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【第一部終了】黄金のアウレリア  作者: 北峰
第二部 黄金の雛鳥

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第五章 黄金の雛鳥②

 内実はどうあれ共闘関係が結ばれた以上、聖女の待遇は捕虜から客分への格上げとなった。

 殺伐とした駐屯地内ではあるものの、アウレリアは賓客用の個室を与えられ、さらに専属の護衛も付けられた。


「何で? 護衛ならユリウスがいるでしょう?」


 アウレリアは心底不思議がったが、ユリウスはあえて理由を説明しなかった。

 新たに付けられた護衛は当然のこと監視も兼ねているはずである。アウレリアとユリウスの二人だけにするなど、逃亡してくれと言わんばかりなのだから、この処置は当然のことと彼は受け止めていた。


 それでもユリウスはアウレリアのそばに控えること自体は許されたので、ひとまず胸を撫で下ろした。

 アウレリアに与えられたのは、卓と長椅子、寝台以外はほとんど何もない殺風景な部屋だった。窓には格子が嵌め込まれており、外部からの侵入と同時に逃亡も許さない造りになっている。


 結局のところ捕虜と大差ない籠の鳥に過ぎないのだ。アウレリアもその閉塞感は感じ取っていたが、自ら囚われの雛鳥の道を選んだ以上、彼女は決して不平を口にしなかった。

 そんな矢先、補佐官から呼び出された彼女はさらに困惑することとなった。


「皇后が私に会いたいって、どうして?」


 彼女の問いに、こちらこそ聞きたいと言いたくなるのをトゥレンはこらえながら説明した。


「義理とは言え息子の婚約者となる娘の顔が見たいとのことです」

「婚約者って……私が!?」


 驚愕するアウレリアに、トゥレンは遠い目をして(うなず)いた。

 東の王子と西の聖女の共闘体制が決まったとはいえ、それを公表すれば皇后への敵対を表明することと同義である以上、内密にしなければならない。レックス麾下(きか)の王国軍の方が武力で上回っていても、正当性を主張するには根拠が不足している現状では、まだ表立って対立するわけにはいかないのである。


 そのため、西の聖女アウレリアをレックス陣営にとどめ置くにも表向きの理由が必要となった。その結果――


「何で私が婚約しなきゃいけないのよ!?」


 アウレリアは不満をぶつけたが、トゥレンは意に介さなかった。


「正式な婚約ではありません。あくまで婚約者候補です」


 トゥレンが導き出した最適解は、聖女アウレリアをアレクシス王子の婚約者候補と宣言することであった。正式な婚約ではなく、あくまで候補ならば後からいくらでも関係を破棄できる。さらに、口実とはいえ戦争の端緒も聖女への求婚だったことから、これが最も自然な建前となるのである。――本人の意思を除けば。


「そういうことじゃないでしょ!? そもそも求婚すらされてないんだけど!」

「おや、ご存知なかったんですか。求婚の手続きならとうに済ませておりますよ」


 いかにも面倒そうなトゥレンの言葉にアウレリアは動揺を隠せなかった。しかし泰然とした姿勢を崩さない目の前の補佐官が嘘をついていないことは、彼女の瞳が最もよく理解していた。


「私に……求婚……? そんな話、聞いてないんだけど!? どういうことなの、ユリウス!」


 代わりに矛先(ほこさき)を向けられたのは、後ろで黙って控えていたユリウスである。とんだとばっちりだが、こうなっては答えざるを得ない。


「……王室より本人に知らせるなと厳命されておりまして」

「何よそれ!」


 アウレリアに唐突な求婚が舞い込んできたのは戦争前。ユリウスは当時健在だった西セルディア王室からの命令で、アウレリアに戦争のことも求婚のことも伏せていたのだ。その後は逃亡生活からの捕虜生活で慌ただしく、そんな話をする暇もなく今日まで来てしまった。


