第128話 キメラ
残酷な表現があると思います。
2016/8/5:本文脱字修正しました。
「不味い!! ブレスだ!!【闇」
その叫びが皆に届くがどうかの時に僕たちはブレスに呑まれたーー。
詠唱が完全に終わる前に濃密な闇の暴風が吹き抜けたと言っていいだろう。熱は感じない。恐らくだけど状態異常も僕には起きてない。皆は!?
「ナハトア、クリス姫、カリナ、ドーラ、フェナ、ジルケ、イエッタ無事か!?」
「オレの心配はしてないのか!? ちっ、オレもイエッタも問題ない」「ルイ様、我らもお忘れなく」
あ、女性陣の心配しかしてなかったな。彼女たちよりおっさんとゲルルフの方が先に返事をしてきた。どうやら無事のようだ。状況から判断すると闇属性だけのブレスだったのか?
…… わたしたちの心配はしてくれないの? ショックだわぁ〜 ……
ホノカとナディアの声も聞こえる。僕が無事だから2人も問題ないだろうと勝手に思ってたんだけど大丈夫そうだ。ナハトア、カリナ、ドーラとフェナが状況を教えてくれた。
「大丈夫です、ルイ様。ホノカとナディアが壁を作ってくれたので。わたしもジルケも問題ありません」
「わたしたちも大丈夫よ〜。びっくりしたけどね。状態異常も起きてないし」
「「わたしたちも大丈夫です、ご主人様!」」
そこはハモるんだね。でも、危機が去った訳ではないんだよな。今のはホノカとナディアの機転がなかったら危なかったんだし。礼を言いながら壁を3枚立てておく。これで次のブレスには対応できるはず。
「ホノカとナディアもありがとう。助かったよ。僕だけだと間に合わなかったから。【闇の壁】。【闇の壁】。【闇の壁】」
…… 今のは闇属性のブレスだけだったからね。 もし次が火と混ざったものだと厄介だわぁ〜 ……
それは同感だ。今の内に距離を取るほうが望ましい。確認も必要だ。
「イエッタ。次に進む向きはどっちか分かってるのかい?」
「なっ!?」「「「「「「「えっ!?」」」」」」」
【状態】が誘導のままで回復魔法を使ってないんだから、案内が届いていると考えた方が悩まなくて済む。僕の問い掛けにイエッタは近づいてくる魔獣とは真逆の方向を指差すのだった。皆は質問の意味が分かってなかったようで怪訝な表情でイエッタと僕を見比べてる。説明は後でいいか。それに元々逃げようと思っていた方向だ。都合が良い。じゃあ当初の予定通り行動するべきだな。
「説明はあと。イエッタの案内で皆はこのまま逃げて! 言ってた通り僕が殿を持つ。時間稼ぎも必要だ。それにヴィルも居るし戦力としての心配はしてない。安全なとこまで行けたらホノカかナディアのどちらかが知らせてくれればいいから」
「ちっ! 腹立たしいことだがオレらじゃあいつの餌になるだけだ。行くぞ!」
「ルイ様ご無事で!」「ルイさんお任せしました! 黒い炎に要注意ですよ〜!」「ご主人様お気をつけて!」
おっさんに続いてナハトア、カリナ、ドーラの声が届く。それに合わせて4匹の砂蜥蜴が7人を乗せて走りだす。先頭にホノカ、殿にナディアを立てて。ん? ホノカとナディアの区別? 口調と雰囲気だな。どちらも同じ体の中で育ったんだから見た目が変わることはない。立派なマシュマロをお持ちです。あ、いや、何て言うか心配症の姉と楽観的な姉がいればこんな風に接してくれるのかな? と思うこともあるな。おっと、随分近づいてきたぞ。
皆の気配や砂蜥蜴の足音が遠ざかって行くのに反して、重々しい足音と地鳴りのような唸り声が近づいてくる。かなりの殺気と威圧が発せられているけど、まだ問題ない。
ホノカとナディアは何て言ってた? ゴリラと巨人と竜と火の精霊の人工合成獣ーー。要するにキメラって事か。遺伝子操作とかの技術はないだろうから、魔法を使った何かでそれが可能になったってことだな。ツインテールフォックが浸かっていた巨大な試験装置もしかり。興味本位で手を出すには常軌を逸してる。それに、あの2人がこのキメラを知っているということは製造元が“ケルベロス”ということになる。
舌打ちしたい気持ちになったが、【暗視】が効いているので目を凝らしてしっかりとその姿を見てみることにした。向こうからは半透明に発光してる僕の体はいい目印だろう。ブレスの兆候はない。白豹王のような機動力はあの巨体にはないはず。ならば。
「【鑑定】」
◆ステータス◆
【種族】キメラドラゴン / キメラ種
【性別】ー
【職業】ファイター
【レベル】1,895
