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転生輪廻譚 ― 終焉より来たる光(The Cycle Beyond the End)  作者: Futahiro Tada


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黎明界アウローリア

2 黎明界アウローリア


 光の道を歩むとき、

 リオは時間という概念が遠のいていくのを感じた。

 観測者の眼では、

 世界の移動は「距離」ではなく「可能性」の跳躍だった。

 足を踏み出すと、

 白い虚空が波紋のようにほどけ、

 新しい世界の匂いが流れ込んできた。

「……ここが、黎明界アウローリア……」

 リオの足元には柔らかな土が広がり、

 大地はまだ生まれたばかりのひよこのように震えていた。

 空は淡い金色。

 雲は銀の鳥のように細く、

 大気にはまだ言葉の形にならない記録が漂っている。

 世界の乳児期。

 リオは深く息を吸いこんだ。

「懐かしい……けど、初めてだ」

 観測者となった今、

 世界の年齢が分かる。

 アウローリアは生まれて三日目の世界。

 魂が流れ込み、まだ形を持たない生命が揺らめき始めた段階。

 大地は柔らかく、

 空の境界も薄い。

 世界が生まれる瞬間――

 この場所に立てる者は、観測者だけだ。

 だがしかし。

「……揺らぎが強すぎる」

 リオの視界に無数のひびが走った。

 世界の端が赤く染まり、

 まだ芽吹いていない草の影に、黒い膜が揺れる。

 忘却の影――ノウス真祖の触手。

 世界の保育期の隙に侵入している。

 リオは眉をひそめた。

「観測者のいない世界だったら……もう壊れていた」

 新生輪廻はまだ不安定だ。

 その最初の世界であるアウローリアは、

 最も死にやすい世界だった。

 ゆえに――

 観測者リオが、最初に訪れなければならない世界だった。


 世界の探索を進めると、

 大地は柔らかな鼓動を刻んでいた。

 まるで世界そのものが胎児のように息をしている。

 生まれたての世界では、

 木も、川も、風も仮の形しか持たない。

 木はまだ線のまま揺れ、

 川は空間に浮かんでは溶け、

 風は歌のような光の粒となって吹き抜ける。

 全てが生まれながらの未完成。

 だからこそ、揺らぎに弱い。

 リオは足元の土に手を当てた。

 土の奥から、声が聞こえる。

 言葉にならない声。

 魂になる前の願い。

(……ああ……これは……)

 かすかな温もりに混ざって、

 聞き覚えのある柔らかな揺らぎが触れた。

「……カイの魂が、ここを通った……?」

 リオは息を飲んだ。

 カイは新生輪廻の苗床で生まれ直した。

 その魂はまず最初の世界に降り、

 そこで新しい記録の最初の一滴を得る。

 その痕跡が、土の鼓動に混ざっている。

 まだ名前を持たない揺らぎ。

 だけど忘れようがない。

 リオは手をぎゅっと握りしめた。

「……カイ。無事でいてくれ」

 

