第115話 白豹王
「あれが吾らが眷属主、白豹王です」
あれと表現される物体を僕の眼は映し出している。
体長6mはあろうかという更に巨大な雪豹。その額から大きな一角が突き出ており明らかに他の個体とは一線を画している存在だ。その巨体の腹部から巨大な岩の棘が突き出ており、白豹王自体は氷漬けにされていたーー。
「う、嘘だろ」
それが氷漬けに、いやこの場合氷棺と言った方が適切か。それに入っているの見た第一声だった。そもそも氷が発生する温度は最低でも0℃以下だ。0℃で凍るための準備ができ、そこから徐々に凍り始める。水が混ざりのものない純度100%の純水であれば0℃で凍るらしいが、前にエルマー様の手術の時にセイとユキに造ってもらった凸型レンズがここに当て嵌まる。気圧も絡んでるという話は聞いたことがあるけど今はそこまで気にしなくてもいいだろう。
でも、普通の空間でそんなことはありえない。空気は流れており、埃も見えない菌類も洞窟の中では漂ってるはず。そんな所で魔法によるものだとしてもその場にあるものを凝固させて氷を作り出すには最低でも-10℃以下は必要だろう。下手をするともっと瞬間的に温度が下がってることも考えられる。それなのに、だ。
「鼓動が聞こえるーー」
まさにファンタジーの世界。土手っ腹から尖った岩が突き出てなおかつ氷漬けの状態で命があるってどれだけ自力があるんだ!?
「然様です。王はご覧の通り応急処置で命を繋いでおります」
「これだけの巨体で、なおかつ王ともあろうものがこのような醜態を晒さなければならないのは苦痛でしょうね……。覧させて頂いても?」
ー 構わぬ ー
「おわっ!? えっ!? なに!? 意志を通わせれるってこと!?」
案内してくれた雪豹に尋ねてみたら別とこから返事が来たよ。意識はないと思っていた存在からの返答に思わず飛び上がってしまった。浮かんでいるからそこまでの変化に気付かれなかったとは思うけど。あ〜驚いた。
― 余が説明せずとも覧てもらうほうが話が早かろう ―
「そ、そうですね。では遠慮無く。【鑑定】」
◆ステータス◆
【種族】エルダーオンス/オンス族/タユゲテの使役獣
【名前】白豹王
【性別】♂
【職業】拳皇
【レベル】2600
【状態】加護/仮死/呪怨
【Hp】237/416,400
【Mp】173,433/173,433
【Str】52,050
【Vit】49,968
【Agi】43,383
【Dex】65,905
【Mnd】42,021
【Chr】118,232
【Luk】57,233
【ユニークスキル】雪渡りLvMax、穏形LvMax、皇気Lv954、【タユゲテの加護(共鳴)】
【アクティブスキル】氷結魔法Lv210、氷魔法LvMax、武術Lv843、爪術Lv954、追跡Lv718、剛腕Lv863、俊足Lv739
【パッシブスキル】氷結耐性Lv150、氷耐性LvMax、狩猟Lv781、登攀Lv899、状態異常耐性Lv567
oh……。上には上が居るって事か。それにしてもなんだこの数字。レベルって上限1000じゃなかったのかよ!?
ー 3日に一度、Hpが1減っておる。あと3月も保つまい ー
げ、それで呪怨か。というか、3日で1Hpなら逆算するとかなりの時間ここで磔になっているということだぞ。それは藁をも縋りたくなるよな。
「王ほどの力を持ってしても抗しきれなかった相手だったということですか?」
「そこはわたしが話した方が良いわね」
唐突に今までなかった気配と、年若い女性の声が背後から伝わってきた。
「えっ!?」
振り返ると腕組みをした1人の女性が立っていた。僕より20㎝は低い背丈だけど大人の女性らしい雰囲気が醸しだされている。美しい金髪を編み纏めて左後頭部でお団子にしている髪型は彼女にお似合いだ。意志の強そうな双眸の奥で光る金色の瞳と視線がぶつかると、僕は何故かウチの女神様の事を考えていた。
「ふぅ。流石姉様が選ばれるだけはあるわね」
この女性が現れてから感じることだが、息苦しい。何故だ? ん? 姉様?
