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転生輪廻譚 ― 終焉より来たる光(The Cycle Beyond the End)  作者: Futahiro Tada


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魂核の深淵

3 魂核の深淵


 沈みゆく光の波紋が、ゆっくりとリオの足元を飲み込んでいった。

 ここはアウローリア――世界の黎明が生まれた場所。

 だが今リオが見つめているのは、さらにその奥に続く個へと潜る門だった。

 カイの魂核こんかく――その深淵への入口。

 「……本当に行くつもりか」

 隣で静かに立つカイの声は、どこか怯えと決意が入り混じっていた。

 彼は、己の胸を押さえている。

 胸骨の奥に潜む光が、弱々しく瞬いていた。まるで呼吸が乱れているかのように。

 「俺の中に入れば……リオ、お前は観測者としての境界を越える。戻ってこれなくなる可能性もあるんだぞ」

 リオは短く息を吸い込み、首を横に振った。

 「カイ。君が一人で抱えるには、この魂の傷は深すぎる。

  真祖は、君の生まれなかった未来に潜んでいる。ここで放置すれば、君の存在が崩れる」

 「けど……」

 「僕なら大丈夫だ。君を救いたい。それだけなんだ」

 カイは目を伏せた。その瞳の奥で、幼い頃の記憶の断片が揺れていた。

 ――自分は器として生み出された。

 ――本来なら、存在しないはずだった。

 ――だからこそ、魂核は脆い。

 その痛みが深淵を形成し、真祖がそこに巣食っている。

 「……わかった。リオ、お前に託す」

 カイは胸元に手を当て、自らの魂を開く鍵の祈りを唱えた。

 空気が震え、周囲の光が螺旋を描きながら収束していく。

 ――ギィィィィィ……

 耳鳴りのような音が世界を満たし、魂の門が開いた。

 リオは一歩踏み出した。

 カイは震える声でつぶやく。

 「……もし、俺の中で何かに飲まれそうになったら……必ず、帰ってこい」

 リオは笑った。

 「たとえ世界が敵でも、君だけは離さない」

 その瞬間、リオの身体は光に溶けていった。

 魂核への降下が始まった。


 ――落ちていく。

 どれくらい時間が経ったのか分からない。

 視界は深い水に染まり、音が完全に消えていた。

 リオは自分の呼吸さえも聞こえないことに気付いた。

 魂の深淵は静寂によって構築されている。

 (ここが……カイの心の最も深い場所)

 振り返れば、遠くに微かな光が揺れている。それはカイの現実世界の意識だ。

 そこから離れるほど、リオは観測者としての領域に近づいていく。

 「……進むしかない」

 一歩足を踏み出した瞬間、周囲にひび割れのような模様が走った。

 ――パキッ。

 耳鳴りが戻り、黒い水面から無数の手が伸び上がってきた。

 《リオ……》

 《なぜ来た……》

 《ここは彼の痛みだ……触れるな……》

 手の群れは、カイの幼い頃の記憶の残滓だ。

 誰かに認められたいと願いながら、誰にも触れられなかった孤独。

 その影が具現化してリオの足首を掴む。

 「離せ……これは君の本当の願いじゃない!」

 リオの叫びに反応するように、黒い影はひび割れながら霧散していく。

 しかし次の瞬間、さらに深い暗闇から声が響いた。

 《よく来たな……我が影よ》

 暗闇が割れ、巨大な鏡が現れた。

 そこにはリオの姿が映っていた。

 だが、その姿はもう一人のリオ――プロト・リオのように冷たく、無表情だった。

 鏡面のリオは微笑む。

 《お前が来るのを待っていた。

  カイの魂核を守るために、私はここにいる。

  お前は観測者として強くなり過ぎた――危険だ》

 「僕は、カイを救うために――」

 《救う? いや違う。

  お前が欲しいのは理解だ。

  アルマを失い、原初の記録を知り、今度はカイの真祖に触れようとしている。

  それは観測者の傲慢だ》

 リオは唇を噛んだ。

 鏡面のリオはさらに語りかける。

 《この魂核を解き放てば、カイは完全な観測者の器になる。

  だが同時に、カイは存在そのものを世界に奪われるだろう。

  お前はそれを理解しているのか?》

 「……分かってる。けど、それでも助けたいんだ!」

 鏡面のリオは静かに目を細めた。

 《感情を抱いた時点で、観測者失格だ》

 その瞬間、鏡が砕けた。

 破片が嵐となってリオに襲いかかる。

 魂の深淵の戦いが始まった。


 鏡片は空気を裂きながら飛び交い、リオの腕や頬を切り裂いた。

 痛みを感じるたびに、周囲の景色が歪む。

 魂の世界では、肉体ではなく心が傷ついているのだ。

 鏡面のリオが姿を現す。

 「……お前は、カイを救う資格がない」

 リオは構えを取り、深く息を吸い込んだ。

 「資格なんて、誰に決められる?

  僕はただ、彼を孤独にしたくない。それだけなんだ」

 鏡面のリオは冷たく笑った。

 「優しさは弱さだ。

  その弱さが、何度世界を壊したか忘れたか」

 リオは胸が痛むのを感じた。

 アルマを救えなかった後悔が、まだ胸の奥に棘のように刺さっている。

 (僕は……また誰かを失うのか?)

 その迷いを察知したように、鏡面のリオが攻撃してきた。

 鏡片が無数の矢となり、リオへ突き刺さる。

 しかし次の瞬間、リオの周囲に青い光が立ち上がった。

 ――カイの魂の記憶の残滓だ。

 《リオ……来てくれて……ありがとう……》

 その声が、リオの迷いを吹き飛ばした。

 (僕は……一人じゃない)

 リオは手を伸ばし、青い光を掴んだ。

 その瞬間、青い光が剣の形を取る。

 魂のアイデア――カイの生きたいという意志が形を成したもの。

 リオは剣を構えた。

 「僕は……カイのために戦う」

 鏡面のリオとリオの剣が衝突した。

 青い火花が深淵を照らし、魂の世界が激しく揺れ動く。


 鏡面のリオとの戦いは、永遠にも思えるほど続いた。

 互いの心が削られ、形を失いかけていた。

 ついに、鏡面のリオがひざまずいた。

 「……認めたくはないが……お前は、強い。

  だが、それは誰かのためという……不完全な強さだ」

 リオは剣を下ろした。

 「僕が不完全でもいい。

  カイを救えるなら、それでいいんだ」

 鏡面のリオはふっと笑う。

 「不完全さこそ……観測者の本質かもしれないな」

 鏡面のリオが消えていく。

 その奥に、巨大な光球――カイの魂核が現れた。

 リオは近づこうとした。だが、その前に影が降り立つ。

 ――黒い翼を持つ、人ならざる存在。

 《よく辿り着いたな、リオ。

  我こそ、真祖……人類が最初に恐れた記憶だ》

 真祖の声は黒い炎となり、魂核を包み込む。

 《カイは器。

  我が復活のために作られた憐れな魂。

  その心に巣食い、やがて我は完全体となる》

 リオは怒りに拳を震わせた。

 「させない……!」

 真祖は冷笑する。

 《観測者よ、知るがいい。

  お前がここに入り込んだ瞬間、お前の魂もまた我の糧となる》

 黒い炎がリオへ向かって渦巻いた。

 リオは青い剣を構え、叫んだ。

 「カイは……君は絶対に、渡さない!」

 魂核の最深部で、真祖との本格的な戦いが始まった。

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