カルテ【02】:戦士の誇りと這いずるブーツ
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名前:マルティナ
年齢:二十一歳
性別:女
職業、身分:冒険者(戦士)
呪いの装備:ブーツ
症状:歩行が困難になる。足を這いずるような不快な感覚。
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解呪室の扉が乱暴に開き、不機嫌な舌打ちとともに赤髪の女戦士が足を引きずりながら入ってきた。
「……アンタがここの解呪師ね。アタシの足、どうにかしてちょうだい。靴の中にムカデでも這い回ってるみたいで、気狂いしそうなのよ。力ずくで脱ごうとしたら、肉が削げそうになるし」
冒険者のマルティナは、苛立ちと疲労が混ざった瞳でこちらを睨みつける。
ショートパンツから伸びる鍛え上げられた太ももは健康的な小麦色だが、膝下を覆う分厚い革のブーツだけが、不自然にドクドクと脈動を打っていた。
「患部を拝見します。少し足を浮かせた状態で、こちらの台へ踵を乗せてください」
俺は彼女をソファーではなく、診察用のフットレストへと誘導し、その足元に片膝をついた。
術式メガネの左フレーム弾き、魔力の結合状態を可視化するフィルターを起動させる。
分厚い革の奥深くに潜む黒い瘴気が、彼女の皮膚の表面を溶かし、血管や筋繊維と完全に混ざり合っているのが見えた。
「細胞レベルで融合しています。癒着型ですね。這いずるような感覚は、瘴気が直接神経を逆撫でしているためです」
「ゆ、癒着……? じゃあ、足を切り落とすしかないわけ!?」
「いいえ。皮膚と革が融合した極小の隙間へ、極薄の魔力の刃をねじ込み、細胞を削ぐように剥離していきます。……ただ、少し痛みを伴いますので、少々我慢してください」
対呪グローブをはめた右手の指先に、鋭利な魔力のメスを形成する。
俺はブーツの縁を左手で掴み、素肌との境界線へその刃を深く突き立てた。
「ひっ……! い、た……っ!」
癒着した細胞の隙間に魔力が侵入した途端、マルティナは悲鳴を上げ、激痛と拒絶反応から反射的にその右脚を大きく振り上げた。
俺の肩を蹴り飛ばそうとする、戦士としての無意識の迎撃行動だ。
「暴れないでください、正常な筋繊維ごと切断してしまう恐れがあります」
俺は迫り来る彼女の脚を空中で払い落とす代わりに、自身の左腕でその膝裏を下から掬い上げた。
そのまま彼女のふくらはぎを自身の脇下で抱え込むようにして、空中で関節を完全にロックする。
「あ、が……っ! いや、あぁっ……放し、て……っ!」
脚の自由を奪われた状態で、ブーツ内部の癒着が強引に引き剥がされていく。
宙に浮いたままの彼女の太ももが、至近距離での魔力同調に耐えきれず、ガクガクと激しい痙攣を始めた。
程よく引き締まった肉付きの太ももが筋張り、発汗が小麦色の肌を濡らしていく
剥離の激痛と、体内へ直接流れ込んでくる魔力の重圧。
二つの過負荷が彼女の思考回路をショートさせ、急速に魔力酔いの泥沼へと引きずり込んでいく。
戦士としての気丈な振る舞いは完全に白紙化され、焦点の合わなくなった瞳からは大粒の生理的な涙が溢れ出していた。
「い゛……っ、いたい……よぉ……」
癒着の最深部。
ブーツの踵付近に、彼女の魔力を啜って肥大化した呪いの核が蠢いている。
魔力の刃の干渉から逃れようと、核はアキレス腱の裏側を這い上がり、ふくらはぎの奥へ潜り込もうと動いた。
俺はロックしている彼女の脚を僅かに捻り上げ、核の進行方向にある筋肉を物理的に圧迫して退路を塞ぐ。
そして、行き場を失ったその核へ向けて、体外から直接、太く大きな魔力の楔を容赦なく打ち込んだ。
「……っ、ぎ、ぃ……っ!!」
鈍い感触がグローブ越しに伝わり、ブーツの中で黒い瘴気が核を撃ち抜かれて完全に霧散する。
癒着という強固な張力を失った分厚い革のブーツが、俺の腕の中からスルリと抜け落ち、重い音を立てて床に転がった。
「……ぁ、あ……っ」
俺が拘束を解いた反動で、限界を迎えていたマルティナはバランスを崩し、フットレストから床の絨毯へと無様に転げ落ちた。
彼女はソファーに寄りかかることすらできず、四つん這いの体勢のまま床に顔を伏せている。
呪いの強制的な癒着から解放された美しい小麦色の素足は、ひくひくと小刻みな痙攣を繰り返し、彼女自身は獣のように肩を大きく上下させて貪るように酸素を吸い込んでいた。
俺はあえて手を貸さず、彼女の体内から魔力酔いが自然に抜けていくのを静かに待った。
戦士の鍛え抜かれた代謝機能であれば、数分で正常な状態を取り戻すはずだ。
やがて、絨毯に落ちた自身の汗の雫を見つめていた彼女の呼吸が落ち着き、真っ赤に染まっていた頬から過剰な色素が引いていく。
ゆっくりと顔を上げた彼女の瞳に、再び鋭い理性の光が宿った。
「……あれ? 痛く、ない……。それに、足が、すごく軽い……」
マルティナは床に座り込んだまま自身の足首にそっと触れ、信じられないといった様子で何度も足先を動かした。
先ほどまでの魔力酔いによる無防備な姿が嘘のように、彼女は勢いよく立ち上がる。
タンッ、タンッ。
素足で床を強く踏みしめ、自分の足が完全に戻ってきたことを確かめると、彼女の顔に戦士らしい不敵な笑みが浮かんだ。
「すごいじゃない。あんなに張り付いてたのに、傷一つないわ。……ちょっと、床に這いつくばるなんて無様なとこ見せちゃったけど、助かったわ!」
彼女はショートパンツの裾を軽く払い、羽のように軽い足取りで解呪室を後にした。
俺は術式メガネを外して目頭を軽く押さえ、役目を終えたカルテに完了のサインを書き込んだ。