見ると彼女の隣りにいた大きな雪豹が伏せている。前足を内側に折りたたみ頭を垂れているのだ。猫のあの仕草はとっさに行動する必要のない時のリラックスした状態らしいが、眼の前のこれは明らかに異質だろう。隣りにいた若い女性に傅いていると言っても良い。
「もしかして……タユゲテ?」
「様をつけなさい、様を。もう、その辺りの抜け方もどうして似てるのかしら」
やらかした!? 神様を呼び捨てにしてしまった…って、いや今更か。もっと恐ろしことを平気でしてたな。
「そうね。あれはあれで見てて面白かったけど」
「いや、普通に心の声を読まないで下さい」
「ふふふ。まあ良いは」
いいんかい! は、思わず突っ込んでしまった。これも聞こえてると思うと溜息が出る。
「はぁ」
「わたしもここに居られる時間が限られてるから手短に説明するわね」
「お願いします」
「見ての通りわたしのファミリアの頭は見事に氷漬けで瀕死。ほんと腹立たしいわ。これをしたのが姉様のファミリアでなければ、こっそり神罰を与えちゃおうかと思うくらい陰険なやつよ」
「い、いや、普通に考えてもそれは不味いのでは?」
貴女、女神様でしょ? 内心確認を取ってしまう。
「うん、じじぃに大目玉を食らうでしょうね」
ここでもじじぃ呼ばわり。んんんっ?
「姉様? エレクトラ様じゃなく、マイア……様の方?」
あっぶねえ、同じ失敗をするところだった。ウチの女神様なら笑って済ませてもらえるだろうけど、初対面だから何処までが許容範囲かわからない。
「ふぅ。そんなに怖がらなくてもいいのに。でもよくそこに辿り着くたわね? 今まで誰もその名前を口に出してないはずだけど?」
「それは、僕が居た世界の神話に同じ姉妹の名前があったからです。その繋がりと、姉様という言葉。プラス、エレクトラ様には僕以外眷属はいない事を加味するとその名前が高確率で正解かな? となりました」
「話が早くて助かるわ。正解。マイア姉様の眷属がここに遊びに来たのよ。建前はね」
「建前は、ですか」
「そう建前はね。その娘も弱くはないのよ? でもうちの子に比べたらまだまだだったわ。その油断を突かれたのね。あの娘は野心の塊よ。姉様からの加護を幼いながらに完全に使い熟してる」
そのこ、あのこ……性別が分からないな。言葉だけじゃ、どの字を当てれば良いのかわからない。
「くすっ。幼い女の子よ。見た目はね。でも外見に騙されてはダメ」
「その女の子にまんまとやられたってことですか?」
「そう。1枚も2枚も上手だわ。もともとわたしたちは地上の事に不干渉なのが大前提なんだけど。流石に度が過ぎるとーー」
「兎も七日嬲れば噛みつく、ですか」
流石に仏の顔も三度って言っても仏が居なけりゃ分かんないだろうからね。
「くすっ。お気遣いに感謝するわね。まあ、そういうこと。でも、当事者の不始末を神がするわけにもいかず、悩んでたらエル姉様が相談に乗ってくれたの」
あ〜何となく莫迦っぽく「妹よ、わたしに相談してみなさい! 聞いてあげようじゃないの!」的な感じで鼻息荒く肩をたたいてる様子が目に浮かぶ。
「そ、その通りよ。一字一句見てたかのように言い当てるわね!? 貴方一体何者!?」
「いや、ただの転生しそこねた生霊ですって」
何をやってるんだあの莫迦。どうせその時に僕の治癒魔法の事をポロって口走って「ああぁーーーっ! 今の内緒! 内緒だからね!!」と宣わった挙句、じぃさんに首根っこひっつかまれてお仕置き部屋に折檻中で出て来れないんだろうよ。だから、じぃさんが「やらかしてしもうての」って言ったってことだ。辻褄が合う。
「………………」
ふとタユゲテ様をみるとぽか〜んと口を開けて呆気に取られていた。
「ん?」
「………………あの場所に居たかのように呟いてるけど、全くその通りだから」
「だから、心の中を読まないで下さいって! はぁっ!? マジですか!?」
「ええ、貴方エル姉様の何なの?」
「いや、だからただの転生しそこねた生霊ですって! 一応眷属ですけど」
「はぁ。なる程。エル姉様がルイくんルイくんと連呼してる意味がよく分かりました」
連呼して欲しくない。いや、そこに何か意味があるとか考えないで下さい。
「……は、はぁ。そうですか」
曖昧な相槌を打っておく。話が逸れてる気が……。
「はっ!? そうだったわ。それでね、貴方の魔法でこの子を治して欲しいの」
「そうすることで、僕のメリットは?」
「わたしのとこで闇魔法の件は止められます」
