SS 【死神と愛娘】 好敵手
すみません遅くなりました。
どうぞまったりお楽しみください。
「追います! ここにある物には一切触れないように!! シルヴィアを頼みます!」
皆とどら息子の左腕を残してわたしも階段へ飛び込みました。さあ、飼い主の所に案内していただきましょう。
階段の先で悲鳴が聞こえます。もう階上に上がったと言うことですか。早いですね。生身の人間だとあそこまでの力は出せないはず。出せているとすれば肉体はボロボロのはずです。血の臭いはするものの血の雫を垂らしてないのは驚きです。右腕は確かに切断したはずですから。懐に腕を仕舞い込んだ?
「すごい勢いで飛び出していった方はどっちに行きましたか?」
一先ず1階の受付周辺にいる冒険者と受付嬢たちに情報を求めてみましょう。無いよりはマシです。
「すみません。いきなり奥から飛び出してきて外へそのままの勢いで出て行かれましたから……」
受付嬢の1人が代表して答えてくれましたが、皆も同じようですね。外に出ただけでも良しとしましょう。
「ありがとうございます。どなたか訓練場へ居りてわたしが外に出たと伝言を頼めますか?」
「は、はい、畏まりました!」
その返事と共に席を立ったのを確認して目礼だけで後を追うことにしました。血の臭いはしていますからね、逃しませんよ。それにしてもこの血の臭い、少し植物臭さがありますね。ギルド会館の両開きの玄関扉を開けて通りに飛び出すが、誰もいないません。フェレーゴ子爵付きの馬車と執事は居るもののどら息子の姿もない。ただ血の臭い帯は北へ向かっていますから、自分か父親の屋敷に向かったということでしょうか。日中に殺傷沙汰は不味いですね。
「フェレーゴ子爵のお供の2人が倒れたそうです。介抱をお願い致します」
「これはご親切に、介添えが倒れるなどお恥ずかしい話でございます。どうぞご内密にお願い申し上げます」
「その話はギルドマスターにお願い致します。個人としては了承いたしました」
「忝なく存じます」
執事の反応は普通ですね。と言うことは主の変貌は聞かされていないということですか。家ぐるみというよりもフェレーゴ子爵の寄親が糸を引いている可能性が出てきましたね。む。
目礼してフェレーゴ子爵の執事と分かれ追跡を始めようとした矢先、目の前に別の貴族の家紋が刻まれた白塗りの馬車が現れました。明らかに時間稼ぎですな。それもここというタイミングで移動してきた手綱捌き。見事です。2頭立ての馬車でどちらも白馬ですか。白を好むのは女性が多いものですが、馬車の装飾から察するとどうやら馬車の主は女性の様ですね。
「む……」
わたしはその白塗りの馬車を御する者に目を奪われてしまいました。追跡しなければという思いとは裏腹に視線がそこから離せなくなったのです。悔しいですがある意味作戦勝ちと言ったほうが良いでしょう。どら息子より優先すべき男が目の前に居るのですから。
「御嬢様。見知った者がおります。二、三言葉を掛けてきたいのですが宜しいでしょうか?」
「お前の知り合いとは珍しい。許す」
「は。ありがとうございます」
「やはり女性でしたか。かなり若い声ですね」
御者の男の言葉と馬車の覗き窓から漏れる女声。推察通りですね。
「久しいなエト・スベストル」
「それはこちらのセリフです。ヨーゼフ。老いましたね」
相変わらずフルネームとは堅い男です。ふふ。わたしが言えた立場ではありませんが。明らかに顔見せというよりも時間稼ぎ。意識が後方に向いていますな。
「お主もな」
「どうやら角なしになったようですね。あれからまた負けたということですか」
「致し方あるまい。己より強いものに負ければ角を折られる。自然の摂理よ。処でお主、いまもブラッドベリ家に仕えているのか?」
「いえ、ブラッドベリ家もろとも」
「ならば我が主に仕えぬか?」
「お断りします」
話を聞かなないのは今に始まった癖ではありませんが、この状況だと流石に苛々してしまいますね。
「何故だ?」
「話を最後まで聞きなさい。今無官だと言った覚えは1度もありません。ブラッドベリ家もろともある御方に仕えていますのでその話は聞かなかったことにしましょう」
「お主がブラッドベリ家以外につかえるだと? 何者だ?」
「さて。貴方がお仕えしている貴族とは違う御方だとだけお答え致しましょう。それと」
「何だ」
「わたしは今虫の居所が悪い。気が変わる前にわたしの目の前から失せなさい」
旧知の男に絞って殺気を叩きつけます。老いたとは言えルイ様に仕えることによって力を得ているのも事実。陽の下を歩けている事が何よりの証拠。それすら気が付かぬとは愚かにも程がありますよ、ヨーゼフ。
「ぐっ。これ程とはーー。お主とは味方でありたいものだな」
「ならばそうなるように誠意を見せなさい。わたしがお仕えする御方に害が少しでも及ぶようなら許しません。そう主様にご伝言を」
ふむ。少しは自制が効くようになりましたか。嬲るとすぐに感情の主導権を取られていましたからね。
「ふ。相変わらず苛烈な性格だな。見た目に騙されると痛い目に遭う」
