第10話 嫉妬
※長いです。
2016/3/23:誤字修正しました。
2016/3/29:本文修正しました。
2016/11/4:本文加筆修正しました。
2018/10/2:ステータス表記修正しました。
かぷっ
「あーーーーーー」
これが吸われる感覚なのか……。まぁ、仕方ないね。200年も我慢してたんだからこれくらいのご褒美はあってもいいでしょ。
にしてもすごい勢いで飲むね。牙から直接吸ってるんだろうけど。喉が動かないのは吸血器官が犬歯にあるってことか。面白いな。向こうの世界では味わえない感覚だけど、ないな、これは。
そんなことを思いながら扉を開けてゆっくり階段を上がっていく。どうやら一本道のようだ。貧血になりながら道に迷ったんじゃ洒落にならないは。ん? あのメイドさんだ。
カツカツと明かりを片手に階段を走り下りてくるさっきのメイドさんの姿がある。ものすごい慌て様だ。何かあったのかな? と言うか、エリザベスさんかな? だったらちょうどいいや。あとはお任せしよう。
「リーゼ様!!! 良かった!!! この時をどれほど待ちわびたか!!! ありがとうございます!!!」
メイドさんが段上で立ち止まり深々と頭を下げてくれた。血色が悪いのは変わらないけど、感情が豊かになってる。元々美人だから更に綺麗に見えるな。
「いえいえ。あの、ところでエリザベスさんをお任せしてもよろしいですか?」
ふるふる
引き離して渡そうとしたけど、首に噛み付いたままエリザベスさんがイヤイヤをする。え?
「えっと、何か着た方が良いと思うので、シーツでも服でもなんでも良いので持ってきていただけませんか? あ〜メイドさんのお名前は?」
メイドさんに頼もうと思ったけど、そう言えば名前を教えてもらえてなかった事を思い出した。さっきは見事にスルーされたんだよな。今度はどうだ?
「コレットと申します。ルイ様」
教えてくれるらしい。身体を起こしたコレットさんが小さくお辞儀をする。あれ?
「え? 僕、コレットさんに名前言ってないですよね?」
「はい、いまリーゼ様から教えていただきました」
ほぉ〜何やら便利なスキルがあるみたいだ。また教えてもらおう。と思っていたら、タタタッと階段を下りてきたコレットさんが僕の居る段の1つ下に折りて右手を手に取るのだった。あ、噛み切った方か。
「あら、ルイ様、親指にお怪我を」
「ああ、これくらいはすぐ治りますので大丈夫ですよ」
聖魔法の【手当】でもかければ綺麗になるだろうけど、これくらいの傷で使う気にはならないな。
「そうは参りません。リーゼ様をお救い頂いたのに何もせずにお返しするなどブラッドベリ家の名折れです」
いやそこまで言わなくても。え、なんでコレットさんが親指を持ち上げてるの? もしかして?
かぷっ
「あーーーーーー」
コレットお前もか! はっいかんいかんツッコミしてる場合ではないよ、これ。いま血液が大量に枯渇し始めてる感じがする。ちょっとクラクラするしね。
「えっと、そろそろ止めてもらわないと、倒れそうなんですけど?」
実体化してるとこういう感覚もあるのね。嬉しけど、ステータスがどうなってるのか気になる。まだレベルアップもしてないみたいだし? なんでだろ? いつものタイミングなら《レベルアップしました》ってアナウンスが流れるはずだけど。
「ぷはぁっ!!! ルイ様の血液なんて美味しいの!?」
「本当ですわ。200年、リーゼ様の帰りを待って我慢していた甲斐がありました。濃厚で品があり甘美な味わいが」
「いやいや、あのね、君たち、限度っていうものがあるでしょ?」
二人共うっとりするのは止めて、癖になりそうだから。
「あ~もう決めた! ルイ様私のものにする! こっち見て!」
上半身を反らせるように持ち上げ、左右の肩に手を付いて支えのようにしたエリザベスさんが顔を僕の方に向ける。マシュマロがぷるるんと揺れるんだけど、今はそっちより彼女から視線を映しちゃいけない気がして見つめ合ってしまった。ラッキースケベといえば良いのかわからないけど、視野に入れる感じで焦点は別の所にあるといえば……ごほん!
