第126話 流砂
2016/8/1:本文誤字修正しました。
異変に気が付いたのは偶然だった。
砂塵が吹き抜けた時に何となく気になってクリス姫たちの野営地を覗いたんだ。
「マジで?」
思わず眼を擦ってみたけど見間違いではない。サンドワームが3疋、いや今増えて4疋蠢いていたんだ。
「サンドワームに襲われてる! 僕はこのまま救出に行くからあとはラドバウトに任せた!」
おっさんの反応は早かった。すぐに砂蜥蜴に跨がり、イエッタを引き上げていた。
「分かった! この面子だとお前が一番速く着けるだろう。追い掛けるが戦力としては期待してくれるなよ? 砂漠は人間に優しくない」
「十分さ。皆も気を付けて! 行ってくる」
「御気を付けて!」「気を付けてね〜」「「いってらっしゃいませ!」」
「【影遁の門】」
「「「「「えっ!?」」」」」
【影遁の門】。この魔法は影がある時にのみ限定で利用できる移動魔法だ。つまり、影のない夜は使えないことがある。僕には影はないが眼の前にある。利用しない手はない。利用条件がもう1つ。移動できる範囲は視認出来る範囲に限られる。魔法で構築された影の道を抜けて、視認した地点の影から出ることができるという訳。なので長距離移動は無理だ。今回の距離は移動範囲の限界だろう。驚く面々を余所に、僕はおっさんの足元に広がった幾何学模様の魔法陣に飛び込むのだった。
そして出口の指定は出来ないのも使い辛さの所以だ。思っている場所に出れないことが多々ある。恐らく今回もそうだろう。あれだけサンドワームが出ているのなら逃げ出ているはずだ。移動時間としては30数秒というかなり短縮された時間の中で行える移動魔法だ。もう少し使い易ければと毎回思う。眼の前に出口の門となり得る影が沢山見えてきた。その1つから飛び出す。
「遅かったか……」
足下には大きく胸に穴を穿たれたウドの変わり果てた姿があった。隣りに上半身と下半身を切断されたヨーナスの姿もある。どちらも治療は不可能な状態だ。ヨーナスの前には彼の下半身を喰らう砂蠍が見える。反り返った尾の先から血が滴っていた。容赦は要らないよな。
「【汝の力倆を我に賜えよ】! 【汝の研鑽を我に賜えよ】! 【汝の露命を我に賜えよ】!」
完全に干涸らびさせてアイテムボックスへ放り込む。クルトの姿は見えないが、ウドとヨーナスの遺体も回収しておく。ここに2人が居るということは向こうに行ったということか。砂蜥蜴の足跡が微妙に見える。視線の先に1疋のサンドワームの姿が見えた!
「不味い! 【影遁の門】!」
すぐさま影に飛び込む。出た先は誰かの遺体を喰らう砂鮫どもと、1疋のサンドワームだった。動くものに視線を向けると、クリス姫、ジルケ、ゲルルフの背中が見えた。つまり、クルトかカスパルのどちらかということだ。こいつら!
「【槍影衾】!」
本来【槍影】は闇魔法Lv600で10本の棘を出せるようになる。それがLv600に到達すると、その最大値を1セットとした範囲魔法を3セット敷設できるようになり、最大で10セット100本の棘が影から突き出す事になる嫌な魔法へと様変わりだ。それを容赦なく使ってやった。今までは急なレベルアップで把握しきれてなかったけど、引き籠もり生活の間に完璧さ。勿論、遺体は損傷してるが魔法を放つ前に回収済み。流石に串刺しは可哀想だ。魔獣たちから吸収しておきたいところだけど後で良い。それよリもこっちが先だ。
砂鮫たちから逃げるジルケたち3人の前にこれまでで一番大きなサンドワームが立ちはだかっていた。うん、不味いよね。あれが降ってきただけで死ねる。することは一つ、横からぶっ飛ばす。
「【影遁の門】」
すぐさま砂鮫たちやサンドワームの影へ飛び込む。10秒と掛からずに出ることが出来るはずだ。その間にしておくことは出た瞬間に放てる魔法の準備をしておくこと。
「【影鍔】」
この魔法は魔法使いの職にある者にとってネタ的な魔法だ。属性を己の拳に乗せて殴るだけなんだから。聖魔法にも【聖鍔】というものがあるから、恐らくどの属性にもこの魔法はあるんだと思う。そして、ただ殴るだけだと非力な魔法使いにメリットはない。これがネタたる所以だ。殴った瞬間に属性が魔力と共に爆発するんだよな。かなり激しく。おまけに術者は無傷と来たもんだ。こういう時に使わない手はない。眼の前に小さな影と大きな影がある。大きい方に決まってるだろ!
