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おねえちゃんと一緒に早起きして四人分のお弁当を作って、迎えに来てくれた黒ちゃんの車に乗って海へ出かけた。
車の中でおねえちゃんがこっそりと「黒田、今日は沙良砂ちゃんが乗ってるから、すごーくゆっくり走ってる」と耳打ちしてくれ、二人でくすくすと笑った。
新しい家族ができるということ、新しい友だちができるということを、ようやく心から楽しいと思えるようになっていた頃なんだと思う。
環境がかわって違和感だらけの一日一日を過ごしていた時間が過ぎ、おねえちゃんはおねえちゃんなりにあたしと仲よくなろうとしてくれていた時間。
今なら稜ちゃんは魔法を使ってたんじゃなく、あれは全部手品だったんだってわかる。
おねえちゃんが黒ちゃんばっかり目で追っていた理由もわかる。
稜ちゃんがおねえちゃんを喜ばせようとしていた理由だって、わかる。
でも、小さなあたしは魔法使いが遊び相手になってくれるという喜びで胸がいっぱいでそんなことに気がつかなかった。
稜ちゃんに会える日が待ち遠しくて、稜ちゃんといる時はずっと一緒にいたくて、二人と出会ってからは毎日がキラキラ輝く砂が入った砂時計を逆さにしてるみたいだった。
過ぎていく時間がとても大切だった。
海へドライブへ行った帰り道、おねえちゃんが「見て、沙良砂。星がたくさん見える」と夜空を指差した。すると「よし!」と稜ちゃんが大きな声を出した。
「じゃあ、取っておきの魔法を使おうかな。黒ちゃん!車止めて」
「はいはい、魔法使い様」
「まだ、見習いだってば」
そう言って路肩に止まった車から降りて、四人で並んで星空を眺めた。
「さあちゃん、僕が星を取ってあげる。見て」
稜ちゃんはあたしの目の前に夜空に向かって手を広げた。
「これ、持ってて」稜ちゃんが小さな瓶をあたしの手に持たせてくれた。
「さあちゃん、祈って。お星様をくださいって。この魔法にはたくさんの力がいるから。
涼子も黒ちゃんも一緒に祈ってね。
ほら、手をつないで」
あたしとおねえちゃんと黒ちゃんで手をつないだ。
おねえちゃんはへへへと変な風に笑いながら夜空を見上げていた。
「さあちゃん、始めるよ。声に出して祈って」
「お星様をください」
「もっと」
「お星様をください!」
「いいぞ!」
「お星様をください!」
「よしっ!取れた!……入れるよ」
ザラザラと稜ちゃんの手の平から小瓶の中に色とりどりの星がこぼれ落ちた。
さすがにこの時はあんまりにも驚いてしばらく声にならなかった。
「星は近くで見るといろんな色なんだ。あーあ、僕が取っちゃったから少し空から減っちゃったねえ」
稜ちゃんはのんきに夜空を仰いだ。
「さあちゃん、それ一つ食べてご覧。星の味がするから」
稜ちゃんに促されて恐る恐る口に含んだお星様は甘かった!
稜ちゃんはにっこりと笑って「でも、あんまり食べるとなくなっちゃっうから、少しずつね。夜空からのおすそわけだから」と言った。
「稜ちゃんはなんでもできるんだね」
「そんなことないんだ。……思うようにならないことばかりだよ」
少し淋しそうにそう言って、手をつないだままのおねえちゃんと黒ちゃんをちらりと見てから夜空を眺めた。四人で並んで見上げた星空。
稜ちゃんが魔法で少し星を取ってしまったけど、それでもまだたくさんの星がキラキラと輝いていて、この夜を絶対にずっと忘れないと思ったあの日。
あの夜が稜ちゃんを見た最後の日となった。