第9話 ヴァンパイアの令嬢
2016/2/13:ルビ訂正を行いました。
2016/3/29:本文修正しました。
2016/11/4:本文加筆修正しました。
2017/9/19:本文加筆修正しました。
「紹介しよう。彼女の名はエリザベス・ド・ブラッドベリ。ヴァンパイアにしてこの館の主だ!」
「ヴァ……ヴァンパイアってーー? 不死族のあのヴァンパイアですか?」
僕は恐る恐る生霊のおっさんに尋ねた。薄々気が付いているのだが、冷静さを失わないためにどうにか驚いてる様子をしておかなければならなかった。
おっさんは200年前から研究しているといった。目の前にはヴァンパイアが居る。しかも女の子だ。年齢的には遥かに上なんだろうけど、この姿はーー。
「にーー200年もこのヴァンパイアを?」
「その通りだ。良い研究材料が手に入ったものだ」
「200年前は生霊だったのですか?」
「ほほぉ。そこに気がつくとは流石我が助手。違う、我はこの屋敷に訪れた魔法使いだったのだ。だが、生霊の研究はもうしていた。そこでこの娘の親たちを騙してこやつを攫ったまでは良かったのだがな。怒った親たちに殺されてしまった。だが、運良く生霊となった我の糧になってもらったは。研究はそれからだ」
ぎりっ。胸糞が悪くなる。向こうの世界では禁忌だろうが、異世界ではこれが当たり前だ。頭では解っていても納得したくはない。僕は甘ちゃんでいい。でもやることは決まったぞ。
「す、凄すぎて言葉が出ません。ヴァンパイアに触っても?」
「ふははははは。良いぞ。レイスになってしまえばその感触は味わえぬのだからな。今のうちにたっぷりと味わっておくがいい!」
本当にご満悦だ。このおっさんどう始末してやろう。ギゼラやカティナがここに居たら人質に取られて僕も終わりだな。ドレインはスキルだから抵抗できるはず。ならば一番厄介なのはスキルだな。スキル→エクスペリエンス→エナジーでいくか。
裸で吊るされたヴァンパイアの令嬢に近づきながら僕はそんなことを考えていた。
彼女の足元まで来ると見上げてみる。人間の年齢で言えば20代前半といったところか。容姿端麗、スタイル抜群、豊かに実った双丘は銀髪に隠されている。意図せずに作り出された構図は微妙に卑猥さを強調することになっていた。僕は左手をゆっくり伸ばして彼女の右の太腿に触る。
「ん……」
吐息と共に綺麗な声が彼女の口から漏れた。よく見ると舌を噛み切らないように猿轡が噛ませてある。僕の手から逃れようと身動ぎ鎖がチャラっと鳴く。彼女の真紅の瞳から伸びた視線が僕の視線とぶつかる。確かに聞こえていたのは彼女の声だった。今それがわかった。
「君の声は僕に届いていたよ。もう少し待っててくれるかい?」
彼女にしか聞こえないように低く囁く。その眼に驚きの色が浮かび、大粒の涙がぽつりと彼女から零れ落ちた。それを右手で受けると僕はぎゅっと右手を握り締め、彼女に微笑んでみせた。言葉はいらないよね、今いるのは行動だけだ。
「いい素材ですね」
ゆっくり振り返って、レイスのおっさんに笑いかける。
「そうであろう!」
「味見するにはどうすれば良いのでしょうか?」
その言葉に意外そうな表情を作る。
「ほぉ、我が居ても気にならぬのか?」
「据え膳食わぬは男の恥といいますか、折角麗しい女体があるのですし。こういっては失礼かもしれませんが、先生は亡くなってらっしゃいますから」
「ふははははは! その言葉の意味はよく理解らぬが面白い! 先生も良い響きだ! だがな、その鎖はただの鎖ではない。魔道具なのだ、故に我以外外せぬ。今外せばこやつも反撃してくるやも知れるからな」
「そうでしたか。ただの鎖でないと思っていましたが」
