SS 【死神と愛娘】 昇級試験
遅くなり申し訳ありません。
主人公以外の一人称が思いの外難産でした。
まったりお楽しみください。
※2017/12/10:本文誤植修正しました。
「ふぅ。昇級試験ですか。実力に見合った仕事を斡旋するという手法は見事なものですが、試験もあるとは驚きですね」
「うあ〜」
孤児院から冒険者ギルドへ続く道をゆっくり歩きながら、わたしはつい娘に話し掛けていた。この娘は生まれつきなのか、あの時のショックでなのか分からないのですが、耳が聞こえないのです。診てもらった人が皆口を揃えて音が聞こえてないと言われるのですから、きっとそうなのでしょう。それでも話しかけるとまるで聞こえているかのように相槌を打ってくれるその姿に思わず頬が緩んでしまいます。
「エトさんおはよう!」「シルヴィアちゃんおはよう!」「昨日は助かったよ!」「おはようさん!」
いつもの光景になってしまいましたが、わたしたちが徒歩で冒険者ギルドに向かう時、決まって通りの人たちが気さくに声を掛けてくれるのです。シルヴィアも愛嬌を振りまいているせいかいつの間にか人気者ですね。時々困っている通りの人たちの手伝いをして好感度を上げるようにしていますが、シルヴィアには敵わない。笑顔1つでどれだけの大人の心を癒やしているのでしょう。お蔭でわたしたち2人はこの通りの名物になってしまったようです。
冒険者ギルドに登録して16日ですか。特例なしの最下位FランクからのスタートでCランクの昇級試験というのは早すぎる気もしますが、目立ってしまいますね。
左右の店先に立つ人々に声を掛けながら冒険者ギルドについて情報を整理してみることに致しましょう。王都には冒険者ギルドが2つあると聞きます。1つはわたしたちが居る南区。もう1つは北区にある冒険者ギルド。運営元はどちらも同じ。各ギルドにギルドマスターが居て、その2つを統括するグランドギルドマスターが居るそうですがまだお逢いしたことはありません。出来れば合わない方向で進めていきましょう。
この2つのギルドには特徴があると受付のサラ嬢から教えて頂きましたね。南区のギルドは所謂庶民派、北区の方は貴族屋敷の多い所に近いためか貴族派と言われているのだとか。どちらでも使えるものの、貴族の多い所に言って難癖を付けられるのを未然に防ごうと思えば南区のギルドを自然と選ぶようになるというわけですな。貴族で冒険者ですか。余程のことがない限り期待できそうにないですね。
「ううあう〜」
「おや? ギルド会館の前に馬車が止まってますね。あの家紋は……」
ぼんやりと周囲に愛想を振りまきながら考えて歩くこと半刻。良い準備運動になりました。シルヴィアに襟を引っ張られたので視線を上げると一台の2頭立ての馬車が停車しているのに気付きます。何やら朝からきな臭い予感がしますね。
馬車には家紋が彫り込まれています。わたしの記憶が確かならフェレーゴ伯爵家のもののはず。あの時はライラック侯爵の手入れで結果がこちらまで伝わらず有耶無耶になっておりましたからね。不問だったのでしょうか?