【状態】怨恨
【Hp】557,853/557,853
【Mp】729,346/729,346
【Str】55,785
【Vit】63,217
【Agi】45,516
【Dex】72,935
【Mnd】39,117
【Chr】1,459
【Luk】1,459
【ユニークスキル】捕食吸収、ブレス、黒炎
【アクティブスキル】闇魔法Lv352、火魔法Lv261、武術Lv871、
【パッシブスキル】闇耐性LvMax、火耐性LvMax
【装備】ー
ステータス閲覧画面が出ているが、視線はキメラからは外してない。チラッと上の部分に眼をやる。キメラドラゴン。竜をベースにしたってことか? 前から思ってたけど魔物に職業が付いているというのは何度見ても違和感がある。それを言うとウチの娘たちもだから、ま、良いことにするか。それにしてもLv1,895って相当食べたな。この回廊に巣食ってた魔物を平らげたのか、砂漠から迷い込んでくる魔物を平らげたのかどちらかだろう。後者であった場合、サンドワームも含む訳だから膂力は相当なはず。
まだ距離はある。ユニークスキルは? 捕食吸収、ブレス、黒炎。これはカリナが言ってたやつか。
「黒炎を【鑑定】」
◆黒炎◆
【分類】ユニークスキル。闇属性と火属性が融合したもの。通常闇と火の属性持ちのブレスとは異なり、黒炎が対象物に付着し続けている間、肉体だけでなく霊体を喰らう性質がある。対処法は全身に黒炎が回り切る前に着火場所を切断することしかない。強い怨嗟の念がこのユニークスキルを取得する為に必要である。
おっと、そこまで来たか。ブレスは連発できないみたいだけど、さっきのが通常のブレスなら黒炎はまだ残ってるって事か。
そう思っ暗闇に浮かぶキメラの全貌を見ることにした。15mはあろうかという身長にガッシリとした体躯。恐竜型じゃないハ○ウッド版のゴ○ラみたいな姿だ。それを少し縦に押し潰した感じというと伝わるだろうか? それに竜の翼さが生えており、こめかみの部分からヌーの角のような曲線を描いた角が左右1本ずつ肩口を超える長さで生え出ていた。腕は4本ある。左右2本ずつだ。長くて太い尾が床を削っている。
「厳ついな」
特に顔の部分が竜のように前に伸びてないのだ。何て言えば良いのか……。ゴリラの平面顔が竜と混ざって悪鬼のような形相? になってるといえば良いのかな? 因みに眼球はない。眼窩の奥と喉の奥で黒炎が揺らいでる。鶏冠のような部分から背中半分が黒炎を纏ってるという恐ろしい状態だ。
『『『『憎いーー。憎いーー』』』』
咆哮に乗って幾重にも重なって何かを呪詛するこえが聞こえる。
「え、あ……。そう言えば【状態】が怨恨だったな。黒炎の派生条件が怨嗟みたいだったし、意識がある状態で合成させられたということか?」
といは言っても、僕もここで消滅するつもりはない。悪いけど抵抗させてもらう。ここで何もしなければ追いつかれるのが落ちだ。ただ、意志が通わせれるのかどうか知っておきたい。
『何を恨んでいるのかは僕には分からないけど、苦しんでいるのは分かる。楽になりたいかい?』
『『『『命あるものすべてが憎いーー』』』』
『僕は死んでるんだけどね?』
『『『『憎いーー。我の糧になれーー』』』』
ダメだな。一方通行か。言葉は分かるものの憎しみで我を忘れているのか、長く1つのことを思い続けていたために精神が病んでしまったかだな。どっちにしても厄介であることに変わりない。問題はどこまで僕の魔法が効くか、だ。
「【聖なる矢】」
細い焼き鳥の櫛のようになった薄っすらと光る矢が100本キメラに突き刺さる。だが刺さる瞬間に見えた。波紋が幾重にも広がっていたことを。刺さりはしたけど片手で払い落とされた。おいおい。魔法障壁があるってこと? スキルに出てないやつか?
ガアアアァァァァァァーーッ!!!
もう話さないな。感情が高ぶって話せなくなった? 狂戦士かよ!?
僕の攻撃を気に一気に地響きを轟かせながら僕との距離を詰めてくるキメラ。4つの手の全部の指先が黒炎を纏ってるのが見えた。あれで切り裂かれたら死ねるな。
「そのつもりはないけど! 【聖光の槍】!」
【聖なる矢】がダメなら、現時点での最大サイズ【聖光の槍】だ。120㎝程のレーザービームのような光線がキメラを襲う。障壁は破れて防御に回した4本の腕が焦げている。けど大ダメージは与えれてないのは明らかだ。長距離はやはり難しいもんだな。
ゴウウウゥゥッ!!
