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遥かなる夢を

作者: 葡萄鼠

私が立ち上げた初めての企画『3ワード小説』の参加作品になります。

既に投稿している作品の、侍女視点のお話しになります。

なんとか書きあがりましたので、当初予定していたこちらも投稿させていただきました。


企画については、期日は短いですが。今月の30日までに作品を投稿できる方でしたら参加はまだまだ可能です。

興味をもたれましたら活動報告に詳細がありますので、そちらで確認をお願いします。

 深い森の中、木々の隙間を縫っていくと巨大な城がそびえたっていた。木々の緑と地面に生う草の緑が密集し、深い暗闇と見紛う深い深い緑が世界を占める中でそこに建つ白磁の城。

 

 ――異彩。


 この世界においては、何よりも高貴なはずの白がとても異質で、不気味なオーラを纏っていた。


 「ごくっ……」っと、生唾を呑みこみながら、私は目の前から消えることなくあり続ける城を見つめ続ける。きっと眉間に皺がより、険しい表情(かお)をしていることだろう。

 私、フェリティーナは今日からこのお城で侍女として働くことになりました。

 どうして人っ子一人もいないこんな場所に赴くことになったのかというと、簡単に説明すれば『 働いていたお屋敷のご主人様が身罷られる 』→『 推薦状片手に王宮へ 』→『 王宮で働くはずがなぜか行き先が変更 』→『 森の中で呆然 』ということです!!


 いや~、まさか王宮で一時預かりとしてしばらく働いた後、別の貴族のお屋敷で働く筈が何がどうなったのか王様直々にここを紹介(という名の強制命令)で、本日付で深淵の森に唯一存在している建造物の主の元で働くことになったのです。ちなみにこのお城様。名前を緋苑ヴェルナーゼ城というのですが。ヴェルナーゼ、赤き領主。この国で、この世界において最も高貴な白で作られた城からは全く想像できない名前。周りも緑ばかりで赤はない。つまり、この城の名前が表しているのはこの城の主であり、この領地の主のことを指しているのでしょう。


 赤き領主。


 人との関わりを断っているため、噂ばかりが数多広がっている。


 その赤の意味は、動物だけではなく人さえも食い散らかす血の色だ。

 その赤の意味は、怪しい呪術の罪深き業火の色だ。

 その赤の意味は、許されざる禁忌の色だ。


 などと、人々は噂をしては恐怖し楽しんでいる。

 そんな決して良い噂を一つも聞かない場所に、私は来ている。


 意を決し、いざ城へと足を踏み入れた。



 ☤



 城の中は、外と同じ城で統一されていた。そのことに関しては、特に何を思うでもなく普通だと思ったが。如何せんただただ白でしかないその空間に、呆気にとられた。

 玄関の扉を開けて飛び込んできた、真っ白な空間。そう。ただただ白い空間がそこにはあった。両壁に三つずつある窓と、正面にある大きな二つの階段、高い天井に一つだけあるシャンデリア。それも全てが白く、そしてそれら以外の物が何一つとしてない空間。花も、花瓶も、置物も、何もない。


「目に痛い空間ね……」


 目の前に無言でその を物語る空間に対する言葉は、そんなものだった。

 あんなにも気負って、緊張に体が震えまともに歩けていなかったのに今では体から力が抜け、緊張などどこかに飛んでいっていた。


「ここまでなにもないと、逆に掃除とかのチェックが厳しくなりそう」


 そう、先ず気になるのはそこ。侍女とは言いながらも、その仕事は主によっては多岐にわたり。人の気配が感じられないこの城においては、きっと私が掃除や料理そのた雑務やらいろいろとしなければいけなくなりそうなことが容易に想像つく。そんな中、これほど物がなく、かつ汚れなどが目立つこの色合い。手抜きをするつもりはないけれど、それでもどうしたってチリ一つでも目立つ。


