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カルテ【07】:パン屋の娘と呪いの靴

挿絵(By みてみん)

【カルテ08:足部知覚中枢への強制魔力同調に伴う生体反応の記録画】

┌────────────────────┐

 名前:エイミー

 年齢:十八歳

 性別:女

 職業、身分:パン屋さんの看板娘

 呪いの装備:靴

 症状:歩行困難、歩行のっとり未遂

└────────────────────┘


「こんにちはー!予約していたエイミーです!」


 カランと快活にドアベルを鳴らし、少しそばかすの目立つブラウンの髪をふたつに結んだ少女が姿を見せた。

 街角のパン屋でよく見かける、太陽のように屈託のない笑顔を浮かべている。


 だが、その元気な挨拶とは裏腹に、彼女の足取りはひどくぎこちなかった。

 右足を床に引きずるようにして、重い足取りでカウンターへと近づいてくる。


「お待ちしていました。さっそくですが、こちらの椅子に掛けてください」


 促された席に座るなり、彼女はホッと息を吐いて右のふくらはぎをさすった。


「もう、この靴ったら勝手に歩き出そうとするんです!私、お店の厨房に戻りたいのに、外に出ようとするからずっと踏ん張ってて……」


 膝丈の素朴なワンピースの裾から、毎日立ち仕事で鍛えられたであろう、少し肉付きの良い健康的な足が覗く。


 しかし、その右足のふくらはぎから足首にかけての筋肉は、異常なほどパンパンに張り詰め、岩のように硬直していた。

 彼女が履いている厚手の革靴が、意志を持つかのようにピクピクと爪先を外へ向けようとし、それをエイミー自身の筋力で必死に押さえ込んでいる状態だ。


 俺は彼女の足元にしゃがみ込み、術式メガネに埋め込まれたダイヤルをカチカチと回した。

 視界に運動ベクトルと魔力圧を可視化するフィルターが展開される。


 靴の内部からどす黒い瘴気が溢れ出し、彼女の足の筋繊維の奥深くにまで根を張り、神経の命令系統を乗っ取ろうとうごめいているのが見えた。


「運動阻害・強制型ですね。靴の呪いがエイミーさんの意思を無視して、筋肉に特定の動きを強要しています。このまま無理に抵抗を続ければ、筋繊維が断裂してしまいますよ」


「ええっ!?だ、だからこんなに足がカチカチで痛いんですね……。お、お願いします、助けてください!」

 元気が取り柄の彼女が不安そうな表情で目を潤ませた。


「任せてください。これから魔力の糸を浸透させ、呪いを解きほぐしていきます」


 俺はグローブを両手にはめ、石のように固まった彼女のふくらはぎへと魔力を纏わせた手を近づける。


 指先が靴の革に触れるか触れないかの距離まで迫った矢先、過敏になっていた神経が過剰防衛の信号を発し、エイミーの膝がビクンと大きく跳ね上がった。


「……かなり深部の筋膜まで呪いが絡みついていますね……。少し強引に解きほぐしていきます。痛みますが、我慢してくださいね」


「っ、だいじょう、ぶです!わたし、けっこう我慢強い、からっ……!」


 普段の元気さを取り繕おうとする強がりの声が響く。


 しかし、俺が筋肉の隙間を縫うように魔力の糸を滑り込ませた途端、その強がりはあっけなく崩れ去った。


「あ、がっ……!?い、いや、ぁっ……!」


 呪いの絡まりへの強引な魔力同調により、彼女の健康的な足がガクガクと制御不能な痙攣を始める。

 呪いを一本ずつ強引に解き、筋繊維を弛緩させようとする力と、靴が無理やり動かそうとする力が衝突し、彼女の膝下が不規則に跳ね回った。


 痛みに耐えようと奥歯を強く噛み締める彼女の喉元から、「ゔ……」と擦れるような不規則な呼気が漏れ出す。


「痛っ、あ、ぐぅっ……!なにこれ、あたま、ぐるぐるするぅ……っ」


 急激に流れ込む魔力の影響で、極度の魔力酔いが引き起こされていた。