飛び出すと真横にサンドワームの鼻っ面が見えたので思いっきりぶん殴ってやった!体を撓らせて今にも跳びかかろうとしてるところだったようだ。クリス姫たちの方ではなく横に大きく砂から出ている体が吹き飛ばされ、砂の中に隠れていた部分が全部ではないものの顕にされた。
ジルケとクリス姫は大丈夫。ゲルルフを見ると顔面蒼白で左腕がない。おいおい、出血死するぞ!?
「ごめん! 気付くのが遅れた!! 【治癒】!」
「「「ルイ様!?」」」
「話は後! そのまま走って! 向こうからナハトアたちが来てるから合流するんだ! 【槍影衾】」
先ずは仕留めないとな。砂鮫のスキルも気になるけどまた吸える機会もある。今はこいつから吸えるだけ吸って、後を追えばいい。
「はい!」「承知!!」
僕の言葉に、一瞬気が抜けて砂蜥蜴から落ちそうになったけど、どうやら持ち直したみたい。ふぅ。良かった。ナハトアたちの騎影もあと500mくらいで合流できそうだから任せよう。それにしてもデカイな。これだけ成長するには相当食べなきゃダメだろ? 共食いもありか? だとしたら早めに吸わなきゃ、だな。
「【汝の力倆を我に賜えよ】! 【汝の研鑽を我に賜えよ】! 【汝の露命を我に賜えよ】!」
これで良し。さて追いかけるか。
《タッタラッタァァァッ~♪》
《レベルが上がりました!》
おっと。今度は早いな。でも今はステを確認してる暇はない。それに上がったのは基礎レベルだけだろうからね。ステが阿呆みたいに増えてるくらいしかないだろうから見なくてもいいか。むっ!?
背後で砂が盛り上がる気配がする。サンドワームの群れだ。砂鮫も混じってる。本当に砂の中を泳ぐんだな。これはこれで興味深い。死体は同種であったとしても食い物にしかならないってことか。砂漠の食物連鎖を垣間見れたと思っていいのかも。当然人間は最底辺ーー。
「お? おっさんと知り合いなのか?」
ふと気がつくとナハトアやラドバウトたちとクリス姫が合流して居るのが見えたんだけど、クリス姫がラドバウトに飛びついているのが見える。見間違いか? ゴシゴシ眼を擦ってみたけど、どうやら見間違いではないらしい。ゲルルフも顔色が悪いままだけど左腕も再生している。あとは食事だな。
「おお! ルイ様! 助かりました!」
僕の姿に気が付いたゲルルフが顔を綻ばせながら駆け寄ってきてくれた。いや、そんなに動かない方がいいって。
「ごめん。他の4人は助けられなかったよ。3人分の遺体は回収できたんだけどね」
「な、あの中で!? 感謝致します。クルトは前日にサンドワームに襲われたので遺体も見つけれなかったのです」
ああ、あの時襲われていたのはクルトだったのか……。いたたまれないな。
「ルイ様が気に病まれることはないのです。我らは姫様の盾となる覚悟で御傍に仕えて参りました。その勤めを果たせたのです。誇ってやってください。それがあいつらの手向けです」
強いな。泪を見せることなくそう言い切れるっていうのは並大抵のことじゃ出来ないぞ。
「分かった。でも、出来るなら覚悟だけで済ませれるように、次からは僕もサポートする。悲しむクリス姫の顔は見たくないからね」
「ーーーー仰る通おりですな」
「ゲルルフさんもまずは血を取り戻さないとダメだ。顔色が悪い。魔法で直せるのは傷だけで失った血まではカバーできないから」
「然様でございましたか。それにしても、ルイ様は途方もなくお強いのですね。サンドワームが殴られて吹き飛ぶとは思っても見ませんでした」
「魔法ありきだけどね」
興奮して語るゲルルフに若干引きながらも乾いた笑いで対応する。昔から褒められ慣れてないせいか、褒められるとむず痒くなるんだ。
「ルイ」
あ、おっさんか。巫山戯てる雰囲気じゃなさそうだね。ゲルルフの背後からゆっくり並び立つラドバウトの表情は少し緊張しているようだ。柄でもないな。
「何? 改まって?」
