第123話 暗黒魔法
2017/1/21:本文修正しました。
2017/1/22:本文修正しました。
2018/10/2:ステータス表記修正しました。
「ジルケです。お話したいことがあり参りました」
おいおい。ジルケさんや、いかにも怪しんでくださいというタイミングで来るのはどうかと思うぞ? まぁ、そんな事は噯にも出さずに対応するけどね。
「こんな時間にどうしたんです? 鍵は空いてますからどうぞ」
一般常識であれば扉に施錠するのが防犯的に正しい対応だ。でもこの宿自体を極秘裏に引き払ってるので鍵を掛ける必要がないのと、誘き寄せやすいという利点を考えて不用心さを演出したんだよね。
がちゃりと音がして扉がゆっくり開く。そこに立っていたのは鎧姿のジルケではなく、年頃の女性らしい服装をした乙女が立っていた。待てまて待て。可怪しいだろう!? そんなあからさまな釣り餌に食指が動く筈もない。何があった、ジルケさんや?
「えっと……」
「そこに立っていても目立つだけですからどうぞお入りください。4人はお風呂に行ってます。久し振りのお風呂なのでゆっくりして来るみたいですよ?」
「そうですか」
宿を出たなんて言う訳もないから、有り得そうな事を適当に理由付けしておく。自分を襲おうとした海賊を躊躇せずに屠った彼女の気質を考えると、明らかに作った感が否めないんだよな。なので、【鑑定】してみた。
◆ステータス◆
【名前】ジルケ・フェン・トイヴォラ
【種族】テイルへルナ人 / 人族
【性別】♀
【職業】エスクワイア
【レベル】36
【状態】催眠、魅了
【Hp】3,088/3,088
【Mp】2,692/2,692
【Str】458
【Vit】371
【Agi】420
【Dex】226
【Mnd】269
【Chr】350
【Luk】303
【ユニークスキル】捜索Lv25
【アクティブスキル】騎士剣術Lv15、武術Lv21、盾術Lv33
【パッシブスキル】侍女Lv30、乗馬Lv28、旅歩きLv15、警戒Lv29、料理Lv11、野営Lv8、火耐性Lv31、地耐性Lv34、威圧耐性Lv17
【装備】ブラス、ノースリーブワンピース、サンダル、綿の下着、紫煙の短刀
【所持金】0
催眠ね。誰かに掛けられたということか。それも心に隙が出来るくらい安心できる身近な存在から。ん? 魅了? どうゆうこと? 誰に魅了されたんだ? あと装備の最後にある紫煙の短刀。これ明らかに僕対策だよね?
「そんなに固くならなくても大丈夫なので、ベッドにでも座ってくださいな。僕は触れないし、時間的にまだ【実体化】もできないから」
部屋に入ったまま立ち尽くすジルケをベッドに誘導する。にゃんにゃん出来る状態でも気分でもない。逆だ。自分の手は汚さずにコソコソするというやり方が僕の性分じゃないだけさ。相手によっては有効な手段であることは認めるけど、僕には悪手だ。
「……」
もともと自分を強く見せて意見を通そうとする傾向があるジルケが告白できるはずもない、というのが僕の予測なんだけど、そのようだ。俯いてモジモジする姿は可愛らしいが話が進みそうにない。仕方ないね。
「単刀直入に言うからよく聞いて」
「はい」
僕の言葉に真剣さが加わったのが分かったのだろう。慌てて顔を上げて僕の眼を見る。
「僕にはその気はない。そして無理やりそう仕向けられてる女性なら尚更そうだ」
「え?」
何を言ってるの? という顔になったジルケに状態異常からの回復魔法を掛けることにした。
「【治ア療】」
「あ……。え!? 何でわたしはこんな格好を!? ルイ様!?」
視点が定まらない感じでぼ〜っとしていたジルケだったが、覚醒すると状況確認を始める。つまりこの姿の時に催眠なり魅了なりを掛けられていない可能性が高いというわけだ。僕の姿に余計にびっくりするのだったが、声を落とすように人差し指を口に当ててトーンを下げさせる。
「しーっ。落ち着いて何も質問せずによく聞いて」
「ーー」
その意味が分かったようで、無言で頷くジルケ。説明を再開するも、叫びそうになるので慌てて制する。
「この部屋は今囲まれているんだ。僕ともども君を消すために。しーっ! 今キミのステータスを見せてもらったら【催眠】と【魅了】状態だった。クリス姫を君から引き離すためだったんだろうね」
「そんなーー」
自分がそんな【状態】であったことに驚きを隠せないようだ。同じ立場に立たされれば誰だってそうだろう。気持ちを落ち着かせるのは自分でしてもらうことにして、これからの手順を説明するほうが最優先だな。
