表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生輪廻譚 ― 終焉より来たる光(The Cycle Beyond the End)  作者: Futahiro Tada


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/25

砂の都セレナリア

2 砂の都セレナリア


 砂漠は燃えていた。

 陽は頂にあり、すべてを焼くような熱が大地を覆っていた。

 風は乾き、砂は光を反射し、遠くに揺らめく蜃気楼が城壁の幻を作り出す。

 リオはその中心に立っていた。

 足元の砂は白く、粒が細かい。風が吹くたびに、まるで記憶の灰が舞い上がるようだった。

 彼は目を細め、遠くに見える巨大な塔を見た。

 それは天へと伸びる白亜の構造物。

 先ほど夢の中で見た印――螺旋と目と羽の紋章が、塔の頂に刻まれていた。

 「……ここが、次の世界か。」

 唇に残る乾き。喉の奥が焼けるようだった。

 それでも彼は歩き出した。

 光と砂の向こう、かすかに人の営みが見える。

 白い石造りの街――セレナリア。

 かつて神々の祝福を受けた「記録の都」。

 彼が街の門に辿り着くと、門番たちは奇妙な目で彼を見た。

 旅人風の服装も武器もなく、ただ一人で砂を越えてきた者など、そうはいない。

 「名前は?」

 「……リオ。」

 「所属は?」

 「……ない。」

 門番が眉をひそめる。

 「身分証の紋章もない。外界から来たのか?」

 「外界……?」

 「なら、記録のないノーメモリアだな。」

 その言葉に、リオの胸がざわついた。

 記録のない者――まるで彼自身の魂のようだ。

 門番は不審そうに見つめたあと、小さく息を吐いた。

 「まあいい。セレナリアは巡礼者を拒まない。だが、中央神殿には近づくな。お前のような記録のない者は、記録官に喰われるぞ。」

 喰われる――

 その一言が、砂よりも重く響いた。

 街に入ると、冷たい影が彼を包んだ。

 石造りの道、アーチの屋根、香辛料の香り。

 人々の声が響く市場では、異国の言葉と祈りが交錯していた。

 「水を……」

 喉の渇きに耐えきれず、リオは屋台に近づいた。

 老人が壺を差し出す。

 「旅人か。顔が死んでおる。ここは魂の渇きを癒やす街じゃ。」

 老人はにやりと笑った。

 「ただし、魂を癒やす水は記録で支払うんだ。」

 「記録?」

 「そう、思い出だよ。心に刻まれた記憶をひと雫、器に流す。それで水が出る。」

 リオが眉を寄せると、老人は壺の縁を指で叩いた。

 たしかに、通りの人々は自分の額に触れ、何かを抜き取るようにしてから壺に手を差し入れていた。

 すると、水が湧き、飲むことができる。

 「……記憶を対価に、水を得るのか。」

 「ここじゃ常識さ。だが気をつけな。飲みすぎると、何も覚えちゃいられなくなる。」

 リオは静かに壺を見つめ、結局飲まなかった。

 喉の渇きよりも、自分が何者かを失う方が怖かった。

 通りを歩いていると、鐘の音が響いた。

 高く、重く、空間を裂くような音。

 人々が一斉に立ち止まり、祈りの姿勢を取る。

 「記録官の行列だ!」

 誰かが叫んだ。

 リオも顔を上げる。

 白い法衣に身を包んだ神官たちが、ゆっくりと通りを進んでいた。

 その先頭に立つのは、長い黒髪を後ろで束ねた青年。

 彼の瞳は蒼く、肌は冷たい石のように滑らかだった。

 だが、何よりも異様だったのは――彼の周囲に漂う霧だった。

 灰色の霧が、神官の歩みに合わせて蠢き、

 すれ違う人々の頭上から、薄い光の粒を吸い取っていく。

 それは、記憶。

 記録を喰っている。

 「……あれが、記録を喰う神官か。」

 リオの胸に、なぜか怒りが燃えた。

 自分の魂も、そのように奪われてきたのではないか――そんな確信が湧いた。