「シルヴィア。少し面倒なことになりそうですからしっかり掴まっておいてくださいね?」
「あう」
「ふふ。良い子です」
シルヴィアの頷く仕草に頬が自然と緩んでしまいますね。わたしには勿体無いくらいの娘です。さて、お人柄が変わっていればよいのですが。あの様子だと難しでしょうね。
一抹の不満を覚えながら、馬車の横で馬番をする執事の男性に目礼をして横切りギルド会館に入っていったのですが、罵声がわたしたちの耳に飛び込んで来ました。
「おやめください! フェレーゴ子爵様!」
サラ嬢があのどら息子に絡まれているではありませんか。取り巻きは2人。子爵付きの騎士が冒険者の装備で胡麻化していると言ったところでしょう。
「こんな貧相なギルドの受付嬢など辞めてわたしの侍女になった方が良いと言ってるだけではないか」
「その手を放して頂けますか? フェレーゴ子爵様」
ああ、ルイ様の件でこのどら息子には腸が煮え繰り返る思いを味わわされましたからね。死なない程度に鬱憤を晴らさせて頂くことにしましょう。
「エトさん!」
「何だお前は!? あっ!?」
どうやら1年ほどでは忘れられない出来事だったようですね。わたしの顔を見てサラ嬢だけでなくフェレーゴ子爵も気が付いた、いえ思い出したようですな。その驚きてカウンター越しに掴んでいたサラ嬢の手首の締りが緩み、振り解けたのが確認できました。一安心です。無闇にギルド内で流血沙汰は起こせませんからね。
「サラさん、大丈夫ですか?」
「は、はい!」
怯えてはいるもののはっきりとした返事が返って来たので少し安心しました。それにしてもーー。
「フェレーゴ子爵殿下は、伯爵様の御子息であられるのにどうして爵位をお持ちなのですか?」
この場には関係のない疑問がつい出てしまいます。
「はぁ? 伯爵家は兄上が継ぐからに決まってるだろう! わたしが分家を任されたから身である故に爵位を持つのだ。使用人風情は目上の者に敬意を払うことも知らぬと見えるな。大方、あの男が足らひっ!!」
おっと、いけません。ルイ様を蔑まれてつい殺気が漏れてしまいました。わたしもまだまだですね。
「その御方に手も足も出なかった貴方様の口からそのような言葉が出るとは滑稽でございますな。わたくし共はあの後ライラック侯爵様に招かれて裁定の結果を聞く間もございませんでしたが、斯様な振る舞いを懲りずにしておられるのですね?」
「ぐっ、減らず口を!」
「そもそも子爵様はここがどういう場所なのかご理解しておられるのですか?」
「冒険者ギルドであろう。わたしも冒険者として研鑽を積んでいる。Bランクの」
どうやら自己顕示欲の強い莫迦子爵のようです。後ろの護衛たちもBランクと考えた方が賢明でしょう。護衛に物を言わせてランクアップした口でしょうから。
「であれば尚更です。Bランクの冒険者といえば実力もさることながら他の冒険者の模範ともなるべき存在であるとお聞きしております。ですが、子爵様は今見る限り己の欲に引き回される犬と変わりませんな」
「エトさん、それは!」
貴族に対する不敬は罪というのは何時の時代もあるということですね。サラ嬢の声に振り向いて微笑んでおきました。安心してもらわなければなりませんね。これも考えがあってのことなのですが。
「じじい、子爵様に対する不敬分かっているのだろうな!」「後には引けぬぞ!」
取り巻きの2人も一応声を出したというところでしょうか。碌でもない主人に仕えてしまった己が不運を嘆くしかありませんな。あまり焦らせて状況を悪化させるのは得策ではありません。
「ここが王宮や公の場であればそうなのでしょうけど、皆様は勘違いなさっておられます」
「「「なっ!?」」」
「ここは南区の冒険者ギルド内です。ここに居るのはギルド職員と冒険者しか居りませんよ?」
「「「あっ!?」」」
どうやら皆さんわたしの意図に気が付いたようですね。どら息子もそれくらいは頭が回るようで安心しました。悪知恵の部分じゃもっと回転が良いのでしょうが、ここには必要ありません。そう、冒険者ギルドは性質上治外法権であり、国の柵がない場所です。表立って対立姿勢を顕にするのは得策ではありませんが、その状況を上手く利用すれば今回のようなやり方も出来るということですな。北区でこれが通用するかどうかは疑問ですが、まあ良いでしょう。
