 家族になってくださいでしょうか!? ええい、自分の経験のなさがもどかしいです。そもそもいきなり求婚で良かったのでしょうか?
「うっ、ううっ、ひっく」
「え、あ、サラさん、その、申し訳ありません。わたしも経験がないもので……その」
…… だいじょうぶ ……
泣き出したサラ嬢にどう接して良いのか分からずに腰を浮かせながらあたふたしてるところへシルヴィアの声が届きます。見るとサラ嬢の頭を撫でながらこちらを向いているではありませんか。3歳? いえ、精神的に早熟と言ってもいいでしょう。その声で少しだけ冷静になれました。
「ばい、よろじぐおねがいじます!」
「ふぅ〜良かった」
どさっと音を立てながら椅子に体を預けます。戦闘や戦場の緊張感とは違うものですね、これは。ルイ様もこれを潜り抜けたということでしょうか。何度も経験したいとは思いませんな。これで良かったのか悪かったのか分かりませんが、家族が増えるということですね。ベルントに報告すると笑われそうですね。それはさておき。
「サラさん」
「ばい」
「綺麗な顔が泪で台無しですよ。これからよろしくお願いしますね?」
席を立って、サラ嬢の前で膝を付き泪を拭いてあげます。可愛らしい妻と娘をいきなり得てしまった訳ですが、これもルイ様に出逢わなければ無かった未来でしょうね。ふふ、こんなにも満たされた気持ちになるもの初めての感情です。リーゼ様が喜ばれてる様子を見て感じる感情とはまた違った感じですね。ん? 何やら視線を感じますがーー。
「申し訳ありません、その、気になりまして……サラちゃん、大丈夫?」
店の女主人、何と言いましたか。ルイズさんでしたか? が顔を出してくださいました。
「あ、うん。ぐすっ。ルイズさん、わたしね。結婚するの」
それに気が付いてサラ嬢が鼻を啜りながらルイズさんに報告します。泪はもう出てないようですね。嬉しいという感情がそうさせたのなら、男冥利に尽きるというものです。
「ええっ!? 本当!? 良かったわ〜! 貴女可愛いから1人じゃ心配で心配で、何処かに良い縁がないかしらって思ってたのよ! そう! そうなの!」
がばっと扉を開いて部屋に飛び込んでくるルイズさん。ああ、サラ嬢は皆から愛されているのですね。この店にも度々お邪魔することになるでしょうから御挨拶をしておきましょう。
「エトと申します。この娘は養女のシルヴィアです。妻ともども宜しくお願い致します」
「妻ーー」
何やらサラ嬢が悶ておりますね。
「ふあ〜久し振りに完璧な立ち振舞を見たわ……。サラちゃん、あんた凄い人に嫁ぐんだね」
「嫁ぐーー」
「すみません。お茶のおかわりを頂けますか? 美味しいお茶でしたので冷めてないものを頂けると嬉しいのですが」
「畏まりました。直ぐにお持ちしますね! こうしちゃいられない、お祝いの準備しなきゃ!」
慌ただしく部屋を出て行くルイズさんを見送って扉を閉めます。これからの事をまだ何も話してないのです。それよりも重要な案件だったのは否めないのですが、これからもかなり大事なことなのでないことには出来ません。サラ嬢の前に再度膝を付きます。
「サラさん」
「は、はい」
「今日から一緒に孤児院へ居を移して頂けますか?」
「え?」
「今わたしたちはそこの空き部屋をお借りしているのです。それと防犯上、孤児院に居る方が皆を護りやすいという理由があります。新婚早々心苦しいお願いなのですが、ご一緒して」
「分かりました。旦那様がそう仰るならそうします」
「だーー」
旦那様? わたしに対しての言葉ですか? 説明し終えない内にサラ嬢が返事を被せてきます。旦那様と呼ばれると背中がむず痒くなりました。
こんこん
「お茶をお持ちーー、失礼しました!」
「ああ、構いませんよ。ルイズさん。疚しい事をしてる訳ではありませんのでどうぞお入りください」
慌てて扉を閉めようとするルイズさんを引き止めます。白昼堂々とそんな事はしません。シルヴィアも居ますし。と言いますか、ルイ様たちのような行為をこれまで1度もしたこともないのですから。
「し、失礼します」
「そんなに固くならなくても大丈夫ですよ。新居のことで少し不便をかける事を話していたのです」
「そ、そうですか。あ、エトさんにサラちゃん。今夜の予定は?」
「わたしは特にありません。サラさんは?」
「わ、わたしもな、無いです」
「ふふ。野暮なことは言わないけど、2人、いえ3人ね。3人をお祝いしたいの。夕食をここで一緒にどうかしら?」
「旦那様?」
サラ嬢の視線がわたしに向いているのが分かります。正直、む、むず痒いですね。わたしはこの言葉をリーゼ様の御父上であるブラッドベリ卿に連呼していたのですが……。立場が変わればなんともいえない感覚です。慣れなければいけません。努力しましょう。それにしてもーー。
「宜しいのですか?」
申し出は嬉しいのですが、そこまで甘えて良いものかと考えてしまいます。サラ嬢を除いてわたしたちは初対面なのですから。ルイズさんに確認してみます。
「ええ。知り合いに声掛けるから少し賑やかになるだろうけど、一緒にお祝いしたいじゃない」
「それでは御言葉に甘えます。サラさんも、シルヴィアも良いですか?」
「はい」「あゔ〜」
「良かった! ウチの人も喜ぶわ! お茶、ここに置いておきますね。さぁ忙しくなるわよ、あなたーーっ!」
ばたんと騒がしく閉まる扉の音は何故か苛立たせるものではなく、心地良い響きをわたしに届けてくれました。まだ午前中だというのに濃密な時間が過ぎたせいで時間の感覚が可怪しくなっています。夜までまだ時間がありますから、やるべきことを済ませましょう。
「サラさん」
「サラとお呼びください、旦那様」
「さ、サラ」
「はい!」
何でしょうこのむず痒さ! 敬称を付けずに話をするのは今までコレットとベルントだけでしたからね。コレットは恋愛対象外、飽く迄リーゼ様付きの同僚。同志でしたからこんな感覚はありませんでした。ベルントは同性ですからそんな遠慮はありません。これは精神的に堪えますね。
「お茶を飲んで、一度ギルドに戻りましょう。ギルドマスターに報告する必要がありますからね。それから付き合ってもらいたい所が何箇所かあります。宜しいですか?」
「旦那様、付いて来いと言ってくだされば」
「いえ、これは譲れません。サラもシルヴィアもそれぞれ心が有ります。わたしの言葉を良しとしない瞬間もこの先あるでしょう。そんな時にダメだと言ってくれる存在であることをわたしは貴女たちに望みます。妻として娘として。宜しいですね?」
「ーーはい、旦那様」
「ゔあぃ」
ふふ。本当に2人も花が咲くような笑顔です。このような幸せを味わえるのは存外な喜びですね。ギルド会館での出来事から始まってどうなるかと思いましたが、防犯対策を取ろうと思っていたのに妻を娶る運びになってしまうとは笑ってしまいます。尤もわたし個人の話ですが、これこそ雨降って地固まるですな。そんなことを考えながらわたしはカモミールティーをカップに注ぎ一口含むのでした。優しい香りと味が口の中に広がります。
「ふぅ、落ち着きますねーー」
最後まで読んで下さりありがとうございました!
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これからもよろしくお願いします♪
次話もSSです。
可怪しい、どうしてこんな運びになったんだろう?
本当はここで終わらせる予定だったんですがもう1話お付き合いください((*´人`*))