第99話 残り香
どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!
轟音と衝撃と揺れが船体に襲いかかってきたのだった。
「おわっ!」「きゃあっ!」「むぅっ!?」
思わず壁に手を着いて揺れに耐える。バランスを崩して階段に転がり落ちそうになったナハトアの右腕を掴んで思わず引き寄せてしまった。引き寄せたためにナハトアの表情までは見えないが、大きな揺れを感じなくなったとこで体から離れて皆を促す。
「何が起きてるのか確認だ。横から急に襲いかかって来る輩も居るかも知れないから警戒して甲板へ出るよ!」
「はい!」「承知!」
ヴィル、さっきから承知しか言ってないんじゃない?
先程とは打って変わった血生臭い船内を駆け抜け甲板を目指す。どうやら解放された奴隷たちが気絶している海賊から武器を奪い、命まで奪っていったようだ。それだけ恨み辛みが積み重なっていたということだろう。自業自得だ。悪いが同情は出来ないしするつもりもない。
10分も掛からずに甲板に出る。途中何人か解放した人たちを追い越したが、お互いに気にかけている暇はない。毎度思うが【ステータス】の恩恵が凄いな。まだLv1だというのに。
「おっと、こいつは」
「なかなか骨の有りそうな奴が出てきたではないか」
「海蛇竜!!」
甲板から見上げた先に群青色の鱗に身を包まれた、蛇と龍を掛け合わせたかのような巨大な生物が水面から姿を表していたのだ。ナハトアが言うにはこれが海蛇竜か。水面下にあるのは胸鰭のような前脚だろう。魔法で攻撃をしてきたのかと思いきや、折った帆柱に体当たりをして外そうとしているようだった。
「魔法が使えない種なのか? フライングジャイアントバイパーでも使えたのに」
「いや、どうやら違うようだぞ? あの鎖を見よ」
「あ!」
ふと疑問に思ったのだが、ヴィルの一言で悟る。その首に巨大な【隷属の首輪】が巻きつけられており、そこに続く鎖を1人の男が握っていたのだ。つまり捕獲されてしまったということだろう。しかも筋骨隆々たる大男が海蛇竜を操っているのかと思いきや、真逆の優男だ。驚きだな。
「どうやらマルドは殺されてしまったようだね。お前が殺したのかい?」
「い〜や、違うね。話を聞こうと少し大人しくしてもらったけど、可愛い子ちゃんといい事してる真っ最中を邪魔しちゃったんでね、続きをと気を利かせて席を外したら。残念なことになったみたいだよ」
誰ということなく、明らかに僕に向かって優男が声を掛けてきた。
「はははははは。色事で命を落とすとはマルドらしい。だが、どうやったかは知らないが奴隷らしい者たちが逃げ出してるじゃないか。その責任は取ってもらうぞ?」
「首輪が腐ちてたんじゃないか? その海蛇竜の首に着いてるのも水に浸かりすぎてふやけてみたいだしね」
「何!?」
海蛇竜の頭に乗っている優男にこちらから飛びかかることは出来ない。甲板から翔び出せたとしても、何もせずに乗り移るのを許してくれるほどお人好しではないだろう。風魔法も使えない僕は【実体化】してる最中は空も飛べない。ならやることは範囲魔法だ。
「ヴィル、その姿で翼が出せる?」
シンシアが出来てたんだ、問題はないはず。
「問題ない」
「じゃあ、僕があの優男に魔法で攻撃したら、ナハトアを抱えて隣りの船の甲板に飛んでくれる?」
「ルイ様、わたしは!?」
「ナハトアは僕が行くまでヴィルと甲板の無力化を頼めるかな? 生死不問だから、僕と同じことはしなくていいよ。ナハトアやり方でお願い」
「はい」「任された」
優男から眼を離さずに小声でやり取りをする間、男が行動を起こすことはなかった。何かを待っているのか? 狙撃? 時間にしては2分もないが、戦闘中であることを考えると随分余裕だな。
「なにか仕掛けてくると思いましたけど、随分悠長ですね」
「お前もな」
「こう見えて一杯いっぱいなんですけどね。ところでその海蛇竜はご自分で捕獲されたんですか?」
「何?」
「随分海蛇竜の方が力を持ってるように見えますが? よく捕獲出来たものだと思いまして」
「ーー何者だ? 頭領と同類か?」
僕の言葉に優男の双眸が細められた。探るような視線が僕の眼を射抜く。それよりも気になる言葉が耳から離れない。頭領と同類? なんだ? 転生者が居るということか? くそう、気になることを言ってくれるじゃないか。眼の前に集中しろ!