「クリスティアーネ殿下を救ってくれたこと、礼をいう。助かった。オレではどうにも出来なかったからな」
そう言っておっさんが頭を下げたんだ。
「いやいやいや、頭を上げてください。もともと助けるつもりだんたんだし、おっさんに頭下げられる筋合いはないんですって」
「そうは言うがな……」
「ルイ様!」「ルイ様ぁーー!」
ジルケとクリス姫が駆け寄ってくる。まだ【実体化】してないから抱き締めてあげれないけど、うん、無事で良かった。その後ろからナハトアたちが笑顔で歩み寄って居る姿が見える。
「2人とも無事で何よりでした。もう少し早ければ」
「ルイ様、それ以上は無用です。姫様がまた泣かれてしまいますので」
「ああ、そうか。そうだね。分かった」
「うぐ……。あたち泣き虫じゃないもん」
「はいはい、クリスちゃんよく頑張りましたね〜。怖かったですね〜。もう大丈夫ですよ〜」
気がつくとカリナがクリス姫を抱き上げていた。いつの間に。ぽふぽふと叩かれるリズムに緊張の糸が緩み、クリス姫が号泣し始める。幼いながら耐えていたんだな。そんなことも見抜けないとは、僕もまだまだだな。ジルケがそっと目礼していた。カリナは手をひらひらさせながら、それに対応して見事にクリス姫をあやしている。大したもんだ。そう言えばカリナこと殆ど知らないな。
結局、砂蜥蜴に乗るメンバーが少し変わることになった。ラドバウトとイエッタ、ジルケとナハトア。カリナとクリス姫、ドーラとフェナ。ゲルルフは1人乗りだ。【実体化】の再詠唱時間は完了しているから何時でも【実体化】できるけど、現時点ではこのままの方が機動性もいいし襲われても心配ないから現状維持だ。
サンドワームの襲撃を何とか撃退できたとはいっても、目的地は王都だ。このまま砂漠の真ん中で立ち話をしている訳にもいかない。襲撃された野営地が気にるものの、あれだけのサンドワームが現れたんだ無傷で済むはずもないだろう。それで僕たちは別ルートで王都を目指すことにした。
◇
サンドワームの襲撃から5日が過ぎた。街を出てから数えると6日目の朝だ。今朝も雲一つない澄み切った青空が広がっている。胡座を組んだ状態で伸びをし、昨日まで歩いてきた方向に眼をやってみた。ただ砂漠が広がっているだけだ。
旅程は滞りなく進んでいる。ここまで来ると気持ち悪いくらいにね。それを口にすると、ラドバウトのおっさんから怒られてしまった。それが普通なのだと。あれほどの砂漠の魔獣が現れる方が異常で、普通は遠くに見かけるくらいなんだとか。そう出来る理由が砂除けの笛だ。定期的にこの笛を吹き鳴らすことで砂漠に住む魔獣除けの効果があるらしい。ナハトアに着いている“女王の残り香”の方が強い気もするけど、音や振動に敏感だと聞かされて納得した。嗅覚はあまり敏感ではないらしい。
「相変わらず精が出ますね」
ゲルルフの声が背後からしたので顔だけ動かす。魔力操作の最中にちょうど声を掛けられたんだ。今ので100珠あった【黒珠】が20ぐらい黒い霧になって消えてしまった。これくらいで集中力が途切れるなんてまだまだだな。
「ええまぁ、そんなに苦行みたいには捉えてないですよ? どっちかといえば楽しんでるくらいですから」
再度視線を【黒珠】に戻して背中を向けたまま答える。う〜ん、視線を外すとこんなにコントロールが難しいのか。新しい発見だな。
「もう十分な強さをお持ちだと思いますが?」
呆れたような感じで反応が返ってくる。
「ありがとうございます。でも上には上が居ますからね。自己満足で終わってると必ず足元を掬われる日が来ますよ」
「ははは。それをルイ様から言われると耳が痛いですな」
ゲルルフが笑いながら僕の隣りに来た。彼の視線は【黒珠】ではなく、昇り始めた太陽に向けられているみたいだ。でもそれを気にしたせいで更に10近く黒い煙になって【黒珠】が消えていく。あ〜もう!
