3.蘇芳さんと紫さんとその家族
蘇芳さんは、一人暮らしです。大学に入ってすぐにご両親が事故で亡くなってしまいました。歳の離れたお姉さんは、もう結婚して北海道に住んでいたので、それからずっと一人なのです。
大学時代は、寂しくなるとよく親友の家に遊びに行きました。そこで紫さんに初めて会ったのです。
紫さんは親友の家が預かっているお嬢さんの先輩でした。紫さんは後輩に大変慕われていて、よく4人で一緒に遊びに行きました。勉強や進路の相談にものったことがあります。親友は預かってるお嬢さんをかまうので、自然と紫さんは蘇芳さん担当になります。
姉しかいない蘇芳さんは、妹ってこんなかなぁとちょっと、いい気分です。
やがて、紫さんが大学に進学し、親友の父(社長)に勧められて蘇芳さんが留学。2年後に、帰国した蘇芳さんを迎えてくれたのは、すっかり、大人の女性になった紫さんでした。
妹だと思っていた紫さんの変貌は、まぶしいものです。蘇芳さんの中で、いつしか紫さんは一人の女性になっていきました。
就職活動卒論と忙しい一年が過ぎ、卒業間近のある日、蘇芳さんは社長に呼び出され、「姫」の掟を知らされます。
「紫ちゃんを私の庇護下の「姫」にするので、騎士になってくれないか」
そう頼まれた時、蘇芳さんは即座に了承しました。騎士役に選ばれるのは、社長に認められたということですが、それ以上に他の男の人に紫さんをまかせたくなかったのです。
紫さんも蘇芳さんも気に入ってる社長は、その返事に大変満足し、蘇芳さんはその晩お酒につき合わされたのでした。
入社後は、研修でも同じグループ、配属も同じ部と配慮されていました。騎士役の特権です。蘇芳さんは、お仕事に、騎士役に、一人暮らしの家事にとがんばっていました。
半年ほど過ぎた頃、蘇芳さんは、体調をくずしてしまいました。それまでの疲れがでたのでしょう。朝からだるいなぁと思っていましたが、夕方には、歩くのもつらくなってしまいました。
紫さんが総務から借りてきた体温計で計ると38℃を超えていました。部長から帰宅命令がでましたが、蘇芳さんは、一人暮らしです。こんな状態の病人を一人にはできません。どうしようかという話になったところで、紫さんが手を上げました。
「うちに連れて行きます。両親も蘇芳さんとは顔見知りですし」
紫さんと蘇芳さんの関係を知っている部長もうなずき、蘇芳さんは紫さんのおうちに連れて行かれたのです。
紫さんの家では、連絡を受けたお母さんがお布団を敷いて待っていました。お母さんは、理知的な蘇芳さんのファンなのです。いそいそとお世話を焼いています。その横では、紫さんもお手伝いです。お父さんも顔を出して、ゆっくり休みなさいと声を掛けてくれました。
蘇芳さんは、幼かった頃を思い出し微笑みます。腕で目を覆うと、お父さんに借りたパジャマの袖が少し湿ることになりました。
蘇芳さんは、結局3日間紫さんの家にお世話になりました。後日、お礼に行くと、また夕食をふるまわれ、お父さんの晩酌にお付き合いしました。何しろ徒歩で帰れるので、お酒もオッケーなのです。
ご馳走になってばかりだからと北海道のお姉さんから送ってもらったカニを持っていったり、取引先からもらったお酒を持っていくうちに、いつのまにか毎週金曜日に紫さんのうちで夕食を食べるようになりました。
お父さんは、蘇芳さんが将棋の相手が出来ると知って大喜びです。お母さんは、一人ではなかなか食べれない鍋や大皿料理に腕をふるいます。蘇芳さんは、紫さんと一緒にデザート担当です。
蘇芳さんのあこがれた「我が家」が、ありました。