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「もしかして、沙良砂ちゃん?」
声をかけられて、振り返るとおめかししたおばさんがあたしを見ていた。
「あら、知子さん、お久しぶりです。沙良砂、岡山の知子おばさんよ。
あなたが小さい時に一度会ってるんだけど……」
もちろん覚えてないけれど、愛想良く会釈してみる。
「おーきくなったわねぇ。あたしが知ってる沙良砂ちゃんはこーんなだったわよー」
とお決まりのセリフを言い、「そりゃ、涼子ちゃんも結婚する年になるわねー」と、おほほほと笑った。
そこからお母さんと話し始めてしまったので、あたしはこっそりその場を離れた。
お母さん、というかおばちゃんと呼ばれる人たちはどうして数年に一度しか会わない人と笑いながら淀みなく話すことができるんだろう。
そういうスキルはおばちゃんになると自然と身に着くものなのだろうか。
あたしには無理っぽいな。
知子おばさんと言う人もきっと列席するんだろうなと思いながら、「こーんな」に小さかったと手で示された高さを見つめてみる。膝上十センチくらいかな。
いくら五歳といえども、そんなに小さくはないと思うんだけどな。
と、腰より少し低い背の小さなあたしを見た、つもりになった。
すると、小さなあたしは所在なさ気な顔をして、じっと高校生のあたしを見上げたような気がした。
くるかな?あの人。
くるもん!会いたい。
小さなあたしはムスっと拗ねた表情で言葉だけは力強く言った。
自意識過剰で、おしゃべりで、でも内弁慶だった小さなあたしを正面から見ると、こんなに可愛くない子どもだったけか?
そりゃおねえちゃんも困っただろうに。
大学生がこんな子どもときょうだいになって一つ屋根の下で暮らせなんて、とても無理だ。
高校生のあたしだって、どうやって打ち解けたらいいかなんてわからない。
だから?
だからあの人たちを呼んでくれたの?
―さぁちゃん、僕が魔法を見せてあげるよ!
あの人の屈託のない笑顔が思い出され、胸がきゅっとつまった。
笑うとえくぼができる頬が懐かしい。
あの人はいつも笑顔だった。
おねえちゃんがあたしに魔法使いを紹介してくれたのは、一緒に暮らし始めてしばらく経ち、お母さんがパートに出るようになってからだった。
ずっと働いてきたお母さんは毎日家にいるのが夢だと言っていたけど、実際にそうなってみたら、一、二カ月は嬉しそうにしていたけど、やっぱり外に出たくなったらしい。週に何回かパートに出るようになった。
おねえちゃんはお母さんがいない時間をねらって、魔法使いとその用心棒を家に連れてきた。
「えーーーと、こちら私の大学の、ま、ま、魔法課に通っている魔法使い見習いの稜ちゃんです」
「はじめまして!君がさあちゃんだね。涼子おねえちゃんの友だちの魔法使い見習い、稜です」
そう言って手の平から赤い玉を一個、二個、三個と出し、ポーンと赤い玉を投げてあたしの手の平にポン、ポン、ポン!っと乗せてくれた。
「仲よくしてね」
と言ってウィンクをした稜ちゃん。
胸がきゅん!と鳴った。
顔が真っ赤っかになっちゃうような衝撃。
それは稜ちゃんに恋をしたのではなく、魔法使いの登場に恋をしてしまった瞬間だった。
「で、こっちが僕の用心棒の、黒ちゃん」
稜ちゃんが威勢よく両手を大きな男のほうへ向けると「……こんにちは」とぼそりといった。
「黒ちゃんって呼んであげてね!僕のことは稜ちゃんって呼んで。
涼子おねえちゃんのことは、僕といることきは涼ちゃんって呼ばないでね」
にこっとヒマワリが満開に咲いてるような笑顔で言った。
あたしはその時までおねえちゃんのことを、涼ちゃんって呼んでいた。
お母さんがそう呼んでいたからだ。
突然そんなことを言われてどうしたらいいかわからず、すがるようにおねえちゃんを見ると、目をそらしてもじもじしてる。
「魔法使いは名前に力が宿るから、同じ名前で呼ばれるとうまく魔法が使えなくなっちゃうんだ。
だから、僕といるときは、おねえちゃんって呼んだげて!」
そう言ってパチン!と指を鳴らしてなにもないところからコインを取りだした。