パンパンパン
緊迫した雰囲気を切り裂くような柏手が鳴らされます。発信源に目を向けると、おやギルドマスターと確かギュンター殿でしたな。登録にここへ来た夜に話し掛けて来た御仁だったはず。柏手はギュンター殿が打ったようです。
「フェレーゴ子爵様。ギルド内での揉め事はご遠慮願いたいのですが」
「ふん。このじじいが言い掛かりをつけてきたのだ」
「エトさん?」
ギルドマスターが幼顔で尋ねてきました。ええ、こちらのギルドマスターはドワーフで身長が140㎝程しかありません。少女の様な可憐さを備えてはいますが人間からすれば老人です。まぁわたしから見ればまだ幼いんですけど。多くの方はこの見た目に騙されているようですね。
「違います!」
ギルドマスターの問いにわたしが答えるより早くサラ嬢が答えてしまいました。一先ず落ち着いてもらいましょう。
「サラさん」
「でも!」
短く制してみたのですがまだわたしの代わりに説明したいようです。ですが、これ以上はこのどら息子の恨みを買ってしまうでしょう。黙って首を振ってそれ以上言わないように無言の圧力を掛けておけばいいですか。当然ギルドマスターの問いに答えていませんから問い質してくるでしょうね。
「エトさんどういうことでしょう?」
ほら。まあそれも想定済みです。
「さて、わたしも歳を取って耄碌してきましたので子爵様が何を言われたのか記憶にございません。ああ、強いて言えば何やら試験を受けに来た記憶はございますな」
「「「なぁっ!!?」」」
「ぶははははははは!! こりゃあ良い。傑作だ! なあギルマス、エトの旦那はいまどのランクだ?」
わたしの逃げ口上がお気に召したようでギュンター殿の笑い声がさらに雰囲気を和めてくれます。意図的にそうしておられるのでしょう。喰えない御仁です。
「Dです」
「ということはCランクへの昇級試験かよ。なら丁度いい。フェレーゴ子爵たちはBランクだ。試験の立会にちょうどいい。今回の件もここで有耶無耶にしちまったらどうせ後引くだろ? だったら試験と称して鬱憤を晴らしたら良いんじゃないか?」
ふむ。なかなか頭の回る御仁のようですな。
「ギュンター貴方ね……」
「オレが合否の判定をすれば問題ないだろ?」
「むむむ……」
「何を言ってる! お前ごときが合否の判定だと!」
ギルドマスターも思案中のようですな。かなり出来る御仁のような雰囲気はありますが、どら息子の言い分も分からなくはない。わたしもギュンター殿の事をよく知らないのですから。
「ああ、問題ないね。オレはAランクだからよ」
「「「Aランク!」」」
これはこれは。Aランクといえばギルドランクど言うところの実質最上位ではありませんか。どら息子たちが驚くのも無理はありません。であればその佇まいも納得でございます。この申し出に乗らぬ手はございませんな。
「わたしは異論ございません。寧ろ、これで手打ちに出来るのであれば願ってもないことでございます」
「だそうだ。エトの旦那の了解は得た。お前らはどうだ? こんな爺さん相手に負けて言い訳が出来ないから止めとくか? お前らが尻尾巻いて北区のギルドに帰るなら何にも言わんさ」
「……」
「はん! わたしを誰だと思ってる! 良いだろう。だがギルドの試験中に起きることには口は出さないんだろう?」
「殺し合いにならねぇ限りはな」
ギルドマスターの方は事の成り行きを静観でございますか。トップが下手に口を挟めば拗れた時に面倒になりますからね。対応としては及第点ですな。あの時のペンも気になりますが、こちらに害意ないのであれば一先ず観察で良いでしょう。どうやら、ギュンター殿が上手くまとめてくださったようですし。シルヴィアはサラ嬢にお願いすることにしましょう。孤児院のヘルトルーデ殿以外にこの娘が気を許してるのはサラ嬢だけですから。何を見ているのでしょうか? 本当に不思議な娘です。
