第127話 回廊
遅れてすみません。熱さで思考がオーバーヒートしてました。
2016/8/2:本文の誤字修正しました。
「不味いな。流砂だーー」
何処か冷静なラドバウトの声が僕の耳で無情に響いていたーー。
「いやいやいや、僕は良いとしても皆ピンチでしょ!?」
冷静に砂蜥蜴の上で腕組みをしているラドバウトに突っ込むが何処吹く風だ。達観してるのか、慣れなのか、諦めなのか分からないが動く気はなさそうに見える。皆、フードを冠り、鼻と口を覆い布で覆ってるから眼の表情しか見えないんだ。
「そうは言うがな。砂漠で流砂に嵌ったら上位の風魔法か、地魔法がないと抜けれん。そしてオレはどちらも持ってない」
「風魔法!? 風魔法の何で脱出できるんですか!?」
僕の突っ込みに動じることなく答えてはくれるが、ずるずると流れていることに変わりはない。ただ、気になるワードはあった。熱風が流砂に嵌った面々のマントを少しだけ捲り通り過ぎていく。
「知らん。ただ、大きな風を起こして流砂を吹き飛ばすというのは聞いたことがある」
風魔法ならナハトアの譲渡したはず。使える魔法があるか?
「ナハトア!?」
「多分、【暴風】だとは思いますが、わたしのレベルではまだ使えないようです」
僕の確認に首を横に振るナハトア。そうか。レベル不足じゃどうしようもないな。そんな僕にカリナが声を掛けてきた。彼女の後ろからクリス姫が心配そうにこちらを見詰めている。
「どの道どうしようもないのは変わりなさそうね〜。ルイさんどうしますか?」
「いや、どうって万事休すでしょ。空飛ぶ魔法もないんだよね?」
心配であることには変わりないんだけど、ジリ貧だ。【影遁の門】を使うにも視認できる影がないから潜れたとしても出口がない。つまり移動は出来ないって事だ。【影遁の門】内に延々と潜むことも出来ないからな。入れて1分だ。一緒に入るには皆離れ過ぎてるからこれも使えない。
ダークやアビスを召喚したくても、彼らを使うためには闇の中である、という使用制限があるから日中は使えないというね。空でも飛べたらとナハトアに再度確認してみるがーー。
「【飛翔】の魔法もまだ先のようです」
撃沈です。そうですか。何か他に良い案は? と思ってドーラやフェナ、ゲルルフに視線を向けるけど逸らされる始末。いや、君たちこの状況分かってる!? 今この瞬間も結構な速度で流砂の流れに乗っかってるんだよ!? あまりの落ち着きぶりにくらっと目眩がした。どうする?
「大丈夫ですよ。このまま流砂に乗って行きましょう」
「え?」
声の主に思わず耳を疑った。イエッタだ。可笑しい、あまりに落ち着き払ってる。多少なりともこの状況はパニックを起こしても良い場面だ。イエッタ以外は実際口でああは言うが焦燥感みたいなものは眼を見れば分かる。視線が定まらないのだ。安全を確保しておこうと忙しく周囲の状況をそれとなく見ている。それがイエッタにはない。じっと僕の眼を見ているんだ。
「声が聞こえるんです……」
「声?」
イエッタの言葉を受けてナハトアとカリナに視線を飛ばすが2人とも首を横に振る。聞こえてないという事だ。イエッタだけに聞こえる音。見えた光。まさかね。【鑑定】。
◆ステータス◆
【名前】イエッタ・ファルハーレン
【種族】テイルヘナ人 / 人族
【性別】♀
【職業】アサシン
【レベル】25
【状態】誘導
【Hp】916/916
【Mp】1,176/1,176
【Str】191
【Vit】267
【Agi】288
【Dex】132
【Mnd】216
【Chr】333
【Luk】118
【ユニークスキル】穏形Lv11、暗殺術Lv15
【アクティブスキル】遠目Lv8、武術Lv21、剣術Lv18、忍術Lv11、二刀流Lv15、投擲Lv9、解錠Lv10、追跡Lv15、窃盗Lv20、罠Lv5、
【パッシブスキル】偽装Lv21、乗馬Lv5、旅歩きLv15、警戒Lv10、毒耐性Lv1
【装備】鉄の短刀、ブラウス、ズボン、綿の下着、革のサンダル、マジックバッグ
【所持金】0
誘導? 誘導って何だ? 催眠状態でもない、誘導って……? いずれにしても何者かに操作されているということに変わりはない訳だ。ただ、このケースが良い方に転ぶのか悪い方に転ぶのかまでは判断できないし、出来たとしてもこのままでは何も出来ない。僕だけ自由に動けても意味がないだろ。
それにしても、スキルレベルが10で人間では達人と言われてるとウチの女神様は言ってたけど、本当に低いんだな。イエッタのステやジルケのステを見て思うのは、いかにウチの娘たちのステータスやスキルレベルが出鱈目なのかが良く分かる。
