第四章 灼熱の魔女⑨
本物の聖女かどうか、キフィサ砦の兵士たちでは判断することができず、謎の自称聖女とその一味はまとめて王都へ身柄を送られることとなった。
手を縛られたまま荷馬車に乗せられ、三人は王都ヴァルディスへと運ばれていった。
「ねえ、私たちどこへ行くの……?」
揺れる馬車の荷台で、アウレリアは不安げな目をユリウスに向けた。
「砦で処遇を決められなかったということは、恐らく東の王都ではないかと」
ユリウスはアウレリア以上に警戒され、両手足を固く縛られている。無論、彼としてはここから脱出しようなどという無謀なことは考えていない。今はおとなしくして、体力回復に努めていた。
「私、どうしたら聖女だって認めてもらえるのかな。髪と瞳でも信じてもらえなかったら、他にどうすればいいんだろう……」
せっかく意を決して聖女と名乗り出たにも関わらず、砦では信用されなかった。自分が声を上げればユリウスを助けられるなどというのは甘い幻想だったと実感させられた今、王都でも信用されないのではという不安が彼女を襲っていたのである。
「聖女しか知らないこととか、王族しか知らない王家の秘密とか、何かないの?」
「わからない……私、王家の人とはほとんど会ったことないし」
ミリアの問いに、アウレリアは首を振る。
いっそう落ち込んだ様子の主を気遣い、ユリウスが憮然と口を挟む。
「……アウレリア様は離宮で他の王族とは離れて暮らしておられたんだ」
「ああ……そういうことね」
ユリウスの言葉で、ミリアはおおよその事情を察した。彼女はセルディア人ではなく、当然西セルディア王家の内情など詳しくないが、聖女が市井から召し上げられた養女だということは知っている。それならば、普通の王族と違って冷遇されていても不思議ではないと納得したのだ。
「大丈夫だって。あんたのそのふるまいは逆に平民らしさの欠片もないから、かえって本物だと信じてもらえるわよ」
その言いように、アウレリアはくすりと笑った。
「そうかな。それならいいんだけど」
ミリアの不敬な発言にユリウスは不満げだったが、アウレリアが苦笑とはいえ表情をほころばせたので彼は黙って聞いていた。
こうして荷馬車に揺られること五日、彼らはついに敵国の拠点ヴァルディスに到着した。
彼らが降ろされたのは王宮ではなく、ヴァルディス市街地を囲む城壁外の王国軍第一軍団駐屯地であった。
王都へ連行されるなら当然王宮だろうと思っていたユリウスは、荷馬車から降りたその情景に驚くと同時に疑念を抱いた。
一方、アウレリアの方も大きな不安に駆られた。
「待って! ユリウスとミリアは!? 何で二人は一緒じゃないの!?」
焦って問いかけるも、連行する兵士は終始無言のまま、アウレリアを一人だけ引き離し小さな個室に放り込んだ。乱暴に扱われたわけではないが、ユリウスとは違って何の感情もない冷たい動作に、彼女は嫌でも思い知らされる。――ここは敵地の只中なのだと。
後ろ手に縛られたまま立ち尽くしていると、ほどなくして部屋の小さな扉が静かに開き、護衛の兵士を連れた文官らしい細身の男が現れた。
「あなたが旧西セルディア王女アウレリア殿下ですね」
やけに顔色の悪いその男は、すでにアウレリアの故郷を亡国扱いしていたが、彼女が気にしたのはそこではなかった。
「……私がアウレリアだって信じてくれるの?」
「ご自分でそう名乗ったのではありませんか? もしや詐称されていたとでも?」
男の小馬鹿にしたような物言いに、アウレリアはつい腹を立てた。
「だって砦では信用してくれなかったじゃない!」
「褒賞に釣られて聖女を名乗る偽物が後を絶ちませんからね。ですのでこうしてこちらに真贋判定が回ってきたわけです。それで、わざわざ名乗って出頭してきたのはどのような意図がおありですか?」
「それは――」
何と説明すべきか、アウレリアは迷った。もともとはユリウスを解放させるために砦に乗り込んだのに、結果的に三人全員捕まったのだ。今となっては何を言うべきかと考えていたその時、再び部屋の扉が開けられた。
「首尾はどうだ、トゥレン」
無遠慮に入室してきたのは大柄な男だった。一目見て鍛え抜かれたことがわかる体躯に、鋭い光を放つ灰色の双眸を携えたその男に、尋問していた文官は驚きの声を上げた。
「殿下!? どうしてここへ!?」
「俺が来てはまずいことでもあるのか?」
「いえ、そのようなことは……しかし殿下がわざわざ尋問に立ち会う必要など……」
「おまえが女の尋問を自らするのは珍しいからな。見学するくらい問題なかろう」
男は灰色の瞳をアウレリアに向け、彼女を値踏みするように冷たく眺め渡した。
(――今、殿下って呼ばれてた……?)