予備動作無しで黒炎のブレスが吐き出される。距離があるだけ躱すのは簡単だ。ただ、邪魔立てのつもりで張ってた【闇の壁】が餌食になり3枚とも黒炎に喰い尽くされたのはびっくりしたよ。さて、どの魔法が効果がある?
「おっと!」
巨大な右腕が2本ぶんと音を立てて鼻先を過ぎ去り、砂を撒き散らし足元に敷き詰められた石畳を切り裂く。切り裂くってどういう事!? 僕なんか紙装備じゃないか! あまりの威力に思わず躊躇いが生まれる。キメラ自体動きが緩慢なのでシンシアの時ほど梃子摺る訳ではないが、兎に角堅い。アンデッドじゃないから【清祓】も出来ないしな。
「それなら、【聖撃】! 【盲目】! 【影縛り】!」
直径30㎝はあるかという光の珠が僕の周辺に50程現れ、一斉にキメラに襲いかかる。これでダメなら黒炎に覆われてない所を触るしかないか? 闇属性相手に闇魔法はダメージが与えられない。でも、ダメージじゃない効果は“吸収”持ちじゃない限り期待できる。レベルの低い魔法でもMpを余分に注ぎ込めば強い力を持つ。それがこの世界で見つけたことの一つだ。
ガアアアァァァァァァッ!!!
ビクンッとキメラの巨躯が硬直するのが見えた。【影縛り】が効いたということか!? チャンスだ!
拘束時間がどれくらいになるのか見当は付かないけど、真正面から突っ込む! 横から行って尾が自由に動いた場合間違いなく吹き飛ばされる。魔法障壁があるなら魔法の武器と同じ存在だと思わないと痛い目にあうぞ。
5秒。
ほんの一瞬だ。一気に間合いを詰めて、手が届きそうな距離になった時だ。突然肌が粟立つ! 不味い! キメラと眼が合う。 もう拘束が切れただと!?
「ぐあっ!!」
衝撃と痛みが体を襲う!!
気がつくと僕は吹き飛ばされていた。20m近くは吹き飛ばされただろうか。視線を下に落とすとざっくり
腹部から太腿にかけて切り裂かれている。左腿の膝近くに黒炎が着いているのが見えた。ちっ!
「【静穏】! 何だい、意外に素早いじゃないか。罠に嵌めれる知能があるってことだ」
アイテムボックスから長剣を取り出し左足を腿の真ん中辺りから切り捨てる。生霊の状態でアイテムを取り出した場合、手を放さなければ霊化したままであることは、買い物の際に古代ファティマ金貨で検証済みだ。それにこのままだと黒炎が全身に回って時間切れになる。足を切り落として剣はアイテムボックスにすぐに収めた。切り落とされた足はそのままふわふわ浮かんでる。
「霊体のままだと魔法攻撃しか手段が選べないんだよな。ん? 切り裂けたという事は触れたということか? このままでもぶん投げられる?」
そんなことを考えている間にもキメラは重い体を前進させて間合いを詰めようとしている。やるだけやってみるか。魔法障壁があるのならつかめる衣があると言えるかどうか!
「ふふ、楽しくなってきたじゃないか」
【静穏】が効果を現すまで1分程待ち、再生が始まったのを見てからこちらからも間合いを詰める。
衝突まで15秒。
敢えて左腕側から攻める。どれだけ自由に4本の腕を使い熟せているのか、見極めと体を崩すタイミングが取れるのか、手を出さないことには始まらない。【暗視】が効いているとは言え細かい動きまでは追い切れない中で何処まで出来るか。いや、やらなきゃな。
ゴアアアアアアアアァァァァ――――ッ!!
咆哮と同時にブレスが来た!
「目眩ましかよ! どうでる!?」
更に左横へ敢えて身を躱す。ブレスの熱がチリっと頬を焦がすような感覚を与えるがそれどころではない。キメラの後ろで何かが動いたぞ!?