「え!? リーゼ様ちょっとそれは!」
コレットさんが諌めるような声を上げた。え、なに? エリザベスさんの眼が妖しく光ったよ? 何今の?
「嘘……。私の魔眼が効かないーー?」
魔眼!? なんじゃそりゃ~!! そんな危険なものを僕に使ったの!?
「ええっ!? 本当ですか!? リーゼ様の魔眼に抵抗できるなんて化物ですよ?」
コレットさん、それは言いっこなしです。少しは自覚はあるんです。でも化物呼ばわりされると流石に凹みますよ……。
「そんな……はっ!?」
エリザベスさんは目論見が外れてしまったのがショックだったのか、暫く呆然としていたものの慌てて胸を両腕で隠してぽふっとお姫様抱っこの状態に戻るのだった。体中が恥ずかしさで真っ赤になってる。血色が悪くても赤くはなるんだな。不思議だ。
「ははは。元気になったら降りてもらおうかな? そろそろ僕の仲間が迎えに来るだろうから」
「え? 帰られるのですか?」
エリザベスさんが胸元で上目遣いで見上げてくる。マシュマロは隠してるけど、その位置からの上目遣い危険だ。いくらか切れ上がった大きな目をそのように使われると。
「うん、だって居る理由無いでしょ? エリザベスさんは200年ぶりに解放できたし、おっさん生霊は成仏させたしね。本当は友達の家族が安心して出産できて、子育てできるところを探してたんだけど、ここには二人が住んでるから別のところを探しに行かなきゃ」
「ここに皆で住めば良いのではありませんか?」
とエリザベスさん。いやいや僕が誰と住んでるか知らないでしょ?
「エリザベスさんの好意には感謝しますが、そういう訳にはいかないと思います。そうするにはお互い知らなさすぎますよ。」
「どうしてですか? この屋敷には私とコレットと、もう一人執事のエトが居るだけですから」
「確かに3人でここに住むのは持て余すかもしれませんね。でも、ほぼ初対面で出逢って直ぐの男を泊めるというのは如何なものかと思いますよ?」
「あ……」
僕の答えに何かを思い出したような表情になるエリザベスさん。というか今サラッと僕も受け答えしたけど、もう一人いたの? 逢えなかったけど……?
「コレット、エトはどうしたの?」
エトさんね。エリザベスさんが今思い出したかのようにコレットさんに尋ねた。あ、違うことを考えていたのね。うん、確かに所在は気になる。名前からして男性のようだけど、その人がいればもう少し楽に助け出せたかもしれないもんな。
「それがお嬢様。200年何も摂らなかった所為で、お腹が空き過ぎて柩から動けないそうでございます」
空腹。というか、エリザベスさんだけじゃなくコレットさんにも血を吸われたということは、漏れずにエトさんも……だよね? 200年何も摂らなかった? 嫌な予感しかない。
「ルイ様、重ね重ねご無理を申しますが」
申し訳無さそうに御辞儀するコレットさんを見ながら即答を避ける。はぁ、お人好しも良いところだろ。
「うん、それは相当な無理難題だね。ちょっと自分のステータス確認したいから待ってもらってもいい? 吸われすぎて心配になっちゃったよ」
「も、申し訳ありません。眼を瞑っておりますのでどうぞご確認ください」
あ、お姫様だっこのままなのね。コレットさんもエリザベスさんを受け取りに来ないということはまた内々で意志の疎通が図れているということかな。ま、良いか。見られて困るものでもないしね。ステータス。
◆ステータス◆
【名前】ルイ・イチジク
【種族】レイス / 不死族
【性別】男
【職業】レイス・ロード
【レベル】153
【Hp】96353/96353
【Mp】158173/344000
【Str】3642
【Vit】3461
【Agi】3503
【Dex】2727
【Mnd】2611
【Chr】1451
【Luk】1178
【ユニークスキル】エナジードレイン、エクスぺリエンスドレイン、スキルドレイン、※※※※※、実体化Lv167、眷属化Lv1
【アクティブスキル】鑑定230、闇魔法Lv182、聖魔法Lv180、体術Lv120、剣術Lv103、杖術Lv98、鍛冶Lv1
【パッシブスキル】闇耐性LvMAX、聖耐性Lv192、光耐性Lv201、エナジードレインプールLv11(+1)、エクスぺリエンスドレインプールLvMAX❶、スキルドレインプールLvMAX❶、※※※※※、融合Lv1、状態異常耐性LvMAX、精神支配耐性LvMAX
【装備】
【所持金】0
あ、Hpは減ってないや。さっき回復したままだ。Mpが減ってるのは【吸収】と僕自身が使った魔法の所為だな。という事は実体化してる間は肉体の感覚が正常に働いてるというだけなのか。う〜ん……このまま血液を吸われすぎて空っぽになった場合、肉体的には卒倒してチーン、な訳だ。でも本体は生霊だから死なない。ややこしいな……。
ん? プールのレベルが上がってるのと、プールに❶っていうのがある。……後で見てみるか。一先ずは安心だ。そう思ってステータス画面を収めるのだった。ん?
