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転生輪廻譚 ― 終焉より来たる光(The Cycle Beyond the End)  作者: Futahiro Tada


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空を歩く者たち

第2章 空の大陸エリュシオン


1 空を歩く者たち


 風が鳴っていた。

 雲の海を裂いて吹く風は、どこまでも冷たく澄んでいる。

 リオは眼を開けた。

 足元には白い霧が漂い、その下に巨大な影――浮遊する大陸エリュシオンが見える。

 水の世界アトラシアを後にしてから、彼はこの空の上に降り立った。

 空の大陸。

 かつて神々が最後に残した「浮かぶ祈りの欠片」と呼ばれる場所。

 その中心には、かつて神殿があったという。

 だが今は、信仰も記録もすでに失われ、人々は空を恐れながらも生きている。

 (アルマ……俺は、ちゃんと来たよ)

 胸の奥に埋め込まれた光の種が微かに脈打つ。

 それは、彼女の残した記録の核。

 この世界で芽吹かせなければならない。

 リオは歩き出した。

 大地は雲を踏むように柔らかく、足音が響かない。

 空気は澄んでいるが、どこか寂しい。

 しばらく進むと、木造の集落が見えた。

 空に浮かぶとは思えないほど、静かで慎ましい村。

 その入り口には風車が立ち、風の力で鐘を鳴らしている。

 「おーい! そこの人!」

 声が飛んだ。

 振り向くと、少年がこちらを見ていた。

 十代半ばほど。赤茶の髪を風に乱し、背には羽のない滑空具を背負っている。

 「迷ったの? この辺は外の人、滅多に来ないよ。」

 「俺は……旅をしている者だ。」

 「旅? 空の上を? そんなの初めて聞いた!」

 少年は目を輝かせて笑った。

 「僕はカイ。この村の風拾いだよ。」

 「風拾い?」

 「風の流れを読む仕事さ。風の音には神様の記録が残ってるんだ。

  それを聞き取って、村に知らせるのが僕の役目。」

 リオの心が動いた。

 記録――その言葉が久しぶりに人の口から出た。

 「神様の記録って……まだ残っているのか?」

 カイは首をかしげる。

 「うーん、昔からの言い伝えだよ。

  この風の大陸には、空の神の声が混じってるんだって。

  でも、今は誰も聞こえない。だから、僕たちはただ風を読むだけ。」

 少年は笑ったが、その笑みにはどこか寂しさがあった。

 リオは静かに頷いた。

 (神の声は消えた……いや、奪われたのかもしれない)

 村に案内されたリオは、木造の建物の中で温かいスープを振る舞われた。

 中には老人が数人いて、彼をじっと観察している。

 「この者、記録の匂いがする。」

 ひとりの老婆が言った。

 リオは身を固くする。

 「記録?」

 「ええ。久しぶりに感じたよ。覚えている人の匂い。」

 老婆の瞳は濁っていたが、どこか見透かすように深かった。

 「昔ね、神々が去ったあと、この大陸では記憶の疫病が流行ったの。

  みんな昨日のことを覚えていられなくなって、日記を何冊も書いた。

  でも、その日記すら朝には白紙になっていた。」

 リオは息を呑んだ。

 記録が消える――まるで《メモリア・スパイア》の干渉のようだ。

 「今も続いているのか?」

 「いいえ。代わりに風の囁きだけが残った。

  夜になると、風が人の名前を呼ぶのよ。

  亡くなった人の声でね。」

 その瞬間、リオの背筋に冷たいものが走った。

 (記録の残響……この世界にも、まだ神の断片がある。)

 老婆は彼を見つめ、静かに言った。

 「あんた、もしかして記録の民かい?」

 「記録の民?」

 「神々の末裔さ。

  姿は人でも、魂の奥に文字が刻まれている者たち。

  彼らが現れると、世界がまたひとつ変わる。」

 リオは答えなかった。

 老婆の言葉が、まるで予言のように響いていた。

 夜になった。

 村は静まり返り、風の音だけが鳴り響く。

 リオは丘に登り、空を見上げた。

 星が、近い。

 いや、星ではない。

 ――それは、漂う記憶の欠片だった。

 淡い光が流れ、風に乗って歌う。

 耳を澄ますと、かすかな声が聞こえる。

 > 「記録は消えない……忘却は神の罠……」

 リオの目が見開かれた。

 声は、水界アトラシアで聞いた神の断片の響きと同じだった。

 だが、その中にアルマの声も混ざっている。

 > 「リオ、まだ終わっていない。」

 「アルマ……!」

 風が強くなり、空が裂けた。

 星の海が割れ、その向こうから影が降りてくる。

 それは、人の形をしていた。

 銀の髪、黒い瞳。

 その姿は、リオ自身の面影を持っている。

 「誰だ……?」

 「観測者の残滓。」

 声は冷たく、どこか懐かしい。

 「お前が記録を再び動かした。

  それが神の沈黙を破ったのだ。」

 影が指を鳴らす。

 風が止まり、村の時間が凍る。

 炎のような光が夜空に走り、記録の文字が空に浮かぶ。

 > 【PROTOCOL 01:輪廻再起動】

 リオは息を呑んだ。

 「まさか……《スパイア》が再起動したのか!」

 「そう。

  お前がアルマの核を持ち込んだことで、世界は再記録を始めた。

  人々の記憶が消えるのは、その副作用だ。」

 「じゃあ、俺が……原因なのか。」

 「違う。

  お前は始まりを選んだだけ。

  だが、選択の責任は常に観測者にある。」

 影がリオの胸に手を伸ばした。

 その瞬間、アルマの光が弾け、影の腕を遮った。

 > 「彼には触れさせない。」

 アルマの声が、リオの内側から響く。

 影が顔をしかめる。

 「まだ消えていなかったか。創造主の残響め。」

 リオは叫んだ。

 「アルマ、どうすれば止められる!」

 > 「真実の記録を見つけて。

  この大陸の中心、空殿にある記録石板を破壊するの。」

 影が笑う。

 「それを壊せば、この世界は消える。

  だが、そうしなければお前は永遠に記録の牢に閉じ込められる。」

 風が吠える。

 空が裂け、雷が降り注いだ。

 リオは拳を握り、影を睨みつける。

 「俺はもう、神の道具じゃない。

  この手で、選ぶ。」

 アルマの光が再び強く輝いた。

 風が戻り、凍っていた時間が動き出す。

 村人たちの声が蘇る。

 影は一歩退き、低く呟いた。

 「ならば見せてもらおう。人間が記録を超える瞬間を。」

 次の瞬間、影は霧となって消えた。

 夜空に残ったのは、砕けた星々の光だけだった。

 リオは息を吐き、膝をついた。

 アルマの声が微かに響く。

 > 「リオ、空殿へ――そこに、すべての始まりがある。」

 彼は立ち上がり、遠くの空を見た。

 雲の果てに、青白く輝く浮遊都市が見える。

 まるで天の残骸のように静かに浮かんでいた。

 リオは拳を握り、呟いた。

 「俺は行く。

  この記録の終わりを、自分の手で書き換えるために。」

 風が吹いた。

 空が開き、朝の光が世界を照らす。

 その瞬間、エリュシオンの上に新しい太陽が昇った。

 ――それは、神々が去って以来、初めての夜明けだった。

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