第117話 始動
※2017/8/30:本文加筆修正しました。
2018/10/2:ステータス表記修正しました。
陽の光が一切入って来ない洞窟の中、その1つの行き止まりで芳しい匂いが漂っていた。僕には匂いが分からないけど、きっとそうだと思う。だって焼きたてのパンなんだよ?
アルゲオの街で焼きたてのパンを結構な数仕入れておいたんだ。アイテムボックスは時間の経過がないチート倉庫だから匂わない訳がない。火を起こしても良かったんだけど、風が吹き込んで来ない密閉された空間で火を起こすと一酸化炭素中毒になって仲良く僕の大仲間になること請負だ。流石にそうする訳にもいかず、調理済みの食材をパンに挟んで食べているんだけどね。皆の腰の周りには羽織っていた防寒コーロがずり落ちたかのように置かれている。いや、脱いで畳むのが面倒だからそのままにしてあるだけか。
「量はともかく落ち着いたわ」
カリナがカップに注がれたワインを飲みながらおっさんみたいに「あ゛〜」と胡座をかいて気怠そうにしている。お前女子辞めてるのか? 腰の防寒具があるから見えてないけど、全くどんどん本性が出て来てるな。
「しっかり食べれるにこしたことないけど、ここでは火を使えないからね」
そう告げると皆が頭を上下に動かしている。起こして回って青の危険性を説明したから大丈夫だろう。それよりもーー。
「また雪山の移動に戻るんですね……」
誰もが口にしたくない現実をドーラが呟き、皆が溜息を吐く。あまりのタイミングの良さに地面の埃が舞ってるんじゃないかというぐらいの勢いになった。おいおい。それでも僕からは強く出れない。「生霊は良いですよね〜」と嫌味とジト眼に晒される事になるのは織り込み済みだ。だったら、下手に銃口をこっちに向けられないように細心の注意を払うだけさ。
時刻は8:00を回ったとこだ。洞窟内だとはっきりした時間の感覚がなくなるからあんまり長居しないほうが良いだろう。夜の雪山は危険過ぎるからな。
「ルイ殿宜しいだろうか?」
僕たちが居る空間から陰になる所で銀豹王の声がする。ん? 何の用だろ?
「はい、何でしょう?」
どうやらあの耳鳴りは一回限りで会話できるようになっている処を見ると、タユゲテ様の加護のお蔭なんだろうね。確か【共鳴】だったかな。よく覚えてないけどそんな加護だった気がする。言語の周波数を合わせたってことか? と考えたりもしたけど、非常識なのがこっちの世界なので深く考えずに受け入れることにしたんだ。
壁をすり抜けて通路に出ると銀豹王の後ろに数頭が控えていた。1、2……5頭か。
「これからエレボスを越えると聞きました。今回のお詫びを兼ねて吾らの背をお使いください」
「は?」
「え!? 雪豹に乗れるの!?」
何と言って良いのか躊躇っていると、カリナがひょいと顔を覗かせて喰い付いて来た。もともと耳が良いんだけど、都合の良い時なんか尚更感度が良い。現金なやつだな。
「寧ろ、本当に良いんですか?」
女神の眷属とかであればもっと誇り高い感じで、上から目線の押し問答がありそうなものだけど。
「何の問題がありましょう。ルイ様はタユゲテ様の加護を受けて居られます。そのような方を饗さずに送り出すことなどできるはずがありません」
「はい? 今なんて?」
待てまて待て。今何か変な言葉が聞こえたぞ? いや、聞き間違いだ。きっとそうに違いない。
「ですから、ルイ様はタユゲテ様の加護を受けて居られます。そのような方を饗さずに送り出すことなどできるはずがありません」
Nooooooーー! そう言えば加護がどうのとかの話ししてたな。帰り際にチョンと触ったな。あれか? 先ずは確認だ。ステータス。
◆ステータス◆
【名前】ルイ・イチジク
【種族】レイス / 不死族 / エレクトラの使徒
【性別】♂
【称号】レイス・モナーク
【レベル】61
【状態】加護++(New)
【Hp】123,000/123,000
【Mp】3,730,632/3,730,632
【Str】5,612
【Vit】4,592
【Agi】4,101
【Dex】2,857
【Mnd】2,635
【Chr】2,216
【Luk】1,599
