1 紫(ゆかり)さんの現状
資料を作成し終わり印刷をクリックすると、高橋 紫さん (もうすぐ26歳)は、ため息をつきました。
プリンターが紙を排出するのを見ながら、昨夜かかってきた親友からの結婚報告の電話を思い出します。
紫さんは帰国子女ですが、中学から女子校育ちです。中高大と腐女子を含む友達たちとオタクよりな青春時代をエンジョイし、社会人になってからは仕事付けの日々。当然男性とお付き合いしたことはありません。興味もなく、機会もないし、あせってもいませんが、親友の結婚報告はショックでした。
親友が自分とは違う世界へ行ってしまうような気がしたのです。
「結婚かぁ。」
印刷の終わった資料をまとめながら、紫さんはつぶやきました。
「誰か結婚するの?」
「あ、蘇芳さん、お帰りなさい」
紫さんは、外出していた同じ国際企画部の高橋 蘇芳さんを笑顔で迎えました。蘇芳さんは、紫さんの同期ですが、大学時代に留学したため2歳年上です。苗字が同じですが、親戚ではありません。紛らわしいので、社内では、蘇芳さん、紫さんと呼ばれています。
「昨夜知らされたんですけど、友達の結婚が決まったんです」
「おめでたいね。で、どうしてため息?」
「うれしいんですけど、なんか今までと違うんだなぁって思ったら…」
「さびしい?」
紫さんは、小さく頷きました。蘇芳さんは、ポンと紫さんの肩をたたきます。
「友達は結婚しても友達だよ」
「うん、そうですね。ありがとう」
「これからの10年は、人生が一番動く時だって、社長に言われたことがあるんだ。今度は僕が君にこの言葉を贈るよ」
「社長、実体験かしら?」
「そうかもね。これ、頼んでた資料?もらってくよ」
「はい、どうぞ」
二人は自分の席へと、戻っていきました。
紫さんは早速次の仕事に取り掛かります。紫さんは、デキル女なのです。帰国子女なので英語はペラペラ、お嬢様学校だったのでフランス語もいけます。同じフロアのお姉さまたちに「お嬢様なのにバリキャリよね〜」と密かに言われてます。
中学の部活の後輩にえらく懐かれた紫さんは、よくお家に招かれていました。後輩は、家族が海外赴任のために母の親友の家に預けられていました。それが、社長の家だったのです。社長夫妻に気に入られ、後輩とともに娘のようにかわいがってもらいました。
当然息子である現専務やその友人である蘇芳さんとも面識があり、一緒に遊んだこともあったりします。なので、蘇芳さんが一緒に入社すると聞いたとき、それは安心したのでした。
もちろん、紫さんは自分が「姫」とよばれていることも、蘇芳さんが「騎士」として男たちをブロックしていることも知りません。蘇芳さんと同じ部でラッキー!と思ってるだけです。
そうです、紫さんは、ちょっとおニブさんなのでした。
紫さんは、今日も仕事に一生懸命です。
部活は聖歌隊だったり(笑)