「それで君がすぐ戻れば怪しまれる。なのでここで強制的に寝てもらう。眼が覚めたら死体だらけかもしれないけど上手くごまかして欲しいんだ。できる?」
「ーー」
黙ったまま頷くジルケ。まだ混乱してるだろうけどじっくり説明している暇はない。
「お願い。それとここに来る前最後に逢った人と何を話したのか教えてもらえるかな?」
「駐屯所の騎士隊長と話しました。もう2、3日すれば出発だから今は英気を養うようにと」
騎士隊長ね……。まぁいいか。
「あとは任せてベッドに横になってくれるかな?」
「こ、こうでいいですか?」
「それでいいよ。【誘眠】」
サンダルを脱がずにそのままベッドの上に横になるジルケ。あの時の姿が一瞬脳裏を過ぎったけど引き止めずに【誘眠】の魔法を掛ける。もともとレベル差があるので抵抗できる訳もなく寝息に変わった。これで良し。さてと、問答無用でいいかな。
「【常闇の皇帝】」
「主よ。呼んだか?」
僕の影から黒い人型の何かがぬぅっと上半身を現す。
「この部屋に対して敵意を示しているものは食べていい。ただし、器にはしないこと」
「……承知した。それと主よ」
「ん? 何?」
「深淵が煩わしいのだ。我ばかり贔屓だとな」
「あびす? いや僕の持ってるリストにはその名前はないよ?」
「なる程。ならば是非もない。其の方が直に契約すればよかろう」
「は?」
ねえ、誰に話しかけてるのかな?
「その間に我は血肉を味わうことにする」
黒い人型の何かがすぅっと影の中に沈んでいくのと重なるように、別の黒い人型の何かが傅いた姿のまま現れるのであった。シルエットで判断する限り女性のようだ。胸とおしりの柔らかい曲線が無言に立証している。
「初めて御意を得ます。深淵の女帝と申す存在でございます。どうか妾も主様の御傍の小間使としてお召し抱えくださいますよう伏してお願い申し上げます」
聞き耳をずっと立てておきたくなるような艶のある声がシルエットから発せられる。正直ウチの娘の中には居ない声質だ。おっと、気を確かに持とう。
「まぁ、あいつの推薦なら断る理由もない。ただし、勝手に器を用意しないこと。僕の眷属たちに手を出さないこと。この2つが守れるなら主従の契約を結んでいい。どう?」
「おぉっ! 感謝致します! 厳守致します! 主様!」
その言葉にガバッと顔を上げるのだったが、やはり【常闇の皇帝】と同じで頭と顔の輪郭がわかる凹凸がある何もない黒い頭部が僕を見詰めていた。眼はないけれど、明らかに見られているのは感じられたのだ。凄いな。
「あいつとは召喚で呼び出した時点で契約が済んでたんだけど、お前とはどうすればいい?」
「ゆ……」
「ゆ?」
「指を」
「指を?」
「吸わせて頂きとう御座います」
「ええ!?」
「ダメで御座いますか?」
「い、いや。予想外の処から契約行為が降ってきたから驚いただけだよ。それくらいなら大丈夫。吸い過ぎないでね? あ」
と注意してる内にカプリと人差し指が咥えられた。吸い付くというよりねっとり舌が絡みつくと言ったほうが良いのか? その辺りは想像に任せるがぞくぞくっと背中に何かが走ったのは確かだね。10をゆっくり数えるくらいの時間だっただろうか、漸く指が解放されつぅっと指から糸が垂れる。もし表情がわかるのであれば恍惚とした表情なんだろうな、と余韻に浸る深淵を見ながら思うのだった。
「〜〜〜〜〜♪ 甘露ーー」
「吸い過ぎだって」
一応苦情は申し立てておく。我に返った深淵が再び頭を垂れたので、同じ命令を出すことにした。それくらいしか今は思い浮かばないからな。
「この深淵、如何様にも使い潰し下さいませ」
「じゃあ、最初の命令はあいつと同じだ。この部屋に敵意を向けている者を1人残らず食べちゃって。残ってるといいね。ただし器ににしないこと」
「御意のままに。主様」
そう注意して、深淵が影に沈んでいったと同時にアナウンスが流れたーー。
《秘匿闇魔法【深淵の女帝】を習得しました。これにより闇魔法の封印が解除され暗黒魔法の仕様が可能になります。暗黒魔法の解放に伴い、暗黒耐性が付与されます》
「はぁ!? ここに来てアクティブスキルの解放!? しかも闇魔法の上位版!? おいおい、アクティブスキル習得不可じゃなかったの? ステータス!」
◆ステータス◆
【名前】ルイ・イチジク
【種族】レイス / 不死族 / エレクトラの使徒
【性別】♂
【称号】レイス・モナーク
【レベル】121
【状態】加護++
