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第一章 裁かれ人の幸運(1)

 現在、オドラータは例の少年を引きながら長い廊下を進んでいる。

 さっき帰城したばかりなのに、これから叱られるというのは気が進まない。

 先程オドラータよりも半時間早く戻った総帥が女王に戦の報告をしたらしい。その場に居合わせた人曰く、彼女は大変喜んだのだそうだ。その内全軍に褒美をつかわすつもりだとか、特に手柄の目立った者を昇格させるつもりでいるとか、こっちの気分を落ち込ませる喜びようだ。

 さらに落ち込むことに、すれ違う人々が皆少年を指さして逃げていくのだ。

 今も親身にしているメイドの一人が仕事仲間と、「……ねぇ見て……捕虜よ」「どうしてこんな所に入れるのかしら」「危ないねー」「そうね。城内じゃなくて捕虜小屋に連れて行けばいいのに」などと言い合いながら去っていったところだ。

 こいつは捕虜ではない!!

 そう叫びたくなる。

 捕虜はもう既に拷問係に渡してあるのだ。その証拠に、時々外から痛々しい悲鳴と楽しげな笑い声が響いてくる。真昼からかなりハードな拷問ができる係の人がすごい。——まぁ笑い声を上げているところから“仮面の人”なのは間違いないのだが。

 溜息をついて後ろの少年をチラッと見る。

 磨き上げられた大きな窓や、豪華な刺繍が施されたカーペットなどを眺めては嘆息している。相変わらずこの少年は自分のおかれた境遇を分かっていないようだ。

 我知らずオドラータの視線に哀れみが混じってきたが、少年はそれにも気付かない。

 これから女王直々の裁きが下るというのに呑気なものだ。

 ようやく謁見の間の扉が見えてきた。

 最小限の装飾のみで飾られた荘厳な造りの扉の脇には、衛兵が立っている。

 彼らはオドラータを見ると敬礼した。

「陛下に謁見を申し込みたい。今すぐだ」

 衛兵の一人が物問いたげに後ろの不審人物——法違反の世間知らずの愚民の少年を見た。

 が、オドラータの怖さとその仲間の危険さを知っているらしい相方が彼を小突き、

「はっ、かしこまりました」

 と言った。

 いよいよだ……。

 帰りたいと思う程重くなった気分を引きずるように、オドラータは一歩前へ足を踏み出した。



 「オドラータ・ル・グラッドストーン将軍、入りなさい」

 扉の向こうからそう言う声が聞こえてきた。

 それを合図に開けられた扉へと、オドラータ某将軍とか言う青年が歩き出した。当然その後につながれている少年も歩かないといけない。

 足をもつれさせながらやけに広々とした室内に入る。

 高い天井からぶら下がる豪奢なシャンデリア。硝子と高価な宝石を惜しみなく使ったそれに照らされるは、模様の美しい大理石の床と布団としても使えそうな真紅の絨毯だ。

 ここリベルタ王国では珍しい生糸、などとは少年は知らないが、見た目からして肌触りの良さそうなカーテンや、枠にまで彫刻されている窓、そしてそこから見える緑の多い風景。

 天国だ……!

 まさにここは天国だと、少年は本気で思った。世間知らずで生まれてこのかた貴金属の端くれすらも見たことがない者にとっては、馬鹿馬鹿しくてもそうなのだ。他人から見れば大変阿呆らしいのだが。

 この部屋は、家族が話してくれたおとぎ話に出てきた神の住まう所にそっくりだ……!

 ……オラは……とうとう天国に来たんだ……!

 いや天国だったらお前死んでるだろ。どんな突っ込み好きの人でもそう言うのをあきらめてしまうぐらい変で馬鹿みたいな想像をしていた少年は、突然前につんのめった。

 まともに前を見て歩いていなかったので、オドラータとかいう人が急に立ち止まったことに気が付かなかったのだ。

 いたた……と、間の抜けた声を上げて立ち上がり彼を見ると、オドラータ某は何とも言えない不思議な格好で跪いていた。

 左足を折り、もう一方の足の膝から下を床につけ、そして右手を左胸に当てるその礼は、『臣下の礼』、『忠誠の礼』と言われ、市民なら誰でも知っているものだ。が、例によって少年は知らない。

「陛下……シェイディア様、只今戻りました」

 オドラータが声をかけたその人は、二人の前にいた。

 少年は視線を前方の玉座に投げかけ、呆然とした。

 そこに足を組んで座っていたのは、目を疑いたくなるような美人だった。

 何と言えばいいか分からない髪の色――。ワインレッドに黒を混ぜたかのような、小豆の皮が赤くなったような、少年の貧弱なボキャブラリーでは上手く表現できない。一言で片付けるなら紫がかった赤黒、というところだろうか。