それってもともとじゃ? まぁいいか。親の尻拭いを子がする事もあるしね。なんというか世知辛い。
「はぁ」
「加護も付けて挙げれるわよ?」
「え? 加護って1人1つまででは?」
「誰がそんなこと言ったの?」
「誰が? いえ、そう言えば誰にも言われてませんね。ということは……勝手に僕が思い込んでいただけか?」
「ふふふ。そういうことね。じゃあ、加護にしましょう。誰彼見境なく加護を振り撒くことはしないけど、わたしも貴方のこと気に入っちゃったから」
「そ、そうですか。じゃあ、時間も限られてる事ですし、やってみます」
ウチの女神様の妹様との遣り取りで心做し精神的な疲れを憶えたものの、僕は白豹王の前に立つのだった。
【状態】を確認した処、加護以外に覧ることができたのは仮死と呪怨の2つ。この2つを解決しないと氷漬けから出ても出なくても儚い最後になるだろうね。尖った岩から無理に体を引きぬこうとすれば傷が開いて命取りになりかねない。
【仮死】は氷漬けの状態の事だろうなら、氷漬けのまま【静穏】を掛けるとして、【呪怨】の方はどうするかな。あれで行ってみるか。
「始めます」
「お願いね」
短く告げて氷漬けの白豹王に近づく。今僕は生霊なので物理的な障害は無視できる。首元に手を当てて短く発動呪文を唱えることにした。
「【静穏】」
ー おお、体の芯が熱を帯びてきたのが分かるぞ ー
「それは何よりです。痛みがあるかもしれませんのでそのつもりで。【清祓】」
これは呪いを祓うだけにある聖属性の魔法だ。汎用性がない。だから一応目を通してはいたものの、日の目を見る時が来るとも思ってなかったんだよな。失敗しましたと言うアナウンスがない処を見ると、成功したようだ。まだ油断はできないが、チラッとタユゲテ様の方に顔を向けて頷いておいた。
ー おおおおおおっ!! ー
白豹王の雄叫びと共に氷に亀裂が入り始めた。ピシピシ、ピキピキと交互に見えない力で氷に圧力が加わっていることが分かる。このまま行くと氷が飛び散ることは必至なのですぅっとタユゲテ様の前に移動するのだった。ん? うん、治癒もできたし呪いも祓えたよ。だけどね、なんか可怪しいんだよな。
「タユゲテ様。まだ気を抜かないようにお願いします」
「え? 成功したのではありませんか?」
「表面上はそうですが。何だか嫌な予感がするんです」
「ーー」
グルルルルル
タユゲテ様の隣りにいた雪豹が唸り始める。やはり違和感を感じているということか。
ゴアァァァァァァッ!!
という白豹王の咆哮と共にドンと氷が砕け散り辺りに四散する。体の筋肉を強張らわせて砕いたんだろうが、凄い力であることに変わりはない。その巨体を揺すって尖った岩からも自分の体を自由にする。傷口は【静穏】がまだ効果があるお蔭で次第に塞がって出血も抑えられているようだ。でもーー。
その瞳の色は狂気を孕んでいるように見えた。一瞬見えたんだよ。傷口の奥で蠢く何かを。
「白豹王。無事に」
タユゲテ様が近寄ろうとしたのを左腕を広げて制する。可怪しい。さっきから僕の中の警報が鳴りっぱなしだ。冷や汗が出てるような気がする。生霊なのに。
「タユゲテ様、主の命でお命頂戴仕る」
「「えっ!」」「やっぱりか!! 【突き抜こうとする腕】」
神殺しを平気でさせるってどんだけ精神が病んでるんだよ!! 白豹王がそう言い終わった瞬間姿がふっと消える。いや、消えるように見えるほど移動速度が半端ないんだ。だけど舐めてもらっちゃ困る。この魔法には意志がある。案の定僕を避けて雪豹が居ない側から飛び掛かった所に黒く太い腕が白豹王の眉間を穿つように現れたのだ。が、余裕で躱される。
「小癪な!」
それでも牽制する暇は作れたようだ。
「ど、どういうことですか! 白豹王! 何故わたしを狙うのです!!」
「タユゲテ様、恐らくですが操られています。傷が塞がる瞬間何か糸のようなものが蠢いているのが見えました。精神支配なのか肉体支配なのか、それとも両方なのかは分かりませんが、白豹王を虜にできる程強力なものだということは確かでしょう。助かったよ」
状況を説明するものの、状況を打破できるかと聞かれれば引き攣った笑いしか浮かばない。
「どうにかならないのですか!?」
「今のままではジリ貧です。それこそ女神の力でどうにかできないのですか?」
こんな時に都合よく状態異常解除できるものがあればいいんだけどね。もし僕が思ってるとおりであれば、【治療】は効かないはず。
