カルテ【08】:女魔導士と握られた杖
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名前:シルヴィア
年齢:二十八歳
性別:女
職業、身分:女魔導士
呪いの装備:杖
症状:癒着、手が勝手に動く
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「予約のシルヴィアだけど……ちょっと、限界みたい……」
艶のある声とともに解呪室へ転がり込んできたのは、豊満な胸元を強調したローブ姿の女魔導士だった。
腰まで届く美しい黒髪が、彼女の荒い呼吸に合わせて波打っている。
大人の色香を漂わせる美貌の持ち主だが、今の彼女はひどく狼狽し、涙目で自身の両手を見つめていた。
彼女の白い両手は、身の丈ほどある木製の杖の柄にピタリと張り付き、本人の意志を完全に無視して、ゆっくりと動き続けている。
「いらっしゃいませ。複合型の厄介な呪いですね。そのまま、こちらへどうぞ」
俺は彼女を座らせ、自身の術式メガネのブリッジを軽く押し上げた。
視界に魔力の結合状態と運動ベクトルを示すフィルターが重なる。
杖の木目からどす黒い瘴気が漏れ出し、彼女の掌の皮膚と完全に溶け合っているのが見えた。さらには腕の筋繊維にまで命令系統が侵食し、強制的な反復運動を強いていた。
「癒着型と運動阻害・強制型の併発です。手のひらの細胞が杖の素材と混ざり合い、さらには筋肉が強制的に動かされています」
「どうにかして……っ。このままじゃ、摩擦で手のひらが、擦り切れちゃう……っ」
彼女の杖を動かす腕の動きに連動して、ローブの内側が静かに揺れ動いている。
「すぐに処置に入ります」
俺は対呪グローブをはめ、ゆっくりと動く彼女の両手へ向けて、自身の魔力を纏わせた掌をかざした。
俺の放つ高密度の魔力が患部に近づくのに呼応し、シルヴィアの背筋がビクンと大きく反り返る。
魔導士として鍛え上げられた彼女の神経が、同調の予兆を強烈な異物として知覚し、過剰防衛の信号を発したのだ。
「……くっ、あ……! な、にこれ……っ」
俺は彼女の手と杖の接地面——細胞が癒着している極小の隙間へ向けて、摩擦軽減の為に『魔力の浸透液』をじわじわと流し込んだ。
強制的に動かされている腕の隙間を縫うように、魔力が皮膚の奥底へと浸透していく。
それと同時に、摩擦がなくなり、手と浸透液が馴染む音が静かに聞こえ始めた。
「ぐっ……、これは、ちょっと思ったよりも大変かもしれません」
俺は杖の石突を床のタイルの目地へと深く押し込んで固定し、彼女の両手を両側から包み込むように抑え込むと、急いで魔力の同調を開始した
剥離と弛緩を同時に行う劇薬のような魔力同調により、彼女の白い腕が不規則にガクガクと動き始めた。
「あ、が……っ! いや、あぁっ……腕が勝手に……!」
激痛と、体内を掻き回されるような魔力の奔流。
魔導士特有の高い知覚能力が仇となり、シルヴィアの思考回路は急速に魔力酔いの泥沼へと引きずり込まれていく。
艶やかな黒髪を振り乱しながら、彼女は酸素を求めて掠れた悲鳴を上げた。
こちらの魔力への抵抗か、呪いが彼女の手を動かす速度が上がっていく。
「核を見つけないと」
彼女の動く両手に合わせて、グローブの上からさらに魔力を注ぎ込む。
癒着の最深部、杖の中央付近に、彼女の魔力を啜って肥大化した呪いの核が脈打っているのが見えた。
浸透液の接近を察知した核が、持ち手から逃れるように杖の先端部の宝玉へと這い上がろうとした。
「あ、ら…………め、……っ」
退路を塞がれた核が激しく蠢動し、彼女の全身にさらなる過負荷が襲いかかる。
限界を超えた魔力酔いにより、シルヴィアの引きつった唇からはくぐもった声が零れ落ちていた。
魔力酔いで紅潮し、焦点の合わない瞳からは涙が大粒の滴となってこぼれ落ちる。
行き場を失った核に対し、俺は杖の上端と下端の両方から、相反する性質の波動を一気に流し込んだ。
木の中を走る二つの魔力が、核の潜む中央部分で激突する。
「っ、ぎ、ぃ……っ!!」
内部で圧縮された魔力波が共鳴による圧壊を引き起こし、バキンという鋭い破裂音とともに、ドロリとした黒い瘴気が跡形もなく消え去った。
強固な癒着と強制行動の呪縛が解け、杖が彼女の手のひらから重い音を立てて床へ転がる。
「……ぁ、あ……っ、うあ……」
シルヴィアの両腕は、極度の疲労と魔力の余波によって、ひくひくと小刻みな痙攣を繰り返している。
「もうこれで大丈夫です、無事に解呪できました」
数分の後。
膝に落ちていた彼女の荒い呼吸が、徐々に大人の女性らしい落ち着いたペースへと戻っていく。
真っ赤に染まっていた頬から過剰な色素が引き、ゆっくりと顔を上げた彼女の瞳に、本来の理知的な光が宿った。
「……あれ? 手が、離れてる。それに、勝手に動かない……」
シルヴィアは自身の両手を目の前でひらひらと裏返し、信じられないといった様子で何度も指先を握り込んだ。
魔力酔いの無防備な姿を見せてしまったことに気づき、彼女はハッとして自身の胸元をかき合わせる。
そして、照れ隠しのように長い黒髪をサッとと背中へ払い、精一杯の笑みを浮かべて立ち上がった。
「ふふっ……。……ちょっと、余裕ないところ見せちゃったわね」
少しだけ足元をふらつかせながらも、彼女は杖を拾い上げ、優雅な足取りで解呪室を後にする。
扉が閉まった後、俺は窓を開けた。
部屋の中に残っていた、彼女が身に纏っていた濃厚な香水と、魔力酔いによる甘い汗の香りが、新鮮な空気に流され、消えた。
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