エリザベスさんの両目が皿のように開いてるけど? あれ? 眼を瞑ってるんじゃなかったの?
「えええええええええっ!!! ルイ様、生霊なのに生身があって、聖魔法が使えるのですか!?」
あ、見たのね。まぁ、普通は好奇心に勝てないよね。好奇心は猫をも殺すって習わなかったのかな? やれやれ。
「えええええええええっ!!! どういうことですか? リーゼ様!?」
コレットさんも落ち着いて。
「ダメだわ。私の知識では説明できない。と言うかルイ様が出鱈目過ぎるのよ」
「ははは。覗き見は感心しませんね。僕からは貴女たちのステータスは見れないというのに」
「あっ!? ご、ごめんなさぃ」
慌ててエリザベスさんが目を伏せる。悪いことしたという認識はあるようだ。それなら許す。可愛いから許す。
「まぁ、良いですよ。説明する手間が省けたと思えば。簡単に言えば突然変異です」
「ルイ様それは簡潔すぎます!」
とコレットさん。
「でもまぁ、流石に嫁入り前のレディがこんな格好で抱かれたままというのもどうかと思うので、コレットさん服を着させてください」
「いや、ルイ様が着せて!」
と、エリザベスさん。
「はい?」
待て待て待て。何か可笑しいぞ? 普通は恥じらうものだろ? 吸血行為は食事のはずだから、そんな感情は生まれないはず。まだなにか騙されてるのか?
「コレットさん」
「はい」
「僕の聞き間違いでしょうか?」
「残念ですが」
残念? 何が残念? 断れませんってこと? 聞き間違いじゃないってこと?
「なぜ僕が?」
「お嬢様の初めての方だからだと推察いたします」
「はいっ!?」
エリザベスさんを見ると赤面してモジモジしている。か、可愛いーー。いやいや待てまて待て。何か可笑しいぞ? 初めてって何だ?
「状況が突飛すぎて理解が付いてきてないんですが、どちらでも良いのでどういう事なのか説明してもらえますか?」
2人の顔を見比べながら乞うと僕の腕の中の美女が答えてくれた。
「わたしが吸血したのはルイ様が生まれて初めてなんです。それまでは瓶詰物を頂いてました」
ドラキュラにトマトジュースみたいな理解で良いのか? いや、これは古いか。ドラキュラは人物名でヴァンパイアは種族名だったな。いや、そうじゃなくて続きをーー。
「ふむふむ。それで?」
「ルイ様の血液はこれまで飲んだ中で他に比肩できないほどの質だったのです」
「それは私も同意致します。私もリーゼ様より長く生きておりますが、これほどの物に出逢った事はありません。恐らくエトもそう申すことでしょう」
あ、飲ませること決定なのね。う〜ん。この肉体に流れる血にそんな価値があろうとは。まだこの正解の体の構造は近い出来てないからな。異世界ならではの特質もあるだろうしね。まぁ、そもそも魔力がそうか。向こうの世界では魔法・魔力がないもん。東洋の考え方で気血というのがあるけど、これに魔力が加わった感じだと思っていれば良いのかもな。
「は、はあ」