【ユニークスキル】エナジードレイン、エクスぺリエンスドレイン、スキルドレイン、※※※※※、※※※※※、実体化、眷属化LvMAX(範囲眷属化)、強奪阻止
【アクティブスキル】鑑定Lv230、闇魔法LvMax、聖魔法Lv500、武術Lv261、剣術LvMax、杖術Lv257、鍛冶Lv207
【パッシブスキル】隠蔽LvMax、闇吸収、聖耐性LvMax、光無効、エナジードレインプールLv20、エクスぺリエンスドレインプールLvMax、スキルドレインプールLvMax、ドレインガードLvMax、融合Lv245、状態異常耐性LvMax、精神支配無効、乗馬Lv146、交渉Lv500(+239)、料理Lv80、採集Lv190、栽培Lv156、瞑想Lv800、読書Lv740、錬金術Lv687、航海術Lv474(New)、操舵Lv80(New)
【装備】シュピンネキルトのシャツ、綿の下着、綿のズボン、ブーツ、アイテムバッグ
【所持金】0
しれっと加護の横にプラスマークが増えてる。【状態】加護を【鑑定】。
◆【状態】加護++◆
【ステータス】女神エレクトラの加護が発動中であることを示す。加護により全属性の耐性が小上昇し、成長促進補正が小程度かかる。使徒からの神属性攻撃を中和する。女神タユゲテの加護が発動中であることを示す。加護により全属性の耐性が小上昇し、成長促進補正が小程度かかる。神を除く任意のものを共鳴させることができる。
こっちを【鑑定】しないと【共鳴】って気が付かないだろ。大仰に【〇〇の加護】という前書もなくだ。ウチの眷属には皆そう書いてあるのに何でだ? それにしてもまた微妙な加護だね。共鳴? まぁ有効利用の実例は眼の前にあるから良いんだけど……。色々と検証して見る必要がありそうだね。
こうして僕たちは銀豹王率いる雪豹の背に乗ってエレボス越えを目指すことになるのだった。僕? 必死でついて行きます。ええ、それはもう全速力です!
◇
同時刻。サフィーロ王国王都南区の端にある孤児院前。
王都カエルレウスは住宅だけが密集した都ではない。外周は堅固な城壁で守られているものの、中には池や川、湿地、森と言った自然がそのままの状態で点在している。勿論、川は灌漑を兼ねているので人工的に直線と直角で成り立ちその傍に畑があるのが王都の姿だ。都の中で農耕も幾らかではあるが行われているといえる。畜産は基本都の外だが、群れを都から連れ出して放牧しまた連れて帰るという事も行われていた。都の胃袋を賄っているのはその農作物、畜産物、漁業そして時折もたらされる冒険者たちの収穫物だ。
少し話が逸れたが、この孤児院も森に面した所に建てたれたものだった。いつ建てられたのかは定かではなないが風雨に晒されて老朽化がかなり進んでいる。教会堂を思わせる左右に2つの塔があり2階建てだ。建物自体奥まった作りになっているので、30人の孤児が居ても部屋が問題となることはないだろう。あるとすれば食の方だ。
前日に孤児院を訪れていた3人の男たちが玄関先に緊張した面持ちで立っていた。エトに呼び出される形で別れたと言ったほうが良いかもしれない。打ち金でノックをして暫く経つが中で動きがないので落ち着かないのだ。視線を孤児院の建物の陰に向けると、子どもたちがそわそわした視線を男たちに向けているのに気付く。昨日見た大人たちの遣り取りで不安になったのだろう。
「押すなよ」「あのおっちゃんたちまた来てる」「押すなって!」「あのおじいちゃんは?」「あ、院長先生だ!」
孤児院の玄関の扉が開いて、細身の老婦人が姿を表す。それに次いでシルヴィアを腕に抱いたエトの姿も見える。
「おまたせしました」
「そ、それでお金の用意は出来たのかよ?」
「まぁお待ちください。先にお互いに儲けになる話があるとお伝えしませんでしたか?」
細身の老婦人が頭を下げると、緊張に堪りかねて3人の中でリーダー格だろう男が催促を始める。それを笑顔でエトが止めたのだ。儲けと聞いて気にならない訳がない。胡散臭そうに顔を見合わせるものの、好奇心と欲には勝てなかったようで口を噤むのだった。
キィンと硬貨が弾かれ男の掌に硬貨が落ちる。