2秒後。
眼の前に巨大で太い何かが在った。
「おいぃぃぃぃっ!! さっきまでのゆったりとした動きは何だったんだぁぁーーっ! どっせいっ!!」
スローモーションでキメラの体がいつの間にか反転してたのが見える。つまり尾撃だ。掴めるかどうかじゃなく掴む! 体を反らせながら鼻先を掠めるキメラの尾に両腕を回してみた! 掴める! ただ踏ん張りは効かないけど、霊体で静止もできてるんだからと、出鱈目な思考で踏ん張り技を掛ける。
5秒後。
ずううううぅぅぅんーーーー。
「おいおい。なんでもありなのか!?」
キメラの尾撃の力を利用してそのままバランスを崩し仰向けに転ばせることに成功した。成功するとも思ってなかったらドレインするのも忘れてたよ。その頭では追いつかない現象に思わず突っ込む僕。理論的には攻撃を受けてダメージを負う存在にはこちらも触れるという法則があるのは分かった。踏ん張れるということも。
「けどこれは……」
キメラの尾にも黒炎が燃えていたみたいだ。両腕に黒炎が着いてる。腿の比ではなく明らかに燃え盛っており、徐々に顔に近づいて来た。不味いな。
「【静穏】。【静穏】。【静穏】」
どれだけダメージを負うことになるかわからないから重ね掛けして先程の長剣を取り出し、首を刎ねた! 首から下の制御ができなくなりがらんと長剣が石畳に落ち音を立てる。キメラが立ち上がろうと藻掻いている音の方が大きいため掻き消されていた。今しかないけど、首だけでどうする!?
1分も待てば完全に体勢は立て直される。振り出しだ。迷ってる内に時間は刻々と過ぎていく。
尾と4本の腕と翼を器用に動かしながら俯せになろうとするキメラ。今なら体が浮かんで燃えてくれているから囮役には持って来いだ。どっかの誰かが言ってたな。考えるんじゃない、感じるんだって。
「ええい、ままよ!」
決意した時にはキメラが体を半回転させて俯せになろうとする瞬間だった。黒炎のついてない部位を探す。足だ! キメラの太く大きい脚部はその巨体を支える為に発達している。故に腕や尾のような靭やかさはない。大樹の幹のような印象さえある。体を残したまま石畳すれすれに降りて、キメラの死角から左の内腿に頭だけで突っ込む!
ガアアアァァァァァァーーッ!
キメラが危険を感じ取ったのか動きを激しくさせながら吼えた。この行動に効果があるということだ。顔が魔法障壁にあたって波紋を広げ衝撃を逃してるけど、このまま突っ込む! それに合わせて僕の霊体も再生が始まった。腕が再生すればこっちのもんだ。魔法障壁に穴が開かないなら抉じ開ける!
「【常闇の皇帝】! 障壁に穴を開けて!」
「承知! ぬんっ」
時を開けず僕の足元からダークが現れる。今の今までこいつの召喚を忘れてたのは内緒だ。自分でどうにか出来るという傲りもあったんだけどね。無理やり障壁に両手を突っ込んで左右に広げてくれた。ここまでしてもらったらヘマは出来ないよな!
「【汝の研鑽を我に賜えよ】! 【汝の力倆を我に賜えよ】! 【汝の露命を我に賜えよ】!」
体に力が流れ込んで来るのが分かる。それに合わせて黒炎の勢いが弱くなっていき最後には消えたーー。
「見事だ、主よ。最後まで我を喚ばぬとはヒヤヒヤしたぞ」
「ああ〜疲れた〜! 魔法障壁が厄介でね、助かったよ」
紙一重だったと言っても良い。黒炎が頭に燃え移っていたら流石にどう転んだかも分からなかったし。結果は辛勝。スキルはいまいちだけど、経験値はごっそり貰えたから良しとするかな。でも反省も大事。次も同じように勝てるとは考えないほうが良い。レベルが上がっても傲れば足元を掬われる。
「む、どうやらこの獣は複数の魂を持つようだな」
「ああ、人工的に誰か知らないけど体を繋ぎ合わされたらしいよ。酷いことをする。こっちも自分の命を守るためにこんな結果になったけど、出来れば安らかに眠ってもらいたいもんだね」
「怨嗟か。儘ならぬものだな。周囲を見る限り危険も無いようだ。我も帰るとしよう」
「また宜しく」
僕の足元の闇に消えていくダークを見送ってキメラの亡骸に視線を移す。それにしても大きい。よくここまで育ったもんだ。相当生き残るために必死に足掻いたんだろうな。霊体のままだけど冷たくなっているであろう体に手を這わす。
「せめて亡霊にならないように処理はしないとな。【浄化】、【清祓】、死体に聞くものか分からないけど……聖光付与」
そう聖魔法を掛け終えた時だった。キメラの亡骸が突然形を保つ力を失ったようにざーーっと砂のように崩れ落ち塵の山に姿を変えてしまったのだ。それに合わせてあの音と声が頭の中に陽気に響き渡るーー。
《タッタラッタァァァッ~♪》
《レベルが上がりました!》
《パッシブスキル:魔法障壁を習得しました》
「はぁ!?」
最後まで読んで下さりありがとうございました!
ブックマークやユニークをありがとうございます! 励みになります♪
誤字脱字をご指摘ください。
ご意見ご感想を頂けると嬉しいです!
これからもよろしくお願いします♪