なんとか制しているという処でしょうか。頬に伝う汗は暑さのせいではなさそうですからね。この辺りでやめておきましょう。血の臭いもかなり薄れてしまいましたし。追って無駄な時間を費やすよりかはシルヴィアを愛でる時間にしましょう。釘は刺す必要はありますが。
「それと上手く逃せたようですが、次はありません。そう寄親にお伝えください。とはいっても、何も収穫がなかったわけではありません。貴方の顔が見られただけでも良しとしましょう。では」
背中に鋭い視線を感じながらギルド会館をぐるりと回ります。裏口から戻ることにしましょう。何処から見られていたのかは分かりませんが、ギルドに関係があるとあからさまに見せるよりも思惑を探るにはこれくらいの振る舞いの方が浅はかで好感を持って頂けるはず。フェレーゴ子爵と繋がっていればわたしの身元など直ぐにバレてしまいますからね。後は誰を探りに入れてくるか、ですな。
◇
「ふぅ。行ったか。相変わらず喰えぬ男だ」
エトが建物の角を曲がった所でヨーゼフは緊張を解くのだった。老いたとは言え、エトから感じられたのは全盛期に匹敵するほどの圧力だったのだ。頬を伝う一条の汗の話ではない。背中はべっとりと冷や汗をかきシャツを張り付かせていたのである。
「ヨーゼフ」
「は」
何をすればそれほどの違いが生まれるのか、そう呆然とするヨーゼフの背中に鋭い女声が刺さる。振り返り一礼して御者席へ腰を下ろすと覗き窓から鋭さを湛えた碧い瞳に射竦められた。
「帰りましょう。あの男は何者ですか?」
「あの男はエト・スベストルと申しまして、嘗て先々代の“北の君”に仕えていた剛の者でございます」
ぱしりと馬に手綱を打ってからヨーゼフは女主人の問いに答える。先々代。つまりエトは人外であると答えたのだ。
「それほど?」
「はい。わたしの角を折りました」
間髪を入れずに問い返された言葉に口元を緩めながらヨーゼフは答える。3日3晩闘った若き日の思い出が脳裏を過ぎったのだ。その際に左の角を折られて決着が着いた。
「友か?」
その笑みを見てか女主人は訝しむ。
「いえ、好敵手でございます」
その問いを否定しながらも、ヨーゼフは同じ言葉で女主人に答える。その時の笑みは先程とは打って変わった獰猛な笑みであり、それを見た女主人は小さく溜息を吐いて馬車のソファーに背中を預け、口元を扇子で隠すのであった。ぽふっと背もたれに体を預けた拍子で美しい金髪がふわりと肩の辺りで広がる。
「ヨーゼフ。直ちにエトの素性と王都での活動を洗いなさい。仲間に出来なければ消すこと。良いわね?」
「承知いたしました。御嬢様」
ヨーゼフの返事を待たずにしゃっという音と共に覗き窓が閉められる。その振る舞いに苛立つことなくヨーゼフは御者席で小さくお辞儀をして視線を前方に戻すのだった。自然と口角が上っているが気が付いていないようだ。近くあるであろう好敵手との再会に思いを馳せつつ、再びぱしりと手綱を打つ。あの力を前に己がどう立ち回れるかと想像しながら……。蹄が石畳みを蹴って取るリズムに合わせて馬車の車輪が石畳を噛み、白塗りの馬車は行き交う者たちの視線を集めつつ都の雑踏の中に消えてくのだったーー。
◇
…… さま。どこ? ……
冒険者ギルド会館の裏手に回った時にまたあの声が聞こえてきたのです。これで3度目。聞き覚えのない声ですが、心が和む声なので気にはなりません。ただ、発信源が分からないので困っていると説明すれば良いでしょうか。答えを出せないまま裏口からギルド会館に入ると雑然とした状況になっているのに気が付きます。
「落ち着きがないですね」
…… とうさま ……
「っ!!」
その一言が頭に響いた瞬間声の主に気が付きました。すぐさま地下訓練場に向かいます。階段で擦れ違う人もいません。観戦していた冒険者たちはもう退散しているようですが、ギルドマスターとギュンター殿、サラ嬢が見えます。そのままそこに留まっていたようですね。サラ嬢の腕に愛らしいシルヴィアがぐずりそうな表情で階段の方を見ていました。わたしの顔を見た瞬間にぱぁっと華が咲いたような笑顔を見せてくれるではありませんか! ささくれそうになっていたわたしの心も穏やかになります。本当、以前のわたしからすれば考えられないことですね。リーゼ様やコレットが見たらきっと笑われてしまうしょう。
「シルヴィア!」
思わず娘の名前を呼んでしまいました。声が聞こえる。何て、なんて素晴らしいことでしょうか。いえ、声ではなく意志を通わせることが出来るという喜びがわたしを突き動かしているのでしょう。
「エトさん!?」「ううあう〜」「戻ってきたか!」「無事なのね?」
「サラさん、ありがとうございました。ええ、結局貴族の邪魔が入りまして追えませんでした。それで腕は?」
サラ嬢からシルヴィアを奪い取るかのように受け取って腕に抱くと、シルヴィアが顔を胸に押し付けてきます。ふふふ。この娘には癒やされっぱなしですね。頬が緩むのが分かりましたが、気にせず事の顛末を確認してみました。確か腕はその辺りに転がっていたのですが、見当たらないのです。ん? 笑顔が生暖かい気がしますが……?
