第113話 自由を求める者
「ふぅ〜〜〜〜」
僕は宿の上空で大きく息を吐いていた。相変わらず雨が勢い良く振ってるけど僕には関係ない。何で溜息が出るほど疲れてるかといえば、さっきまでクリス姫をあやしていたからだ。うん、子どもは嫌いじゃないよ? ただ、泣いたらどうすれば良いのか分からないだけさ。妹の季とは一回り離れてたから、それくらいの年齢差までであればどう対応すれば良いのかは体で覚えてるんだけど……。ままならないもんだね。
『ルイ様、何か御用があったのではありませんか?』
雨粒が顔を突き抜けていく瞬間をぼーっと眺めている処へ、手のひらサイズのシロナガスクジラがすぅっと現れた。ゆっくり僕の顔の周りを回遊し始める。何だかこの様子を見てるだけでも癒やされるな。おっと。
『そうだった。長く突き合ってくれてありがとう。お礼に多めに吸ってくれていいからね。ちょっと伝言を頼みたいんだ』
『伝言ですか?』
『そ、エレクタニアに残ってる娘たちとか、居残った者も出掛けた者も含めてね。1人ずつって憶えるの大変かい?』
『いえ、問題ありません。わたしがルイ様の御役に立てるのですからこれ程嬉しいことはありません』
『そ、そうかい? じゃあ頼むね』
眷属精霊たちも好き好きオーラ全開で接してくれるから嬉しんだけど、異世界に来るまでは女性にも動物にもそういう接し方をされてこなかったせいで反応に困るんだよな。まだ正直恥ずかしい部分がある。慣れろ! って話なんだろうけど眷属が出来て1年そこそこと、30年だとまだ向こうの感覚に引っ張られるよ。しょうがないさ。
で、ラクに何を頼むかというと。相当欲求不満が溜まってるであろうウチの娘たちと、他の面々に僕の居場所と目的地、それと注意事項を伝えてもらおうと思ったんだ。メールもできない、電話もない。テレパシーみたいな便利なものもない、転移魔法も使えない。だったらって思った訳。
でどうやって伝えるつもりなのか尋ねた処、なんとまあ録音だそうです。音というのは空気の振動で発生源から広がって相手の鼓膜を揺らして伝えていくんだけど、どうやらそのパターンを記憶できるみたい。ラクくん凄いな君は! チート能力だわ、それ。
結婚してるカップルは2人で1つのメッセージ、シングルはそのまま1人ずつのメッセージを送っておいた。勿論、僕専属の14人には愛の囁きもプラスしておいた。恥ずかしかったけど、聞いてるのはラクだけだったし、心の安定剤としては必要なものだと解かってたから手を抜かなかったよ。急に離れると情緒不安定になる娘もいるからね。
『では行って参ります』
全員のメッセージを整理したラクが移動しようとしたので、両手で捕まえた。
『あ、ちょっと待って!』
『えっ!? ルイ様!? ああああああ!』
で、背中や顎の下を撫でてあげたんだけど、気持よかったみたい。今度デンやクロにもしてあげよう。
『これで良し! 面倒なことを頼んだお礼だよ。じゃあラク、宜しくね』
『お、お任せ下さいルイ様! このラク、必ずやご期待に沿ってみせます!』
いや、堅いよラク。もっと名前のとおりにラクにしなきゃと思ったらいつの間にか消えていた。せっかちだったりするのか?
「ふぅ。どの道警戒は怠れないということか。それなら街よりさっさと山に向かったほうが良さそうだな。遮蔽物が少ないほうが守りやすい」
くるりと俯せになって眼下を見下ろすとフードを深々とかぶりマントを羽織った人物が雨の中宿屋から出て行くのが見えた。……まさかね。高度を上げて跡をつけてみることにした。ウチのパーティーじゃないことを祈ろう。
15分後。
宿屋から随分離れた所とある建物の扉を妙なノックの仕方で叩く。3回、5回、1回。合図か?