 だがそれだけでは彼女の持つ神秘さを無下にしすぎている。

 普通赤黒といえば濁り色をイメージする人が多い。しかし彼女の髪には一点のくすみもない。透き通った美しい色なのだ。

 そんな髪を高く複雑に結い上げて、彼女はティアラをのせている。

 そして顔の方なのだが、こちらも文句のつけようがない。色白で滑らかな肌。人を見透かすような深く綺麗なブルーの大きな瞳。明らかに神に依怙贔屓されたと思われる、均整が黄金比の鼻梁。不機嫌そうな表情を浮かべているが、その美しさが損なわれることはない。

(おもて)を上げよ。そして立て、せっかくの祝いの日だ」

「ありがとうございます、シェイディア様」

 オドラータはゆっくり立ち上がって、少年がまだ立ったままだということに気が付いた。

 そして唐突に鎖を下に向けて引っ張る。

 少年の手はそれにつながれているので、当然の如く床に手をつくはめになった。故に強制的に跪かされている状態になる。

「それで……オズ、その方はどなたですか?」

 また違う声がして、少年はそろそろと顔を上げた。

 シェイディア、というらしい女性の隣に、控えるように立っている男がいた。

 丁寧に撫でつけられたモスグリーンの髪に、切れ長の橄欖石のような色合いの目で、こちらもそれと分かる麗人だ。冷たい美貌とも言えるが、今は微笑みでその冷たさを相殺していた。が、目は笑っていない。

 そう言えばここリベルタ、というか王都にはやけに美人麗人が多い気がする。

 自分に剣を向けてきた青年もそうだし、隣のオドラータとかいう人もそうだ。凛々しさを消して喋らずに笑えば誰もが女性だと思うだろう。

「あー……、リズエル様、シェイディア様。実は凱旋中にこいつが行軍を横切ったのです」

 どうやらリズエルというのが髪も目も緑で統一された男の名前らしい。

 オドラータは何故少年をここに連れて来たのかを軽く説明した。人前で、しかもパレード中に死刑なんて悪い噂を呼んでしまう、だとかどうとか。

 ということは、目の前の若い女性が女王、なのだろうか。

 今更なのだが、少年はやっと自分の立場がどこにあるのか僅かながらに理解した。

「フンッ」

 髪と同色のドレスの下で足を組みかえて、シェイディアは鼻で笑った。

「黒髪黒目……。そこの愚民は“終わりの荒れ野”の出か? 下流階級の市民街の外から来たようだが」

 少年は知るよしもないが、一般市民は国境あたりに広がる荒れ果てた地をそう呼んでいるのだ。

 まともな村すらもない辺境中の辺境で、戦争になったら真っ先に被害を受けるため市民は一人も住んでいない。土地も痩せており耕しても作物は不発育になるので生活も苦しくなる。だから下流階級市民や貧困層の村人ですらもその地を捨てた。

 そんな人のいない所だからこそ、逆に人が集まるのだ(・・・・・・・・・)

 だから今や国の管轄外となった荒れ野には、お尋ね者や不法入国者達が暮らしている。

 この少年もその子孫か何かだろうとシェイディア達は思ったのだ。

「オズ、余の喜びをこんな人間などに潰させることもないどろうに……。さっさと死刑執行人に……いや、呼んでこい。来てもらおう。リズエル、外の衛兵かメイドにでも」

「仰せのままに、陛下」

 リズエルはさっと動いて、扉の向こうにいる衛兵に指示を出した。

 待つこと数分——。

「死刑執行人が参りました!」

「通しなさい」

 リズエルの声に再び扉が開いて、するりと人影が入ってきた。

 少年は低頭したままその人を目で追ってみた。

 黒いマントに同色のブラウスとショートパンツ、そして同じく黒のブーツ……、とにかく全身黒衣の人だ。オドラータやリズエルは白地に身分によって違う装飾が施された物を身につけているのに、その人だけは何の変哲もない黒衣だった。

 唯一飾り気があるのは、その顔に着けた仮面だろうか。顔の上半分を隠す不気味な白黒の仮面にだけ、金の装飾がされている。

 下頬と口しか見えないため性別が分からないその人は、オドラータの横まで来ると、さっと跪いた。例の右手を左胸に当てる礼だ。

 その人の背中にくくりつけられた巨大且つ優美な形の斧が床にぶつかって、カコンと音をたてた。

 肩を少し過ぎた程度の銀髪が揺れて、少年とも少女とも思えるその人は口元に冷笑を浮かべた。

「この度は私めをお呼びになったと貴女様の臣下から聞きましたので、卑しくも陛下の御前に参らせていただきました……。隣国との戦に勝利なさったことを心よりお祝い申し上げます……」