【Hp】243,000/243,000
【Mp】457,397/7,461,263
【Str】11,104
【Vit】9,072
【Agi】8,089
【Dex】5,646
【Mnd】5,185
【Chr】4,385
【Luk】3,159
【ユニークスキル】エナジードレイン、エクスぺリエンスドレイン、スキルドレイン、※※※※※、※※※※※、実体化、眷属化LvMAX(範囲眷属化)、強奪阻止
【アクティブスキル】鑑定Lv230、暗黒魔法Lv1(New)、闇魔法LvMax、聖魔法Lv500、武術Lv151、剣術LvMax、杖術Lv257、鍛冶Lv207
【パッシブスキル】隠蔽LvMax、暗黒耐性Lv1(New)、闇吸収、聖耐性LvMax、光無効、エナジードレインプールLv20、エクスぺリエンスドレインプールLvMax、スキルドレインプールLvMax➊、ドレインガードLvMax、融合Lv245、状態異常耐性LvMax、精神支配無効、乗馬Lv146、交渉Lv500、料理Lv80、採集Lv190、栽培Lv156、瞑想Lv800、読書Lv740、錬金術Lv687、航海術Lv474、操舵Lv80
【装備】シュピンネキルトのシャツ、綿の下着、綿のズボン、ブーツ、アイテムバッグ
【所持金】0
ちょっと待て、ユニークスキルの※※※※※が解放された訳じゃないのか? 普通にプラス? 何が何だかさっぱり理解らん。転生した段階でチート禁止のためこれ以上覚えられないようにしたってウチの女神0様が宣わってたよな。誰か説明して欲しい。
新しくないとか?
ふと別の可能性が浮かんできたんだ。つまり基礎属性魔法には予め上位が封印されていて、ある条件がクリア出来た時に限り上位魔法が解放される。これなら説明が付く。飽くまで仮説だけどいい線いってる気がするな。
暗黒魔法を触ってみると魔法名が浮かび上がる。
「【激痛】。……完全に上位交換だな。闇魔法のLv1の魔法は忘れもしない【苦痛】だ。効果は? 【鑑定】」
◆【激痛】◆
【分類】アクティブスキル。暗黒魔法Lv1。消費Mp100。全身に激痛を走らせ、Mpを削る。Mpが枯渇するとその反動で気絶するが、痛みのために気絶してしまうことはないように守られる。拷問魔法と悪名高い魔法である。
oh……。魔法の性格が悪くなってる。消費Mpは【苦痛】の10倍か。
「あ、しまった」
新しい魔法の事で頭が一杯になって、1人連れてくるようにと言ってない事に気が付いた。あ〜時間的にもう残ってないな。何となくだけどあの2人の事だ、競い合って嬉々として戻ってきそうな気がする。動ける範囲もそんなに広くないだろうに。
「主よ。仕事は終わったぞ」「主様、只今戻りました」
そんなことを思っていたら背後に2人が傅いていた。仕事が早いね。聞くだけ聞いてみるかな。
「ありがとう。それで何か分かったことはあるかな?」
「我はない」
即答だった。こいつはヴィルとは違った意味で我が道を行くな。と思ったらアビスが透かさず鼻で笑った。仲悪いのか?
「愚か者め、主様の御心を察すれば自ずと答えに導かれようものを」
「何?」
当然そんなことを言われれば面白くないに決まってる。剣呑な雰囲気がダークから撒き散らされるがアビスは気にしていない。彼らに名前はないし、まだ“名付け”もしていないから魔法の前半の名称で区別してるんだ。
「主様、彼奴らはこの街の守護を仰せつかっている者たちの影で御座いました。目的は其処な小娘と主様と供の者らの殺害でございました故、聞き出した後は始末いたしました」
う、うん、アビスは出来る女のようだね。顔があればさぞ悦に入った表情をしてるに違いないと想像できるのは何故だ?
「なる程ありがとう。よく調べてくれたね。動ける範囲から更に外に嫌な気配はなかったかい?」
「うむ。手が伸ばせる範囲で食べておいたから問題あるまい」
「はい、主様。妾も手の届く範囲で処置しておきましたので問題ないかと」
手が伸びる!? いや変な想像はしないでおこう。こいつらは影や闇の中を自由に行き来できる。恐らく僕の知らない魔法とかも使えるんだろうけどまだ見たことはない。ダークが白豹王をぶん投げた事を考えると膂力は相当あるはずだ。闇や影の力が自由に使えたとしても不思議はないだろう。
「じゃあ安心だ。さてと、周辺が問題ないなら移動したいとこなんだけど、この街に居る僕の眷属の位置は分かる?」
「当然だ」「把握しております」
勝手が良すぎるね。勝手ついでに頼んでみるかな?