「こ、これは」「古代ファティマ金貨だぜ」「嘘だろ、まだ持ってるのかよ!?」
その反応に満足したのか、エトが儲け話の概要を説明し始めるのだった。
こういう事だ。まず、借り入れ分をそこから差し引く。残った金額で孤児院1週間分の食料を買い、孤児院の修繕の手配と支払いを行う。それに加えて、孤児院を囲む塀を立てる手配と支払いを行う事と農耕具と家畜を購入する。家畜は牛が2頭と鶏が10羽ほどだ。必然的に家畜小屋も必要になるだろう。それら全てを差し引いた残金は自分たちのものにしていいとエトは伝えたのだ。
「それくらいでいいのか?」
リーダー格の男が念を押す。それはそうだろう。古代ファティマ金貨は現在の価値に直すと白金貨1枚分、金貨100枚の価値になる。エトが上げた事は手を抜かないまでも節約して切り詰めればかなりの金額が自分たちの手元に残ることになるのだ。普通はそんなことしないだろう。裏があるのか? と考えても仕方なのないことだ。
「……そうですね。それでは3日に1回、どなたでもいいのでわたしにこの王都の噂話を教えに来て頂けませんか? 取るに足りなものからお得情報まで何でも構いません」
「へ。噂話集めてどうしよってんだ?」
「噂話に真実が潜んでいることがあります。ただし、わたしに話す時には都の何処に住んで何をしている方の話なのかが分かるようにしていただけると幸いです。何せ地理に疎いですから」
「へ、違いねぇ。分かったぜ。オレらはその条件で問題ねぇ。院長さんよ、あんたはそれで良いのかい?」
「良いも何も、今はエトさんの御厚意に甘えることしか出来ません。今回の事も子どもたちが自立できるようにする一環だと伺っています。どうぞ宜しくお願い致します」
男の確認に細身の老婦人はそう答えて頭を下げるのだった。男たちとしてはこのままとんずらすることも出来た。契約を交わしてる訳ではないのだから。ただ、そうすることは自分たちの命に関わるだろうという確信めいたものが彼らの心に張り付いていた。1年前のあの出来事が精神的外傷となってるのだ。自分たちのミスでというか、運悪くエトと繋がりのある人物に高利で貸しつけたために死にそうな眼にあったのだ。その時のことがきっかけで多くの者が足を洗って気質に戻り、残った者で真っ当な金貸し屋を営んでいたのである。逃げ切れる訳がない。
「だぁあぁぁっ」
エトの腕に抱かれたシルヴィアが嬉しそうに手を叩く。3歳であれば言葉を話せるようになっても良いのだが、耳を患っているために言葉を感知できないでいた弊害だろう。しかしその愛らしい仕草に5人の大人たちは暫し時を忘れだらしなく見惚れていたのだった。
◇
同時刻。サフィーロ王国辺境の地に広がる“黒き森”の中で旅立ちの準備をしている女達が居た。
2頭の大きな輓曳馬の繋がれた幌馬車は、通常の倍はあろうかという長さだった。床の形も変わっている。船のように湾曲しているといえばいいだろうか。所謂コネストーガ幌馬車と呼ばれるものによく似た幌馬車だ。全長約5.5m、全高約3.3m、全幅1.5mのサイズである。両側面に樽が取り付けられている処を見ると、機能としても満足のいくものなのだろう。
馬車の車軸と車輪のリムは鉄製で長旅をしても保つように耐久性が上げてあるのが見て取れた。重厚な幌馬車だ。馬車の周りに13人の美女が立っている。いずれも見惚れる程の美貌の持ち主であり、異性であろうが同性であろうが眼で追わずにはいられない者たちばかりだ。
「エレン、すまぬが留守を頼む」
玄関の前に佇む一重の美女にシンシアは微笑みかける。微笑まえれた美女は紺色の髪を綺麗に結い上げた身嗜みはいつもの通り整っていた。そして寂しげに微笑み返す。
「仕方ありませんわ。わたくしはここを管理する為に生まれましたもの。いつもの通り出来ない寂しさはありますがルイ様からのお言葉も頂きましたので、ご心配なく」
「そうか。いや、そうだな。我らも1人ずつ言葉をもらったこそ行動に移ったのだから。では、行ってくる」
「ええ、シンシア。皆を頼みますね」
「うむ」
ふわっと背中まで伸びた癖のない金髪が靡く。別れを惜しんで2人は暫く抱き合っていた。その後ろから兎耳を垂らした少女が近づく。珍しい灰色の髪をショートヘアーに揃えた弾けるような褐色の肌の持ち主だ。