 少年は小さく身震いした。

 ゾワリゾワリと、悪寒が背筋を駆け上がる。

 少女の作り声だとも、声変わりする前の少年の声だとも聞こえるその声が紡ぐ敬語は、聞いていると寒気が走る。

 見ると、リズエルもシェイディアも気味悪そうにしていた。

「やめろ、イヴァリース。お前のかしこまった敬語はもはや呪いだぞ」

 シェイディアが眉をひそめて止めに入った。

「……陛下、一般人がいらっしゃる前で私めをそうお呼びになるのは……」

「良い。そこの愚民は死ぬ運命だからな。お前に敬われるなど天変地異の前触れだ。そして頭を下げるな。今は関係者しかいない。お前のやりたいように動けばいい」

 その言葉を聞くと、黒衣の人はパッと身を起こした。

「なぁんだ。そうならそうと言って下さいよ? シェイディア様、イヴァは敬語使うのが嫌いなんですから」

 黒衣の人の声が、急に女の子のものへと変わった。

「分かっておる。……私も嫌いだ、お前の敬語は。あと仮面を外せ」

 黒衣の人——少女らしき人物はフフッと笑うと、その顔を覆う仮面をゆっくりと外した。

 少年はまたも呆然とする。

 ……ここ本当にこの世? やっぱり天国……?

 死刑執行人はやはり女性というには若過ぎる少女で、例によって例の美人だった。

 が、どこか浮世離れした外見をしている。瞳の色は滅多に見ない真紅で、瞳孔は爬虫類のように縦に細く切れ込んでいるのだ。

「それで……そこの、何? かを処分すればいいんですよね? 罪は?」

「あぁ。そこの愚民はオズ達の行軍を横切ったのですよ、イヴァリース」

「ふぅん……。シェイディア様の軍を横切るなんてねぇ……」

 イヴァリースはつかつかと少年に歩み寄って、そのボサボサの髪を乱暴に掴んで無理矢理上を向かせた。

「痛……」

「ハッ、愚民が」

 これまた乱暴に離されて、バランスのとれない少年は額を床にぶつけてしまった。

 顔を上げようとすると押さえつけられた。

 そして少女はオドラータに鎖を渡してもらい、額をさする少年の背を膝で強く押さえつけた。

「フフッ……。さぁさぁシェイディア様? 斬り方へのご要望はありますかぁ? 死体処理の方でもいいですけど、上か下か、前か後ろか、見たいようにあたしがしてあげましょう」

 芝居がかった言い草で、少女は物騒なことを楽しそうに吐き出した。

 ……こんな子が死刑執行人……? 若過ぎなぇ?

 自分の首の危機なのに、それを全く自覚していない能天気な少年であった。

「……上に」

「えー、シャンデリア汚れ……違った。……穢れますよ?」

「どちらにしても血に汚れるだろうに。……まぁ良い。前にでもするか」

「シェイディア様のドレスが……。まあ、イヴァだから汚したりしないけど」

 カチャカチャと金属音がするので、イヴァリースという死刑執行人が背中にくくりつけられた斧を外しているのだろう。

 理不尽さは感じても、相変わらず自分が死の間際に立っているなど、その下らないまでに平穏且つ世間に疎過ぎる脳ではこれっぽちも理解していない少年に、そのとき――。

 思いがけない人物から救いの声が上がった。

「お待ちくださいイヴァリース」

 皆が一斉に声の主を見た。

 意外なことにそう言ったのは、女王の側近のリズエルだった。

「どーしたんですかーリズエル様ー」

「どうしたのか? リズエルよ」

 不満さをすがすがしいまでに曝け出した声と、怪訝そうな声色のデュエットが響く。

 少年が首を無理にまで捻って見上げると、イヴァリースは片手で巨大な斧を支えたままリズエルを見ていた。表情はまるで楽しみにとっておいたおやつをおあずけにされた子供のものそのもので、見た目の年齢からして年相応のものだった。

 リズエルは淡々と、

「こんな馬鹿でも役に立つかもしれません。我が軍は今、素晴らしいまでの発展を遂げている最中ですが、皮肉なことに人員不足。雑用係でも予備兵でも騎士見習いでも、いないよりかは良いでしょう」

 そう語った。

 それに対してオドラータとイヴァリースはそろって、「罪人を入隊させるなど軍の内部崩壊のきっかけになる。ましてやこの少年は愚民。他の人に馬鹿がうつる」と鼻で笑い(リズエルではなく少年を)、シェイディアは顔をしかめた。

「リズエル、お前の言うことは分かる。……だがオズやイヴァの言うことも一理ある」

 し、失礼な……。

 少年の呟きは誰にも届かなかった。

「それに、この愚民の実力は分からない」

 そこで、リズエルはふわっと微笑した。

「ならば、こうしましょう、陛下。かなりのハンディキャップつきで、イヴァリースと愚民を手合わせさせましょう」



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