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【第一部終了】黄金のアウレリア  作者: 北峰
第一部 黄金の聖女

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第三章 漂泊の騎士④

 翌朝、まだ(ほの)暗い時間に起き出してきた主にユリウスは尋ねた。


「昨日はよく眠れましたか?」

「うん、髪切ったら軽くなって、すっきりして眠れたみたい。ユリウスはちゃんと寝たの?」

「ご心配には及びません」


 昨夜、ユリウスは戸口に背を預けて座り、剣をいつでも抜けるよう抱えたまま、半覚醒状態で過ごしていた。


 それでもここ数日の野営よりは充分ましだと彼は思っている。ユリウスが見習い時代に配属された北方警備隊は国内で最も訓練が厳しく、夜間演習は今よりさらに過酷だったのだ。屋根のあるところで寝られるだけありがたいというものである。

 それに、睡眠時間の問答よりも今はもっと大事なことがある。


「アウレリア様、お願いがございます」


 昨晩、女将にも密かに指摘されていたのだが、ユリウス自身もそろそろ頃合いとは思っていた。髪を切り、染めただけで市井(しせい)の娘に擬態できるわけではない。これまで離宮で隔離されて育ってきた彼女が、もし一人はぐれた時でも最低限生き延びられるよう、ある程度は民間に馴染んでいかなければならない。


「これが、お金?」

「はい……貨幣については学ばれておられるかと思いますが、こちらが現物です。今日は市場で買い物をしますので、使い方を見ていてください」


 ユリウスはマクシムから渡された逃亡資金を机に広げて貨幣の説明をした。アウレリアも離宮の授業で最低限、貨幣計算は学んでいるが、外に出ない彼女が現物を触るのは初めてのことである。


 一金貨は百銀貨、一銀貨は十銅貨。これは古来より東西セルディアの伝統として続いている。無論、経済状況によりその価値は大きく変動するが。


 アウレリアが興味深そうに光に当てて眺めている銀貨は先々代の国王時代に発行されたもの。古い貨幣だが安定供給されたために今でも多く流通している。逆に今の王――アウレリアの養父時代は新貨幣がほとんど発行されておらず、その素材も金銀含有量が低く価値が低いのだ。


 アウレリアは銀貨を指先で弄びながら、会ったこともない先々代王の横顔を面白そうに見つめていた。当然のこと、逃亡資金の中に金貨は一枚も入っていない。市場でむやみに出したら一瞬で怪しまれてしまう。


 一通り貨幣の使い方や買い物の仕方を教えると、ユリウスは改めて主に向き直った。彼の新たな申し出に、アウレリアは目を丸くした。


「……偽名?」

「はい。今のままでは身なりだけごまかしてもすぐに見抜かれてしまいます。ですので、アウレリア様はお名前を一時的に変え、そして……大変失礼ながら表向きは私と兄妹のふりをしていただきたいのです」

「ユリウスがお兄ちゃんってこと!?」


 面白そうにアウレリアは声を弾ませる。そして、主からのお兄ちゃん呼びの威力が想像以上に強く、ユリウスは倒れかけるのを必死でこらえた。


「……あくまで表向きですから。アウレリア様にはしばらく我慢していただきますが」

「別に我慢なんかじゃないわよ。しばらく兄妹ごっこするのも楽しそうじゃない? それで、ユリウスの名前はどうするの?」

「いえ、私はありふれた名前ですのであえて偽名にする必要はないかと」


 むしろ主が名前を間違えて言い直したりする方が怪しまれる。その危険性を考慮し、ユリウスはあえて自分は偽名を使わないことにした。


「そっかあ。じゃあ私の名前ね……ユリウス、何かない?」

「それは……アウレリア様ご自身に決めていただきませんと」


 さすがに(あるじ)に名付けをできるほどユリウスの肝は据わっていない。


「うーん……それじゃあ、レーナってどうかな?」

「…………」


 その名前に、ユリウスは思わず息を吞んだ。


「ユリウス、どうしたの?」

「いえ……なぜそのお名前を?」

「ほら、私の名前ってもう一つがヴィオレーナでしょ? だから、そこから取ったの」

「……さようでございましたか」


 ユリウスが声の震えを必死で押し隠していることなど気づかぬ様子で、アウレリアはぼんやりとつぶやいた。


「でもねえ、何だか昔そう呼ばれてたような気がするのよね」


 ユリウスは表情を消したまま下を向いていた。これ以上はもう何を言うわけにもいかない。


「では……今後はそのようにいたしましょう」

「うん、わかったわ。お兄ちゃん」

「あの……アウレリア様……」

「ほら、駄目でしょ、ユリウス。私はレーナだってば」

「あ……は、はい……レーナ」


 彼のうろたえる姿に、アウレリアことレーナはくすくす笑う。


「妹に敬語使ったらすぐばれちゃうわよ」


 だが、ユリウスは何とか愛想笑いを返すのが精一杯だった。

 アウレリアは忘れている――だからこそ彼は口を閉ざすしかない。

 彼女の本当の名が「レーナ」であったことなど。


 黄金の聖女として王宮に召し上げられる前、五歳までの彼女はそう呼ばれていたのだ。だが、それを伝えれば、裏に潜む大罪をも思い起こさせるかもしれない。そう思うと、彼はとても口にすることはできなかったのだった。

髪を切った後の処理が雑だと、寝る時も首元がチクチクしてぐっすり眠れなそうな気がしますね。

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