 行列が通り過ぎたあと、リオは一人、後を追った。

 神殿区に入ると、熱は静まり、空気が重くなった。

 大理石の柱、青く輝く壁画、そして中央には巨大な円形の祭壇。

 その中心に、先ほどの神官が立っていた。

 彼はリオの存在に気づき、ゆっくりと顔を上げた。

 「外界の者よ。何を求めてここへ来た?」

 低く澄んだ声だった。

 リオは一歩踏み出す。

 「聞きたいことがある。お前たちは……なぜ人の記録を奪う?」

 神官は微笑した。

 「奪う? 我らは浄化しているのだ。」

 「浄化?」

 「この世界は、記憶で腐っている。

 人は過去を捨てられず、痛みを抱えたまま生き続ける。

 我々はそれを取り除く。

 記録を喰らい、魂を軽くする。それが救済だ。」

 リオは拳を握った。

 「……それで人が何も覚えていなければ、それは生きていると言えるのか?」

 神官の蒼い瞳が、わずかに揺れた。

 「お前は、面白いことを言う。名を。」

 「リオ。」

 「……リオ。奇妙だな。お前の記録が見えない。」

 神官は手を伸ばし、リオの額に指をかざした。

 しかし、次の瞬間――

 光が弾けた。

 「……これは……」

 神官の指先から黒い火花が散る。

 リオの周囲に、見えない力場が展開していた。

 「お前の魂は……壊れているのか? いや――別の世界の記録を持っている。」

 リオは息を呑んだ。

 その言葉は、彼が求めていた答えの一端だった。

 「俺は、ここへ来る前に……誰かと出会った。

 彼女は言った。俺は欠けた記録を集める者だと。」

 神官の瞳に、わずかな興味が宿る。

 「欠けた記録……輪廻の子か。」

 「輪廻の子?」

 「この世界に伝わる古き予言だ。

 七つの記録を継ぎ、世界を一つに戻す魂。

 だが、それが現れたとき、記録の塔は崩壊し、神々は沈黙すると言われている。」

 リオは沈黙した。

 神官の声は穏やかだったが、その瞳の奥には畏怖と憎悪が混ざっていた。

 「お前がその子なら、私はお前を喰わねばならぬ。」

 「なぜだ。」

 「この世界が続くためだ。輪廻の子は、終焉を招く存在だから。」

 神官の体から灰色の霧が噴き出す。

 それは意思を持つように蠢き、リオを包み込もうとした。

 リオは咄嗟に腕を振り払った。

 その瞬間、彼の胸の奥で何かが光る。

 黄金の紋様が掌から浮かび上がった。

 それは、螺旋と目と羽の印――《メモリア・スパイア》の印章。

 神官の動きが止まる。

 霧が逆流し、神殿の床を割った。

 「その印は……神の記録装置の……!」

 リオの声が響く。

 「俺は世界を終わらせに来たわけじゃない。

 ――繰り返しを終わらせに来たんだ!」

 神官は膝をつき、血を吐いた。

 「お前の魂……確かに外界の欠片を宿している。

 だが、覚えておけ。

 記録を喰う者が消えれば、記録は暴走する。

 お前が望む真実は、この世界を滅ぼす。」

 その言葉とともに、神殿の天井が崩れ落ちた。

 リオは瓦礫を避けながら外へ飛び出す。

 砂塵が空を覆い、街全体が震えていた。

 遠くで人々が叫ぶ。

 「神殿が……崩壊した!」

 リオは振り返る。

 崩れゆく塔の頂で、神官の影が一瞬、空に溶けて消えた。

 彼の最後の言葉が、風に残った。

「お前が七つの世界を渡るとき、すべての神は沈む。」

 リオは拳を握りしめた。

 砂嵐が彼の視界を奪う。

 だがその奥に、再び光の門が揺らめいていた。

 アルマの声が、遠くから聞こえる。

 > 「リオ、次の世界が、あなたを待っている。」

 彼は深く息を吸い、門へと歩き出した。

 背後で、砂の都セレナリアが静かに崩壊していく。

 その光景は、まるでひとつの記録が削除される瞬間のようだった。

 ――そして、輪廻は再び動き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