「うおっ!? こりゃいよいよ不味いな」
そんな事を考えているとラドバウトの声で我に返る。見るとおっさんたちが跨ってる砂蜥蜴の顎の辺りまで沈み込んでいたのだ。おいおいおい! ジルケやカリナたちも似たような状態になりつつある。
「ルイ様。このまま流砂に呑まれても大丈夫! 大きな空洞に流れ込んでるだけだけらから!」
ぴょこっとカリナの後ろから顔を出して舌足らずでしっかりと意志を伝えてくれるクリス姫。彼女のユニークスキルは“魔眼”だと聞いている。そのギフトの所為で狙われ奴隷にされそうになったのだから。でもその詳しい能力のことは教えてもらえなかったんだけど、信頼しても良さそうだ。それなら今僕にできる事をすればいい。
「クリス姫、どの辺りに穴が開いているのか分かりますか?」
ダメ元で聞いてみる。情報がなくても大丈夫。おっさんたちの足元辺りに飛び込んでみれば分かるはず。
「ラドバウトのところから砂蜥蜴1匹分向こう側らよ!」
可愛らしい右手の人差し指をピンと伸ばして、おっさんの向こう側を指差す。分かるのか!? いや、見えてるということか!? 何にせよ助かる可能性がある情報は歓迎だ。
「ありがとうございます、クリス姫! 僕はこれからその穴に飛び込みます。後ほど会いましょう!」
「おう!」「「お気をつけて」」「は〜い」「うむ!」「「はい!」」「御武運を!」
御武運をって、戦いに行くつもりじゃないんだよ、ゲルルフ? 突っ込みたくなる気持ちを抑えて皆に笑顔で手を振り言われたポイントに潜ってみることにした。砂しかない。砂が軋みながら流れている。う〜ん、肉体を付けてこの中に居たくないな。
10分近くは潜っただろうか。
砂の流れが更に早くなり始め、滝のように落ちる空間に抜け出た。
「おお!? 出たな。しかも何だここ、物凄いだだっ広いぞ?」
抜け出た瞬間思わず安堵と驚きの声が出てしまった。クリス姫を信じたけど、何処かでそんな空間があるのか? と不安だったんだ。ごめんね、クリス姫。後でいっぱい褒めてあげなきゃ。僕の背後で砂の滝がざーっと音を立てて降り積もっている。光はないが闇魔法にちょうどいい魔法がある。
「【暗視】」
闇魔法のLv200で覚える魔法なんだけど、夜行生物の持つ夜眼と同じ効果を術者自身に付与する魔法だ。これも急に闇魔法のレベルが上がった弊害で見落としていた魔法の一つ。元々陽の下に出れない存在の生霊という存在なので、はっきりとは言えないにしても人間の頃よりも暗闇の視力が良いみたい。目を凝らさなくても周囲の輪郭がぼんやり見える程度なんだ。でもこの魔法を使うと、かなりはっきり見ることが出来る。日光の下で見ている状態と比べれば流石に精度は劣るけどね。
視力が増して初めて分かったのは巨大な建造物の中に砂と共に流れ出たということだった。
「凄いなーー」
それしか言葉が出ない。床から天井までは30m近くあるだろうか。左右の幅はよく分からないけど、凡そ20m幅で巨大な柱が立ち、奥に向かって約10m間隔に並んでいる。先は見えない。陳腐な言い方で言うと列柱回廊のような印象を受ける構造物の中に僕は流れこむ砂と一緒に居た。
「迷宮ーーなのか?」
ふとそんな言葉が口から漏れ出る。ナハトアたちが入っていたあの迷宮はこういった建造物の要素はなく、どちらかといえば荒々しく繰り抜かれた洞窟、蟻の巣のような状態で奥に続いていた。でもここは明らかに人の手が入っている。それなのに、似たような雰囲気を肌で感じたんだ。後ろを見上げる。
天井には10m近い大きな穴が穿たれている。長年の圧力に負けて天井が崩落したんだろうか? こんな立派な構造物を作るものが天井に掛かる圧力の事を意に介さなかったとは信じられない。もし気にせずにこの回廊を作り上げたのだとしたら、ここまで太い石柱を積むことはなかっただろう。積んだのか、削りだしたのか分からないけど……。
「それよりも、安全の確保だ」
思い出して周囲の状況を見て回ることにした。もしここが迷宮であれば徘徊する魔物が居るはずだ。可能な限り排除しておきたい。
5分は過ぎたかな? 【暗視】の効果が弱まってきた。実はこの魔法、消費魔力に比例して持続時間を伸ばすことが出来るという優れものだ。Mpを10消費して1分視覚を研ぎ澄ますことが出来る。今回は5分程度。それでも奥へ続く回廊はあり、終わりは見えない。更に言うと魔物の姿も見えなかった。
「でも、違和感はあるんだよな……」