「揺らぎの中心は……もっと奥だな」

 観測者の視界では、

 世界の歪みは影の濃淡として見える。

 丘の向こう――

 金色の森が揺れ、

 その中に黒い膜が入り込んでいた。

 忘却の侵蝕。

 リオは走り出す。

 森の木々はまだ記録を持たず、

 枝は柔らかい線のまま揺れる。

 その中で、黒い影が蠢いていた。

 霧の触手が木を飲み込み、

 生まれたばかりの生命の線を溶かし、

 無に還そうとしている。

「やっぱり……ノウスの仕業か」

 触手の中心に目が浮かんでいた。

 ノウス真祖の分裂体――レプリカ。

『観測者……干渉するか』

「当然だろ。

 ここはまだ、生まれたばかりの世界だ。

 壊させるわけにはいかない!」

 リオの手に光が集まり、

 観測者の力が形をとる。

 武器でも魔法でもない。

 世界の揺らぎを修正する力。

 リオが手を振ると、

 森の揺らぎが反転し、

 黒い触手は弾かれる。

『観測者……決定を覆すのか』

「お前たちの忘却は、世界を軽くする。

 だが今は……必要ない」

 リオの視線が鋭くなる。

「今は育てる時期なんだよ、輪廻は」

 光が爆発し、

 黒い触手は霧散した。

 しかし――

 完全に消えたわけではない。

 霧の粒子が地面に染み込み、

 世界の裏側へ逃げていく。

「……さすがにしぶといな。

 真祖の分裂体は、世界の構造に溶け込むのがうまい」

 リオは森の中心へ向き直る。

 揺らぎは、ここではない。

 もっと深い場所――

 世界の心臓部へ。


 丘を越えると、

 そこには奇妙な光景があった。

 街。

 だがそれは完成した街ではなかった。

 家々は半透明で、

 道はぼんやりとした線で作られ、

 建物の影は揺れ続け、

 まだ決定されていない形ばかりだった。

「……胎児の街か」

 リオは呟いた。

 世界が生まれたばかりの頃、

 魂の記録と密度に応じて、街が仮の形をとる。

 ここは、世界の中心になるはずの場所。

 しかし――

 その真ん中に、大穴が空いていた。

 円形のクレーター。

 黒い膜が張られ、

 まるで心臓を抜かれたような空洞。

「……揺らぎの中心は、間違いなくここだ」

 リオは街に足を踏み入れた。

 街の建物はふるふると震え、

 大地は不安定な鼓動を打つ。

 リオは視界を凝らし、

 魂の流れを読む。

(誰かが……ここで生まれた。

 カイの魂が触れたのは、この場所だ)

 揺らぎは優しく、

 柔らかく、

 世界を壊すようなものではなかった。

 だが――

 小さすぎる光が引き起こす波紋は、

 未成熟な世界には大きすぎた。

 そして、その揺らぎに引き寄せられたのだ。

 忘却の祖が。

 

 街の中心――大穴の端に、

 ひとつの光の欠片が落ちていた。

 卵の殻のように薄い欠片。

 触れると、温かい。

 生まれたばかりの魂の残滓。

「……カイ……ここにいたんだな」

 カイの魂は、

 ここで世界に触れ、

 最初の記録を刻んだ。

 それが世界を揺らし、

 忘却の祖を引き寄せた。

 リオはそっと光を胸に抱く。

「大丈夫だ……カイ。

 俺が必ず守る」

 その瞬間――

『……守れると思うか?』

 背後から声がした。

 リオが振り返ると、

 黒い霧が街の家々を飲み込みながら近づいていた。

 霧の中心には――

 人の形をした影が立っていた。

 ノウス真祖の分裂体レプリカ

 先ほどのものより、濃度が高い。

『例外を生かした観測者よ。

 その選択の果てに……世界がどうなるかを見せてやろう』

「やめろ。

 この世界はまだ生まれたばかりだ。

 お前の毒に耐えられるほど強くない!」

『だからこそ……ここを選んだ』

 影はゆっくりと歩み寄る。

『例外の魂は、美しい。

 しかし、美しさは揺らぎの源。

 揺らぎは、世界を壊す。

 ならば……忘却の役目はただひとつ』

 影が腕を伸ばす。

『例外の魂を回収すること。』

 リオは光を構え、前へ出る。

「カイには触れさせない……!」

『できるものか?』

 影が指を鳴らす。

 世界が揺れた。

 街の地面が割れ、

 空がひび割れ、

 生命の線がほどけはじめる。

 リオは空間の揺らぎを抑えながら叫ぶ。

「この世界に触れるなッ!!」

『ならば証明せよ――観測者よ』

 影が大穴へと落ちていく。

 その中心に眠るカイの魂核へ向かって。

 リオも飛び込む。

 最初の世界の心臓部で、

 ついに――

 観測者と忘却の祖の決戦が始まった。

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