「しかし、ルイ様の上を行くとなると相当な化物ですよ? あ、いえ、ルイ様が化物と言っている訳ではなくて」
「大丈夫ですよ。初めから規格外な存在ですからね。自覚はしています。ただ、僕はここ3年位のぽっと出ですからね、それこそ何百年と研鑽を重ねてきた魔王とかには正直敵わないと思います。出来れば遭いたくないですし」
魔族や竜族というのはエルフたちのように長寿だ。僕のような思考の持ち主が居れば同じことをしてるに違いない。その場合、力は勝っていたとしても巧さでは敵わないだろう。そこに付け込まれれば、僕の命も危うい。何せ不死ではあるものの、不滅ではないんだから。
「ははは。わたしも同感です。この国は歴代の魔王軍と衝突していますからね。魔王の怖さは子どもでもよく知っています」
その魔王だ。僕は何処の魔王もよく知らない。所謂、二つ名と呼ばれる称号のような名前で知ってるの魔王が2人、名前を知ってる魔王が1人居るだけでプロフィールなどさっぱりなんだよな。
「この隣りの魔王領の王様はどんな奴なの?」
知らないからこそ聞ける。もっとも知ったか振りをするつもりもないけどね。
「剣王……ですか」
「そう、それ“けんおう”! 前にチラッとだけ名前を聞いたんだけど、拳だったか、剣の方だったかあやふやなんだよね」
「剣の方です。わたしも詳しくは知りませんが、剣王の代になってから戦が止んだとは聞いています」
「は? 戦が止んだ? 激化したわけじゃなく?」
「はい。現に剣王の代になって150年は魔王軍が侵略して来た事がないそうです」
おいおい、物騒な二つ名がある割りには大人しいじゃないか。けどーー。
「そんなに平和なのに何で“剣王”って二つ名だけが独り歩きしてんの? こっちの国の誰かが着けた二つ名じゃなさそうだよね?」
「魔王領での情報収集をした処、名の名前が出て来たそうです。何でもあらゆる剣に精通して使い熟し負け知らずとのこと。先代魔王を弑した際に付けられた二つ名とか」
随分情報が流れてるじゃないか。駄々漏れと言ってもいい。先代殺しとか敢えて言わなくてもいい話だろ? それが父親殺しとかであれば尚更隠したくなる情報だろうに。ま、父親殺しは僕の妄想だけど、いずれにしても明らかに意識的に流したものだぞ? この国の諜報部は大丈夫なのか?
