12.蘇芳さん、動く
パリ出張も無事終わり、社長夫妻とは、成田でお別れです。夫人と紫さんがお別れをしている隙に、蘇芳さんが社長に耳打ちをしました。
来週中にご挨拶にうかがいます。
社長は、夫人とにこやかに話している紫さんに一瞬視線を向けると、うなずきました。ポンと蘇芳さんの肩をたたき、また来週と別れを告げ、夫人と迎えの車に乗り込んだのでした。
紫さんは、どこかほっとした蘇芳さんの車で帰宅しました。蘇芳さんでもパリ出張は緊張したのかなと、ちょっとビックリです。何だかかわいく思ってしまったのは、内緒。
夕方家に着くと、お母さんが待ちかまえていました。もちろん、豪勢なお食事もです。蘇芳さんは、車と荷物を置いてくるというので、その間紫さんはお母さんのお手伝いをすることに。お母さんは、手を動かしながら口も休みません。お父さんと蘇芳さんが帰ってくるまでに、事情聴取はあらかた終わっておりました。
やっぱり、うちのご飯が一番美味しい!と、蘇芳さんと紫さんが再確認した夜でした。
翌日から通常の仕事に戻ります。週明けに蘇芳さんは、約束どおり社長を訪ねました。社長室には、なぜか、専務もいます。
「なんで、専務がいるんですか?」
蘇芳さんは親友をにらみつけました。専務はニヤニヤ笑っています。
「すまない、夕べ口を滑らしたら、どうしても同席するといってね」
「そういうことでしたら…」
社長にそう言われては、蘇芳さんもそれ以上言えません。仕方なく、同席を許しました。
「で、話は『姫』のことかな?」
「はい。庇護者を譲っていただきたくお願いに参りました」
そういう蘇芳さんの顔は、緊張しています。社長がじっと蘇芳さんを見つめました。
「…よろしい。今より君が庇護者だ。私から全社に通達しよう」
「ありがとうございます」
蘇芳さんは深々と頭を下げました。専務がその背中をバンバンたたいて祝福しています。社長も満足そうです。
「やっと、動くか~!プロポーズはもうしたのか?」
「いや、金曜の夜にと思っている。ご両親に協力してもらうんだ」
「お前は、紫姫はもちろん、ご両親も大好きだもんな~」
「悪いか!」
蘇芳さんと専務は、まるで少年のようにじゃれあっています。社長はニコニコと見守っていました。
進展があったら知らせるようにという社長の言葉をもらって、蘇芳さんは、自分の席に戻りました。つい、紫さんに目が行ってしまいます。まずいです。平常心、平常心と心の中で唱えながら、仕事に戻りました。
あと少しだ、と自分に言い聞かせる蘇芳さんでした。