「でも、来たのは無事到着できたからいいけれど。この後どうすればいいのかしら」


 誰の出迎えもないどころか人の気配すらない中、途方にくれかけていたがとりあえず裏の方に回って誰かいないか探そうと決断し。勇気を振り絞って入った城を一旦でて、裏手のほうへ回った。人の気配はないのに、どこもかしこも綺麗に手入れがされていてちょっと驚いた。外壁は染み一つなく美しく、反対側は綺麗に剪定された木々などが連なり、緑の香りを風が運びとても気持ちがいい。

 そんな風にとても居心地の良い空間に浸りながら歩いていると、当たり前だが何でもない場所でいつもなら容易に交わす小さな小さな小石に躓いてしまった。


「あっ!!」


 そう、自分の置かれた状況を察知して声をあげて時すでに遅し。体は傾き、あとわずかな間の後には地面と接触し顔面強打は免れない。来る衝撃へのせめてもの抵抗?としてぎゅっと瞼を閉じる。だが、私の体にやってきた衝撃は優しく温かかった。

 私は誰かはわからないけれど、力強い腕に抱かれ地面との接触を免れていた。


「――そなたは誰だ?」


 上から降って来たのは、低く穏やかな、どこか懐かしい響きを持った男声。

 自分の置かれた状況に驚きながらゆっくりと、私を支えてくれている腕と優しい声の持ち主である人の顔を見ようと上を向いた。


「―――!!」


 眩しい太陽の光に目を細めたあと、はっきりとしてくる視界に飛び込んできたのは、鮮烈な赤。血潮よりも鮮やかな風に揺れる赤の髪、炎よりも深く灯る深紅の双眸。そして顎下にチラリと覗く美しき宝石であるガーネットよりもなお輝く真紅。

 一瞬の内に、視界が全て「赤」に奪われた。


 美しすぎる赤に目と心を奪われていたけれど、己の置かれた状況を思い出し慌ててその腕から離れ礼をとって名を名乗る。


「あ、あの、本日からこちらで働くことになりました、フェリティーナと申します!」


 服装は多少乱れてしまったが、どなたかはわからずともここにいるということはこの城の関係者である可能性がかなり高い。急いで謝罪の言葉を発する。


「ご挨拶が遅れてしまい、もうしわけございません。また、助けて戴きましてありがとうございます」


 これが私と、この城の主であり、この地の領主でもある赤き領主、『 ヴァスキース・イルナドア 』様との出会いでした。



 ☤


 ヴァスキース様はとてもお優しく。適当に、好きに過ごせとおっしゃって下さいました。この城は守護の力によりいつでも清浄な状態を保たれているため掃除は不要で、お食事も特に必要とされていないと説明を受けました。

 とりあえず清掃はしても無意味なので、許可を頂きヴァスキース様のお部屋のベッドメイキングとお庭の一部を借り受け新しく花や薬草を育て、他にはお食事やお茶の支度をさせていただくことになりました。


 そんな私の一日は庭で花たちの様子をみたあと、ヴァスキース様と私のために軽い朝食を作りお部屋にお届傍に控えてお茶のおかわりなどを注ぐ。そしてお食事を終わられたあとは夕方までヴァスキース様は御飲物以外召しあがられないので、温度を保てる保温器に三種類のポットを用意しておき、それぞれ異なるお茶を入れておく。その後はベッドのシーツなどを外に干し、散歩がてら森に木の実や茸、果実に薬草などを採取し、城に戻って自分の昼食を作る。

 昼食度、干していたシーツなどを取り込んでヴァスキース様のお部屋のベッドを整える。その際にお茶がなくなっていればポットを下げ、三つとも全てない場合は新しくお茶を入れたポットを用意する。