「なっ!?」
扉が内側に引かれたのを見計らってその人物が周囲を確認しながら建物の中に入ったんだけど、入る瞬間フードを外したのだ。良く見知った顔だった。
「ドーラ……」
いや、待て。“ケルベロス”に奴隷にされていたということは関係者ではない可能性もあるぞ? 誰が助けに来るのかわからない、そもそも誰も来ない可能性もあるなかでそこまで手の混んだことするか? 100%否定は出来ないけど僕の勘が別件だと告げていた。
「だとしても、覗かない手はないよな」
雨のカーテンに紛れて建物の中に入ることにした。周辺の建方と同じ3階建てだ。すぅっと屋根を抜け天井から顔だけを覗かせてみる。3階は宿泊用に小部屋があるくらいか。ということは2階だな。
一通り3階を見廻って違和感を感じなかったのでそのまま床下に向かって体を沈めていく。大部屋が1つと小部屋が数部屋あるようだけど、人の気配があるのは大部屋からだね。さてさて藪をつついて蛇が出るか鬼が出るか。まずは聞き耳をーー。
◇
「それにしてもよく無事だったな、ドーラ!」
「ええ。幸運って言って良いのかしら、助けてくださった方が居たの。その方たちのお蔭で一緒にこの街に来れたのよ。たまたまアルゲオだったのには驚いたけど」
「その方は我らの味方になってくれそうか?」
「どうかしら。規格外な方だけど悪い方ではないわ。むしろ優しい方よ」
「寝たのか?」
「ばっ、莫迦なこと言わないでよ! 抱かれても良いとは思ったけどそんなに簡単には懐に入れないわ」
いやいや、十分懐で丸くなって寝てたよな、ドーラ? フェナも。フェナが居ないということは、このグループに関係しているのはドーラだけか。
「逆に我らの敵に回ることは?」
「それはないと思うわ。ただし、あの方の逆鱗に触れなければ……の話だけどね」
「随分と肩を持つじゃないか」
全くだ。嬉しいことだけどね。
「貴方たちは見てないからそんな無責任なことが言えるのよ。3隻の海賊船をたった1人で制圧して、ケルベロスの“三の頭”まで倒すのよ? それだけじゃなくて襲撃された街の中で見たこともない治癒魔法や闇魔法を使うんだから!」
うん、この娘は白だね。身贔屓かもしれないけど今の僕には臭いを発せるものがないし、穢もない。だから存在に気付くはずもないんだから、彼女の口から出た言葉は本心だろう。
「そ、それほどなのか。是非とも味方になってもらいたいな」
「それほどの方が我らに加わってくれたら、奴に一泡吹かせてやれるのに!」
奴? 奴って誰のことだ? とまあ2階と3階の間にある埃っぽい所で大部屋の話に聞き耳をたてているんだけど、肝心の話が出て来ない。このまま知らんぷりで帰るかな、などと思い始めている時だった。
バキっともガキっとも取れるような音が3階の床上からしたかと思った瞬間、眼の前に立派な槍の刃が現れた!? おわっ!? 思わず声が出そうになったけどここに槍の刃がある時点でバレてるってことだよな。
「誰だ!?」
槍の刃は2階の天井も貫いたようで、槍が引き抜かれると見通しが良くなった。天井裏に溜まった埃が穴からハラハラと床に着床する。声の主は3階にいるようだけど、下からビンビン殺気を感じる。まぁそうだよな。秘密の会合らしきものを覗き見しようとしたんだから。
「ふぅ。見つかる前にお暇しようとしたんだけどね。どうやら鼻の効く人が居たようだ」
「えっ!?」
僕の声にドーラが反応するのが分かった。まさか付けられたとも思ってなかっただろうね。さて、どう出るかな。胡座を組んだままゆっくり階下の大部屋に降りることにしたよ。下手に攻撃的な姿勢をしてると話も出来やしないからね。
「「「「なっ!? 生霊!!」」」」「ルイ様!?」
ゆっくり半透明に薄く光る体が部屋の中に居る者たちの視線を集める。皆驚いてる。そりゃそうか、こんな所に生霊が出ればね。1、2、3、4、5、6人か。
「やあ、ドーラ。雨の中出て行くから心配になってね、後を付けちゃったんだ。悪かったね」
「ドーラ、こいつが!」「皆動かないで! 動いたら守れない!」「なっ!!」
僕の言葉に皆色めき立つけど、ドーラだけ僕から眼を離さずに皆を制した。へぇ。
「うん、良い関係だね。扉の向こうの人も、3階から降りて来たのなら入ったらどうだい?」
「ちっ! 気付かれたとはな」
僕もドーラから眼を離さずに声を掛ける。3階に居た気配が扉の向こうに映ったのが分かったからね。ガチャリと扉が開かれて1人の男が入ってくる。先ほど使っていた物と思われる槍を手にして。男が部屋に入ったのを確認してから、まず非礼を詫びることにした。
「ふぅ。黙って入って申し訳ない。悪気はなかったんだけど結果迷惑をかけてしまったみたいだね。ただ、一言だけ言っておくことがあるんだ。僕から君たちに危害を加えるつもりはないよ。でも、君たちが“ケルベロス”なら生きて返すつもりはない」
「ひぃっ!!」「くっ!!」「「「「なぁっ!!」」」」
久々に威圧を一瞬だけ全開にする。腕組みをして胡座を組んだままの姿勢だから攻撃に移る意思はないことは伝わるだろう。案の定、皆の顔が緊張で強張り蒼ざめていくのが分かった。
「誰か身の潔白を証明できる者が居るかい?」
「わ、我々は“ケルベロス”ではない!」
背後で槍をガランと床に投げ出した男がそう声を絞り出した。戦う意志はないということかな?