ちゃらちゃら
鎖を触ってみる。確かに普通の鉄の鎖とは違う感じがある。ま、これは後で考えるか。
「そうですか~、それは残念ですね~。折角こんな体が目の前にあるというのに」
そう言いながら、僕は両手で彼女の太腿に触るのだった。そして小声で囁く。
「(君に最後の止めをと思ってたんだけど、無理そうだよ。止めを僕が刺すのを許してくれるならこのまま僕をあの男の方に蹴ってくれないかい?)ぶっ!」
「ふははははは。それ見たことか!」
がしゃん
と鎖がなる。結構力があるもんだね、ヴァンパイアって。僕はお腹を摩りながら彼女を見上げるのだった。真紅の瞳が僕を見つめている。
「たははは、お恥ずかしい。仰るとおりでした」
「さもあらん。200年経っても心が折れぬのだがらな! 200年血を飲まずともこれだけ力があるのだ。血筋とは恐ろしいものだな」
「血筋ですか?」
「む。其の方には関係のない話だ」
ぱんぱん
僕は腰やお尻についた誇りを払って立ち上がる。なる程。時間稼ぎはここまでかな。これ以上は話してくれそうにない。話は打ち切られたものの、おっさんは僕と彼女の間に入って愉悦に浸っている。これからどうしてやろうかなどと考えているのだろう。
「これ以上は食べさてもらえないようです。まだやりたい事もあったのですが、この状況だと逃げるとこもなさそうなので諦めます」
「潔いのも美徳であるぞ」
「お言葉肝に銘じます。では、手を差し出しますのでわたしに触れていただけますか?」
「手? 手でなくとも好きなとこから我が吸ってやろう」
「いえ、師は弟子の手を取って導くものだと僕は常々考えていました。この時くらいは僕の希望を聞いてくださっても良いのではありませんか?」
「ふははははは。これは弟子に一本取られたは。尤もである。ではそのようにいたそう」
一瞬の見極めが命取りになるぞ? 先手を打ってひるませろ考えさせるな! そう僕は自分に叱咤する。異世界に来てから柄でもないことをしてばかりだな。
そうこうしてるとレイスのおっさんの指先が僕の左掌に触れそうになる。触れてその口が動き出した瞬間。 ぐっ! ちょっと吸われた!? 構わない!
「【汝の力倆を我に賜えよ】!!」
「なんだと!!?? ぐっ! そう簡単には吸わせぬ!!」
耐えられた!?
「ぐっ!!」
僕の方から力が抜けていく感覚だけある! 不味いっ!! ならーー。
「【聖撃】!」
「なぁっ!? 聖魔法!! 舐めるなよ、小僧ぉーーっ!! 【闇の甲冑】!」
聖魔法ので光の玉を15球創り出す。1つが直径30㎝程の大きさだ。視覚的に圧迫感を与え、なおかつダメージを与えれるものを直感で唱えた。一斉に生霊のおっさんへ光の玉が群がる! おっさんの魔力の高まりが感じられた。
「【汝の力倆を我に賜えよ】!!」
「何の! 【槍影】!!」
また抵抗された! 僕のレベルは153。抵抗出来たってことは僕よりも遥かに上のレベルって事だ。1秒の迷いが僕とあの娘の生存率を下げる。こんなこと考える場合じゃない。僕の足元から薄黒い氷柱のように尖った槍が8本付き出して僕の体を貫く! だが痛くない。
「がはっ!」
「フハハハハ!! 多少はやるようだがここまでのようだな! 吸い尽くしてくれる!」
刺さる所が悪かったのか、肉体であるが故に喀血してしまう。問題ない。肉体はダメージを負っているけど、僕自身のダメージは吸われてる分だけだ。
「効かないね! 【聖柱】! これで閉じ込めてやる!」
「ぬあっ!?」
優しい光の柱の中に生霊のおっさんを閉じ込める。これは本来防御魔法なんだけど、兎に角これなら弱体化出来る。考えるな! 感じろっ!