「おわぁぁぁーーっ!!」「きゃあぁぁぁーーっ!!」
ポツリと呟いた瞬間、僕がさっきまで居た場所の方からラドバウトとイエッタの叫び声が聞こえてきた。一先ず戻るか。
ずずぅん
「ん!?」
そう思い反転した時だった、奥の方で何かが落ちたのかぶつかったのような音と振動をかすかに感じた。また天井が崩落して砂が落ちてるのか? だとすれば早く合流して出口を見つけないと今度こそ生き埋めだ。【影遁の門】は使い放題だからすぐさま生き埋めになることはないだろうけど。
「きゃあぁぁぁっーー!」「うきゃぁぁぁぁーーっ!」
あの声はナハトアだな。「うきゃぁぁぁぁーー」って思わず出たんだろうけど、弄りたくなる叫び声だね。おっと、急いで戻ろう。その前にーー。
「【暗視】」
今度は最大延長出来る時間いっぱいの60分で魔法を発動させておく。さ、戻るか。
更に3人の叫び声を堪能する頃、落ちてきた7人と合流出来た。砂蜥蜴が以外に優秀で、砂の中から空間に飛び出た瞬間から手足をばたつかせ、姿勢を整えてから降り積もる砂の上に着地したのだ。砂がクッションの役割を果たしてくれたようでどの砂蜥蜴も怪我は負っていない。
人も乗ってるというのに凄いもんだな。感歎するしかない。
「それにしても、だ。でかすぎるだろ?」
おっさんが暗闇を見上げながら驚きを漏らす。うん、僕もそう思いますよ。
「ここが何か分かりますか? 迷宮とか?」
「「「「迷宮!?」」」」
「いや、その可能性がないかな? って思っただけさ」
取り敢えず聞くだけ聞いてみるかな。と思って確認を取ってみるけど、聞き返された。僕だって知りたいよ。肩を竦めて質問の趣旨を説明する。お互いに顔を見合わせているがこれと言って明確な答えには辿り着けないようだ。おっさんも「聞いたことねぇな」と取り付く島もない。
ずうぅん
まただ。奇妙な音と振動がする。
「今の何?」
カリナが耳をピクピクさせている。ナハトアもだ。皆砂を叩いて落としフードや覆い布を外している。カリナの金髪とナハトアの白髪が彼女たちの動きに合わせて揺れていた。
「重い音だったわね?」
「嫌な予感がするわね〜」
「どういう事だ?」
カリナの言葉におっさんが喰い下がる。これからのことも考えなければならないからだろうね。おっさんの前職について何も教えてもらえてないけど、クリス姫と知己だったことや、団体纏めることに長けている事を考えると、案外騎士団の上の方の人だったりしてね。ゲルルフとも知り合いだったし。
「カリナの勘はよく当たるかわ。それでわたしもよく助かってたし」
「つまり?」
ジルケがナハトアに次を促すが、カリナが言葉を繋ぐ。
「う〜ん、かなり不味い存在が居そうな気がするのよね〜。ここが迷宮なのか分からないけど。何かが居ることは確かね〜」
ずうぅん……
さっきより音と振動が近くなってる気がする。
「【召喚】ホノカ、ナディア」「「「「「っ!!」」」」」
…… あぁ〜やっと出れた! 最近、ナハトアが厳しくて出れないのよぉ〜。ルイくん何とか言ってくれないかしらぁ〜 ……
ナハトアが腰に挿す2本のクノペシュに手を掛けて従者契約した亡霊たちを呼び出す。すぐさま彼女たちは僕に纏わりつくのだった。いや、ナハトアそのジト眼は止めて。心に刺さるから。
「ちょ、ナディア、ホノカ、皆見てるから!」
…… 見てない時なら良いのね? あらぁ、いいじゃない〜。ナハトアばっかりルイくんと一緒にいるんだからぁ〜 ……
霊体同士なので感覚が伝わる。マシュマロに挟まれた僕のどうしたらわからない表情と、おっさんの嫉妬とに歪んだ顔、クリス姫やジルケは頬を真っ赤にしてる様子など今迫っている危機感を完全に忘れさせるものだった。いや、だからね、そろそろナハトアが危ないって。
「ナディア、ホノカ、そろそろ危ないって!」
…… は〜仕方ないわね。 出してもらえただけでも感謝してるのよぉ〜 ……
僕の言葉に2人は少し慌てたように、たわわな胸を揺らしながらナハトアの傍に戻ってふわふわ浮いている。ナハトアは何も言ってないけどかなり剣呑だ。不味いね。
「それにしても、こいつらも生霊なのか?」
…… 生霊と亡霊を一緒にしないでくれるかしら。 ほんとねぇ〜。わたしたちには元々体があったのよ〜。でもルイくんは初めからないの ……
いやいや。その説明可怪しいだろ!? 僕にも体はあるって。いや、あったって! 向こうの世界でだけど。ん? そもそも生霊と亡霊の違いってなんだ? 生前に強い想いがあったかどうかって事か?