「言葉だけで信じるほど僕も甘くはないよ? 例えドーラの言葉でもね?」
「っ!」
「我らは“リベルタス”! 剣王の圧政から南領の民を取り戻す事を目的とした組織だ!」
おっと、剣王といえば南の魔王領のボスのことじゃないか。所謂レジスタンスというやつか? ほぇ〜異世界でもあるんだね。というか僕は面倒事に首を突っ込んでしまったと言うことじゃないのか、これ!?
「そ、そうです、ルイ様。わたしたちは決して“ケルベロス”ではありません! “リベルタス”のメンバーは皆青色のものを身に着けています。そしてハンドサインがあります!」
ふっとドーラから視線を外して槍の男に目を向けると、そうドーラが弁明した。
「あぁ、それでドーラだけダーシャさんのとこでの打ち上げの時に青の色粉を欲しがってたんだね?」
「え、あ、見ておられたんですか?」
「たまたま眼に入っただけだよ。何に使うのかな〜って思っただけだしね。それじゃあ、ハンドサインは秘匿性の高いものだから聞かないことにして、本当に青色のものを身に着けてるのか見せてもらおうかな? それで信じるよ。あ、ドーラは知ってるからいい」
ハンドサインを知ってしまうと、僕がこの組織に組み込まれちゃうかもしれないから聞かないことにした。証拠としてはかなり信憑性が落ちちゃうけど、このくらいで手を打っていた方が良い気がする。それにリベルタスって言ったら僕の知ってるラテン語であれば「自由」って意味だよ。まぁ同じ言語じゃないから意味は違うかもしれないけど、それでもやろうとしてるのはそういう事だよな。
そうしている内に男たちは銘々青い布を取り出すのだった。なる程ね。
「よく分かりました。貴方たちは確かに“リベルタス”だ。疑った事を誤ります。申し訳ありませんでした」
「ルイ様……」
「ドーラも怖い思いをさせて悪かったね。話すことも沢山あるだろうし皆には黙ってるからゆっくりしてくると良いよ。ただ遅くならないようにね。明日には街を出ることになるだろうから」
「ルイ殿、もし宜しけ」
「それはお断りします。確かに解放を目指しているのであれば少しでも戦力があったほうが良いのは分かります。でも、出来ることなら関わりたくない。振りかかる火の粉は払いますが、自ら火の中に飛び込むことはしません。たまたまその場に居合わせることが在れば別でしょうけどね」
槍の男が最後まで言うまでに言葉を被せた。甘いな〜と自分に突っ込みながら。
「そうですか。残念です」
「ドーラだけなら守りますよ。一緒に居る時はね」
「えっ!」
そう言ってドーラにウインクすると、見る間に顔が赤くなっていった。からかい甲斐があるな。これ以上長居するとまた巻き込まれるだろうから帰ることにした。
「じゃあ、お騒がせしました。僕が生霊なのに皆さん普通に話が出来るって凄いですね。感心しましたよ。また何処かで遭うことがあればお手柔らかに」
「ルイ様、ありがとうございます!」
ドーラの言葉に手を振って応えるとそのまま2階の窓から外に出ることにして、宿に向かうことにした。雨はいつしか小降りになっており、あれほど厚く黒かった雲の絨毯も色を失始めている。灰色の雲はやがて互いに寄り添うために組んでいた腕を解き、陽光を通し始めていた。
◇
「ぷはぁーーーーーーっ! ドーラ、ルイ殿とはどういう方なのだ?」
ルイが去った2階の大部屋で、槍を床に放おった男がどかりと床に座ったまま金髪を左手で掻き上げる。その大きな溜息がどれほど大きな緊張をこの男にもたらしていたのかがよく分かるだろう。
「どうって、見たまんまの方よ。あんなに凄い威圧を受けるとは思ってもなかったけど、怒らせるとめちゃくちゃ怖そうね」
「違いない」「生きた心地がしなかったぜ」「「ーー」」「あ、ラウとヨヘムが緊張から解放されて立ったまま気を失ってやがる」
