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可愛い取り

作者: 神山先

気晴らしに軽い気分で書きました。

与えられたテーマは「スパイ」「地味っこ」

いつも自分のキャラは弱いので、キャラ強めたつもり。

 実にくだらない文書が教室に出回った。それはクラスから学年へと伝播し、学校中に広まる。その文書を模倣し、アレンジを加える輩も現れるほどに、一時的なムーブメントを形成した。

 予期せぬ大事に発展し、やはり教員の耳にも入る。教員はそれを健全な学生の持つべき公序良俗に反すると判断し、首謀者は厳重注意をくらった。広まった文書は全て回収されシュレッダー投げ込まれた。

 人の噂も七十五日と言う。コミュニティが小さければ噂が消滅するのもその分早くなるだろう。一月もあれば跡形もない。

 例え皆の記憶から抜け落ちた出来事であっても、スパイに憧れる私ならば忘れなどしない。あることを調べるために探りを入れるつもりだ。

 ガラガラと教室の扉が開く。海老の触覚のように細い三つ編みが二束。長いスカートをなびかせる、昭和の時代からタイムスリップした文学少女のような風体。雲居千代子だ。

「おはよう、チョコちゃん」

「おっはー、ちよちよ」

「チョコちん、おはよう」

 雲居千代子は会釈をしながらクラスメイトに挨拶を返す。

 やはり、私には理解できない。何故この地味で冴えない雲居千代子がソレに選ばれたのか。皆目だ。

 雲居千代子は教室の窓際、一番後ろの席に歩いてくる。私は彼女と視線を交換し、挨拶をする。

「おはよう、チョコちゃん」

 雲居千代子はクラスで最も可愛い女子に選ばれた。生徒数四〇の中、半数以上の得票数を得る程に圧倒的な結果だ。

 雲居千代子が可愛いと言われることに異議申し立てをするつもりはない。しかし。しかし、だ。彼女の構成要素の何が可愛さを引き出しているのかわからない。可愛いのは可愛いのだけど、何が可愛いのかと言われると困ってしまう。

 少なくとも外見によるものではないだろう。顔ならば同じクラスの唄川いろはの方が全然可愛い。スタイルに関して言えば、私の方が背は高いし、痩せているし、胸もでかい。彼女からは突出した何かを感じられないのだ。

 当たり障りのない会話しかしたことのない雲居千代子に、可愛さを探るために接触を試みる。

 出回った文書によると、私は一年C組可愛さランキングの選外に居る。だから、一見地味に見える彼女から可愛さの秘訣を引き出し、自身に適応させなければいけないだろう。そうしないと、絶望的な結末が待っている。それはもう恐ろしいものだ。バッドエンドは絶対に阻止しなくてはならない。

 彼女の何が可愛いのか、分析する。できることならば、奪ってやりたい。

 私はスパイ。欲しいものを得るためにターゲットに取り入ることなど朝飯前のお茶の子さいさいだ。


 雲居千代子は私の挨拶に対して、会釈をし、挨拶を返す。

「おはよう、峰子ちゃん」

 活字にすれば何の違和感も無い挨拶だ。普段もあまり突っ込むような話題でもなかったので、放置していた。しかし、彼女のルーツを探ることは可愛さの要素を引き出すことに繋がると信じ、疑問を投げる。

「ちょこちゃん。それって何語?」

「何語って、峰子ちゃんそれおかしいわ」

 クスクスと笑う雲居千代子。

「え、あ」

 出端を挫いてしまった。私は、「おはよう」の「は」を異様に強調したイントネーションを指摘したかったのだ。

 雲井千代子は言う。

「何弁、やろ?」

 雲居千代子は目を糸の様に細める。まだ笑いが収まらないようで、口元を手で押さえている。

「やっぱり峰子ちゃん変やわ」

 とても失礼なことを言われた気がするが、雲居千代子が矢継ぎ早に話すので、何も返せない。

「ウチのパパは大阪に住んでたんや。ママは京都な」

 私は頷きながら話を聴く。

 ということは大阪弁と京都弁の折衷弁ということか。 

「で、結婚して和歌山に住み始めたんよ」

 なるほど、育ちが和歌山ならば和歌山弁ということか。

「でもパパのパパは兵庫生まれの滋賀育ちやし、パパのママは奈良生まれの三重育ちに福井へ引っ越しや!」

「え、え?」

「さいにな、ママのパパは」

「ちょっと待った」

 明らかに話題がおかしな方へ向かっている。私はそこまで複雑な話を期待していない。

「要するに何弁なの?」

「言うなればや」

 雲居千代子は顎に手を当てて考え込む。そして嬉しそうに顔を上げ、

「ウルトラハイパーデリシャス関西弁ハイパー、ちゅうとこやな」

「ハイパー二回使ってるんですけど!」

 しかも一個変なの混じってるし。

 やはりわからない。こんな変わった奴のどこが素晴らしく可愛いのか。元気なのはわかるし、そこそこの可愛さがあるのも理解できる。ただ、突出した何かがあるとは思えない。

 雲居千代子の顔を覗くと、細い目を、これでもか! という具合に広げている。

「え、何? どうしたの?」

「え、いやな」

 困ったように一瞬暗い表情を見せたかと思うと、直ぐにはつらつな笑顔を見せ、

「ナイスつっこみや!」

 右手でピースサインを作る。

 なるほど。

 なんとなく雲居千代子に人気が集まる理由がわかった気がする。

 地味な外見に反して良く喋る。それに、表情がコロコロと変わって、見ていて面白い。近くにいて飽きないだろう。

 じゃあ、それを踏まえて私はどうすれば可愛くなれるのか。まさか、方言を学べば可愛くなれるわけじゃない……雲居千代子の可愛さの要素の一つではあるかもしれないけれど、それを真似ても根本的解決に繋がらない。