「このままそこに行くと闇夜に目立っちゃうんだよね。目立たないようにして連れて行ってくれないかな?」
「主様をお連れするのは妾にお任せを」
と言うが早いかアビスがするりと右腕に腕を絡めてきた。あ〜なんだ、ホノカたちと同じ感触だは。肉感がある。しかもアビスのマシュマロはGはある。いや、待てまて。左肩にあるこの手はなんだ?
「戯れ言は其処までにしておけ。主は我に頼んだのだ。其の方は下がれ」
あ〜なんか頭痛くなってきた。僕を挟んで視線の火花が散ってる気がする。美女に挟まれてというのは幸いなことに経験があるけど、むさ苦しいおっさんとの取り合いというのは勘弁して欲しい。美女のほうが良いに決まってる。ただ、今回のケースはどれにも当てはまらないというか……。顔無しの黒い人型の何かに挟まれている訳で対処に困る。
「あ〜なんだ。じゃあ2人で連れてってくれないか?」
事なかれの典型的な日本人対応力がここで発揮された。八方美人とも言われる対応だ。ま、僕の評価が下がるだけで周りが落ち着くならそれでいい。
結局球状の黒い膜で3人が覆われ、壁を抜け宙を移動し、ものの5分で砂蛙の憩い亭の食堂に到着するのだった。その時点でダークとアビスは姿を消している。
「な、な、な、何で生霊がここに居るんですか!?」
「イエッタ落ち着け」
急に現れたも在ったんだけど、若い女の子がこちらを指差してワナワナしてる。そこにあのおっさんがやって来たので目礼だけしておいた。
「こ、これが落ち着いていられるんですか? 生霊って言ったら準災害指定生物ですよ!?」
何気に酷いこと言うなこの娘。気にせずにおばちゃんを呼んでみるかな。
「こんばんは〜」
「あ、あんたかい。物騒なものを連れ込むのはよしておくれよ? 危なく咬みつくとこだったじゃないかい」
咬みつくって……。どういう事? 奥から前掛けで手を拭きながら小太りのおばちゃんが出て来た。あ、プレゼントした前掛け使ってくれてる。
「あ、すみません。この姿だと夜空の移動は目立つので隠してもらって来たんですよ」
簡単な説明だけして、敵意と悪気はなかったと謝っておく。
「ラドバウト様、何なんですか? この生霊」
「気にするんじゃない、イエッタ。よく見てみろ、女将のおばちゃんは気にしてねぇだろ?」
「そう言えば……」
「ここじゃ気にしたほうが負けだ。受け入れろ。その方がお前のためになる」
「わ、分かりました」
いや、何を話してるんでしょうかね、この2人は? ちらっと視線をずらすとガッツポーズをする女の子が居た。いや、気合入れる処間違ってるからそれ。
「あんたの連れなら302号室だよ。みんな可愛い子じゃないかい」
「ありがとうございます。家族は1人だけなんですけどね。あとは友人とペットです」
「「ペット!?」」
イエッタと言ったかな。彼女と向こう傷のおっさんがハモる。今変な想像したよね? いや、僕も言ってしまったなとは思ったけど、喰い付きが良すぎでしょ。
「ああ、すみません。誤解が無いように訂正しておきますね。ペットみたいにじゃれつくということです。では」
3人にお辞儀をして僕は教えてもらった部屋に行った。そこで一悶着あったんだけど無事に夜を過ごせそうで安心したよ。え? ああ、「見た」とか「見てない」とかと言った話ですね。はい。
◇
その夜は問題なく過ぎ去り、小鳥たちの囀りで夜が明けたことに気付く。
僕自身睡眠欲はないので寝る必要もないんだけど、起きててもすることがない事が多いから意識して寝るふりをしてるんだ。寝たという感覚はないけど、何となく気分的に目覚めが気持ち良いんだよね。まだ4人は寝ているからそのまま朝陽を浴びに屋根の上に出ることにする。
比較的早い時間かな。メニューを見ると6:42と表示されてた。
「んーーーー!」
屋根の上で胡座をかいたまま伸びをする。ふわふわ浮かんでるから落ちることもない。
さて、どう動くかな。今日、明日には動きがあるということは連絡した返事が来たということだ。忙しいくらいで済めばいいんだけどね。
朝陽に照らされたフィーニスの街並みは、朝露で濡れた屋根がその光を反射して燦々と輝き、エレボスの峰々を前にして高貴な姿を披露している。その様子を高い所から見ようと思い高度を上げている時だった。眼の前を1羽の鳥が横切ったのだーー。
「隼!?」
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