 その後、ヴァスキース様の気分次第でお傍に控え同じ場所で時間を過ごすこともあります。

 夕方、太陽が赤く染まり始めるころ、夕食を作り始める。最初はヴァスキース様のお食事を用意し、お食事が終わられた後に台所で一人食事をとっていました。でも、ある日ヴァスキース様が一緒に食事をとられたいとおっしゃられ、それから朝食は固辞させていただきましたが夕食は共にとることになりました。


 そして夕食も終わり、入浴の準備をしヴァスキース様の入浴のお手伝いとその後の就寝前のお茶などを用意したあとヴァスキース様がお部屋のベッドに横になられたのを確認して私も入浴し明日に備えて早々に就寝。


 これが、私がこの緋苑ヴェルナーゼ城にやってきてから過ごしている、日々の決まった流れになります。

 掃除いらずの、いつでも綺麗な状態に保たれている城に、優しく高圧的でも高慢でもない主、自然に囲まれ清らかな空気と穏やかな争いのない環境。最初、王宮で働く筈が急な辞令によりやってきた時は混乱し戸惑い、不安でいっぱいでしたがここで過ごす時間が長くなればなるほど己がどれだけ恵まれた環境に配されたのか実感し、己の幸運と優しき主に感謝を捧げております。



 ☤



 そんなある日、私はヴァスキース様に呼び止められお茶をご一緒することになったのです。

 

 ヴァスキース様がお気に入りのテラスでお茶とお茶菓子の準備をして、「美味しい」と言って下さるヴァスキース様と他愛のない話をしてゆっくりとした時間を過ごしていました。

 そんな中、会話は自然と私自身の身の上のことへとかわっていました。

 聞き上手、というのでしょうか。ヴァスキース様とお話しする機会は何度もありましたが、同席し会話を目的とした時間を過ごすのは今回が初めてで、ヴァスキース様がこんなにも話し上手であるということを今回やっと気づくことができました。

 私の身の上話については、また機会があればそちらで話すことができるでしょう。今回は割愛とさせていただきますね。


 そんな私の話しが一区切りついたとき、ポツリと。本当に小さく、ヴァスキース様が言葉を漏らされポツポツと、ご自身のことを語り始めました。


「私がこの地に住み始めたのは、もう数える事さえしなくなるほど遥か遠くのことだった」


 そう語り始めたヴァスキース様の瞳は、今ではなくどこか遠く、それこそ遥かほども遠くを見つめておられました。


「私は、今の世では伝説となっているらしい竜なのだ。昔、どれぐらいかわからない遠い昔に、あることに興味が引かれこの地に残った。仲間たちはみな、故郷へ帰ってゆくのを見送りながらずっと、ここで生きてきた。

 最初の頃は私の他にも残っている者たちもいたのだが、この地を離れ別の場所へ向かった者たち以外は皆最後には故郷へと旅立ち私だけになった。この世界のどこかに散らばる仲間がどうしたのか、どうしているのかはわからないが少なくとも私が知っている者たちは皆、故郷へとかえっていった」


 そこまで語って下さったあと、ヴァスキース様は一口お茶を飲み一拍呼吸を置いたあとこうおっしゃられた。


「――私にはね、夢があるんだよ」

「夢、ですか?」


 夢。ヴァスキース様が語られた夢の内容はあまりにも大きく、だけどその想いはとてもお切実で、遥か遠くにあると錯覚してしまうけれど、それは手を伸ばせば届くもので。私はその優しい瞳に諦めの色を宿しているのをみながら、この地に留まり続けたことで手を伸ばす事への恐怖に捕らわれたこの方を支え、夢を叶えるために手をさしのべたいと思いました。