「シンシア姉ぇ、わたしもエレンとぎゅってしたいよ」
「ああ、カティナすまぬな」
「エレン行ってくるね!」
「カティナ、行ってらっしゃい。ちゃんと皆の言うことを聞くんですよ?」
「ぶ〜わたしそんなにお子様じゃないもん!」
カティナをぎゅっと抱き締めながらエレンはその一重の眼を優しく細める。彼女の言葉にカティナは朱色の瞳がはっきり見えるくらいに大きく見開いて頬を膨らますのだった。
「あら、そうかしら? サーシャと良い勝負だと思いましてよ?」
2人の背後から巻き癖のある真紅の髪を払いながら美少女が声を掛ける。悪戯っぽく微笑みながら。
「ディーっ!」「わたしはカティナより聞き分けいいよ!」
カティナと、その少女の後ろからそれぞれ非難の声が上がった。
「はいはい、カティナも独り占めしないで下さるかしら?」
それを気に留めるのでもなくしっしっと手を振って、カティナをエレンから引き離すと何も言わずにエレンの懐に沈み込むのだった。それを見てカティナ面白くないという風に口を歪ませるのだった。
「む〜」
「カティナ。皆の別れの時間を取ってはダメですよ?」
「それは分かるけど、あれはないと思わない、ギゼラ?」
癖のある白群色の長髪を揺らしながら、カティナを背後から抱きしめるギゼラ。カティナは年上の、いや、見た目が大人である者たちには敬う敬称をつけているのだが、エレンとギゼラは例外なのだ。
ディーはというと、エレンに対して他の人以上に親近感を抱いていた事に自分自身驚いていた。ぎゅっとしてもらった時の安心感と寂しさが大きな波のように自分の中で寄せては返しているのだ。このまま顔を上げてしまうと泣いていることに気付かれてしまいそうで何も言わずにエレンの懐で我慢していたのである。
それに気付いたエレンはただ優しく背中を叩いていたのだが、もう1人耳の良い美女が気付いていた。少し目尻が垂れている優しい目を細めてくすりと笑うと、静かに後ろから近づいてディーごとエレンに抱き着いたのだ。
「ちょ、アピス! 胸に挟まれてく、苦しいですわ!!」
「あらあら、ディーはそのままでいいのよ? エレン、行ってくるわね」
「ええ。アピス、ディーのこと頼めるかしら?」
「むき〜この無駄な脂肪の塊は、なんって邪魔なのかしら!」
「あら? ルイ様はちゃんと愛おしんでくださるわよ? ええ、任されたわ」
豊満な胸の持ち主に挟まれ身動きが取れなくなってしまったディードを余所に、エレンとアピスは大人の落ち着きを発揮するのだった。ディードが脱出しようともぞもぞ動くので敏感な所にあったってしまい、びくっとなったのはご愛嬌だろう。
「は〜は〜、死ぬかと思いましたわ」
「分かる。アピス姉ぇとエレンのは危険だよね」
肩で息をしているディーの隣で、カティナがうんうんと腕組みをして頷いていた。そこからまだ別れの挨拶をしていない面々が滞りなく別れの抱擁をして短く言葉を交わしていく。その横でエルフの老婆が幌馬車の横で腕組みをして様子を見守っている美女に話しかけていた。
「アイーダ。分かってると思うけど、無茶をするんじゃないよ?」
「分かってるよ。あたしもそこまで莫迦じゃない。宿はエトが手配するって言ってたから大丈夫だろうさ」
エルフの老婆の言葉に、アイーダの滅紫色の瞳に不快感が浮かび上がる。セミロングの金髪が風に靡くが腕組みを解く気配はない。
「そこは心配してないさ。あんたのことだよ」
「あたし?」
「国の暗部の連中はあんたのことを知ってる。魔族であることもね。それが角生やして戻ってきたらどう思う? 警戒して下さって言ってるようなもんだろ?」
サフィーロ王国で将軍の地位にまで上り詰めた女性の過去は国が抑えているということだろう。その事に気付いたアイーダも眉を顰めながら腕組みを解き、マントをめくってみせるのだった。
「ま、まぁね。でも、翼と尻尾は隠せるようになったんだよ?」
「はん、中途半端だね。それとこれはもしもの時の薬だよ」
吐き出しそうになる暴言を必死に抑えながら、リューディアから差し出された小さな巾着袋を受け取る。
「ぐっ……このクソババァ、何の薬だい?」