「こう見ると何だ……」
「ええ、さっきまでの人とは別人に見えるわ」
「おじいちゃんですね」
「な!? な、何を仰っているのかよく分かりませんが?」
3人3様でひどい言われようです。
「あ〜まぁなんだ。年寄りが孫を可愛がる気持ちがよく分かったは」
「本当ね」
「そ、そんなエトさんもす、素敵です」
「誤解が無いように言っておきますが、シルヴィアはわたしの娘です。孫ではありません」
御三方とも何か誤解しているのではないでしょうか? ちゃんと説明してるはずですが?
「へいへい、親子だとしても誰が見たってこの絵面は孫可愛がりにしか見えねえよ、エトの旦那」
「そうですね。誤解がなようにこちらでも情報の訂正はするように努力しますが、諦めてください」
「む、娘でしたらわたしくらいが良いのではないでしょうか? あう!」
「何ドサクサに紛れで売り込んでんだ」
ギュンター殿の手がサラ嬢の頭をスパンと小気味よく叩きます。これがツッコミというものでしょうか。ルイ様から少し教えていただいてはいますが、まだうまく使い熟せないようですな。叩かれたサラ嬢が照れ笑いをしてる処を見ると本気で叩いたのではなさそうです。ふむ。訂正したり思い留まらせようとする時に軽く力を振るうと良いということですか。それにしてもーー。
「仰りたいことは理解りました。皆様にちゃんと娘を紹介しなければなりませんね」
「「「いやいや、そこは誰も求めてませんから」」」
むう。声を揃えて言うようなことでもないと思いますが? わたしにとっては大事なことなのですよ?
「それはそうと、腕はどうなりましたか?」
「ああ、それはここにある」
わたしの問いにギュンター殿が脇に抱える事が出来るくらいの小箱を取り出してくれました。何の変哲もない木箱ですが、その中にフェレーゴ子爵の腕が入っています。出血は止まっているようですが、切り口が可怪しいですね。
「気が付きましたか?」
わたしの視線に気が付いたようでギルドマスターがそう確認してきました。
「ええ。癒えてますね。復元されていると言っても良い状態です」
「だろ? ちょっと見てな」
そう言うが早いかギュンター殿が腰から引き抜いた投げナイフの刃で切り口を突きます。
「これは!?」
目を疑いました。傷口から植物の根のような白いものがうねうねと這い出してきたのです。なる程、血に混じった植物のような臭いの正体はこれでしたか。しかしこれはーー。
「何かに寄生されているという理解で良いのでしょうか?」
「だな」「そういう事になるわね」
「相手は子爵ですよ? 子爵の体にこのような寄生生物が巣食っているのでしたら、他の貴族にもと考える方が筋ではありませんか?」
アッカーソン辺境伯様は問題ないと思いますが、どんな手練手管を使ったのか分からない以上早めに手を打つ必要がありますね。
「考えたくはないがな」「そうなのよね」
「下手に詮索しても自分の首を絞めるだけになりまねませんね」
「じゃあどうする? 見過ごすのか?」「何かいい方法でも?」
「無い訳ではありませんが、確実な方法だとも言い切れません。でもやるだけの価値はあるでしょう。わたしにお任せ頂けませんか?」
実践できるのは今の処わたしだけだろう。おおっぴらに出来ない手法ですからね。
「だってさ、ギルマス。どうする? まあ、オレはオレでやらせてもらうけどな」
「ふう。仕方ありませんね。一応昇級試験の方は文句なく合格とします。サラ手続きを」
「は、はい、分かりました! エトさん、身分証をお貸し頂けますか? ありがとうございます。上に来られた際にお渡し出来るようにしておきます」
サラ嬢に促されて身分証を手渡します。それを受け取るとサラ嬢は駆け足で階段を登って行きました。あの速度だと、階段の半ばで息が切れそうですね。ふふ。シルヴィアとは違った意味で癒やされますね。それと、無事に昇級できたということですか。色々ありましたがそこは良しとしましょう。
