かたりべ
世の中のなんと綺麗なことでしょう。語り部たちは言います。わたしは目も鼻もまったく役立たずな有り様で、強いて言えば耳だけが取り柄で、まったく以って度し難い愚か者であったと言えるでしょう。
語り部たちは私の癒しでした、毎日の生きる希望でした、目をぱちくりしても、鼻をいくら鳴らせども、世界の様相などおよそ見当もつかない私に、その美しさを教えてくれるのですから、語り部たちへの感謝の気持ちを込めて、わたしは銭を投げました、ええ、それはもちろんありったけの銭を歓びの儘に捧げました、嬉しかったのです、自分の知らない世界を知れることが、わたしも語り部になれたならとどれだけ思ったことでしょう。
空の色は桃色で木々は縞模様、海は朱色が綺麗で土は紫色、色は見たことがないので分からなかったのですが、それはもう嬉しそうに語るので、聞いてるこちらまで胸が弾む思いでした。
わたしがそのうち世界を見てみたい、と思うまでにさしたる時間を要することもありませんでした、そしてその機会が訪れたのも、まったく突然でした。
世界を見て見たくはありませんか、あなたにはその資格があります、手術を受けて我々の仲間になってくれませんか。その言葉をもらった時の感動は、生涯忘れることがないでしょう。わたしはろくすっぽ話も聞かないまま二つ返事に頷き、その話に応じました。
傷口が疼き、ヒリヒリと痛み、ぐじぐじと膿み、拭き取り、しばらく経つと落ち着き、胸は踊り、包帯を取ることが決まったその日の夜は、なかなか寝つけませんでした、それこそまんじりともせず夜の更けるのを聞きながら、朝を迎えました。
目が見えるようになったら、まず頭が痛くなりました、見えすぎて考えが及ばないのです、でもなんてことはありませんでした、目が見えるようになるのだという事実が楽しくて仕方がなくなってたのですから。
外に出るまで、わたしはワクワクしていました、ノブを捻るまで、どれだけドキドキしていたことでしょう。しかしここでようやく気がつきました、踏み出した足の軽かったのは最初だけでした、目の見えないままの方がどれだけ幸せであったことかと思いました。
世界はなんと味気ない石の建物ばかりで、地上も空もそこいらでキチキチと鳴く鼠の背中をひっくり返したような色ばかりでした、それどころか外に出ればそこいら中に人が寝転がっていて、それが生きているのか死んでいるのかも定かではない有り様だったのです。
わたしは語り部の姿を見に行きました。なんということでしょう、芋虫のように膨れ上がった腹をした人物が醜悪にも鼻を紙でなぶり、死んだ魚のような目をしながら声だけを立派に飾り立てているではありませんか、見るに不潔で生い先短いのが手に取るようでした。
あんなに美しくて心を震わせた声はもはや鼓膜を揺らすたびに不快感をこれでもかと煽ってきたのです。聞くにおぞましく、耳に蛆でも住んだのかと疑うほどです、わたしは後悔しました、知らなければ良かったと思いました、それでもわたしは生きなければなりませんでした。
わたしには才能がありませんでした、培ってきた経験もなかったのです、あったのは圧倒的に騙されてきた経験だけでした、目が見えない人たちが集まってきます、皆一様に希望に満ちた顔でこちらへ耳を傾けてくるのです、なんと恐ろしいことでしょう、わたしはこれから、彼らへ嘘を吐かなければならないのです。
幸いどれだけ汗を掻いても、膝が笑っても、彼らは気にも留めやしない、見えやしないのだ、それなので、わたしは張りついた喉に一層湿り気を飲んで慣らし、こう云うのでした。
ああ、まったく、世の中のなんと綺麗なことでしょう。
斯くして世界は今日も騙られるのです。