 とはいえ隠していたことは事実であるため、ユリウスは申し訳なさで口を閉ざす。これ以上は聞けそうにないと判断したアウレリアは、糾弾対象をさらに変えた。


「レックス王子! あなた、私と結婚したかったの!?」

「いや、別に」


 もともと口数の少ないレックスは、聖女の詰問にもごく短く答えた。あまりにも心無い返答に、アウレリアは憮然とする。

 だが、彼女が次の言葉を紡ぎ出す前にトゥレンが横から注意を促した。


「アウレリア殿下、こちらはアレクシス第一王子殿下でいらっしゃいますよ」


 そう指摘するトゥレンの顔は引きつっている。レックスという通称はあくまで民衆により市井(しせい)で広まっているだけの呼び名である。まさか本人に面と向かって呼ぶような愚か者がいるなど、彼の常識ではありえなかったのだ。しかし、目の前の元王女は常識の範囲から大きく外れていた。


「あ、そうなの。それで、レックス王子、どうしてそんな申し込みなんてしてきたのよ!?」


 聖女は呼び名を改めるどころか繰り返し、しかも敬語すらなく王子に詰問している。彼女としては、アレクシス・レオニス・ヴァルクレウスなどという長い本名を覚えられず、かろうじて記憶していた通称で呼びかけているだけなのだが、トゥレンにとっては悪夢以外の何物でもなかった。


「アウレリア殿下、聞いておられますか? アレクシス殿下に対して――」


 いい加減やめさせるべくトゥレンが再度注意しようとすると、当の本人から制止の声が上がった。


「トゥレン、もういい。好きに呼ばせておけ」

「殿下、ですが……」


 礼儀を誰よりも重んじるトゥレンは不服だったが、レックスにとって自身の呼称などいちいち訂正する必要もない些事(さじ)に過ぎなかった。彼は不毛な会話を早く切り上げるべく、荒ぶる聖女を一言で鎮めた。


「それで、おまえはどうする。あの女に会うのか会わないのか」


 もともと聖女への用件はその一点であった。レックスの言う「あの女」――すなわち皇后ベルダ。

 レックスにとっては政敵であると同時に継母でもあり、将来の婚約者なら会わせろと言われれば拒むことは難しい。その状況はいくら世間知らずなアウレリアでも理解できた。


「……会いに行くわよ。それでいいんでしょう?」


 渋々承諾する婚約者候補に、レックスは冷たく言い放った。


「ならばさっさと支度しろ」


 こうして秘密の同盟締結からわずか数日で、嫁姑の対面が実現することとなったのである。




 表向きとはいえ王子の婚約者候補と皇后の面会ともなれば、国家行事に準ずる扱いとなる。

 アウレリアも簡素な衣装で謁見するわけにもいかず、駐屯地はいつになく慌ただしかった。


 何よりここは男所帯で侍女が存在しない。そのため、ひとまず聖女の身の回りの世話係として、同行者のミリアが選定されたのだが、これに聖女本人が不平を口にした。


「ミリアは侍女じゃないんだけど」

「こちらも人手不足でしてね。それに臨時で外部の人間を易々(やすやす)と入れるわけにもいきませんから。何より、もともとの同行者ならあなたも気兼ねがないでしょう?」


 そう口にするトゥレンの表情は苦い。何しろ先日、臨時雇いの侍女が全員敵に篭絡(ろうらく)されて反乱を起こしたばかりなのだ。いくら駐屯地内とはいえ、またしても侍女を雇い入れることに彼は神経質になっていた。


 無論、そんな事情など知らないアウレリアにしてみれば、ミリアを侍女扱いすることに抵抗がある。彼女とは主従関係などではない。だからこそ、たとえかりそめでも上下の別をつけたくなかったのだ。


「でも、ミリアは――」

「アウレリア、いいから。私は気にしてないし。それに、何の身分もないのにここに置かせてもらうのも気が引けるしね」


 なおも言いつのろうとするアウレリアをミリアは制した。とても気が引けている様子はなかったが、ひとまずはそれで聖女の機嫌をなだめることに成功した。

 とはいえミリアも貴人に仕えた経験など皆無なため、二人して試行錯誤しながら何とか正装への着替えを整えたのだった。


 本来の聖女の正装である黄金鳥の豪奢な刺繍入りの礼服は間に合わないため、白と黄金を基調とした衣装が用意された。髪は高貴な女性らしからぬ短さに切られてしまっているが、黄金の輝きは全く失っていない。逃亡生活で薄汚れ、町娘のような身なりをしていた時とは明らかに異なり、誰もが一目で聖女だと信じて疑わない姿に変貌していた。