言葉に詰まりボソリと悪態を吐くが、リューディアには聞こえていないようだ。
「状態異常の耐性が上限まで上がっていると言っても無効に出来る程の力はない。四六時中状態異常を掛けられると万に一つの可能性で陥ることがあるんだよ。そうなった時の万能薬さ」
「エルフの秘薬かい?」
クンクンと匂いを嗅ぐと予想以上にきつい臭いに襲われて思わず顔を背ける。その様子にくっくっと笑ってリューディアは懐から1匹の鎧蜥蜴を取り出す。掌に収まるサイズの蜥蜴はくるんと己の尻尾を噛んで丸くなっていた。
「まぁそんなもんと思っていたら良いよ。それと」
「げっ」
蜥蜴を見た瞬間にアイーダの表情が崩れる。爬虫類が苦手なのだ。
「この子も連れて行っておくれ」
「あたしこいつ苦手なんだよ。ギゼラかシンシアに渡しておいていいかい?」
いやいや顔を背けながら受け取るのだったが、掌から肩にささっと登ってくる鎧蜥蜴の動きに「ひぃっ」と短い悲鳴をあげていた。
「好きにおし。ただ、この子の好きな匂いをあんたの体に着けといたから、直ぐ戻って来るだろうけどね」
「な、このクソババァいつの間に!?」
リューディアの策略にまんまと乗せられたアイーダは自制を忘れた。条件反射的にリューディアに食って掛かったのだ。これはいつもの光景だから、横に居る女達にとって止めに入るものとは映らなかった。また始まった、くらいの感覚なのである。
「はん、あんたのこった直ぐに羽目をはずして酒場でへべれけになるのが落ちさね。そうならないためのお目付けさ。リンにもよく頼んどいたから、影から刺されないようにおし」
「な、あの娘ったら容赦無いんだよ? 何てことしてくれるんだい! ぐぬぬぬ」
チラッとリンの方を見るアイーダだったが、当のリンは「ん?」という風に可愛らしく首を傾げていた。
「ま、あの娘たちのこと頼んだよ。あたしはここでまだやることあるからね」
「あいよ。余程の事がなければこの娘たちにちょっかい出す奴はいないだろうけどね。油断せずに見張っておくさ。そのためにリンを鍛えたんだからね」
大きく溜息を吐きながらアイーダは真っ直ぐリューディアの眼を見て頷く。このエレクタニアに居る面々は世の中では異常な体質だ。だから余計に人目にも付きやすい。人目に付きやすいと言うことはトラブルに巻き込まれる頻度が高まるということだ。自分は引率者という立場なのだろうとふと思いながら、馬車に入っていく弟子たちを静かに眺めていた。
「アイーダ姉ぇ、じゃあコレット姉ぇと御者ヨロシク!」
「はぁっ!? 待ちな! 何であたしが御者席なんだい!」
ひょこっと幌から顔を出してカティナが告げるとアイーダの顔色が変わった。
「だってアイーダ姉ぇがぼさっとしてのが悪いんだよ。次の交代までだからヨロシクね!」
「ぐぬぬぬぬ。そこ座ったら呑めやしないじゃないかい! あたっ」
ひたすら飲むつもりで居たらしい。出だしから躓いたということだろう。リューディアの頭を叩かれる。
「朝から飲めるなんて思ったら大間違いだよ。レアに酒樽の管理を頼んで置いたらかね」
リューディアの言葉に幌の隙間からレアらしい手が出されて親指が挙げられた。任せろということだろう。それを見てアイーダは更に叫ぶのだった。
「あん、あの堅物に頼むってあたしを殺す気か!? 酒はあたしにとって命の水なんだよ!?」
「つべこべ言わずに行っといで! あんたたち、楽しんでくるんだよ!」
リューディアに頭を叩かれながら渋々御者席に乗り込むと、それを見たコレットがお辞儀をして馬に鞭を当てるのだった。
「「「「行ってきます!」」」」
朗らかな女達の笑い声と別れの挨拶に見送る者たちも頬を弛め、微笑みながら手を振るのだった。領地の中から狐や大きな兎たちが茂みから姿を表し、彼女たちを見送る。空を見上げると、大きな鷲が領地の上を旋回して別れの挨拶を告げていた。
爽やかな一陣の風が彼女たちの背中を優しく押し、木々のざわめきが彼女たちの旅路を祝福していたーー。
最後まで読んで下さりありがとうございました!
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