世事に疎いアウレリアでも一瞬で察した。この男が敵国の王子――すなわち、自国を滅ぼした敵将その人なのだと。
体は大柄で視線は鋭く、眉間には深い皺が刻まれている。確かに恐ろしげには見えるが、それでも決して伝承の人食い化け物のような形相ではなく、ごく普通の人間の姿をしていたことに、彼女は戸惑った。
そして同時に、今の会話で自分の検分をまるで見世物のような言い草をされたことが急に腹立たしくなった。
「あの二人は無事なの!? ちゃんと会わせてくれない限り、私は何も話さないから!」
アウレリアは怒りに任せてそう叫ぶ。敵がどんな相手であろうと、あの二人だけは自分が守ろうと決めたのだ。その覚悟をぶつけたつもりだったが、敵の王子は冷淡だった。
「おまえは自分一人では何も判断できないのか?」
「……! ち、違うわよ! 心配してるだけよ!」
「ならば気にする必要はなかろう。我々は捕虜を無駄に痛めつけるような蛮人ではない」
「そんなの信じられるわけないでしょう! 勝手に攻めてきて多くの人たちを殺して回るような人間の言うことなんて!」
王宮陥落前に脱出したアウレリアは現場を見ていないが、国王とヘリオスの一族が全員殺されたということは聞かされている。だからこそ彼らは血も涙もない冷酷な敵だと思っていたのだ。そして、その敵たる王子は彼女の言葉に表情すら変えず、冷たい一瞥をくれるだけだった。物言わぬ圧力に、アウレリアは思わず息を飲む。
王子と元王女の間に不穏な空気が流れる。そこへ割って入ったのは文官の男だった。
「西セルディア王を殺害したのは同じ西セルディアの貴族たちですよ。我々はその反逆者を正当な手続きで始末しただけです。王宮の他の者には一切手出しはしておりません」
「え……?」
「不審な点があれば処刑者の名簿をお見せいたしましょうか?」
目を丸くするアウレリアに、男は面倒そうに溜息をつく。
だが、アウレリアはさらに混乱することになった。
「そんな……だって、じゃあエピオナを焼いたのは……」
「エピオナを焼き滅ぼしたのは皇后配下の聖騎士団です。我々王国軍は一切関与しておりません」
「で、でも、同じ国の軍なんでしょう……!?」
その言葉に、これまで黙っていた王子が口を開いた。
「我々は皇后とは違う」
腹の底まで響くような重い声音。アウレリアがかすかに怯むと、王子はさらに冷たい視線を投げる。
「おまえがどう信じようと構わんが、事実はそれだけだ」
そう言い捨てると、王子は踵を返す。
「殿下、接見はもうよろしいので?」
「もともとおまえの仕事だろう。後は任せる」
部下の問いに短く返すと、王子は部屋を出ていった。アウレリアは何も言い返せぬ無力感を抱えたまま、その冷たく広い背中を見送ることしかできなかった。
聖女の尋問はそのまま終了し、アウレリアは縄を外されてから別室に放り込まれた。
狭く薄暗い部屋だが、彼女はここへ来て初めて喜びの声を上げた。
「ユリウス! ミリア! 無事だったのね!?」
アウレリアは足をもつれさせながら駆け寄り、二人の体に同時に抱きついた。
「ご無事で何よりです、アウレリア様」
「大丈夫? 何もされなかった?」
アウレリアは涙ぐみながら、二人の言葉に何度もうなずいた。
「もう会えないかもって思ってたから……良かった……本当に良かった……」
震える小さな体をミリアはさすってなだめてやった。
「心配ないよ。私たちももう縄も解かれたし。とりあえず殺されることはなさそうだね」
そう言ってミリアは自分の手首を見せた。まだ少し赤く縄の痕は残っているが、傷もなく元気そうでアウレリアは安堵する。そして同時に、先ほどの自分の言葉を思い出した。
「……一応、お願いは聞いてもらえたんだ」
彼女のつぶやきにユリウスが素早く反応する。
「アウレリア様、いかがなさいましたか?」
「あ、ううん、何でもない」
アウレリアは慌てて首を振る。だが、恐らく偶然ではないだろうと彼女も気づいていた。
二人と会わなければ何も話さないと言ったことを、彼らが聞き入れてくれたのだと。
(――何で、敵のくせに……)
確かに彼らは自国を滅ぼした敵には違いない。
だが、王を殺したのもエピオナを焼いたのも彼らではないと言う。
(――じゃあ、敵って何なの……?)
答えの出ない疑問を抱いたまま、アウレリアは久々の寝床での睡眠に急速に落ちていった。
この第四章⑨をもって「第一部 黄金の聖女」は完了です。
全然終わった感はありませんが、一つの区切りとなります。
薄い文庫本一冊分くらいのボリュームです。
ご意見、ご感想、ツッコミ等ありましたら、どうぞお気軽によろしくお願いいたします。