「ただのお人好しのお節介焼きですよ。【引き裂こうとする腕】」
「むっ!? 何だその魔法!? 竜人!? 厄介な」
ばさっ
僕の魔法の発現を感知してか、無詠唱に反応してかヴィルがナハトアを抱えて飛び立つ。
「余所見をしていて良いんですか?」
「何!? うおっ!!」
ガシャーン!
ヴィルの方に注意を逸らされた男に声を掛ける。範囲魔法の中でも癖のある魔法を選んだのだ。驚いてもらわなければ困る。その間に倒れた帆柱に飛び乗って隣りの船に移動する計画だ。優男の背後から現れた大きな黒い腕がその爪で優男を引き裂くために振り下ろされたのだ。狙ったのは男の腕からそこに伸びる鎖。
優男はその腕を避けて空中に飛び出すが、鎖は黒い腕に打ち据えられて僕の移動し終わった船の甲板に向けて降ってくる。計画通りだ。
「はい、ご苦労さん」
ガチャリと鎖を受け取って、黒い腕に礼を言っておく。この魔法も色々と面倒なんだよ。
「貴様……」
「もしかしてと思ったけど、やっぱり飛翔の魔法が使えるんだ。そのまま海に落ちてくれると手間が省けたんだけどね」
宙に逃げて海に落ちたかと思った優男は、逃げた先の宙にそのまま浮かんでいたのだ。背後では海賊たちの絶叫が聞こえてくる。ヴィルが先ほどの鬱憤を晴らしてるのだろう。程々にね。
ー 聞こえてるかい?これはお願いだ。君の頭に乗せて欲しい。これならあの優男の命令に抵触しないだろ? ー
「よっ!!」
僕はそう海蛇竜に語り掛けておいて。鎖を引くことにした。力比べに見せかけるためだ。そんな安易な手に引っかかるとは思わないけどね。ガシャンっと垂れていた鎖が引っ張られて真直になる。
「はははは! 莫迦か! 海蛇竜と力比べだと!? 良いだろう、そんなにしたければ甲板から引き抜いてやれ!」
訂正、莫迦でした。何度か鎖を引き合う。その都度ガシャンガシャンと鎖が擦れて音が出るが不自然さがでないようにするにはお互いの芝居に掛かってる。その頃には粗方甲板の鎮圧は終わっていた。
ガシャン!!
「おわっ!!」「ルイ様!?」「……」
一瞬鎖が弛んだと思った瞬間、体が一気に空中へ引き抜かれた! チラッと優男の方を見ると悦に入った笑みを浮かべていた。自分の計画通りなんだろう。お生憎様だ。海蛇竜の引き方が上手かったのか、弓なりにではなくほぼ一直線に海蛇竜の顔に向かって飛んでいく僕。
「ふはははは! 良いぞ! そのまま噛み殺せ!!」
「【解呪】! あいつを咥えて!」
「なぁっ!?」
鎖を引くのに横を向いていた顔が僕の方に向いた時、距離は5mともなかった。優男の命令は読めていたので、そのまま【解呪】を試み、新しいお願いをする! 最悪失敗しても死ぬことはない。そんな思いも杞憂で、【隷属の首輪】が朽ち始め海に落ちていく。その様子に眼を見張った優男だったが、あまりのことに体が硬直し海蛇竜の顎に捕らわれてしまうのだった。
「ぐああああ!! 何故だ! 何故首輪が!?」
「だから言っただろ? 水に浸かりすぎて脆くなってたんだよ」
「ぐふっ」
海蛇竜の鼻面から体を乗り出して、男の首を右手で絞める。その瞬間に3種のドレインを済ませておいた。ドサクサに紛れるのが基本だ。ドレインに関しては、意識するだけで出来るようになっていた。訓練の賜だけどね。1年間、エナジードレインで皆から試させて貰ったんだ。一つが出来るようになれば後は応用できるのが魔法の凝縮で理解ってたから、それだけで訓練した訳。
「お前たちの頭領は何者だ? 何処に居る?」
「ふっ、死んでも言わん」
「そんな義理立てする気持ちがあるなら、他人の命と財産にもっと敬意を払うんだな」
ー あとの処分は君に任せる。主が居るなら探すもよし、このまま海に帰るのもよし。甲板にだけは送ってね ー
ぐるるるる
「ぐぎゃああああ!!」
優男の絶叫に合わせて何かが噛み砕かれる音が体に伝わってきた。あっけないな。優男を咥えたまま甲板に向けて首を倒してくれたので、飛び降りると海蛇竜に手を振って船内に向かうことにする。少し時間を食ったからね。
後ろではまだ叫び声と鈍い音が響いていたが、船内へ入った頃には静かになっていた。先ほどの騒ぎで船内の海賊は甲板に出てきていたようで、人気がない。【鑑定】かけながら進んでいっても家具や道具や雑貨の名前しか見えてこない。突き当りの所謂船長室に入ったが、もぬけの殻だった。恐らくだがさっきの優男が船長だったんだろう。
「船底に行くよ」
「はい」「うむ」
さっきは不意打ちだったからまだ船内に残っていたのも居たんだろうけど、この船はもう居ないようだ。ものの10分で船底に辿り着く。アンモニア臭に辟易するが、獣臭というのか、先程とは違った臭いが混ざってる?
