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転生輪廻譚 ― 終焉より来たる光(The Cycle Beyond the End)  作者: Futahiro Tada


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記録を喰らう影

3 記録を喰らう影


 砂の都セレナリアが崩れ落ちた瞬間、

 リオの視界は光に裂かれ、世界が裏返った。

 ――白い。

 いや、白というより何もない空間だった。

 音も、匂いも、温度さえ存在しない。

 ただ彼自身の呼吸だけが、ゆっくりと響いていた。

 (ここは……どこだ)

 足元には大地もない。

 彼の身体は宙に浮き、無限に伸びる光の糸が絡みついていた。

 それはまるで、無数の過去が彼を縛っているようだった。

 「ようやく、ここに来たのね。」

 声が響いた。

 その声を、彼は知っていた。

 「アルマ……?」

 光の中に、少女の輪郭が浮かび上がる。

 夢界の案内人――アルマ。

 だが、その顔には微笑がなかった。

 「ここは記録界。

 死と夢の狭間にある、すべての魂の鏡よ。」

 リオは眉を寄せた。

 「セレナリアは……?」

 「もうない。

 あなたが記録を喰う神官を倒したとき、世界の記録が一つ、消えたの。」

 胸の奥に鈍い痛みが走った。

 自分がまた、世界を壊した――その感覚。

 それは déjà vu のように、彼の記憶を揺らした。

 「俺は……また同じことを繰り返しているのか。」

 アルマは小さく頷いた。

 「でも今回は違う。

 あなたはまだ思い出していないだけ。」

 リオは沈黙する。

 光の糸が音もなく震えた。

 次の瞬間、空間が割れた。

 暗黒が滲み出す。

 黒い影が、光を飲み込みながら広がっていく。

 「……これは?」

 「あなたの影よ。」

 アルマの声は震えていた。

 「かつてのあなた――王リオス。

 前の転生で、世界を滅ぼしたあなた自身。」

 黒い霧が形を持ち始めた。

 そこには一人の青年が立っていた。

 リオと同じ顔、同じ声。

 だがその瞳は、底なしの虚無を湛えていた。

 「ようやく、会えたな……俺。」

 影のリオ――リオスが微笑む。

 その笑みは穏やかで、どこか哀しかった。

 「お前が神官を殺した瞬間、俺の記録が解かれた。」

 「お前が……俺?」

 「正確には、かつての俺。

 いや、今もお前の中にいる罪の記録だ。」

 リオの心臓が跳ねた。

 胸の奥から、砂の都の光景が溢れ出す。

 塔、炎、崩壊、祈り――そして、少女の叫び。

 (この記憶……)

 「そうだ。

 お前は神々の塔を壊した。

 それが世界を滅ぼした原因だ。」

 リオスの声が冷たく響く。

 「なぜ……そんなことをした。」

 「それを知りたいなら、聞け。

 お前が世界を救おうとしたことが、滅びの始まりだった。」

 リオスが手を伸ばす。

 触れた瞬間、光の糸が裂け、無数の映像が流れ込む。

 ――王国アルヴェイン。

 神々に祝福された黄金の都。

 そこでは人々が記録を信仰し、記憶を神殿に捧げて生きていた。

 だが、ある日。

 神殿の奥で異なる記録が見つかった。

 それは、神々がこの世界を何度も造り直しているという禁忌の記録だった。

 リオスは王でありながら、それを知ってしまった。

 「人は神のための記録に過ぎない」

 ――その事実に、彼は抗った。

 「俺は記録の輪廻を断ち切るために、塔を壊した。」

 影の声が震える。

 「だが、その瞬間、世界は崩壊した。

 神々の支配から解き放たれた魂たちは、行き場を失い――

 虚無界に落ちた。」

 リオは息を呑んだ。

 (俺が……世界を滅ぼしたのか。)

 「違う。」

 アルマの声が割り込んだ。

 「あなたは、滅ぼしたのではない。

 繰り返すよう仕組まれていた。」

 影のリオスが振り向く。

 「アルマ。まだ彼に教えるな。」

 「もう隠す時じゃない。」

 「彼が記録の鍵を取り戻すには、まだ早い。」

 二人の声が交錯する。

 リオは二人を見比べた。

 アルマの瞳の奥に、一瞬、恐れの色が浮かんだ。

 「アルマ、お前は――何者だ?」

 少女は口を閉ざす。

 代わりに、リオスが低く笑った。

 「彼女は夢界の案内人なんかじゃない。

 本当は、記録を創る者――神々の代弁者だ。」

 アルマが一歩後ずさる。

 「違う……私はもう、神ではない……!」

 「ならなぜ、俺たちを導く?」

 「私は……あなたを救いたいの。」

 「救う? 俺を? それとも、この装置を?」

 リオスの言葉に、アルマは沈黙した。

 光の糸が再び震え、空間に亀裂が走る。

 「もう時間がない。」

 影のリオスがリオを見据えた。

 「いいか、覚えておけ。

 この輪廻は神々の実験だ。

 魂は記録され、何度も転生を繰り返す――

 それが《メモリア・スパイア》の本質だ。」

 「……神々の実験……?」

 「そう。お前はその中心、観測者として造られた。

 だが、お前の心がそれを拒んだ。

 だから神々はお前を分裂させた――俺とお前に。」

 リオは言葉を失った。

 自分が生まれたのではなく、造られたのだと知る衝撃。

 アルマが近づき、リオの手を取る。

 「でも、あなたは選べる。

 神々の記録を継ぐか、それを壊すか。」

 リオスが嗤う。

 「どちらを選んでも、世界は滅びる。」

 「お前の選択が、次の世界を決める。」

 リオスの声が遠のく。

 「この先、お前は影を七つ喰らうことになる。

 それぞれが、お前の罪の断片だ。

 すべてを取り戻したとき、お前は――

 神々を終わらせる者になる。」

 闇が蠢き、リオスの姿が霧に溶けた。

 アルマが叫ぶ。

 「リオ、行って! この世界はもう限界!」

 光と闇が交錯する。

 記録界が崩れ、無数の記憶が空間を漂う。

 幼い笑い声、戦火の叫び、祈り、裏切り、約束――

 すべての世界の断片が、彼の身体に吸い込まれていく。

 「これが……記録を喰らうということか……!」

 リオは胸を押さえ、苦しみに歯を食いしばった。

 意識が遠のく。

 最後に聞こえたのは、アルマの声だった。

 > 「あなたが見る最後の夢は、真実の記録になる。」

 そして光が弾け、世界が消えた。

 ……静寂。

 風の音が戻る。

 リオは膝をつき、砂の上で目を覚ました。

 周囲は見知らぬ草原だった。

 風が吹き、金色の花が揺れている。

 遠くに小さな村の影が見えた。

 リオは立ち上がり、空を見上げた。

 そこには、巨大な輪のような光――

 まるで記録の円盤が回転していた。

 「次の世界か……」

 胸の奥で、もう一つの声が囁く。

 > 『忘れるな。俺たちは、まだ終わっていない。』

 リオは空に向かって、静かに答えた。

 「ああ。俺は終わりを探す旅を続ける。」

 風が吹いた。

 金の花びらが空を舞い、遠くの地平線で光が揺らめいた。

 それは、次なる世界への門だった。

 ――そして、輪廻は三度、動き出す。

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