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「僕、魔法の力をなくしたら、大学を辞めないといけなくなっちゃうんだ、だから、お願い」
もう一度パチン!と指を鳴らして、二枚目のコインを出した。
あたしはこの人を困らせてはいけない気がして、じっとおねえちゃんを見て、初めて「……おねえちゃん」と言ってみた。
おねえちゃんはハッとあたしの方を見て、へへっと笑いながら、顔はみるみる真っ赤になっていった。
あたしよりずぅーっと年上で、いつも家族には我関せずに立ちまわっていたおねえちゃんが、照れくさそうにしている。
今までは「涼ちゃん」と呼ぶ以外に距離の取りようがなかったおねえちゃんに、隙ができたような気がした。
もう少し仲よくしてもらえるのかもしれないと思えた瞬間だった。
「おねえちゃん」
だからもう一回、今度ははっきりと言ってみた。
「……はい」
「おねえちゃん!」
「はい」
「おねえちゃんっ!」
「はい!」
二人で大声で言い合った。途中から嬉しくて楽しくなって笑い声にかわってしまったけれど。
稜ちゃんと黒ちゃんは目を見合わせて、ほうっとしたような顔をしていた。
「稜、もっと見せてあげてよ、魔法」
おねえちゃんはご機嫌になって、稜ちゃんにそうリクエストした。
「じゃあ、涼子の指輪貸して」
稜ちゃんはおねえちゃんが小指につけていた指輪を指差した。
おねえちゃんはそれを外して稜ちゃんに渡すと、「黒ちゃん、車の鍵かして」と今度は黒ちゃんの車の鍵を借りた。
黒ちゃんの車の鍵はジャラジャラといろんな鍵とキーホルダーが付いていて、そこにおねえちゃんの指輪をコンコンとあてると、「さぁちゃん、見てて。魔法をかけるよ」と言って、指輪にふぅーっと息を吹きかけた。
「いち、にの、さん!」と叫んでクロスさせると、なんと黒ちゃんのキーホルダーの輪におねえちゃんの指輪が入っていた。
「すごい!」
思わず声を出すと、稜ちゃんは自慢気にふふんっと笑って見せた。
「あんた、天才!」とおねえちゃんも稜ちゃんをバシバシと叩いて喜んでいる。
「お前、これどうやって取るんだよ……」
「取る時は地味にキーホルダーから指輪を外して」
「使えよ、魔法」
「もう今日は一日分使ったら疲れちゃった。限界!」
そう言って稜ちゃんはソファにどかんと座った。
黒ちゃんはキーホルダーから指をはずそうと苦心している。
「それ着けててもいいよ」
おねえちゃんが黒ちゃんのほうを見ずにそう言った。
「そういうわけにはいかねえだろ」
黒ちゃんがそう言うと、「いいのに」と残念そうに小さな声でつぶやいたおねえちゃん。
「じゃあ、私たちはお茶の準備しようか。沙良砂ちゃん、一緒にお茶いれよう」
「うん!」
元気よく頷いて台所におねえちゃんと並んで立った。
いつもは二人だけで台所にいるとちょっとドキドキしたけど、その日は全然気にならなかった。
稜ちゃんがあたしとおねえちゃんになにか特別な魔法をかけてくれたのかもしれない。
その日から稜ちゃんと黒ちゃんは時々遊びにきてくれるようになった。
いつも太陽みたに笑ってたくさん魔法を見せてくれる稜ちゃんが大好きだった。
黒ちゃんはあんまりたくさんしゃべらないけど、用心棒は一緒に浮かれたりしないんだろうなって思っていた。
おねえちゃん、と自然に口をつくようになった頃、黒ちゃんがみんなをドライブに連れていってくれた。
お母さんにおねえちゃんがお出かけのお許しを取ってくれた。
あの時、お母さんは「迷子にならないでね、沙良砂」と言いながらとても嬉しそうにしていた。
あたしがおねえちゃんと仲よくすることが嬉しいと顔に書いてあるみたいだった。