「なる程ね。物騒な感じは伝わってきたよ。出来れば穏便に魔王領を通過したいもんだね」
「え? ルイ様は魔王領にいかれる御予定なのですか?」
「うん、急ぎではないけどナハトアとカリナの付き添いでね。シムレムに行くルートに魔王領があるから仕方なく」
「そうでございましたか。その流れで我らと縁を結んでくださり感謝致します」
「いやいや、ついでと言っちゃあ失礼だけど、たまたま利害が一致してたからね。あ〜っ!」
さっきまで集中しながら話せてたのに、手を振ってしまったせいで残っていた【黒珠】が全部霧散してしまった。なんてこった。
「申し訳ありません」
「あ、気にしないで良いですよ。僕の方の問題なので。それよりそろそろ起きてくるから準備しないとですね」
慌てて頭を下げるゲルルフに手を振って思い留まらせて言い訳を口にする。でも、新しい課題が見つかったんだありがたい。エレクタニアじゃ皆僕の邪魔をしないように気を遣ってくれてたからね、気が付けなかったよ。
「はい、では行って参ります」
一礼して朝食の準備に向かうゲルルフの背中を眼で追いながら、僕はもう一度背伸びをした。剣王という存在に思いを馳せながらーー。
◇
同刻。
ミカ王国が王都アレーナにある王宮の一室に2人の男が居た。1人は部屋の主であるオーケシュトレーム子爵だ。もう1人の男は室内だというのに黒いフードを冠ったままだ。マントの前身頃は閉じられており脱ぐ気がないと窺い知ることが出来る。
奇妙な事に、部屋の主であるオーケシュトレーム子爵は直立不動で、フードを深々と冠った不審な男がソファーにどっかりと腰を下ろし優雅に足を組んでいたのだ。
「それで首尾はどうだね?」
「はい、概ね良好と言って良いと思います。頂いた道具の御蔭です」
オーケシュトレームが淀みなく答えてお辞儀をすると、その鼻の頭に杖が突き付けられる。魔法使いがよく手にしているような木の杖だ。何の飾り気もない木の杖だが、よく使い込まれている所為なのか黒光りしている。
「ふん。小娘1人ものにできないでいるのにか?」
「っ!? 流石に御耳が早い」
その指摘に一瞬だけオーケシュトレームの顔色が変わる。
「まあ良い。ここに寄ったのは帰り道のついでだからな。お前を足らずを責めに来たのではない」
「ついでと申しますと?」
「ああ、エレボスを西に越えた所にある国でな、ちょっとした実験をして居たのだ。その研究の成果を回収に行ったら見事に潰されておったは」
「なーー。それは真ですか?」
「嘘を付いてどうなる? お蔭で俺は手振らさ。ツインテールフォックスの検体がもう少し欲しかったのだが、仕方ない。また“三の頭”にでも頼むとしよう」
特にガッカリした様子も見せずにフードを冠った男は、杖を引いて肩を竦める。然程重要な研究でもなかったのだろう。落胆の色は濃くない。
「ミスラ」
「それを口にするな」
オーケシュトレームが男を呼ぼうとした途端に再び杖を突き付けられた。トーンが1つ下がったことに気付き慌てて頭を下げる。
「申し訳ありません」
「何だ? 何かを言いたかったのだろう?」
その様子を満足気に見た後、続けるように促すのだった。明らかにオーケシュトレームより立場が上であることが分かる。だが、旅装束であることを考えると王宮仕えでもなさそうだ。
「御存知ないのですか?」
「何をだ?」
「“三の頭”および船3隻が討ち取られたと」
「な、莫迦な!? あの女がそう簡単に殺られる筈がないーー。いや、待て。だとすると俺が得ていた情報は意識的に伏せられていたものだということか? ちっ、女狐め、忌々しい。折角良い研究材料が届くと思っていたらこれか。暫くここで材料を仕入れねばならなくなりそうだな」
オーケシュトレームの言葉に男がソファーから腰を浮かせる。それまで冷静だった男が初めて動揺を見せた。そのままソファーから立ち上がると杖を片手に部屋の中を歩き始める。ぶつぶつと独り言を口走りながら部屋の中を言ったり来たりするフードを冠った男。
「それでしたら適当な大きさの家を用意させましょう」
その様子を見ながらオーケシュトレームが優雅にお辞儀をするのだった。その申し出に男は立ち止まって再び杖を突き出す。
「そうか。折角得た力の使い方を拝見するとしよう。お前のやることに口も手も出さん。その代わり足が付かぬようにこちらは好きにやらせてもらう。良いかな?」
「御自由に。根回しはしておきましょう」
お辞儀したまま口角を上げるオーケシュトレーム。
「ふむ。邪魔をしたな」
「何時でもお越しください」
「ーー。喰えぬ男だな」