「ふふ。仕方ないわね。ルイ様に睨まれたんだもん」
「しかし良くあのような人物と知り合えたな。“穢”のない生霊なんて初めて見たぞ。それに威圧してくる生霊もだ」
「だから言ったじゃない。あの方は規格外だって」
男たちのルイに対する驚きや賞賛とも取れる言葉に、ドーラはまるで自分のことのように嬉しそうに応じるのだった。彼女の中ではルイの信頼を裏切らずに済んだという安堵感と、ルイに対する想いが高まって混ざり合っていたのだ。本人は気付かずとも、周囲の男たちの眼には明らかにそう映っていたのであった。
「まぁ事なきを得たんだ、喜ばないとな。それとこれからのことだが、俺は先に山を超える」
その言葉に和んでいた場の空気がピンと張り詰めたものになる。
「そうか」
「ミカ王国の同志たちとも連絡を取るつもりだが、今あの国もあの男の手が伸びていると聞く。もしかすると一戦あるかもしれぬ。ドーラはどうなのだ?」
「わたしたちも最初の目的地はミカ王国よ。そういう事なら注意しないといけないわね」
「そうか。ならそれとなくルイ殿にミカ王国の現状を説明しながら情報を流してくれるか?」
「分かったわ」
「ドーラも長居はまずかろう。我らはそれぞれの任務を果たすだけだ。自由のために!」
「「「「自由のために!」」」」
気を失っている2人を除いてその場の4人が槍を持つ男の一言を唱和するのだった。こうして秘密の会合は短く幕引きとなる。槍を持つ男、それに続いてドーラがフードを深々と冠り家を後にするのであった。家を後にした2人は顔を合わせることもなくそれぞれ別方向へ背を向けて歩き出す。その2人を行く先を照らすかのように雲の切れ間から顔を覗かせた太陽が石畳を照らしていた。
◇
翌日。
日の出前から街を出たクリスティアーネ姫一行と僕たちは峰越えの道を登っていた。アルゲオの街から半刻はなだらかな上り坂だったのだが、勾配がきつくなり始めてからかれこれ2刻は過ぎている。
「ルイ様ずるいです〜〜」「乗せて下さい〜〜」
「そんなこと言われても最早これは体質だからね、仕方ないよ」
ドーラとフェナがいつも通り嘆いている。ドーラはあの後甘い物を買ってきたみたいでスィーツ談義に華が咲いたようだ。美味いこと胡麻化したね。僕はといえば昨日【実体化】を使っちゃったのでいつも通りフワフワ浮いて坂道を登ってる。うん、もうこれは上ってるじゃなくて登ってるだね。
傾斜角度が8%を超えているような気がする。よくこんな阿呆みたいなルートを交易道にしたな、と言いたくなるような道だ。坂道の勾配パーセント表示は、100m進むとパーセントの前に付く数字のメートル分高度が上下するというものなんだよね。8%であれば8mという訳。まぁいつまでもこの勾配ということでもないだろうから今は我慢時だねと人事だ。だから皆からジト眼で見られるんだけど。
「しかしルイ殿は何処でこのような知識を?」
とゲルルフ。異世界です。
「全くです。登山用の道具など、我々では思いも付きませんでした」
とウド。王宮勤めならそうだろうね。
「お蔭でクリス姫を背負って行けます! この背負子は本当に便利ですね!」
とヨーナス。そうだろうそうだろう。実は昨日ドーラと分かれてから道具屋に買いに寄ったんだ。他にもちょろちょろっとね。今直ぐには要らないものだろうから又の機会に。本当は雪車だけでいいかなと思ってたんだけど、雪が現れる前にへばってしまうかもと追加で買って良かったよ。
金髪で緑青色の瞳に白茶色の肌という南部の特徴を有していつつ、容姿も背丈もあまり変わらないという護衛騎士たちを見分けるのは難しい。今は辛うじて雰囲気で見分けてる感じだ。アフリカに住む部族の人たちを見て見分けられない、と思った事が脳裏に浮かんできた。僕も歳かな?
