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黄金のアウレリア  作者: 北峰
第一部 黄金の聖女

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第三章 漂泊の騎士③

 敵の捜索規模がどの程度かわからない以上、逃げる方も最大限の警戒が必要となる。とはいえ、そう何日も同じだけの緊張を保ち続けられるわけもない。数日は野営でしのいだものの、そろそろ街で情報を仕入れる必要があった。

 西寄りの細い道を北上し、彼らはグレッソルの町に到着した。規模は小さいが街道に近く、商人や旅人も行き交うため、見慣れぬ人間が出入りしても怪しまれにくい。

「本当はアウレリア様には隠れて待っていていただきたかったのですが……」

 ユリウスは溜息がちにつぶやいた。

 彼としてはできる限り主を人目に触れさせたくないが、付近の山林にでも一人で待機させたら、野盗や野生動物に襲われるかもしれない。追われている立場でなくても、若い女というだけでどんな目に遭わされるか知れたものではないのだ。

「大丈夫だよ。顔も髪もしっかり隠すし、ユリウスの邪魔は絶対しないから」

 アウレリアはそう言いながら、フードを顎近くまですっぽりかぶる。

「いえ……あまり隠しすぎるとかえって怪しまれますので……瞳が少し隠れる程度にいたしましょう」

 そう言ってユリウスは彼女のフードを少し持ち上げた。その際、フードの陰から黄金の瞳が覗き込むようにまっすぐ見上げてくる。

 命も体も全て委ねた、無防備な眼差し。それを受けるたび、彼はいたたまれない思いが積み上がっていくのだった。



 人目を避けて路地裏を進み、二人がたどり着いたのは街外れの小さな宿屋だった。

「ここにマクシムの知り合いがいるの?」

 アウレリアの問いにユリウスはうなずく。驢馬の絵の看板が掲げられた軒をくぐり、彼はそこの女将を訪ねた。

「あんたが『鴉』の息子かい?」

 恰幅の良い女将はユリウスを見るなり、見た目より若々しい声でそう尋ねてきた。

 ユリウスが小さくうなずくと、女将は顎で奥の部屋を指した。

「入りな」

 女将に促されると、ユリウスは注意深く周囲を見回し、アウレリアを背で隠しながら奥へと入った。

 『鴉』の符牒にアウレリアは不思議そうな顔をしていたが、特に追求はしてこない。さして気に留めていないのか、それどころではないと思っているのか――いずれにせよ、今は触れられないことがユリウスにはありがたかった。


 部屋に入り、重い扉を閉めると女将は溜息混じりに言い放った。

「あんたら、そんな身なりじゃかえって目立っちまうよ。さっさと着替えておくれ」

 ぶっきらぼうに告げながら、女将は布の包みを二つ差し出してきた。中には二人の体格にちょうどよい、平民の旅人らしい着替えが入っている。

 彼らも離宮を飛び出す時には最低限身分をごまかせる平服に着替えてはいたが、時間もなくそこまで入念な偽装はできていない。しかも野営であちこち泥汚れもつき、アウレリアのように清楚な雰囲気の少女の出で立ちとしては、見る者に違和感を抱かせかねない。

 女将に差し出された着替えも、あらかじめマクシムが手配していたのだろう。彼らの体格まで考慮されているのだから間違いはない。


 まずはアウレリアに着替えてもらうため、ユリウスが部屋を出ようとすると、女将が彼女の下ろしたフードの下を見咎めた。

「ちょっと、その髪……! あんたの父親は何も言わなかったのかい?」

 無造作に巻いていた布がほどけ、豊かな黄金の髪が剥き出しになる。そのありさまを見つめながら、女将は呆れたような声を出した。責められている理由を自覚しているからこそ、ユリウスは口ごもる。

「それは……」

「ユリウス、どうしたの?」

 アウレリアの問いに、ユリウスはすぐに答えることができない。そんな彼の様子に、アウレリアは頬を膨らませる。

「何よ、また何か隠してるの?」

 ユリウスは言い出せずに立ち尽くす。そんな二人を見るに見かねて、女将が口を挟んだ。

「あんたのその目立つ髪は、首から看板ぶら下げて歩いてるようなものなんだよ。早く切って染めなきゃ、すぐに捕まっちまうよ」

 『鴉』からの伝言を受け取っている女将は、アウレリアの正体を当然知っている。それでも敬いもへつらいもせず、まるで近所の娘を諭すような口ぶりでそう告げた。

 そして、その事実にアウレリアは改めて目を見はる。

「ユリウス、そうなの?」

 こうなってはもう隠し立てもできない。ユリウスは観念した。

「……父にもそう指示されておりました」

「じゃあどうして黙ってたのよ!?」

「…………申し訳ございません」

 ユリウスはまた謝ることしかできなかった。

 瞳はどうにもできなくとも、髪くらい偽装すべきなのは彼にもわかっていたし、そもそも父マクシムからも早めに髪の処置をするよう指示を受けていた。

 いくら布で覆い、フードをかぶったところで限界がある。しかもユリウスは女性の髪を結い上げる術など知らないため、雑なまとめ方では聖女の長く豊かな髪はすぐにほどけてしまうのだ。無論、一応は王族であった彼女が自分で髪を結えるはずもない。