表情を伺わせぬようにお辞儀したままのオーケシュトレームに一言残し、フードを冠った男は静かに部屋を後にするのだった。男が出て行って暫くするとばたんと扉が閉まる音が部屋に響く。その音を聞いてオーケシュトレームは頭を上げたのだった。薄笑いを顔に張り付かせたままーー。
◇
野営を畳み、出発してから一刻が過ぎようとしていた。まだ昼間では時間がある。僕は熱の影響を受けないけど、他の人はそうはいかない。水分を取り岩塩を舐めながら移動中だ。
「本当にこっちの方角であってるんですか?」
砂漠の移動なんて初体験だから何処に向かってるのかすら分からない。360°砂漠なのだ。もしかしたら来た道を知らずに帰ってるんじゃないか? と思ったことだって何度もある。なのでこういう言葉が出るんだよな。これで何度目か忘れるくらいに。
「五月蝿えな。砂漠のこと知らねえんだったら黙って付いて来いってんだ」
「そうは言いますけどね。知らない者にとっては結構不安なんですよ? 見渡す限りの砂漠っていうのは」
「ったく。夜のうちにな。空の星を見て進路を決めておくんだよ! 空には動かねえ星がある。それを基準に進路を決めるんだ。海での航海術と同じだ、分かるか!?」
「六分儀を使った天測航法があるんですか!?」
「はぁ!? 何言ってるんだ? ろくぶんぎを使ったてんそくこうほう? 何だそりゃ?」
おっと、道具の名前とかは同じじゃないって事か。航海術のスキル取ったけど精通してないから使えないんだよな。でも、知ってて損はない。
「いえ、また教えてもらえますか? 興味があるので」
「お、おう。今夜にでも教えてやるよ。ん? 何だイエッタ?」
以外に照れ屋さんなのか? 男でツンデレは勘弁だけど。そんなことを思ってたらイエッタがラドバウトの袖を引いたみたいだ。
「あちらで何か光るものが見えました。行ってみて頂けませんか?」
珍しい。自己主張する所を見たことない娘がお願いするなんて。イエッタが指差す方向は斜め左だ。僕には見えなかったから振り返ってナハトアたちの表情を窺う。皆一様に首を振った。見えなかったということだ。ラドバウトが困るのも頷ける。ただ、彼女のことをクリス姫の次に気にかけてるのは見ていて良く分かるし、この件も叶えてあげたいと思ってるのだろう。分り易い男だね。嫌いじゃないけど。
「そんなに遠くに迂回するわけでもないなら、行ってみても良いんじゃないかな?」
なので、助け舟を出すことにした。
「賛成〜」「あちしも気になるぞ!」「ご自由に」「ーー」「「ご主人様が行かれるなら」行きます」「問題ありませんな」
と口々に背中を押していた。ナハトアだけ黙ったままだけど。いや、今朝から口数か少ない気がするな。
「そうか? 済まないな。すぐに済ませる。イエッタ案内してくれるか?」
「分かりました」
おっさんはにやけながらボリボリと頭を掻くと、イエッタに声を掛ける。そしてイエッタの指差す方角に砂蜥蜴の頭を向けるとゆっくり探索を始めるのであった。
『ナハトア。朝から口数少ないけど、調子でも悪いの?』
同じように砂蜥蜴の手綱を引いて方向を変えているジルケの後ろに周り、ナハトアにエルフ語で尋ねてみた。カリナの耳がぴくぴく動いている処を見ると聞こえているようだ。
『ルイ様。いえ、何となく胸騒ぎがして』
『胸騒ぎ? 危なそうな気配がする?』
『はい。警戒のスキルが発動してるんです。何もなければいいんですが』
警戒スキルね。敵対する意志ではなく危険な兆候に注意を促すスキルだったな。どういう事だ? またサンドワームみたいなものが出るってことか? そう思った瞬間だった。ずるっと砂が動いたのだ。ほぼ平面のはずの砂が。それがただならぬ事を指していると言うのがおっさんとジルケ、ゲルルフの表情から読み取れた。砂蜥蜴がその場から動こうとするものの、砂が崩れてその場から動けない。いや、動けないどころか一定の方向に向かって徐々に流れが出来ていたのだ。
「手綱から手を放さないで! 後ろの人は前の人にしっかり捕まって!? おっさん!?」
一先ず注意をして意識をはっきり持たせる。動き出した砂が眼の前のだけならどうにかなったんだろうけど、僕たちの周囲50m幅で砂が動いているのだ。どうするんだこれ? どうすればいい?
「不味いな。流砂だーー」
何処か冷静なラドバウトの声が僕の耳で無情に響いていたーー。
最後まで読んで下さりありがとうございました!
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