「ご、ごめんなさい。わたしにそんな力はないのです。神と行っても下位の方なのですから。そ、それにしても何故このようなことに……」
「考えられるのは氷漬けされる時に仕込まれていた、ということでしょうね」
「お喋りは済みましたかな? 貴女様の首を持っていけば主もさぞ喜ばれることでしょう」
獲物狙う捕食動物がする眼の間をふらふらと行ったり来たりし始める白豹王。ちっ、闇魔法LvMaxだって言ってもこんな狭い所で使える種類は限られてる。選択を誤ると不味い。
「させるかよ。【舞い喰らう闇の盾】。タユゲテ様、その闇には触れないように!」
「は、はい!」
一番の目的はタユゲテ様を襲われないようにすることだ。魔法の発動と共に4m程の高さで黒く蠢く円筒状のものがタユゲテ様を中心に立ち上がる。さっと天界に帰ってくだされば危険を侵さなくても済むんだけど、帰る瞬間が危険だし一時的に帰れない状態かもしれない。なら、発想を変えるだけだ。
白豹王から目を逸らさないようにしていても、【俊足】スキルが高レベルだけあって眼では追えてない。だから、対象物を守りつつ迎撃できる特性の魔法を選ぶ。この魔法は捕食型だ。それも悪食。魔法だろうが物理的なものだろうが、霊的な攻撃ですら喰らう。下手に触るとーー。
「ぐあぁぁぁぁっ!!」
こうなる。ふっと眼の前から消えた白豹王だったが、叫びと共に眼の前に再び現れる。左前足の先がない。喰われたな。ぽたぽたとたれる赤い雫が地面を湿らす。だけど思ってる以上に出血が少ない。ほう。氷で塞いだって訳だ。やるな。
「さて、操られているとは言え、貴方はタユゲテ様のファミリアだ。殺すには忍びない。引いてくれないか?」
いや、粘らなくていいからどっか行ってくれ―! 解除できないならこれ以上手が出せないだろが!
「ふん、言いおるは。だが余に傷を負わせるとは貴様も主の障害となろう。その首掻っ捌いてくれる」
眉間に皺を寄せて威嚇するような顔つきで、近距離の状態で語られると結構怖いんだぞ。グルグルと威嚇音が喉から出てるし。おまけにまだ諦めてくれないらしい。タユゲテ様の方の障壁は魔力を多めに入れて構築してるから今直ぐどうこうする必要はないから、後はこちだ。ただ、魔法を使ってこないのは何故だ? 出し惜しみか? こちらの出方を伺ってるということか?
「来たれ、【常闇の皇帝】。魔法が使えないのか出し惜しみなのか知らないけど、容赦しないよ、白猫。【黒嘴の弾幕】」
「ぬう!? 小賢しいっ!」
【常闇の皇帝】はさっき喚び出した腕の持ち主だ。召喚さえしておけば奴は勝手に動く。あとは白豹王にダメージをある程度負わせるために追跡型の弾幕を張ればいい。魔法の発動と共に僕の足元から300羽の鴉が次々に襲いかかる。これは範囲魔法で使わなければ直線でしか飛ばないが、ランクが上がるとかなり使える魔法に変わった。1度に150から300羽の群れを呼べるんだけど、今回は最大だ。あとは僕が油断しないこと。
ゴウッ!!
肝が冷えるような咆哮と共に白い影が洞窟内を高速移動している。周囲が黒い鴉で覆い尽くされているのだから見えないほうが可怪しいだろう。逃げるのに精一杯なら今がチャンスだ。何故魔法を使わないのか、状態はどうなってるのか確認すれば次の一手に繋がるはず。
「【鑑定】」
『愚か者っ!!』「余と相対して余所見とはなっ!!」
◆ステータス◆
【種族】エルダーオンス/オンス族/タユゲテの使役獣
【名前】白豹王
【性別】♂
【職業】拳皇
【レベル】2600
【状態】加護/支配/寄生+
【Hp】201,937/416,400
【Mp】4,321/173,433
【Str】52,050
【Vit】49,968
【Agi】43,383
【Dex】65,905
【Mnd】42,021
【Chr】118,232
【Luk】57,233
【ユニークスキル】雪渡りLvMax、穏形LvMax、皇気Lv954、【タユゲテの加護(共鳴)】
【アクティブスキル】氷結魔法Lv210、氷魔法LvMax、武術Lv843、爪術Lv954、追跡Lv718、剛腕Lv863、俊足Lv739
【パッシブスキル】氷結耐性Lv150、氷耐性LvMax、狩猟Lv781、登攀Lv899、状態異常耐性Lv567
ステータス画面が出た瞬間に2つの声が同時に僕を咎め、右肩から左腿にかけて白い線が走った。
「えっーー」
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