「誰か居る? 助けに来たんだけど?」
人の言葉が分かればいいなと思って、呼び掛けてみた。途中で拾った油灯で下を照らすがよく見えない。
「女王陛下」
「は?」
女王陛下? そんな人ここには居ないでしょ? 女王? 思わず暗がりから聞こえてきた声に反応してしまった。でも、女王と言って該当しそうなのは……。恐る恐るナハトアを振り返るが、手と首を器用に振り続けるナハトアがそこに居た。だよな。
女王と声を掛けたであろう人物の方に油灯の明かりを向けると、そこには1人の蛇女族が居た。蛇女族は母系優位型とファンタジー系の解説で読んだ記憶がある。つまり同族に男が居ないために伴侶を同族以外、特に人間に求めると。それがこの世界に当て嵌まるのかは不明だけどね。
「えっと、どういうことか説明してもらえると嬉しいんだけど?」
「はい、そちらのダークエルフからラミアの国を収める女王陛下の香りがするのです」
「えっと、ナハトア、君はラミアの国で何をしてきたのかな?」
「行ってませんし、何処にあるのかさえも知りません!! あ、もしかして!?」
何か思い出した?
「あの“迷宮の主”に耳を噛まれたんですけど、そう言えば、普通の蛇女族の数倍は大きな蛇女族でした。もしかしてそれかも」
ああ、忘れてた。確かに蛇みたいな尾は見えたな。しかも蛇女族の女王様が“迷宮の主”? 呆れてものが言えない。国をほっぽり出して何外遊してるんだか。
「女王陛下の居場所をご存知なのですか!?」
「ご存知も何も4日ほど前に逢ってきたばかりだからな。場所も説明も出来るとおもう。でも、まずはここからでなきゃな。所で光魔法は使えるかい?」
「申し訳ありません。この首輪の所為で魔法が使えないのです」
光魔法が使えないじゃなく、魔法が使えないということは【解呪】さえすれば周りの視野が確保できるということだ。他にも何かが居るのは分かるのだが、近づいてきそうな気配がない。ナハトアについた女王の香りがここに居る者たちを怯えさせているということか? 凄い残り香だな。
「分かった。そこはなんとかするから、首輪が外れたら光を出してくれる?」
「え!? あ、はい」
「【解呪】」
「え、あ、首輪が!? ありがとうございます!! 光り在れ。【発光】。これで宜しいでしょうか?」
蛇女族は自分の首から崩れ落ちた【隷属の首輪】に驚きながらも、僕の依頼通りに光を出してくれるのだった。彼女の両手から放たれた光源が船底の天井付近に上がり、広い範囲へ明かりを届けたのだった。
「これはーー」
「亜人ばっかりです」
亜人。人に似て異なる人とファンタジー世界の中で区別されていた者たちが僕の眼の前に居た。僕が居た世界ではカティナたち家族やシェイラたち姉妹、獣人もいわばこの亜人に分類される。人によってはエルフやドワーフなどもそうだという人が居るくらいだ。僕の中での知識枠が辛うじて眼の前に居る者たちを亜人種だと告げていた。
「ナハトア、亜人の奴隷の扱いを聞いたことがあるかい?」
「良くは分かりません。冒険者の手伝いで使われる事があるのは耳にしたことがあります」
なるほどね。ここで解放できたとしてもその先はどうなるかわからないというわけか。
「皆よく聞いて、解らなかったらあとで僕に話し掛けてくれたら良い。これから【隷属の首輪】を戒めを解く。あとは自分の責任で行動して欲しい。その後の事までは背負いきれないから。じゃあ、僕の前に集まってくれる?」
僕の言葉が分かるものが周りの者に通訳してくれたようで、先程と同じように多くの者が集まっていた。
「【解呪】。追われたくなければ海賊は殺しても、街の人を殺さないように。皆の幸運を祈ります」
「え、あ、ルイ様?」
奥からただならぬ気配を感じるんだ。殺気じゃないけどーーなんだ? 蛇女族たちは合計10人居たようで、僕たちと行動を共にするということになった。目的は女王陛下であることは言うまでもない。言うならば共同戦線と行ったとこだ。蛇女族以外の亜人たちは上に向けて移動を始めている為、僕たちと蛇女族以外は見当たらない。
