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【第一部終了】黄金のアウレリア  作者: 北峰
第一部 黄金の聖女

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第四章 灼熱の魔女⑤

「レーナ、大丈夫?」

「大丈夫、じゃない、かも……」


 ミリアの問いに情けない声で答えながら、アウレリアは船の揺れより激しく体を揺らして甲板をよたよたと歩く。


「……今まで見た中でも一番ひどい船酔いの症状ね」


 ミリアは頭を抱えた。ユリウスは無言のまま見守ることしかできない。

 ユリウスは頑丈、海洋都市エピオナ出身のミリアは船に慣れているため、船酔いとは無縁だが、アウレリアはあまりに耐性がなかった。乗る直前までは初めて見る船の存在に目を輝かせていたものの、出航からほんの数分で正気を手放してしまっている。


 船べりに手をかけ身を乗り出そうとするのを見て、ユリウスは素早く駆けつけ、(あるじ)の体を引き戻した。


「ア……レーナ! 危ない!」


 アウレリアの身柄もユリウスの兄妹偽装もぎりぎりのところで踏みとどまった。


「ちょっと、何してるの! 甲板から落ちたら死ぬよ!? 吐くんだったら(たらい)にしなさい!」


 すでにこうなることを予測していたのか、ミリアは船の備品から持ってきた盥をアウレリアに押しつけた。

 ユリウスはもしアウレリアが海に落ちても自分が助けに行くつもり満々ではあったが、そうは言っても主を危険に晒すわけにはいかない。アウレリアを抱えながらそっと船べりから離そうとする。


「そんなぁ……せっかくの海が……うぅ……っ」


 またしても嘔吐感がせり上がり、アウレリアは口元を押さえる。ミリアはすぐにマスト付近へアウレリアを引っ張り、根元に横たわらせた。

 ユリウスは見てはいけないと遠慮し、少し離れて警戒だけを続ける。


 こうして盥とお友達になること約一週間、ほとんど外の景色を見ることもないままアウレリアの初めての船旅は終了した。



 マルナ島に降り立っても、アウレリアの足取りはおぼつかなかった。馬は船に乗るために一度売ってしまったため、今は徒歩で移動するしかない。ユリウスが背負おうとしたが、アウレリアに恥ずかしいからと拒絶されたので今は腕を貸す程度しかできない。


「ねえ、今って路銀はどの程度あるの?」


 ミリアの問いに、ユリウスは憮然と答える。


「……少なくとも一月くらいは滞在できるはずだ」

「そう。じゃあ狩りか何かしてお金を工面(くめん)しないとね。私は薬草を摘んで食べ物と交換くらいかな。治療したり薬を売ったりすると変に怪しまれるかもしれないからね」


 すでにミリアは行きずりの村で子供を治療しようとして火刑にされかけている。同じような騒ぎを小さな島国で起こしたら逃げ場がない。今はできるだけ目立たぬよう潜伏すべきだった。


「狩りに行くの……?」


 アウレリアは不安そうに尋ねた。今の自分では山で手伝うこともできず足手まといになるだけなのを恐れたのだが、ミリアはすぐに否定する。


「さすがに今のあんたをそのままにして山には行かないわよ。今日はどこかの宿で休もう。ユリウス、そのくらいの手持ちはまだあるんでしょ?」


 そう訊かれてユリウスはややぎこちなくうなずく。


「アウ……妹を休ませるのは当然だろう。今夜くらいは屋根のあるところで回復してもらう」

「……あんた、本当に演技下手くそね」

「…………」


 ミリアに断じられてユリウスは何も言えなくなった。自覚はしていても、主を妹扱いしようとすると、どうしても体が拒否反応を起こしてしまうのだ。


 小さいがそれなりに整って見える宿を見つけると、彼らはそこを今日のねぐらにすることにした。入口に向かおうとしたその時、脇の道沿いにぼろきれをかぶった汚らしい男が座っているのに気づく。ただの物乞いだろうが、ユリウスは主をかばうように警戒しながら通り過ぎ、ミリアもそれに続こうとした。

 その時、


「……ミリアか?」


 男はぼろきれの下から驚愕の目を赤毛の少女に向けた。


「え……?」


 普段は気丈なミリアもこの時は戸惑い、体を強張らせた。マルナ島の物乞いから呼びかけられるなど、いくら何でも想像できるはずもなかった。

 ミリアはその男の顔をじっと見つめ、そしてゆっくりと驚愕が広がっていった。


「……ニコスおじさん……?」


 ぼろきれを少しめくった男の顔や手にはあちこち火傷の痕があった。まだ癒えていないのか、痛む手をさすりながら男はつぶやいた。


「まさかこんなところで会うとはな……おまえはあの日、往診で街にいなかったんだな」

「そう……おじさんはあの炎の中から逃げてきたんだね……」

「ああ。俺の家は街外れだからな。火が完全に回り切る前に何とか逃げ出せたんだ。兵士たちに見つからないよう、隠れながら近くの島で小舟に乗って……それで転々としながらようやくマルナまで来たが、このざまでは金すら稼げんよ」


 そう言って男は火傷で(ただ)れた右手を掲げてみせた。赤黒い皮膚が張りつき、中指から小指までが癒着していた。


「おじさん、その指……!」

「ああ、もう医者は廃業さ。金も家も手もみんな燃えてなくなっちまった」


 男はそう吐き捨てた。利き手の自由を失っては、細かな作業を必要とされる医師を続けるのは難しい。何もかもを失くした結果、こうしてたどり着いたマルナ島で物乞いにまで身を落としてしまったのだろう。

 しかしミリアは引っ込めようとする男の手を掴み、注意深く覗き込んだ。


「まだ……間に合うかもしれない……ねえ、宿の部屋にこの人連れてってもいい? できれば治療したいの」


 ミリアの目はまだ希望を失っていない。その申し出にアウレリアは当然うなずき、ユリウスも(あるじ)に従った。

船旅、まさかのショートカット。

航海記録はタライとともに消えました。

(あまり引っ張っても冗長になるので)

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