「Cランクになれば個人指名のクエストが受けられます。ですから、これはわたし個人からの指名クエストだとお考えください。寄生物の正体を突き止める事と見分ける方法の確立、誰がこんな恐ろしいことをしでかしたのか調べてください」
「おいおい、ギルマス、それをCランクに求めるのは酷だろ?」
「いえ、正直エトさんをCランクに止めておくのは勿体無い。なので実績を作って頂きすぐにでもAランクへ上がって頂きたいくらいです」
「はぁ、まあそうだよな。うちのギルドはAランクがオレのパーティくらいしかいないからな。クランがあっても烏合の衆だ。力のあるものを囲っておくもの大事だな」
クラン? 聞き慣れない言葉が出ましたが、またサラ嬢に聞いてみることにしましょう。今はやることがあります。
「この腕をわたしがお預かりしても?」
「ギルマス?」
「ええ、お願いします。わたしたちが保管するよりも安全でしょうからね」
「ありがとうございます。それと、サラさんのことですが」
「サラ?」
「子爵様に眼を付けられたのは確かです。恐らく先程のダメージも残らない状態で回復してるはずです。彼女1人を放って置くことは出来ませんのでわたしが行き帰りの護衛をしたいのですが?」
「エトの旦那が? こりゃ若いもんが泣くな」
泣く? 何のことでしょう? ギュンター殿の言い分はさておきギルドマスターがどう判断されるか、ですね。ギュンター殿の言葉に首を傾げながら、ギルドマスターの反応を待つことにします。サラ嬢はギルドの職員ですからね。上司に判断を仰ぐのは当然のことです。
「その方が安心ね。若い子だと違う意味で心配だし。サラの意志も確認しなければ最終的にどう転ぶか分からないけど、サラ本人がそれで良いといえばエトさんにお任せするわ」
「ありがとうございます。早速相談してみることにしましょう」
「お願いします。ギュンター、もう少し話を冷たいから後で部屋に来てくれる?」
「良いぜ。オレだけでいいのか?」
「……そうね。貴方だけでいいわ」
「へいへい」
小さくお辞儀をして2人の前で踵を返すと背中に2人の会話が追いついてくる。ギュンター殿は別のルートで動くということですか。お手並み拝見と致しましょう。それよりもサラ嬢にこの件を相談しないといけませんね。シルヴィアも彼女には懐いていますし、行き帰りだけなら問題ないでしょう。
そんなことを思いながら、わたしの胸に顔を埋めて寝息を立てている娘の顔を見て眼を細めてしまうのでした。わたしには勿体無いくらいの娘です。階段を上がりながらギュンター殿から受け取った木箱をアイテムバッグの中に収めます。この中であれば亜空間ですし、寄生される心配もないでしょう。
階段を上がって1階の受付カウンターに辿り着くまで10分は掛かったでしょうか? シルヴィアを起こさないようにゆっくり階段を上がって歩いてきたので、サラ嬢の手続きも終わってるはずです。手違いがなければ、ですが。
「あ、エトさん、Cクラス昇給おめでとうございます! これが身分証です」
見るとこれまで特に目立たない白色の身分証だったのが銀色になっているではありませんか。
「色が変わるのですね?」
「そうなんです。Cクラスは銀、Bクラスは金、Aクラスは白金、Sクラスは黒って色分けされるんです。Sクラスなんて見たことありませんけどね」
そう言ってサラ嬢は笑いながら身分証を手渡してくださいました。なる程、よく考えられていますね。おっとそうでした。行き帰りの護衛の件でサラ嬢と相談しなければいけませんでしたな。ここでその話をするのも無粋ですから、少し気が紛れる所でお茶でも飲みながらお話を聞いてみることにしましょうか。見たところ仕事も一段落しているようですし。
「サラさん」
「あ、はい、何でしょうか?」
「わたしとお付き合いくださいませんか?」
「「「「「「「「はぁっ!?」」」」」」」」
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次話もSSです。