 そばかすの散る可愛らしい顔は真っ赤に染まり、焦点の合わない瞳に大粒の涙が滲む。


「……ぐっ……」


 彼女は両手でワンピースの裾をくしゃくしゃに握りしめ、酸素を求めて引きつった呼吸を繰り返していた。


 靴底の奥、土踏まずのあたりに、呪いの命令系統を司る不気味に脈打つ核が隠れている。

 核はこちらの干渉を嫌がり、足の甲の骨の隙間へとずるずると潜り込もうとした。


「足首を術式で固定します。少し重くなりますよ」


 俺はそう告げると同時に、床のタイルを起点として不可視の魔力鎖を展開した。

 暴れる彼女の右足を、物理的な腕力ではなく、重力結界のような魔術的拘束で床にガッチリと縛り付ける。


「あ、はぁっ……!むりっ、あぁああっ!」


 関節の隙間に重い質量をねじ込まれ、エイミーは喉が張り裂けんばかりの掠れた絶叫を上げた。


 退路を断たれた核に対し、俺は足の裏と甲の両側から相反する波長の魔力を同時に流し込む。

 骨の隙間に潜む核をサンドイッチのように挟み撃ちにする。

 パァン、と靴の中で風船が弾けたような乾いた破裂音が鳴り、瘴気が一瞬にして跡形もなく消え去る。


 呪いの強制力が消滅したことで、岩のように強張っていたふくらはぎの筋肉がドロリと溶けるように弛緩し、彼女の足から完全に力が抜け落ちた。

 そこで俺は、床に縛りつけるように展開されていた術式を解除した。


「……ぁ、あ……っ、うあ……もぅ…らめ……れす……」


 エイミーは椅子の背もたれにぐったりと寄りかかり、魔力酔いの影響か、焦点の合わない目で虚空を見つめながら声にならない声をあげた。

 その一方で、解呪された脚はひくひくと小刻みな痙攣を繰り返していた。


「……これで処置は完了です。もう足が勝手に動くことはありませんよ」


 時間が経つにつれ、ぐったりとしていた彼女のぼんやりしていた目に、焦点が戻った。

 魔力酔いも抜けてきたようだ。


 エイミーは大きく背伸びをして、強張っていた全身に新鮮な酸素を行き渡らせると、パンッと両手で自分の頬を軽く叩いた。


「……あ、れ……?痛くない……。足が、自分の足みたいに、柔らかい……」


 彼女は信じられないといった様子で、自身の手でふくらはぎを揉み込んでいる。

 限界まで魔力を注がれた影響でまだ赤らんでいる頬のまま、彼女は俺を見上げて、太陽のような元の輝きを取り戻した笑顔をパッと咲かせた。


「すごい!魔法みたい!……あ、解呪師さんだから魔法みたいなのは当たり前か!えへへ、本当にありがとうございます!」


 俺は筋肉の疲労を和らげるため、カモミールの香りが練り込まれた琥珀色の魔力キャンディーを一つ手のひらに乗せてやった。


「今日は無理をせず、立ち仕事もほどほどにしてくださいね」


 キャンディーを口に放り込み、足取りも軽く帰っていく彼女の背中を見送る。

 扉が閉まっても、パンの甘い匂いだけがほのかに残っていた。

完結後、さらに割り込みで追加しちゃいました……。


PVはめちゃくちゃ伸びているのですが、その割に読者からの反応があまりになさすぎて、ちょっと不安になっております……。

かなり攻めた挑戦作だったのですが、全然ニーズがなかったかも……?


もし『面白かった』『もっと他の話も読みたい』と思っていただけましたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします!

面白かったら★5つ、つまらなかったら★1つ、正直な感想で結構です。


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― 新着の感想 ―
あれ?なんか話数が増えてる? と思ったらあったので読んでみました! 良かったです!
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