「【汝の力倆を我に賜えよ】!!」
「莫迦なっ!?」
成功だ! 僕の方も吸われ続けてる感覚がまだある。けど、おっさんのスキルがごっそりこっちに入ってきた感覚もある。我慢比べだ! 次はーー。
「【汝の研鑽を我に賜えよ】!!」
「ぐっ! 好きにはさせん! 何だ!? 魔法が何も浮かんで来ないぞ!?」
レベル差の所為で、これもすぐには吸えない。けど、対抗するのは魔力だけだ。元に僕の方から抜けていく感覚は相変わらずある。そうか。【吸収】はユニークスキルか!? スキルドレイン出来ないはずだ。吸わせ過ぎるとこちも危ない。ならーー。
「【聖なる揺らぎ】」
吸われている左手を返して向い合ってるおっさんの右手首を掴み、僕の方に引っ張りながら掌底打を腹にぶち込んでやった!
「がはっ! た、体術だと!? な、司祭ではないのか!?」
「【汝の研鑽を我に賜えよ】!!」
「なーーっ」
吸えたっ! くの字に半透明な体を折り曲げるおっさんのレベルがぐんぐん下がってるのが分かる。僕の方に流れ込んでくる流れに相反して、吸われていく勢いが弱くなって来た。術者のレベルが高いとドレイン自体も威力が上がるという事か。逆も然り。このままLv1の刑だ! それにーー。
「悪いね。あの娘は僕が貰うよ! オマケに僕から吸ったものも返してもらう! 【汝の露命を我に賜えよ】!!」
「生身があるのに生霊の技を身につけてるだとぉーーっ!!! 止めろぉっ! 止めてくれぇっ!! 消えてしまう!!! 我が消えてーーーー!!!!!」
半透明のおっさんの体がさらに薄くなっていく。助かりたい一心で懇願してくるけど、動揺させてそのまま吸い尽くすよ!
「あんたはそう言うこの娘やこの娘の家族に対してそうしてやったことが一度でもあるのかな?」
「!!!!!!!」
驚愕の表情に顔を歪めるおっさん。思い当たることがあるということかよ。けど、このまま全部吸い上げたとしても、こいつは死なないはずだ。闇属性を持つものに闇属性の魔法では止めを刺せない。伊達に不死族を長くやってないだろうから生き残すすべはあると考えたほうがいいな。ならーー。
「悪いけど、僕もそんな気持ちはさらさらないよ。でもね、ちゃんと成仏して欲しいとは思ってるは確かなんだ」
「な、なにを?」
「ん? 聖魔法の種類から自分を滅ぼせるほどレベルが高くないと思ってたら面白いなって思ってね」
「っ!?」
普通に聖魔法を使っても倒せるだろうけど、強い怨念が残るのは望まない。ここにその怨念が居付いて、将来他の種類の霊体モンスターに生まれ変わられると面倒だもんね。こいつもそれを狙っているとしたら厄介極まりない。後顧の憂いを断つ。
「図星だね。じゃあ、名前も知らない生霊のおっさん。さようなら。【浄祓】」
「そんな!? 【浄化魔法】だとぉぉぉぉーーーーっ!!!」
うん、その消え方悪役ぽくって良いですね! 吸い取られたもの以上に頂けたので、まぁ結果オーライとしますか。大分吸われた気がする。
「【静穏】」
回復魔法をかけておいて、囚われた状態のエリザベスさんに近づく。猿轡をしたままなのでまだまともに会話できないんだよな。さてと、問題はこの鎖ですね。
ちゃり
「んーーっ」
エリザベスさんが怯えた表情を向けてくる。まぁそうだよね。ヴァンパイアも不死族、聖魔法は致死的な効果がある。得体の知らない男が今度は自分を支配するのでは? と不安になって当然だね。
「大丈夫。僕は君をどうこうするつもりはないよ。エリザベスお嬢様。ただ、その姿からは早く開放してあげたいとは思ってる。綺麗すぎるのは眼に毒だ」
「ん……」
僕の言葉にエリザベスさんの顔が真っ赤になる、可愛いね。さて、この鎖はあのおっさんの言葉では魔道具ということだ。自分にしか外せないという事だったんだけど、本人さんが成仏してしまったらどうなるのかな?