曖昧なリアクションしか返せない。そもそも僕の常識と彼女たちの常識は違うんだ。その差を埋めようにも1年やそこらでは無理だろう。そもそも問題として人間に遭ってないんだから。この先もその溝が埋まるかどうかも微妙だ。
「あ、あのーー」
「は、はい」
僕の腕の中でもじもじするエリザベスさんの声で視線を下に向ける。そこで手をお願いポーズに組んだエリザベスさんが上目遣いで見上げていた。
「それでルイ様の血は何にも代えがたく。わたしの全てを差し上げますので、私の保護者になって頂けませんか?」
……保護者。あぁ、そういう事。ぼーっと思考に沈み込みそうになってる瞬間、僕の中で聞き捨てできない言葉が通りすぎようとした。お上りさんのように思考がフワフワしていたものが急速に冷やされて来るのを感じた。
特にそう提案したのがコレットさんではなく、エリザベスさん本人だと言う事だ。
そもそも、向こうの世界ではパトロンは好意的な意味で取られうことが多い。金銭援助する人。後援者、支援者、賛助者、奨励者色々だ。それによって社会的な後ろ盾を持てるメリットがある。だけど、ここは異世界だ。僕の常識のパトロンではなく、この世界のパトロンが何を意味してるのか、エリザベスさんの言葉に集約されていた。
籠絡されてくださいということなのかな? こんな綺麗で可愛い娘に好意を持ってもらえるのはすごく嬉しいことだけど、それとこれとは違うね。
「………………」
ドキドキした気持ちが僕の中で急激に冷えていくのが分かる。……僕の考えは古いのかもしれない。今時そんな考え方は時代遅れだと言われてしまうだろうか? この世界に来ていずれはこっちの考え方に馴染んでいくんだろうけど、今この時点ではそうじゃない。
事故で死んだ両親の厳格な教えのせいで、古風な道徳観が根付いてるんだ。笑えるだろ? 婚前交渉はだめ、人前で肌を晒すなんて以ての外。異性と遭うときには付添人が必要。門限は19時。他にも色々だ。今となっては懐かしい。両親が亡くなった後は縛られるものがないからと羽目を外そうとしても、上手くいかなかったんだよね。
エリザベスさんは自分の「全てを差し上げます」と言った。それはこの屋敷や使用人だけでなく、彼女自身の身体もということだろう。男としての視点で見れば美しい。隣りに侍らせたいと思える女性だ。僕のように優柔不断で古い考え方に固執してなければ、快諾する人も多いと思う。でも僕は違う。
出逢って数十分しか経ってない男に自分の全てを差し出して生活しようと言う気持ちが理解できない。種族として血が必要だというのも理解できる。だけど、別のアプローチの仕方があるだろう? 彼女が処女だという保証はないが、仮にそうならそれを彼女自身の許可を得ているとしても出逢ってその日の内に頂いてしまう気持ちにもならない。そこは大切にして欲しいと思うし、そうであるべきだとも思うんだ。だから僕自身恋愛に臆病なんだろうけどね。
恋愛感情もなにもない、行きずりの水商売の女性が売る一夜の春のような関係は嫌だ。時間を掛け条件もないお互いに対等な立場で気持ちを育んでからのその台詞であれば肯ける時もあるだろう。でも今、僕の中でそれはない! 嫌だ!
