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黄金のアウレリア  作者: 北峰
第一部 黄金の聖女

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第二章 灰色の王子①

 ヴァルクレウス王国第一王子アレクシス・レオニス・ヴァルクレウス――彼をその正式名で呼ぶ者は滅多にいない。

 民衆に最も知られた呼び名は「灰色の王子レックス」であった。

 灰色とは彼の髪と瞳の色が由来ではあるが、黄金が最も崇められるこの国において、それは神の祝福からはるかに遠いことを暗に示してもいたのである。



 電光石火のごとく国一つを滅ぼした灰色の王子は、戦後の残務整理のため、西セルディア王の執務室を仮拠点として構えることとなった。

 豪奢な君主の椅子に座っても何の感慨もなさそうに表情一つ変えず、レックスは各隊からの報告に目を通していた。

 彼が謁見室を使用しないのは、実務的な理由だけではない。その部屋が事実上使用不能だからである。

 セラーナ王宮を掌握し、不要な叛徒どもを一掃した後、彼は部下を連れて謁見室を確認した。そこが為政者の中心地となる以上、当然の行動である。そして、そこで彼らが見たのは無惨な首無し死体であった。

 服装の断片から、恐らくそれが西セルディア王の成れの果てだろうとはわかる。だが、その有様はあまりにも惨たらしかった。ヘリオス擁立派の貴族たちは誰一人まともに武器を持ったことがなく、全員がそれぞれ無我夢中で王をめった刺しにした結果、どれが致命傷かもわからないほどの肉塊になり果てたのだった。

(――これが一国の主の末路か)

 レックスは隣国の王の残骸を静かに見下ろした。

 人心を失い、統治を誤れば君主といえどもただの血肉と化す。冷たい事実を彼はその灰色の目で認識したのだ。

 こうして血塗られた謁見室は片付けられた後も不浄の間として閉鎖され、新たな統治者の政務は実用的な執務室にて行われることとなったのである。

 国内の統治体系、利用できる生き残りの貴族や官吏の確認、暫定的に残置する旧組織や解体すべき兵力の裁定など、必要な処置を進めながら、王都セラーナ平定完了の旨を告げに来た将官に、彼はふと気づいたように尋ねた。

「バルナスはどうしている?」

 城門突破と同時に聖女捕捉に向かったはずの部隊が未帰還であることを、レックスはようやく思い出したのだった。

「それは……」

 尋ねられたのは、バルナスの副官セリオである。

 上官が少数部隊で聖女捕捉の別任務に当たっている間、残りの軍団を預かり、セラーナの残存兵力掃討に当たっていたのはこの男だった。その責務自体は予定通りに完了している。だが、バルナスの別任務については彼もまだ状況を把握していなかった。

 主の下問にセリオが言い淀んでいると、不意に執務室の重い扉が荒々しく開かれた。

「閣下! 申し訳ございません!」

 入室と同時に大声で謝罪を告げてきたのは、そのバルナス本人であった。

「離宮は無人で、聖女はすでに逃亡していたようです。ただ今、周囲を部下に捜索させておりますが……」

 バルナスは珍しく苦渋の表情を浮かべている。レックスにも劣らぬ巨体が、今は恐縮していつもより一回り小さくなっていた。

 第一軍団長であるバルナスがわざわざ別働隊を任されたのは、それだけ任務が重要だったからである。それなのに主君の期待を裏切ってしまったことは、長年武人として生きてきた彼の誇りをいたく傷つけていたのだった。

「……そうか」

 対するレックスの返答は短い。それがいっそうバルナスにはこらえた。

「こたびの失態はすべて私の責任です。いかようにも処罰を――!」

「いや、構わん。すでに王族は一人捕らえている。捕虜としては申し分ないだろう」

 その捕虜とは西セルディア王の甥ヘリオスである。まだ十二歳の王子の両親はすでに病没しており、伯父王も一族郎党もすべて王宮陥落と同時に失っている。身寄りのない少年ならば、今後の旧西領支配においても駒として利用できるだろう。聖女の捕獲が失敗しても次善の策はどうとでも打てる。

 とはいえ楽観視して放置もできない以上、レックスは改めて命を下した。

「だが、国の再興を狙う者どもに拾われても面倒だ。聖女捜索は続行しろ」

「はっ!」

 大声で答えると、バルナスは来た時と同様に荒々しく退室していった。その背を一瞥だけで見送ると、レックスは小さくつぶやいた。

「……バルナスが失敗とはな。聖女は冷遇されていると聞いていたが、どうやら周到に逃亡の準備をしていたようだな」

 その言葉にセリオは驚いたように目を見開いた。

「情報に誤りがあったと……?」

「どうだろうな」

 レックスはこの場でこれ以上考察を広げるつもりはなかった。

 今、仮拠点で戦後処理を行うレックスの身辺では、実務を補佐する有能な軍務官たちがせわしなく働いている。バルナスやセリオなどの将官級も、レックス自ら能力を認めた精鋭たちである。

 だが、それでも謀略や分析に向いていると言える者はこの場にいなかった。戦地まで従軍できない本来の補佐官の不在が、戦後になって改めて響いてきている。早いうちに戦後処理を済ませて兵を引き上げ、本国で留守番中の補佐官と策を練り直す必要がありそうだと彼は思った。

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