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【第一部終了】黄金のアウレリア  作者: 北峰
第二部 黄金の雛鳥

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第五章 黄金の雛鳥④

 皇后との対面は謁見室で行われることとなった。本来、王族とはいえ私的な顔合わせであれば和やかな談話室で充分なはずである。しかし、これはあくまで皇后が己の権力を見せつけるための舞台。ゆえに、玉座から継子ままことその婚約者を見下ろしてやろうという意思が明確に表れていた。


 玉座の前に出るのはレックスとアウレリアの二人のみ。低くとも官位を持つトゥレンは末席への参加が認められ、無役のユリウスとミリアは入室を許されなかった。


 本宮から離れた王子離宮の一角にとどめ置かれたユリウスとミリアは、どちらも不満顔であった。仕方ないこととはいえ、アウレリアが敵の首魁と対峙するのに自分たちはそばにいることさえできないのだ。


 ユリウスにしてみれば、本気でアウレリアを守る気のなさそうな王子一派に主の身を預けなければならないことが不安でたまらなかった。

 無言で窓際に立ったまま主の帰還を待っていた彼は、不意に立ち上がり扉に向かおうとするミリアを見咎めた。


「……おい、どこへ行く?」

「こんなとこに閉じこもっててもしょうがないでしょ。様子を見に行くのよ」


 さも当然という顔のミリアに、ユリウスは動揺した。


「いや、無理だろ!?」


 しかしユリウスの言葉など無視して、ミリアは部屋を堂々と出た。戸口に立つ護衛兵に咎められてもご不浄の場所を尋ね、そのまま悠然と回廊を歩いて行ってしまった。


「どうなっても知らないぞ……」


 ミリアの無謀な行動にユリウスは頭を抱えた。これも、見るからに非力な少女だからこそ可能な暴挙に過ぎず、騎士である彼は警戒されてしまい、同じことはとうていできない。

 あとは彼女の運と才覚に任せようと、ユリウスは半ば投げやりに思考を放棄した。




 アウレリアは皇后との対面のため、広く長い回廊を進んでいた。

 斜め後ろには末席ながらも入室を許可されたトゥレン。

 だが、本来なら隣を歩くべき「婚約者」の姿がない。


「ちょっと……歩くの早すぎるでしょ……!?」


 出発は同時だったはずなのに、レックスは同伴者の存在など忘れてさっさと回廊を進んでしまったのである。その大きな背中は回廊のはるか向こうまで遠ざかっている。

 さすがにこのままではまずいと、トゥレンの指示でレックスは兵たちに呼び止められ、同伴者との合流を待たされた。


「殿下……さすがに……ここは、お二人ご一緒でなければ……困ります」


 主君に追いつくと、トゥレンは疲れたように息を乱しながらそう苦言を呈す。表向きなのは対面するお互い百も承知でも、一応は「婚約者」のお披露目なのだ。その相手を放置して一人で先に行ってしまうなど非常識も甚だしい。


「そうか」


 レックスは困惑したようにそれだけ返すと、アウレリアを見下ろした。

 悪かったともついてこいとも一言も言わず、彼は少し歩調をゆるめ、アウレリアがついてくるのを横目で確認しただけでまた足早に一人歩き始める。


「殿下……!」


 トゥレンの悲痛な呼びかけが回廊にこだまする。そもそも彼もすでに馬車酔いで体力が削られており、アウレリア以上に疲弊して置き去りにされているのだ。


(――何なのよ、この人)


 アウレリアも負けまいと、礼装の裾を両手で持ち上げ、遅れないように急いでついていく。

 そして同時に、今まで当たり前のように隣にいたユリウスは自分に歩調を合わせてくれていたのだと、彼女はこの時初めて知ったのだった。


 こうして何とかたどり着いたヴァルディス王宮の謁見室。アウレリアは初めてそこに足を踏み入れた。

 これまでセラーナ王宮でも王や王妃との謁見は数えるほどしかなかったが、それでもこの国の謁見室が明らかに異なることは彼女にもわかった。


 セラーナは白い大理石を基調とした開放的な造りだったのに対し、ヴァルディスでは黒御影石を敷き詰めた床に整然と並ぶ装飾柱が重厚感を与えてくる。


 そして――入った瞬間、むせかえるほどの甘い香りが鼻をついた。彼女がこれまで嗅いだことのない、重くまとわりつくような香が頭の奥まで痺れさせる。

 それこそがこの空間の主、皇后ベルダを象徴する薫香であった。


「よう参ったな、アレクシスや。まさかおまえが婚約者を連れてくるとはの。女になど興味ないかと思っておったが、わざわざ敵国から奪い取ってくるとはずいぶんと情熱的だこと」