「ヴァスキース様。私で良ければ故郷へ向かう、最後の一押しの手助けをいたします。お一人では中々踏ん切りがつかないのであれば、私に協力させてくださいませ」


 私は自然とそう言っていた。そんな私に、ヴァスキース様は初めて驚いた顔をなされて、私にはその御顔がとても愛らしく感じてしまった。


「そなたはそれでよいのか? また、仕事先を失くすのだぞ?」


 まさか、そんなことを言われるとは思ってもいなくて今度は私がヴァスキース様の海より深く、空よりも大きな優しさに驚く番で、その後笑いがこみあげてきた。


「人間、生きていればなんとかなるものです。それよりも私は、お仕えする方の望みをできるだけ叶えて差し上げたい。それが、私の務めであり最上の喜びです」


 そう、それが私の信念。笑顔で言い切る私に、ヴァスキース様も柔らかい花のような笑みを浮かべて下さりこう口になされた。


「ありがとう」


 私はこのとき、初めてこの方の侍女としてのスタートラインに立てたと思いました。

 主従の信頼関係あってこその、侍女であると考えている私にとってこの時にヴァスキース様の信頼を得ることができたと実感できたからです。

 赤き領主と恐れられる象徴ともなっている、その御身に宿す異なる輝きを秘めた三つの赤は、最初から私に優しかった。



 ☤



 ヴァスキース様の夢を叶える日。この日ヴァスキース様は普段とっておられる人型から本来の「竜」のお姿へとお戻りになり、私と向き合って目を合わせて下さる。


「フェリティーナ、そなたに会えてよかった。私がこの地を去ることは、書簡にて国王たちに報せた。この城はそなたの好きにしてよい。せめてもの感謝の印に、この土地とこの城をそなたに譲ろう。私がいなくなった後もこの地は護られ続ける。私とそなたの許可なきものは立ち入ることはできぬ」

「もったいないお言葉です。あなた様が今まで守りつづけたものを力及ばずとも、精一杯守らせて頂きます。私もヴァスキース様と出逢えて、共に過ごした日々はとても幸せで何にも代えがたい宝物でした」


 主からの最上のお言葉を頂き、この時を最後に再開することは叶わぬ悲しさはあるものの喜びに心が満たされる。


「――どうか、達者でな」

「遥かな旅路になると聞き及んでおります。無事に望みを達せられますことを、この地より祈っております」


 私もやはりわかっていたとはいえ、良き主との別れとなると後ろ髪を引かれる思いは消せない。私を見つめるヴァスキース様の優しい双眸を寂しに陰らせていらっしゃられるように見受けられる。ヴァスキース様も離れがたく思って下さっているのならとても嬉しく、ありがたいことだけれども。永きときの中で諦めきれず、捨てきれず抱き続けた夢を叶えて幸せになってもらいたい。

 そんな想いをこめて今の私にできる最高の笑みを浮かべると、ヴァスキース様も口元をゆるませて下さった。これが、以心伝心、というのでしょうか。 


「では、な」

「はい。いってらっしゃいませ」


 そう言い、ヴァスキース様は己の半身でもある赤き衣を身にまとい長年の夢であった故郷への帰還へと旅立たれた。


「――ヴァスキース様、良い夢を……」


 私の声が聞こえたのかどうかわからないが、赤き衣に包まれながらヴァスキース様はゆっくりとその両の瞼を閉じられた。その口元は優しく弧を描き、きっと夢の中で焦がれた仲間のいる故郷へと旅立たれたことだろう。もしかしたら道中、仲間と再会しているかもしれない。


 私はそっとヴァスキース様の最後の願いを叶える為、彼の住まいに火を放った。

 緑の世界に突如出現した、燃える真紅。

 揺らめく陽炎。舞い散る火花。謳う焔。

 何より大空さえも赤く染め上げるのは、その肉体(からだ)


 私は世界の王とも言われていた、偉大なる存在の最期を見とどけた。

 彼の王が、幾千の時を経ても尚願い焦がれ続けた想いが届くように祈りながら。



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[一言] 楽しく拝読いたしました。 非常に色にこだわられた印象を受けました。映像化すれば、かなり色彩豊かな物になるでしょう。 大筋として、物悲しいのにいやな読後感はなくスッキリと読み終えることがで…
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