「あ、あの、ルイ様?」
長く沈黙を続けたためか、エリザベスさんの声が緊張しているのが分かる。うん、もう一度エリザベスさんの眼を見るけど自分の中で出した結論に揺らぎはない。
「ふぅ。悪いけど、その申し出は受け取れないよ」
「そんな!? 気分を害されたのでしたら謝ります。どうか、考え直して頂けませんか!?」
エリザベスさんは慌てて取り繕おうとしてくる。彼女なりに頑張ったのだろう。エリザベスを抱いたまま半身ほど回転させて段下に立つコレットさんの方に視線を向ける。表情が硬いーー。流石はメイドさん気が付いていらっしゃる。
「コレットさん」
「ーーはい」
僕の冷めた声にコレットさんの身体がびくっと揺れる。処女性を大切にしてこれから出逢うであろう大事な人に誠意を、という考え方を押し付けるつもりはないけど、敢えてそれを言うこともないかと考える僕が居た。
「これは貴女が御止めすべき事でした。僕にはヴァンパイアの年齢について知識があるわけでも、その生態に詳しいわけでもありません。ただ、僕の前に居るエリザベスさんの見た目は美しいとは言え、一時の感情で本来伴侶となるべき人のために大切に守ってきたのもの簡単に手放して良いとは思えません」
「そ、それはーー」
コレットさんが弁明しようとしたけど眼で制す。
「感覚の違いでしょうけど、今回の提案は僕が忌避する遣り方です。もっと違う方法であれば僕もここまで強く言うこともなかったでしょう。……残念です」
僕の言葉に表情が曇り始めるコレットさん。眉間に皺を押せ始めたのを見ると、僕の気持ちが動かないと察してくれたのだろうか。
「ーー申し訳ございません。至らぬばかりか、御不興を買うような事をしてしまいお詫びのしようもございません」
そのまま深々と頭を下げたコレットさん。う〜ん、元々自分の気持を言い表すのって苦手だったから上手く伝わったかどうか分からない。きつい言い方ではあるだろうけど。
「うっ……うっ……ごめんなさぃ。そんなつもりじゃ、うっ……」
エリザベスさんが僕の腕の中で泣いている。まぁ一度頭を冷やしてもらおう。解放された嬉しさと空腹で正常は判断ができなくなってるんだろうから。少しきついくらいが丁度いいお薬になるかもね。そう思いながら、僕はエリザベスさんをコレットさんの腕に預けるのだった。
まだ1階に戻り切る前だったのだけど、流石にこのままだと居づらい。
「エリザベスさん」
「はぃ……ぐすっ……うっ……」
「少しゆっくりするのが先ですよ。今まで頑張ってきたんですからね。エトさんとも喜びを分かち合ってないのに先走りすぎです。これは、ん!」
都合よく壁に飾ってあった斧が見えたので、壁から斧を取り外し……。
「「!?」」
それで左腕を切り落とす。
「「!!!!」」
「【手当】」
一瞬の事だったのか、二人共驚いて僕の腕を見てる。すぐ【手当】を掛けたら止血は問題ない。まぁ急に何をって思うよ。切り落とした左腕を拾うとそれをエリザベスさんに手渡すのだった。
「エトさんの分。エリザベスさんが飲んじゃダメですよ?」
「ーーーー!!」
何を言ってるの? この人? 的な表情で僕の顔を見るエリザベスさんとコレットさん。ぽふぽふとエリザベスさんの頭を撫でさせてもらってから、そのまま階上に出てみる。ゆっくりではあるが後を付いてきてるようだけど、一本道なんだから後を付いてくるというか遅れて上がってきてると言った方がいいね。嗚咽も聞こえるし。
「一時間でわかるかな? 半刻後に実体化解除するから、それまでにエトさんに飲ませてあげてください。またお茶でもご馳走してくださいね」
「ーーーー!!」
階下の暗闇に向けてそう声を掛けて目の前の扉を開ける。それは玄関ホールに通じたドアだった。以外に隠れ通路近くにあったのね。苦笑して僕はそのまま玄関の扉を開けて外に出る。
流石にもう来てうだろうな~と思いながら、玄関の扉を占めて辺りを見回してみると。
ガサガサ ザザザザッ
『ルイ様!』『主殿!』
大きなうさぎさんと大蛇が近づいてくる。と言うか、眼の前までくる……。近いって。
『やぁ、二人共良くここが分かったね。すぐ追いついたのかい?』
『もぉ~ルイ様ったら直ぐに逃げちゃうんですから、追いつくわけないじゃないですか!』
『そうだぞ。主殿!? その腕は?』
あちゃ、しまった、隠せるような切り方してなかった。
『ルイ様!?』『主殿!?』
