番外編 ふじこちゃんの場合
峰さんは雪乃というとてもおしとやかな名前です。でも、胸が大きくなり女性らしい体つきになってからは、だれもそう呼んでくれません。
苗字が峰なので、某泥棒さんの有名アニメからいつのまにか「ふじこちゃん」というあだ名がつけられていました。
中学、高校、大学、入社が決まっても人のつながりで「ふじこちゃん」はついてきます。峰さんは、ついに開き直りました。皆がそう呼ぶのなら、らしい格好をしようじゃないかと。
かくして、お化粧もばっちりなナイスバディーのお姉さま、ふじこちゃんが出来上がったのです。
ふじこちゃんの同期には、全社的に有名な蘇芳さんと紫さんがいます。この二人の無自覚らぶらぶ行動を見るのが、ふじこちゃんの楽しみです。二人の情報をゲットする為に、色々な部署の人たちと仲良くなりました。
本来、控えめな性格の雪乃さんにしては、驚きの行動です。ふじこちゃんというキャラだからできることかもしれません。今では、社内でも有数の情報通になりました。
男だけの掟である「姫」のことだって、知っています。初めてそれを聞いたとき、心の中でガッツポーズするほど喜びました。
雪乃さんは、ロマンス大好きな乙女だったのです。
姫にそれを守る騎士だなんて、ツボにはまりまくりです。色っぽく微笑むふじこちゃんの仮面の下で、雪乃さんはもだえておりました。
仲の良い同期として、見守ること2年強。やっと、蘇芳さんと紫さんはくっつきました。恋人すっ飛ばして婚約者です。プロポーズのことや、結婚式のことなど聞くたびに、ふじこちゃんは心の中できゃあきゃあ言ってました。
リアルロマンス小説に、ふじこちゃんは夢中でした。お仕事も一生懸命だったので、自分の恋愛なんか、頭にありません。そうです、ふじこちゃんも紫さん並みにおニブさんだったのです。
アプローチを華麗にスルーするふじこちゃんは、高嶺の花になっていきました。
さて、蘇芳さんと紫さんの婚約祝いの幹事をふじこちゃんと青木君ですることになりました。二人で全社のチーム高橋に連絡します。総務の青木君は、蘇芳さんに隠れて目立ちませんが、こういうときに頼れます。お姉さまキャラのふじこちゃんが頼れる人はあまりいません。珍しいといえるでしょう。
無事にお祝いの会もお開きになりました。同じ方向の子と帰ろうかとしたところ、青木君が呼んでいます。会計のことだというので、先に帰ってもらいました。
余ったお金の処理も決まり、これで幹事のお仕事も全部終わりです。
「ご苦労様」
「ふじこちゃんこそ。今日あんまり飲んでないでしょ。飲みなおさない?」
いつにない青木君の言葉に、峰さんは驚きます。峰さんの中でふじこちゃんと雪乃さんがせめぎ合いました。いつものようにスルーしたいふじこちゃんと、大好きなロマンス小説張りの言葉に好奇心が刺激された雪乃さん。
さっきまでリアルロマンス小説の蘇芳さんと紫さんを見ていたからでしょうか。――好奇心が勝ちました。
「いいわね」
「じゃあ、行こうか」
青木君がつれてきたのは、落ち着いたバーでした。騒がしくも無く、静か過ぎもしない空間に、ほっとします。注文の品が来ると乾杯しました。おつまみもお酒も美味しい、いいお店です。
「雪乃さんは、スタイリッシュなお店よりこういうお店好きでしょう?」
青木君の言葉にギョッとします。
「な、ななん、名前…?!」
「ん?そりゃ、同期だもん。知ってるよ」
「で、でも、いつもはふじこちゃんって」
動揺して峰さんは大分素に戻っています。青木君はふわりと笑いました。
「いつもはね。でも、僕は雪乃さんと話したかったから」
「〜〜〜!!」
もうふじこちゃんにはなれません。雪乃さんは真っ赤になってあわあわしています。
「休日にねぇ、見ちゃったんだ。こんな身体のラインの見える服じゃなくてふわっとした服着て、やさしいメイクの雪乃さん。かわいい物、好きなんだね」
「う…」
雪乃さんはもううなずくしか出来ません。
「で、提案なんだけど。あした映画につきあってくれないかな?」
ふじこちゃんなら受け流せたでしょうが、雪乃さんに出来るわけも無く――。翌日青木君と映画に出かけることになったのです。
それから――。平日のふじこちゃんは高嶺の花のままでしたが、休日の雪乃さんは青木君とお付き合いするようになりました。蘇芳さんと紫さんの二次会幹事も一緒に引き受けました。
紫さんがなんだか聞きたそうにしていますが、気がつかないフリをしている雪乃さんです。
青木君の前では、ありのままの自分でいられるので、雪乃さんはリラックスしています。青木君は雪乃さんのロマンス好きもかわいい物好きも受け入れてくれるのです。
なんかずっとこのままでもいいかも〜と思い始めた雪乃さんに、青木君が指輪付のぬいぐるみをプレゼントするのは、もう少し先のこと。
Fin.
これで、完結です。ありがとうございました!