 鍵は「ギャップ萌え」だ。

 地味で文学少女な外見なのに、大阪のおばちゃんさながらに快活に喋る。それぞれは大したことのない特徴だが、それが組み合わせが特異になればなるほど独特の魅力を醸し出す。

「峰子ちゃーん。どっかいてもうたかー?」

「え、な、何?」

「いやな、峰子ちゃん、心ここにあらずぅ! みたいな顔してから、どうしたんかなと思て」

「あぁ」

 ちょっとぼおっとしてしまったか。

「いや、気にしないで」

「怪しいで」

 雲居千代子の顔が、ぐわっと近づいてくる。額がぶつかりそうな程に接近している。

「何か隠してるやろ」

「へ?」

「図星やな。そういうやつはこうしてやる!」

 雲居千代子は一歩引くと、両腕を大きく振り上げ指をクシャクシャと凄いスピードで動かし始めた。

 今からどんな仕打ちを受けるのか、なんとなく想像が着く。

「え、嘘でしょ。やめて」

「やめるわけあるかいなー。吐け、吐いちまえー」

 一限の講義が始まる前、校舎中に私の笑い声が響き渡った。

 

 雲居千代子に全身くまなくくすぐられ、命辛々。二度と同じことをしないことと引き替えに、私は全てを話した。

「ふーん。つまり、地味な私がランキング一位になった理由が知りたいと、選外だった峰子ちゃんはもっと可愛くなりたいと、そういうことやな。あんなん冗談やん。本気にせんでええのに」

 あんなんとは、当然クラスに出回った文書、クラスで一番可愛い女の子ランキングのことだ。

「それに峰子ちゃん勘違いしてるで」

「え?」

「地味なんは、峰子ちゃんの方やん?」

「あ、あぁ」

 話してみてなんとなくわかってはいた。地味で根暗なのは私の方だ。外見なんて関係ない。

 彼女の中には地味な要素など何一つなかった。

「それにな、もう一個決定的な勘違いをしてるで」

「え、何?」

「それはな」

「うん」

 雲居千代子は勿体付ける。私は彼女が口を開くのをひたすら待った。

「それは、何?」

「峰子ちゃんのが、私より百倍も億倍も可愛いってことや」

「は?」

 惚けた声がこぼれる。百人に訊けば二百人が雲居千代子を可愛いと指すだろう。私なんて刺身のツマみたいなもので、隅の方でジトジトしてるだけの女だ。誰も私に見向きもしない。

「ギャップ萌えって知ってるやろ?」

「え、うん」

 それは雲居千代子みたいな人のことを指すんだ。一見お淑やかそうに見えて実は元気溌剌。男子にもさぞモテるだろう。

 雲居千代子は熱を増して語る。唾が顔に掛かりそうな程に勢いがある。

「さっき体触ったときビックリしたで! 峰子ちゃん超グラマーやん! 峰子ちゃうでそれ。胸子や! 胸子! 男子にもモテるやろ! そういう落ち着いた、お淑やかーな、シンソウの令嬢みたいなキャラで、しかもボンキュッボンみたいな女子ってのが男子の理想なんや。態度は小さいけど体はダイナマイト! めっちゃギャップ萌えやん!」

 もう無茶苦茶な理屈だ。ハチャメチャで意味不明だけど、なんか元気付けられた気がする。

 これが雲居千代子の魅力なんだ。何でもかんでも面白く、楽しくしてしまう。私には到底真似の出来ない能力だ。

 なんだか溜息を付いてしまう。少し疲れたのかも。

 しかし、雲居千代子の視線は私にまだ向いている。まだ休ませてくれないらしい。

「で、一つ訊いてなかったんやけど、なんで、そんなに可愛くなりたいん?」

「え、それは……」

「それは?」

「だって、可愛くないと……できないから」

「え、きこえん。大きな声でゆうて」

 何故こんな恥ずかしい思いをしているのかわからない。けれどここまで来たら言うしかない。勇気を振り絞る。

「結婚」

「は?」

「可愛くないと結婚できないじゃない!」

「はぁ?」

 私は全てを吐いたぞ。

 可愛いランキングの選外ということは、私を可愛いと思うクラスメイトは誰もいないということだ。つまり、私を好きになる人はいない。将来的に考えれば結婚できないということだ。それはバッドエンド、最悪の結末だ。だから私はランキング一位の雲居千代子から可愛くなる秘訣を盗もうとした。

「とんだ茶番に付き合わされてもうた。授業も始まるで。お開きや、お開き」

 私はふと周りに目を遣る。凄い数の目が私を捉えている。いつからこれだけの人が集まってしまっていたのか。それによく見れば他のクラスの人も多くいる。心なしか男子が多い。

「おい、胸子だってよ」

「ど、どんだけでかいんだよ」

「確かに制服の上からでも、なんとなく」

 彼らの視線の先をたどる。たどる……

「え、ちょっと! 見ないで!」

 私の顔は灼熱の太陽のように燃え上がり、今すぐにでもこの場を去りたい思いだった。でも、そうは問屋が卸してくれない。

 教室の扉が開かれ、人が入ってくる。

「おい、おまえら何やってる。早く席に着け。授業始めるぞ」


 このときの私は思いもしていなかった。翌日ゲリラ的に開催された第二回可愛い人ランキングで堂々の一位を取ることになるとは。

 あと、あだ名が胸子になるとは。

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