驚くべきはロミルダさんの体力だ。齢62とは思えない足腰の強さである。若い者に負けぬとばかりに進む足取りは驚異的だった。それでも老いには勝てず、今はジルケにおしりの少し上辺りを人差し指で押してもらいながら登っていた。これば僕のアドバイス。人の重心は平地と坂道では違うので、その重心を少しだけ押してあげると体が軽くなるのだ。軽くなったように感じるが正しいかな。魔法じゃないんだし。
◇
それから小休止を幾度か挟み、【疲労回復】を掛け眼の前に雪原が広がり始める辺りまで登ってくることが出来た。こちら側はまだ雪の塊ががちらほらあるが草原の部分が多い。気が付けは出発してから3刻半が経過していた。
今更だが、この世界の時刻は付与魔法が施された時計のようなものが存在する。円盤形の12刻に刻まれた手のひらサイズのものだ。ジョージアやアルメニアといった地域のように文字の羅列で数字が表されていて、所謂1、2、3のようなアラビア数字じゃないんだよね。だから文字から拾った計算は面倒だし、読解にも時間が掛かる。その文字の羅列数字が円盤に12種類刻まれているのさ。1から順番に発光が時間通り消えていき、24時間経つと再び全面が発光してまた欠けて行くを繰り返すから間違いがない。アイディア商品だよな。
「まだ陽がある内に野営の準備をしたほうが良いね。雪も近いから冷え込むだろうし」
僕の言葉に皆が頷いて準備を始める。リーダーになるつもりはないんだけど、何故か音頭を取る羽目になっているんだ。向こうの世界での薀蓄レベルは、こちでは博識と捉えられるようだから困る。専門外はてんでダメなんだから。
野営の準備は手慣れたものだ。30日同じ面子で旅をしているだけあって役割分担が確立されている。陽が傾く頃には火を起こして料理を食べれる状態になっていた。火を囲んで食事をするのがいつしかこの旅の決まり事のようになっており、今夜も例外ではない。
簡素ではあるが温かい夕食にありつけて一息ついている時だった。
「皆、戦闘態勢を」
短く事実だけ告げると皆自分の側に置いたそれぞれの武器に手を伸ばす。可怪しい。ナハトアの耳に着いている“女王の薫り”のお蔭で魔物に遭遇することもなかったはずなのに。薫りより上位のものか、あるいは薫りを気にしないものが居るということになる。
「ルイ様、【警戒】スキルには引っかかりませんでしたが?」
腰の鞭を手に取り、視線を闇に向けたままナハトアがそう告げるのだった。【警戒】に引っかからない!? 【索敵】ではないから敵意を持つものを割り出せないのは理解できるとして、警戒すべきものではないということか?
「【黒珠】」
念の為、上から飛びかかってきても対応できるように弾幕を開いておく。ナハトアはヴィルたちを呼んでいない処を見ると様子見かな。ま、危険だと思えば呼ばなくても出てくる面々だろうけど。
「何も来ない?」
カスパルが安心したかのように声を漏らす。
「来るよ」
「えっ!?」「「「「っ!!」」」」
ドーラの一言に皆身構える。と同時に何かかが雪の上を走ってくる音が近づいてきた。恐らく獣だろう、短い息遣いも聞こえるようになってきた。短い咆哮と共に獣たちが襲いかかってくる!
ガヴッ キャン
あるものは斬られあるものは魔法で弾かれ、あるものは僕たちの間をすり抜けていく。何故すり抜ける!? どういう事だ? 襲いかかって来てる訳じゃなく、何かから逃げてるってことか? そう思った瞬間だった。
ゴゴゴゴともドドドドとも取れるような地響きが山の上の方から響き始めた。不味い!
「カリナ、シェルターの用意だ!」
「え!? あ、はい!」
「皆もなるだけ固まって! 狼は雪崩から逃げてるだけだから放おって置いていい!」
「ルイさん、準備出来ました!」
「ありがとう! タイミングはこっちで伝える。カリナ、【発光】の魔法をできるだけ前方で出せるかい?」
「やってみます! 光り在れ。【発光】」
そうこうしている内に地鳴りと振動がどんどん近づいてくる。カリナによって創り出されたの発光体は僕たちの20m前に現れた。これが限界ということだろう。それでもキューブを握りしめる時間は稼げた。皆が一塊になり身を低くした時に暗闇の向こうでゆらりと雪煙が舞うのが見えた。
「カリナ、今だ!」
「はい!!」「「「「「えっ!?」」」」」「「「「「なっ!!」」」」」
僕の合図でカリナが黒く四角いものを握り潰すと、直径5m程の半球形の膜が現れる。道具屋のおっちゃんに感謝だね。5つ数えない内に雪崩がシェルターを飲み込む。ふぃ〜シェルターがないと皆死んでたぞ、これ。雪崩が収まるまでは持つかな。そう雪崩が麓に向けて雪煙をもうもうと上げて下っている様子を少し上から眺めてい時だった。
雪煙の向こうから白い塊がすり抜けることなく僕の体にぶつかって来たのだーー!
「ぐはっ!? な、何が!?」
最後まで読んで下さりありがとうございました!
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