ちゃり
鎖に触ってみる。普通の鉄の鎖とは違う感じがまだある。でも、ちょっと感じが違う気がするね。ひょっとすると使用者不在で、リセット状態だったりしない?
「【鑑定】」
◆ステータス◆
【アイテム名】拘束の呪鎖
【種類】呪具
【効果】使用者の命令で指定された対象物のステータスを大幅に低下させ、スキル使用を封じる
【使用者】
う~む、予想通り【使用者】欄が空白だね。これを僕にすれば良い訳だけど、どうすれば僕の物になる?あ、ステータスの【鑑定】ってできるのかな?
「(使用者を)【鑑定】」
◆【使用者】◆
アイテムに自分の血液を垂らし【認可】と唱える。拘束を解除する場合は【拘束を解く】と唱える。使用者登録者以外には利用できない。
おお、【鑑定】使える!ちょっと侮ってたよ。じゃ、さっそく。僕は親指の先を自分で噛み切って鎖に塗り附ける。
「ーーーー!」
エリザベスさんの眼の色が変わった気がするのは気の所為かな? さっきの攻撃で床にも服にも血がこびり着いてる。血の匂いは充満してるから今更そんなに顔色を変える程のことじゃないと思うけどな。
「【認可】」
これでこの【拘束の呪具】は僕のものになったから、あとは解放だね♪
「じゃあ、エリザベスさん拘束外しますから、注意しててくださいね」
こくり
う~ん、可愛いね~。いままで動物系に癒されてたけど人型も捨てがたい。おっと解放解放。
「【拘束を解く】おっと」
「んーーっ!!」
予想通り、呪具が外れてエリザベスさんの体が宙に舞う。200年も拘束されてよく生きてたものだとつくずく思うよ。それだけスタミナがすごいということなのかな? いやぁ、流石にそれは化物すぎるでしょ。眼の前に降ってきたので、迷わず僕はエリザベスさんをお姫様抱っこする。
「良かったですね。 っと、これは片付けましょうか」
【拘束の呪具】をアイテムボックスに仕舞い込む。エリザベスさんからは見えない角度でしてるつもりだけど、どうかな? というか、エリザベスさんもその間に猿轡を外して床に投げ捨てていた。うん。何故だか僕をガン見なんですけど……?
「あ、あの、ありがとうございました。私の声が届いてたって仰ってくださってすごく嬉しかったの」
「最初は気のせいかと思ったんだけど、来てみて良かったですよ。よく頑張りましたね」
「う……」
いかん、これ泣かせてしまうパターンだ!
「えっと、ここから出るにはどうすればいいと思いますか?」
「あそこに上の階に上がる扉があります」
ん? おお! ホントだどこ見てたんだろ、僕。あまりの抜け具合に顔が上気する。恥ずかしっ!
「えっと、あの……」
「ん? 何でしょう?」
「御名前を教えていただけますか?」
くぅっその上目遣いはダメージ絶大です! というか、何か着てもらないと。まずは上がって現状打破です!
「あぁ、名前ですね。ルイと申します。ルイ・イチジクです。こんな状況で挨拶もなんですが、どうぞよろしく」
「ルイ様……」
ここでも様付け? と言うかエリザベスさん眼が。
「あの、エリザベスさん?」
「ルイ様申し訳ございません。200年間断っておりました処にそのような新鮮な匂いを嗅いでしまいますとーー」
そう言いながら、裸体のエリザベスさんが僕の首に腕を回してくる。上体を起こすことで柔らかいマシュマロも僕の胸に押してられてきてるんだけど、今はそれどころじゃない!
「えっと、エリザベスさん? ちょっと、落ち着いてください。もしやとは思うのですが?」
かぷっ
「あーーーーーー」
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