「亡霊……。それにしてはルイと同じで“穢”ないな」
…… そうなのよね。 わたしたちにも分からないのよぉ〜。本当不思議よねぇ ……
なナハトアの横でくねくねと体を揺らすナディアとホノカ。まぁ、霊体とは言え、元々プロポーションが良いだけに目を奪われやすくなるのは否めない。ゲルルフくん、チラチラ見てる君も同罪だ!
「ラドバウト、鼻の下が伸びておる。不埒者め!」
「な、ち、違うのです姫様!」
おっさん、身代わりをありがとう。ゲルルフも慌てて目を逸らせてる。上手くやったな。
「言い訳は聞きとうない!」
「それよりもーー」
ずうううぅぅん
一段と近くで音と振動が響き渡った。頭上から砂だけでなく誇りや小石がぱらぱらと落ちてくる。流砂は相変わらず止まることなく地下空間に流れ込んできており、砂蜥蜴に跨る者たちの足場を悪くしていた。暗闇の奥にゆらりと何かが揺れているのが見える。炎? いや、それにしては色が可怪しい。
…… あれは!? 不味いわね。 あらぁ、死んだと思ってたらこんな所で生き延びてたのねぇ〜 ……
「2人とも知ってるのか?」
…… 詳しくは話せないんだけどね。人工合成獣よ。 ゴリラと巨人と竜と火の精霊を混ぜたっていってたかしらぁ〜 ……
「「なっ!? 今なんて!?」」
…… 精霊と混ぜてるの。 全部幼い子どもをくっつけたみたいだけどねぇ〜。さすがにこれはないでしょ〜? ……
ホノカとナディアの言葉にナハトアとカリナが気色ばむ。エルフたちにとって精霊とは友であり家族と同じだとエレクタニアでリューディアから教えてもらった。だから2人の反応も理解できる。僕もそんな研究がまかり通ってるというのが驚きだ。サフィーロ王国の辺境の街でツインテールフォックの無残な姿になった研究装置を思い出す。
ゴアアアアアアアアァァァァ――――ッッ!!!
闇の奥で得体の知れぬ何かが咆哮する。その咆哮に砂蜥蜴たちが恐怖して右往左往し始めた。本当にこのままだと危険だ。地響きと共に足音であろうものが体に振動となって伝わってくる。でも、暗闇で揺れている炎は赤色ではない、黒色なのだ。そして揺れている箇所がかなり高い良い地にあるということは、2人の言う通り巨躯の持ち主なのだろう。
「【闇の外套】。一旦ここから離れましょう。迎撃できるサイズじゃない」
なんとなくだけど、闇属性のような気がした。順に皆と4匹の砂蜥蜴にも【闇の外套】を掛けていく。僕の言葉になんとか砂蜥蜴の手綱を操って反対方向に頭を向かせた全員が頷くのだった。
「ナディアとホノカは皆のフォローを頼む!」
…… ルイくんは!? あれは逃げなきゃダメよぉ〜 ……
「殿だ。皆が十分逃げるまで引き留める。早く!」
打ち合わせを終えたかどうかの間が生まれた瞬間だった。暗闇の奥で黒色の炎が大きく揺れて膨らんだーー。
「不味い!! ブレスだ!!【闇」
その叫びが皆に届くがどうかの時に僕たちはブレスに呑まれたーー。
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