「決まりね。じゃあ、時間もないことだしこれからエトさんの昇級試験を初めましょう。試験官はわたしとギュンター。立会はフェレーゴ子爵様にお願いします」
「心得た」
ギルドマスターの一声で決まりましたね。どら息子の得意げな面構え。これは伸びた鼻を再度へし折る必要がありそうですな。でも、ギルドマスターの決定は苦情の出にくい良い方法です。ふむ。それにしてもギルド会館内にそんな戦闘が出来るスペースはないはず。これから出かけるには時間がかかりますがーー。
「何処で行うのですか?」
問うてみました。
「ああ、このギルド会館の地下にな訓練用の空間があるのさ。サラちゃん案内よろしく」
「あ、は、はい! こちらです!」
なる程地下スペースですか。これは盲点でしたな。エレクタニアでも地下に大浴場がありますから、他に地下利用という発想があっても可怪しくはないということですな。サラ嬢の案内でシルヴィアを抱いたまま受付の横を通り抜け奥に続く廊下を進み、そのまま地下へと続く階段を降りていきます。地下特有の湿っぽい臭いがしなかったのは何故でしょう? 臭いがすれば地下があると気付けたのですが、不思議ですね。
サラ嬢、わたしたち、ギルドマスター、ギュンター殿、どら息子たちとギルドに居合わせた冒険者がソロゾロと地下訓練場に向かいます。階段幅は1.5m程でしょうか。勾配もそれなりにキツ目です。大人2人が並んで歩いても問題のない作りですね。石造りでしっかりしています。旧ブラッドベリ邸の地下室へ続く階段を思い出しますな。今はずいぶん明るくなりましたが。
「サラさん」
小声でサラ嬢に呼びかけます。それに気が付いたサラ嬢が肩で切り揃えた癖のない栗色のをふわりと広げながら振り向く。失敗です。振り向いてもらっては足元が疎かにーー。
「は、わきゃっ! す、すみません」
「すみません。わたしの所為で怪我をさせてしまうところでした」
「む〜〜〜」
「ははは。シルヴィアもすみません。驚かせてしまいましたね」
案の定振り返った瞬間に階段を踏み外したので、素早く回りこみ空いた手で受け止めます。左にシルヴィア、右にサラ嬢と少し困った構図になるので、直ぐにサラ嬢だけ立たせます。ギュンター殿にやにやし過ぎですよ? 頬をシルヴィアに抓られながら後続に視線を向けると驚きと苦笑と怒りと色々な視線とぶつかります。どら息を呷るには偶然とは言えちょうどいいハプニングでしたな。
「エトさんお騒がせしました」
「いえいえ。お気になさらず。不用意に声を掛けたのはわたしですから。少し並んでも?」
「あ、はい。どうぞ」
落ち着きを取り戻し先頭を歩き始めたサラ嬢の隣りに移動します。
「シルヴィアの事ですが。試験のあいだ御守をお願いできますか? なるだけ彼らから離れた場所で。できるならギルドマスターの傍が理想です」
「は、はい! 喜んで!」
「安心しました。ギルドでこの娘がぐずらないのはサラさんだけですから。本当に助かります。シルヴィアも良いですね?」
「あうあ」
ふふ。本当にこの娘には癒やされます。わたしの言葉に笑顔で反応する娘に分かっていはいても頬を緩まさずに入られません。そうこうしていると明るい地面が階段の先に見えてきました。どうやら訓練場に着いたようです。
訓練場は予想以上に広い地下空間でした。直径300mはあろうかというドーム状の空間です。この形状なのできっと上からの圧力に負けないような構造になっているのでしょう。高さも20mはあるでしょうか。他のギルドメンバーである冒険者たちが驚いていないところを見ると、ここの存在は冒険者として常識の範囲内にあるということですな。
おや。試験の説明があるようです。中央部にギルドマスターとギュンター殿、それにどら息子と2人のお供が集まっていました。年甲斐もなく夢中に観察してしまいましたな。
「ふん。田舎者が」