丁度船首の下であろう部分に差し掛かった所で扉に阻まれる。気配はあるから蹴破らないほうがよさそうだな。またヴィルに頼むか。
「ヴィル、蹴破ると奥に居る人たちに怪我をさせちゃいけないから、斬ってくれる?」
「容易いことだ」
再び×の字斬りを披露してくれたヴィル。難なく扉が切り崩れ奥に入れるようになったので、蛇女族の人にもう一度光をお願いして部屋の中を照らしてもらうことにした。
「よう、待ってたぜ」
一番奥にいる山のように巨大な影が低い声で話し掛けて来た。ジャラジャラと鎖が動く音がするが、その場から動けないらしい。そこから視線を左右に動かすとエルフが7人、ダークエルフが1人鎖に繋がれていた。いずれも女性だ。奥の影だけ男のようだが。
「はっ!!! カリナ? カリナなの!?」
ガシャン
「えっ!? ナハトア? 嘘、ナハトアなの!?」
ナハトアの呼び掛けにダークエルフの女性が反応する。ダークエルフと言っても数がそれほど多い種ではないことが分かる。エルフにしてもそうだ。生殖の関係で個体の寿命が伸びるほど種を残す欲求が気迫になるのだという。小動物と人を比べると、生まれてくる個体数にしても繁殖のために興奮するサイクルも小動物のほうが断然多いのは一目瞭然だ。エルフやダークエルフは更に長寿であるからこそ、大概は顔見知りという方程式が成り立つ。とまあ、僕の立てた仮説だけど間違ってもないようだな。
「知り合い? 良かったね。まずは彼女たちの鎖から何とかしないと」
「は、はい」
「【融合】」
ガラン
「「えっ!?」」
ダークエルフの2人が居る足元に鉄の鋳塊が転がり落ちる。
「へぇ、おもしれぇスキル持ってるな兄ちゃん」
この一瞬をスキルだと見抜けるって何者だ? 一番最後だな。
「悪いけどレディファーストで後回しにさせてもらいますよ?」
「助けてもらえるんだ。文句は無えさ」
別に焦ることもないーーか。手の内はあまり見せない方が良いかも知れないな。思いながらエルフの女性たち7人の鎖も同じように鋳塊に変化させていく。8人が自由に動けるようになった時点で1箇所に集めて【解呪】するのだった。何をしたか見えないように背を向けて。でも、結局は彼にもするんだからバレるだろうけどね。
8人とナハトア、そして蛇女族たち10人を部屋の一番奥に移動させる。彼女たちの前にヴィルを立たせて大きな影の前に立つのだった。
「随分用心深いんだな。兄ちゃんよ」
「怖さの裏返しですよ。鎖に繋がれてるっていうのに僕の中で警鐘が鳴りっぱなしだ。だったら最悪を考えて行動するんじゃないかな?」
「へっ。エルフの姉ちゃんでも1人かっ攫っていこうかと思ったけどよ。無理そうだな」
「どうでしょうか? 1人くらいなら行けそうな気がしますけどね?」
僕の一言で後ろの女性たちの緊張が伝わってくる。
「……」
何だ? 何か覧られた気がしたぞ? 大きな影の男の眼が細められたかと思った瞬間、全身に嫌な感覚が広がった。
「どうですか? 何か分かりましたか?」
何をされたかも分からないが、カマをかけて聞いてみる。
「いんや。俺のスキルでも見えねって事は相当にヤバイってことだ。今の俺じゃあんたには敵わねぇ。こういう時の俺の勘は良く当たるんだよな」
「へぇ。その巨躯に似合わず慎重な面もあるんですね?」
丁度その時、灯してもらっていた【発光】の魔法が寿命を迎えすうっと闇に包まれる。特に声を出すわけでもなかったが、気を利かせてくれた蛇女族の1人が再び光を灯してくれるのだった。そのお蔭で鎖に囚われた巨躯の正体が光の下に晒される。
3mはあろうかという身長。赤銅色の肌と額から突き出る2本の角。異常に盛り上がった上半身の筋肉。明らかに略奪する側にまわるであろう体格だ。鎖を振っただけでも人の頭など熟したトマトのように簡単に爆ぜるに違いない。肌の色に負けぬほど赤く力を帯びた瞳が静かに僕を見下ろしていた。
「人喰い鬼ーー」
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