 黒いヴェールを覆ったまま、豪奢な椅子から語り掛けてくるベルダの声には、余裕の笑みがこもっていた。


「……恐れ入ります」


 あからさまな嘲弄にもレックスは反応せず、形式上の短い言葉だけを返した。すると、ベルダはレックスの斜め後ろで頭を下げたままのアウレリアに悠然と告げる。


(おもて)を上げよ、聖女殿。そなたの神の瞳とやらをよう見せておくれ」


 言われた通り、アウレリアは顔を上げた。

 そこには計算も追従も何もない。ただまっすぐに、その黄金の瞳を玉座に向けて彼女は見た。


 黒いヴェールに遮られ、誰もその向こうの表情を窺い知ることはできない。それでも、皇后と聖女の視線がぶつかったその時、確かにヴェールは小刻みに震えていた。


「……………………」


 長い沈黙が玉座を占める。遠目で見てもわかるほど、ベルダはヴェールだけでなく肩までかすかに震わせていた。


「……? あ、あの……」


 謁見の作法などろくに知らず、どうしたらいいか戸惑ったアウレリアが声をかけようとすると、我に返ったようにベルダは冷たく言い放った。


「――誰が発言を許したか」


 叱責され、アウレリアは身を強張(こわば)らせる。聖女を支配できたことに安堵してか、ベルダは声に力を取り戻し、レックスに言葉をかける。


娘御(むすめご)を男所帯にとどめ置くとはずいぶん可哀想よな。聖女ならば王宮に住まわせるのが筋というものではないかの?」


 亡国の王族を王宮に住まわせる――それこそまさにヘリオスの悪夢の再来である。レックスが了承しないことは重々承知した上で、ベルダは嘲るように問いかける。


「いえ……それは何卒ご容赦を」

「ほう。婚約者と片時も離れたくないか。おぬしもずいぶん変わったものよ」


 レックスは表情を完全に消したまま、もはや返答すらしなかったが、ベルダはそれを咎めない。彼女としては承諾など必要としていないのだ。ここでは政敵たる王子の精神を削ることが目的なのだから。


「正式な婚約はいつ結ぶつもりか?」

「……日取りについてはこれから追って決める予定です」

「ずいぶんと悠長なことよな」


 悠然と笑いながら、ベルダは気を取り直したように再び聖女に話しかけた。


「のう、聖女殿。今度は女同士、ゆるりと話がしたいものよの」


 その不穏な台詞を最後に、面会は終了した。




 アウレリアは無事に終わったと安堵していたが、ミリアは内心穏やかではなかった。

 なんと彼女はあのまま堂々と本宮に滑り込み、さらには謁見室の様子を裏から盗み見していたのである。


「いや、王宮の警備ぬるすぎるでしょ」


 ミリアは誰にも聞こえないような声で密かにつぶやいた。

 まだ数日しか滞在していないが、王子のいる駐屯地の警備は実に厳重だった。あれではたとえユリウスでも突破するのは不可能だろう。


 だが、この王宮は国内でも最も強固に守らねばならないはずなのに、守備兵が立つ間隔もまばらで、動きも見るからに緩慢だった。しかも、呼び止められた際に「皇后様の新入りの侍女です」と平然とうそぶくと、それだけで納得して通されてしまったのである。とてもまともな警備とは言えなかった。


(――あれは多分、あの香のせいだろうね)


 回廊を足早に進みながら、ミリアはそう判断していた。この王宮は、一歩足を踏み入れた時から異様な匂いが漂っている。しかも本宮奥へ近づくほどその香りは強まる。


 民間に広まっている香とは明らかに種類が違う。彼女が火炙りにされかけたあの村を含め、主にヴァルクレウス国内に流通しているのは没薬(もつやく)が中心だろう。だが、ここで焚かれているのは彼女もほとんど嗅いだことのない匂い。それは国内では採れず、交易路を通って運ばれてくる高級な安息香であった。


 無論、香そのものにそこまで強い作用はない。恐らくは意識をぼんやりさせるような薬物が香の中に混ぜられているのだ。そうした薬で人々の思考を奪い、操り、支配する。敵は想像以上に危険なようだとミリアは背筋が寒くなった。


(――まあ、お陰でこうして潜り込めたんだけど)


 皮肉なことに、ベルダの焚く怪しい香によって警備がゆるくなり、ミリアのような一般人が堂々と本宮奥に入り込めてしまったのだ。今だけは感謝しておこうと彼女は心の中で舌を出した。


 そうして彼女が盗み見を実行したのは、謁見室奥の小窓であった。

 拝謁者は正面入り口から入室するが、その裏で使用人たちが様々な支度をするため、玉座の袖側には控え室との通用口が造られていたのである。出入りする人々の動きからそこを発見し、ミリアはしれっと入り込んで会見の様子を注視していた。