「Cランクの昇格試験の説明を行います。この試験はDランクの冒険者がCランクになってもやって行ける実力があるかどうかを測る試験となりますので、勝敗が合否に結びつくわけではありません。そのことを念頭に置いてください。武器と魔法の仕様は認めますが、相手を殺害する意図が見えた場合、あるいはこちらが危険だと判断した場合介入します。双方質問はありますか?」
「ない」
「エトさん?」
「己惚れではないのですが、フェレーゴ子爵様はBランクとは言え心許ないので、お供の方々3人で御相手して頂きたいのです。如何ですか?」
「じじい、身の程を弁えろ!」「殺さんまでも骨は折れるのだぞ?」「エトさん、そんなに呷らなくても!?」
「……エトさん、自分の実力を見極める意味合いも昇給試験にはあるんですよ?」
一様に反応しますが、ギルドマスターがそれを言ってはいけません。試験の内容を公開してることにお気付きですか? ギュンター殿も笑顔が引き攣っていますから気付いているのでしょう。
「はい。ですから己惚れではない、と前置きいたしました。口先だけなのか実際に見ていただいたほうが宜しいと思います。それに、1人ずつ御相手してあの時は手を抜いて年寄りに花を持たせてやったと言われても困りますので」
「「「なっ!?」」」
「ぶははははははは!! エトの旦那も言うねぇ。本人もこう言うんだしギルマスやらせてみようぜ。危なけりゃオレらが入ればいいこった」
「はぁ。分かりました。双方それで宜しいですね。勝っても負けても遺恨無し。これは試験ですから」
「良いでしょう。その潔さに免じてその申し出を受けようではないか」
「畏れ入ります。サラさん」
これで舞台は整いました。これ以上は引き出せないでしょうな。ギルドマスターにもギュンター殿にも少し嫌な役目を押し付けてしまいましたが、サラ嬢の事もありますので眼を瞑っていただきましょう。シルヴィアの手前、無様な立ち回りも出来ませんし。
「あ、はい。シルヴィアちゃんこっちで御父様の様子を見ていましょうね〜」
「うあ〜」
シルヴィアをサラ嬢に預けて訓練場の中央で向かい合います。3対1。傍から見れば劣勢ですね。実力は然程感じられませんが、何やら別の気配もありますな。
「では、試験を始める。始め!」
ガキンッ ガンッ ガキンッ
「「「「「!!!!!」」」」」「ぐえっ!」「ぐはっ!」「ぐっ!」
先手必勝です。構えもせずに戦いに臨むとは笑止千万。ここが試験会場だと考えている時点で貴男がたに勝ちはありません。始めの号令に合わせて有無を言わさずに斬りつけました。見えている方がどれほどおられるかは疑問ですが。
「は? 何が起きたの?」
「え、エトさん?」
「おいおいおい、エトの旦那。やり過ぎだって」
流石はAランクのギュンター殿。良い目をお持ちですな。
「ギュンター、説明!」
「はぁ。ただ踏み込んで斬っただけだ。鞘に入れたままの剣でな。エトの旦那が最初の立ち位置から動いてないから勝手に3人が吹き飛んだように見えただろうが、それだけの事を一瞬でした方が驚きだってぇの」
説明をありがとうございます。全くその通りなのでギュンター殿とサラ嬢ににこりと笑みを送っておくことにしましょう。シルヴィアは見てくれてたでしょうか。
…… さま。まえ ……
「っ!?」
ガキィィィィン!!
何処かで幼い声がしましたが、凄い殺気が飛びかかってきます。思わず抜身で受けてしまいました。
「え……。フェレーゴ子爵……様?」
ギルドマスターの言葉に眼を見張ってしまいました。確かに先程わたしが吹き飛ばしたどら息子ですが、様子が明らかに違うのです。ええ、見た目は変わっていません。ですが、向けられる圧力、殺気、何より膂力が人間のそれではないほどです。
「これほどであればBランクという実力も肯けます。実力を隠していたということでしょうか?」
「ーー」
そう語り掛けてみたのですが、反応はありません。無表情です。明らかに異常ですね。お供の2人はどうですか? 伸びたままですな。ならばこちらに集中しましょう。
「おい、エトの旦那!」
「申し訳ありません。安全な位置まで距離を取って頂けますか!? 子爵殿下本来の力以上が何らかの形で出てますから巻き込まれると危険です!」
「それはどういう!?」
ギィン!