(――聖女の髪に刃を向けるなんて)

 その思いがユリウスの判断を鈍らせていた。

 黄金の髪と瞳、それはセラ教における聖女の証である。ユリウスは敬虔な信徒ではないが、それでも幼少期から刷り込まれた価値観はそう変えられるものではない。まして、それが幼い頃から仕えてきた大切な主の髪ともなれば、なおさら。

「ユリウス、必要なことなんでしょう? 私、気にしないよ。だから切ろう?」

 アウレリアは真っ直ぐに見つめてくる。その曇りなき黄金の瞳の前で、彼は常に無力だった。

「ユリウス、お願い。ユリウスの手で切ってくれる?」

 その願いを彼は拒むことができなかった。


 アウレリアを椅子に座らせ、ユリウスは覚悟を決めてナイフを握った。背後に立ち、腰まで届く黄金の髪を掬う手がかすかに震えている。

「……ねえ、ユリウス。やっぱりやめようか? そんなに辛いなら無理して切らなくてもいいよ。私、もっとちゃんとしっかり髪隠すから」

「いえ、ご心配は無用です。……申し訳ございません」

 主の気遣いがかえって彼の胸を締めつける。

「では、アウレリア様……切ります」

「うん、お願い」

 手の震えをこらえながら、ユリウスは右手のナイフを握りしめた。左手で神の証たる黄金色の髪を掬い取り、唇を噛みながら刃を一気に引いた。

 腰近くまであった豊かな髪が床に落ち、肩付近まで短くなる。これで聖女の断髪の儀は終了するはずだった。だが。

「――ちょっと! 何だいその髪は! 余計目立っちまうだろうが!」

 様子を見に来た女将の罵倒にユリウスは一言も返せなかった。

 これまで剣やナイフで人以外のものなら何でも切ってきた彼だが、女性の髪を切った経験など皆無である。しかもはさみではなくナイフできれいに切りそろえる高等技術を持ちようはずもなかった。

 アウレリアは、ユリウスの手により子供の悪戯かと思うほどガタガタで不格好な髪形に変貌していたのである。

「まったく、はさみがないなら言えば貸してやったのに」

「……ありがとうございます」

 呆れた女将が差し出す裁断用のはさみを受け取り、ユリウスは頭を下げる。

 今度は背後で女将の監視のもと、彼は再び断髪を始めた。


「……」

「…………」

「………………」

 当然のことながら、ナイフをはさみに替えた程度で断髪技術がいきなり向上するはずがなかった。

「もう見ちゃいられないね。これ以上切ったら髪がなくなっちまうよ。そこをどきな」

 逞しい現役騎士のユリウスが宿屋の女将に半ば突き飛ばされ、何の抵抗もできなかった。ユリウスからはさみを奪うと、女将はアウレリアのみっともない髪を丁寧に修正していく。

 こうして瞬く間に、聖女の象徴たる黄金の長い髪は肩の上ほどでまっすぐ切りそろえられたのだった。



 髪の染め粉はマクシムの持たせた逃亡用荷物の中にあらかじめ入っていた。女将は「だったらもっと早く」と言いたげな目を向けてきたが、ユリウスは背を丸めて見ないふりをした。

 盥を借りて水を張り、ユリウスは試行錯誤しながら何とか主の髪染めを完遂した。

 無論、きれいに染まりきるはずもなく、色むらだらけではあるが、ひとまず目立たないという目的は達せられた。

 神の光を受けて輝く黄金の髪は、市井の子供にありふれた栗色に変わっていた。

「どう? 似合う?」

「……は、はい」

 主に尋ねられても、ユリウスは素直にうなずくことができなかった。黄金の消えた黄金の聖女に対する違和感はどうしても拭いきれない。しかし、そんな曖昧な返事を彼女は許さなかった。

「ちゃんと目を見て言って?」

「…………申し訳ございません」

「ほら、また謝る」

「………………」

 やや不消化な応酬をしつつも、聖女の偽装は何とか完了した。

本日は2話更新です。よろしくお願いします。

現在は毎週金曜夜更新としています。

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