「ほら、どう? これなら文句ないでしょ?」


 まるで我が子を自慢するように押し出したのは、聖女の装いを完成させたミリアだった。侍女経験なしにしては上出来と言えるだろう。

 差し出された聖女の姿を目にし、ユリウスは懐かしさに心打たれ、若い兵士たちは驚き見入っていたが、肝心の婚約者役の王子は何の感慨もなさそうだった。服装を確認するのに一瞥をくれただけで、すぐに補佐官との打ち合わせを再開してしまった。


 そのぞんざいな態度にミリアは不満げだったが、当のアウレリアは特に無関心だった。もともと離宮で幽閉生活を送っていた彼女は、着飾って他人に見せるという感覚自体が備わっていない。今もただ用意されたものを着ただけで、それにより人がどう感じるかなど理解できていなかったのである。

 そんな彼女が口にしたのは、もっと別のことだった。


「それで、その皇后っていうのは王族なんでしょう? だったら会う時に目隠しはしなくていいの?」


 たいていの人類よりは察しの良いトゥレンでさえ、その意味は把握できなかった。


「それはどういう……」


 いつもは雄弁な彼が、この時ばかりは困惑して言葉を失っていた。


「目隠し? なぜそんなものがいる?」


 それまで聖女に無関心だったレックスも、これには質問せざるを得なかった。


「え、だって王族に会う時は目隠ししろって言われてて――」

「……俺も王族だが?」


 アウレリアの言葉に、レックスの眉間の皺が深くなる。その珍妙な風習が西セルディアに存在していたとして、皇后には王族として配慮しようとしているのに、なぜ王子たる自分には目隠しの有無を気にしなかったのだと彼は思ったのである。彼にしてみれば、異国から嫁いできた皇后よりも自分の方がよほど正当な血筋の王族と自認しているのだから。だが、


「あ、そう言えばそうね」

「………………」


 アウレリアの無遠慮極まる発言に、レックスは言葉を失った。そもそも彼女はレックスと初めて対面した際、まず敵の総大将という思いの方が強く、敬意を払うべき王族とは認識していなかったのである。


 よりによってこの無慈悲な王子を王族扱いしない発言に、その場にいた当事者以外の全員が凍りついていた。だが、アウレリアは周囲の様子など目にも入らず、さらに問いを重ねる。


「えっと、じゃあ今から目隠しした方がいい……?」

「必要ない。そもそもその目隠しとは何だ」


 眉間の皺をさらに増やしながらレックスは問い返す。

 このままでは不毛なだけでなく無礼の乱舞になると判断し、ついに横からユリウスが口を挟んだ。


「あの、恐れながら私からご説明申し上げてもよろしいでしょうか」

「構わん」


 レックスに促され、ユリウスは冷や汗が背中につたうのを感じながら慎重に言葉を紡ぐ。


「アウレリア様は幼少の頃より聖女の『神の瞳』を恐れられ、王族の方々との謁見の際には目を隠すよう仰せつかってこられたのです」


 ユリウスの説明に、場の空気がさらに重くなった。聖女が幼い頃から王室でどのように扱われてきたのか、その短い話だけで嫌でも伝わってしまったのだ。しかも、当人は当たり前のことだと今でも信じている。それが異常だと知らされることもないままに。


「え、それじゃあ皇后との面会でも目隠しいらないの?」


 一人だけまだ理解できていないアウレリアの素朴な疑問を打ち消したのはミリアだった。


「もういい……そんなこと、もうしなくていいのよ」


 アウレリアの耳元でささやくようにそう言いながら、ミリアは彼女の細い体を強く抱きしめた。彼女がどれだけ歪められて育ってきたのか――それを思うと、ついそうせずにはいられなかったのである。

 周りの妙な反応に困惑するアウレリアに、トゥレンは溜息をついた。


「西の王族はよほど神の瞳で見られたくない後ろ暗いことがあったようですね。我が国ではそのような品位のないことは致しません。誤解のなきよう」


 会話はそこで打ち切られ、聖女はそのまま迎えの馬車に乗せられることとなった。

まさかの早すぎる嫁姑問題勃発へ!

新たなる戦いが始まった!

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