ギルドマスターの問いに答えている暇はありませんね。わたしの押す力に蹈鞴を踏むどころか、バックステップして剣を折りに来るとは。少し本気を出しても良いということでしょうか? 目立たない程度にとはいかないでしょうな。
ドーン!
「「えっ!?」」「はっ!?」
服の下に鉄製の胸当てを着けているのは分かったいたので、どら息子の胸を剣撃を受けつつ蹴り抜いて見ました。普通であれば胸が圧迫され、空気が抜けて息が一瞬止まるはずです。身体の機能に支配されていればですが。どら息子はそのまま吹き飛んで壁にぶつかりました。ええ、やり過ぎたとは思います。100m以上吹き飛ばしてますから。
「即座に起き上がりますか。危険ですね」
しかし、悪い予想が当たりました。どら息子は息が吸えるまでその場で咳き込むこともなく。紫色の顔で立ち上がったのです。あの顔は空気が吸えてないという証拠。生きてはいるが、という処ですか。厄介ですね。
「おいおい、どういう事だ!?」
「緊急事態だとお考えください。恐らく、子爵様の体は何かに操られています。貴族を斬るというのは何処の国でも御法度でしょうから、次善策を取ります。階段の部分から離れてください」
「に、逃がすってことか!?」
ギュンター殿も危機管理ができているようで何よりです。説明が早くて済む。
「このままだと、ここの居る他の冒険者やギルドマスターに危害が及びます。わたしは自分の娘を守ることを優先させますから、ギュンター殿が対峙してお守りくださると?」
「い、いや。全部は守りきれなぇな。お前ら、階段から離れて右側に固まれ! ギルマスも、サラちゃんもそっちに」
ギュンター殿の言葉に試験を観戦していた冒険者たちがわたしの左手側に集まっているのを感じます。視線はどら息子から切らすわけにはいけません。
「倒れている者は?」
「放おって置く。今はそれどころじゃねぇ」
ギルドマスターはどら息子のお供を気にしているようですが、わたしもギュンター殿の意見に賛成です。さて、彼は生身なのでしょうか? 試してみますか。顔色も戻ってきたようですし。
「【黒珠】」
「「無詠唱!? 大きい!?」」
ええ。一度に100の珠を出せると言っても出せば目立つのは承知のうえです。まだルイ様のように小さく出来ませんので一塊の巨大な珠を作りました。これをぶつけてみましょう。
「がっ!!」
避けられても困りますので左から回りこんでぶつけます。かなり精神を削りとったと思いますが倒れないところを見るとMpも相当底上げされているようですな。おっと。訓練された動きでないにしても速さはありますから油断できませんな。【黒珠】を受けながらもわたしに斬りかかるどら息子を避けながら側頭部を蹴り飛ばします。ごきんという鈍い音がしたので首は折れたでしょうね。
「ほう……。そこまでですか」
「一体どうなってるの!?」「あれで死なねえとは……。いや人じゃねえのか?」
ギルドマスターとギュンター殿の気持ちは分かります。“穢”を撒き散らすアンデッドでもないのに死なないとは正直驚きです。首でも斬ってしまった方がこの際良さそうですね。
…… さま、だめ ……
「また!? ちぃっ!」
踏み込もうとした瞬間に子爵の体が霞み、体当たりを仕掛けてきた。このまま後ろに逸らすとシルヴィアが危険ですからね。行かせません。剣の刃を縦にして受けると、どんという衝撃と肉を斬る感覚が剣から伝わってきます。それも一瞬で、体勢を立てなおそうとする頃には子爵は階段の奥に消えるところでした。
「「「あっ!」」」
「追います! ここにある物には一切触れないように!! シルヴィアを頼みます!」
皆とどら息子の左腕を残してわたしも階段へ飛び込みました。さあ、飼い主の所に案内していただきましょう。
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次話もSSです。