二人の雰囲気が剣呑としてくる。まずいな一先ずここを離れなきゃ。
『あぁ、いいのいいの。この屋敷でね生霊のおっさんに襲われてね。返り討ちにしたんだけど、左腕一本取られちゃんたんだ』
と屋敷を振り返って見る。うん、エリザベスさんたちは部屋に戻ったのか、エトさんの処に行ったみたいだね。
『……主殿。何か隠してますね?』
『……(じぃ~)何んだかいい匂いがする』
あわわわ。違う意味で身の危険を感じる……。
『たははは。敵わないな~。うん、生霊のおっさんに捕まってた女の子を助けてあげたんだけどね、成り行きで抱えることになったんだ。だからその時についたんじゃないかな? あははは』
うん、何も疚しいことはしてない。
((じぃ~…………))
『さ、さぁ帰ろうか! このお屋敷はその人が住んでたから、別の場所探さないといけないよ』
『もぉ~ルイ様はそうやってすぐはぐらかす!』
『そうですよ、主殿! 次からは我もお供しますので1人で行動しないでください!』
『えぇ~それだと息がつま』
『『誰が息する必要が?』』
ずぃっとさらに二人の顔が近づく。怒ってるよね。
『う、ごめんなさい。次から気をつけます。でも、二人共心配してくれてありがとね♪』
僕は嬉しくなって二人の鼻や頭を撫でるのだった。気持ちよさそうにしてくれる二人を見てると癒される。さ、帰ろう。そう言って僕はギゼラの背中に跨るのだった。せめてものお詫びだ。乗ってると安心してくれるだろうしね。
『わ、わたしも乗ります!』
『え? 流石にカティナは無理なんじゃない? 滑べるでしょ?』
『いえ! 練習したのでぐねぐねし過ぎなければ大丈夫です!!』
そう言って大うさぎが僕の後ろに飛び乗ってくる。どうやら本気のようだ。がしっと両手両足から爪を出してしがみついてる姿は滑稽だ。ふと視線に気付いて見上げると屋敷の2階の窓辺に3人の人影が見えた。どうやらエトという名前の人も無事に起きれたみたい。良かったね。またいつここに来ることになるか分からないけど、また会えると良いな。そう思いながら小さくお辞儀をして僕はギゼラの背中に跨るのだったーー。
◇
屋敷の2階の窓から大兎と大蛇と戯れる若い男を見下ろしている影があった。年若く見える女主人の後ろに控える男女の影がある。
「臆病なデミグレイジャイアントがあんなに懐いてるなんて」
メイドの服に身を包んだコレットが口元に手を当てて呟く。
「あのフライングジャイアントバイパーが人に懐くですと? ありえませぬ」
執事風の服に身を包んだ初老の男が自分の鼻に掛かった片眼鏡を指でつまんでピントを合わせ、自分が眼にしている事を把握しようと務めていた。
「はぁ……」
美しい銀髪がさらりと女主人のエリザベスの肩から滑り落ち顔にかかるが、それも気することもなく窓の外の男にその視線は向けられたままだった。
「「リーゼ様ーー」」
「このじぃめが浅知恵を弄したばかりにこのような事態に陥ってしまい、申し訳ございませぬ」
執事風の服装で身を包んだ初老の男がそう頭を下げる。銀色と灰色が混ざったような髪をオールバックにした髪型だが、よく見ると長く伸ばしており首の付け根で束ねているのが分かる。
「いえ、御止めしなかった私の所為です」
「エト、コレット良いのです。でも、なんと羨ましい。私もあのように撫でてもらいたかった」
「「リーゼ様ーー」」
「ルイ様はまたお越しくださるでしょうか……? わたしのことを嫌いになったりはされないでしょうか……? ううっ……。ルイ様ーー」
エリザベスはそう森の中に消えていくルイたちを眼で追いながら、感情を抑えきれなくなっていた。涙袋の上に湛えた涙がついに堪え切れなくなり、つぅーと頬を滑り落ち胸元を濡らす。コレットとエトはその姿を見て顔を見合わせ、一礼してその場から身を引くのだった。彼らは気が付いたのだ。自分たちの主が病に罹ったことを。
恋煩い。
彼らが再び相まみえるのはこれより少し先のことであったーーーー。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
ブックマークやユニークをありがとうございます、励みになります♪
誤字脱字をご指摘ください。
ご意見やご感想を頂けると嬉しいです。
宜しくお願い致します♪
2016/2/3:鑑定スキルをパッシブからアクティブに訂正しました。