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 だから、みんなで一緒に暮らそうって言われた時も、うんって言ったのは、そうしないとお母さんががっかりするんだろうなって思ったから。


 あたしはずっとお母さんと二人で良かった。


 怒りっぽくて、いっつも疲れてても、お母さんと二人がよかった。



 お母さんがお父さんの前だと変な感じで、今ならあれを恋をしているんだってわかるけど、小さなあたしにはわからなくてなんだか嫌だと感じていた。


 お母さんにとっての特別な存在はあたし一人で充分。


 お父さんがあたしに優しいのも、あたしを可愛いと思っているから優しいんじゃなくて、お母さんの大切な子どもだからなんだろうなってなんとなくわかってた。

 いや、実際いい人だし、優しいのも嘘ではなかったんだけど、出会ったばかりの頃はダシにされてるみたいであんまりいい気持ちはしなかった。


 世界とあたしはゼリーの壁で隔たっているんだって感じていた。


 見える世界は同じなのに、あたしにはなんだかぐにゃぐにゃして見えて、人の優しさも嘘っぽく見えてしまったけど、ただお母さんと同じ世界に居たかった。


 あたしとお母さんだけはゼリーの壁の内側にいたから。


 新しくできるお祖父ちゃんお祖母ちゃんも優しかったけれど、やっぱりゼリーの壁の外の人たちだった感じた。


 引っ越して始まった新しい家族との生活も、違和感がたくさんあった。


 でもお父さんは朝早くでかけるし、おねえちゃんは大学が忙しくてあんまり家にいなかったし、お母さんは仕事を辞めて家にいたので、二人でいる時間はむしろ増えたぐらいだった。



「沙良砂、あなた涼子のところにいたんじゃないの?」


 すっかり準備が整ったお母さんに声をかけられ、そうだ、あたしはお母さんたちの様子を見てくると言ってきたんだったと足を止めた。


 思い出に足を取られてそのことを忘れていた。


 おねえちゃんが変なこと言うからだ。


 黒地に渋い柄の入った着物を着て、髪の毛を旅館の女将みたいにアップにしたお母さん。


「お母さん、はりきってるね」


「そりゃはりきるわよー。花嫁の母だものー。どう?どう?小顔メイクしてもらったんだけど」


「全然小さくなってないよ。でも、おばちゃんって感じじゃないね、今日は。

 いっつもそうしてたらいいのに」


「毎日こんなことしてたら疲れてしょうがないよー。たまにだからいいの」


 ポンっとタヌキみたいに帯を叩いて、にこっと赤い唇で笑った。


「ねーえー、やっぱりあたしも綺麗な格好したかったぁ。

 お母さんもお父さんもよそ行きの格好なのに、あたしだけ毎日来てる制服なんてやだー」


 あたしはむくれて足先をぐりぐりと絨毯にこすりつけた。


 みんな今日は特別な格好をしてるのに、あたしだけテラテラの制服だってことがちょっと恥ずかしいのと、毎日と一緒っていうのが嫌だった。


 あたしだって可愛い格好したら、ちょっとはキレイになるんだから。


 そんなあたしにお母さんは言った。


「沙良砂はさ、これから自分の結婚式でウエディングドレス着れるし、友だちの結婚式でも嫌ってほど 綺麗な格好できるよ。

 でも、セーラー服で出られるなんて今日だけ。


 それも、きょうだいの結婚式なんてもう二度とないわよ。

 ……涼子が二回も結婚するなんてことなければね、って、おっと不謹慎だった」


 自分で言っておきながらペロリと舌を出しておどけた。


「まあ、そういうことで、今日一日はにこにこしてましょう。それが一番の涼子への祝福になるから」


 振り返ればきっとセーラー服も悪くないって思うよ、とお母さんは言った。なんだかそう言われてしまうと、不貞腐れた自分がかっこ悪く見えてしまう。



 晴々としたお母さんの顔をちゃんと見ると、おねえちゃんとは似てないのに、一緒に写真に写ったりすると少し似て見えたりする。夫婦になると顔が似るっているけど、新しく家族になっても似てくるのかもしれない。 


 そうだといいな。



 今日、きっと、お母さんは泣く。


 自分が産んでないからこその苦労というものがあったことは、あたしにだってわかる。


 みんなで暮らし初めてからお母さんとおねえちゃんが本当に打ち解けるまでには一番時間がかかったと思う。


 二人とも一見人当たりがいいものだから余計に。


 今では大きな声で喧嘩もするけど、二人で買い物にいったりもしてる。大人同士で仲良くてちょっとうらやましいくらい。


 三十路直前のおねえちゃんと、お母さんの思い出は十年ぶんくらいしかないけど、でも、絶対にお母さんは泣く。


 嫌だな。


 お母さんが泣いたら、あたしも泣いてしまう。



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