 そして、アウレリアと対した時のベルダの異様な反応に、彼女ははっきりと危険を感じ取ったのだった。




 皇后との対面を終え、王子離宮の貴賓室に戻ってきたアウレリアを、覗き見から堂々と帰還したミリアはねぎらった。


「何とか終わったようだね」

「うん……ちょっと緊張しちゃった。なんか私のこと本当の婚約者だと勘違いされてたみたいだけど」

「いや、あれは勘違いじゃない。ただの政略上の関係なのをわかった上で、あの皇后が嫌味を言ってただけだよ」

「え……そうなんだ」


 ミリアの言葉にアウレリアは不思議そうな顔をする。

 だが、もっと驚いたのはその会話を傍らで聞いていたトゥレンの方だった。


「なぜあなたが謁見の内容をご存知なんです?」

「ああ、ちょっと立ち聞きをね。そんなことより今後はいっそうアウレリアの身を守る必要があると思うよ。あの様子じゃどんな手を使ってくるかわからないからね」


 実際には立ち聞きどころか盗み聞きだったのだが、そこは知らん顔してミリアは注意喚起する。


「どういうことです? 聖女を害したところで我々に痛手を与えられるわけでもありませんが」

「そういう損得の話じゃないよ。単にあの女がアウレリアを標的にしかねないって言ってるの」

「なぜそんな無駄なことを?」


 あまりにも的の外れた問いを繰り返すトゥレンに焦れたミリアは、ついに憤って叫んだ。


「そんなの嫉妬に決まってるでしょうが!」


 彼女の台詞は、しかしその場の人間には響かなかった。


「…………?」

「…………?」

「…………?」


 トゥレン、レックス、アウレリアの三者が一様にぽかんとした顔でミリアを見つめる。知らない異国語を初めて聞いたかのような表情を向けられ、ミリアはさらに怒りを増す。


「いや何で全員不思議そうな顔してんのよ!」


 実際には「おまえら馬鹿か」と言いそうになったのだが、物怖じしないミリアでもさすがに王子相手の不敬発言は飲み込んだ。とはいえ、まさかこいつら全員嫉妬という言葉を理解できないとは、と彼女は怒りを通り越して脱力する。


「見てればわかるでしょ! アウレリアの顔を見た瞬間、言葉をなくして震えてたじゃないの!」

「それがなぜ嫉妬だとわかるのです?」


 トゥレンはなおも(いぶか)しむ。彼にとって嫉妬などという非合理な感情は理解の外にあるのだが、あまりの会話の通じなさにミリアは急激な頭痛に見舞われた。


「……アウレリアが自分より若くて美しい『本物の聖女』だからだよ……黄金の髪と瞳を持つ聖女は歴史上ただ一人なんだって? そりゃ妬んで敵意剥き出しにするよ」


 そこまで言われてようやくトゥレンはその可能性を考え始めた。そして自分への敵意を初めて知らされたアウレリアは困惑を口にする。


「そんな……私、何もしてないのに……」

「世の中には存在してるだけで気に入らないって(やから)がいるんだよ。そういう奴らには何を言ったところで無駄。できるだけ関わらないようにするしかないよ」


 アウレリアは困ったように黙り込む。

 不安げな彼女に、戸口で立ったままのユリウスは、同じ室内にいても声をかけることができなかった。


 今の彼はあくまで無官の暫定護衛。アウレリアが己の身と引き換えに飲ませた条件のお陰でここにいられるだけなのだ。とても彼らの会話に口を挟むことはできない。身分の上下など気にせず堂々と話せる一般人のミリアとは、生い立ちも境遇も大いに異なっていた。


 そんな折、一通の知らせが貴賓室に舞い込んできた。

 届けられたのはアウレリア個人宛の書簡だったが、中身を確認すべく当然のようにトゥレンが受け取り、すぐに一読してから披露した。


 その書簡の差出人は皇后ベルダ。


「駐屯地などという殺伐とした男所帯での暮らしは聖女に似つかわしくないゆえ、我が庭園にてゆるりと無聊ぶりょうを慰められよ、とのことです」


 読み上げながらトゥレンの表情は引きつっている。


「あの女、何を企んでいる?」


 レックスもまた眉間に普段の倍以上の皺を刻んでいた。あの対面の直後にわざわざ聖女一人を呼び出すなど、罠以外の何物にも見えなかった。


「さすがにここまで証拠を残して、堂々と暗殺に踏み切るとは思えませんが……」


 トゥレンの判断にも迷いが残る。レックスは不機嫌そうな表情のまま、アウレリア本人に問うた。


「おまえはどうする?」

「え……? 庭園に行くだけでいいんでしょ? すぐに帰ってくれば大丈夫なんじゃないの?」


 アウレリアの返答にレックスも一瞬言葉に詰まった。彼女としては事態の重さをよく理解していなかっただけなのだが、傍目からは胆力にあふれた台詞にしか聞こえなかったのだ。

 本人が拒否しない上、止める必要もないと判断し、レックスはトゥレンに命じた。


「先に庭を兵に確認させておけ。あとは出入り口の警備を固めろ」


 こうして重々しい聖女の庭園散歩が敢行される運びとなったのである。

歩調を合わせない。

嫉妬がわからない。

どことなくポンコツな気配を漂わせ始めた王子です。

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