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転生輪廻譚 ― 終焉より来たる光(The Cycle Beyond the End)  作者: Futahiro Tada


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沈黙のゆりかご──原初の記録の再生と、水界アトラシアの終焉

5 沈黙のゆりかご──原初の記録の再生と、水界アトラシアの終焉


 黒い階段を降りた先は、深淵そのものだった。

 光も音もない。

 時間さえも存在を忘れたかのように沈黙している。

 リオは喉の奥が冷たく痺れるのを感じた。

 胸の中のアルマの欠片が、弱い光で震えている。

 (ここが……沈黙のゆりかご……?)

 アトラシア文明が最後に守り抜いた、最古の領域。

 原初の記録を眠らせた場所。

 プロト・リオが先を歩く。

 白い髪の影が、ぼんやりと深淵の闇の中で揺れている。

 カイが小声で言う。

 ――なぁリオ……息してるよな俺たち?

 ――ここ空気ねぇよな……?

 (わからん。でも……なぜか生きてる。)

 ――おい、そういう答えが一番怖いんだが。

 リオは苦笑した。

 だが胸の鼓動は早い。

 遠くから、かすかに光が差している。

 暗闇の底に、ひとつだけ輝く点――

 近づくにつれ、それが卵のような形だとリオは理解した。

 光の殻に包まれた巨大な卵。

 水と記録と祈りのすべてが凝縮した、完璧な球。

 プロト・リオが振り返る。

 「――これが、《原初記録オリジンメモリア》だ。」


 卵の表面に触れた瞬間、

 リオの脳裏に無数の映像が流れ込んだ。

 世界が生まれる前。

 光と闇が分かたれる瞬間。

 魂が初めて形を持つ過程。

 そして――最初の神が生まれた時。

 プロト・リオが静かに語る。

 「最初の神……ぼくたちの始まり。

  世界の在り方を記録し、

  魂の循環を作り、

  七度の世界を生み落とした存在。」

 黒い水がさらさらと動き、

 空間に神話の映像が投影される。

 光の柱が立ち、

 魂が雫のように零れ、

 それが世界に降り注いでいく。

 しかしリオは見逃さなかった。

 最初の神の胸に、

 わずかな欠片の空白 があることを。

 リオは息を飲む。

 (……あの空白……俺の胸の欠損と同じ……?)

 プロト・リオが頷く。

 「そう。

  最初の神は、誕生の瞬間から欠けていた。

  記録が欠けていたんだ。」

 水が波紋をつくる。

 「その欠けは世界の構造に歪みを生み、

  どの世界も必ず滅びに向かうように作られてしまった。」

 リオの心臓が強く打つ。

 (じゃあ……俺は……?)

 プロト・リオはゆっくりと手を差し伸べた。

 「君は最初の神の欠片から生まれた分流体。

  本来は、最初の神が抱えてしまった欠損を修復するための存在だった。」

 リオは後ずさった。

 (俺が……?

  世界を滅ぼすためじゃなく、

  世界を救うために……生まれた?)

 「だが君は、生まれた瞬間に記録を喰われた。」

 沈黙が落ちる。

 「君の記録を奪ったのは――

  この世界そのものだ。」

 (世界……?)

 プロト・リオの声は淡々としていた。

 「世界はね、欠けを埋めるために新しい記録を欲しがる。

  だから君が生まれた瞬間、

  世界は君の記録を喰い、

  君を欠けた転生者にした。」

 リオの背筋が凍る。

 (俺の……欠損の原因は……

  世界そのもの……?)


 カイが怒りをあらわにする。

 ――ふざけんなよ……そんな話あるか!?

 ――世界が……リオの記録を奪った?

 ――リオを欠けたまま放り出したってのかよ!

 プロト・リオはうなずく。

 「欠損した魂は暴走しやすい。

  だから君は無意識のうちに世界の滅びを引き寄せた。

  だが――」

 彼は微笑んだ。

 「君だけは七度目の転生まで辿り着いた。

  欠けたまま、ここまで来た。」

 リオは拳を握る。

 (俺は……欠けたままでも……進んできた。)

 プロト・リオは卵型の光へ視線を向けた。

 「だからこそ君にしかできない。

  最初の神の欠損を埋めることが。」


 光が弾けた。

 《原初記録》がゆっくりと開き始める。

 殻の内側に浮かぶのは――光の幼子おさなご

 赤子のように小さな、純粋な記憶だけの存在。

 だがその光は圧倒的で、

 世界の始まりそのもののようだった。

 リオの胸の奥で、

 アルマの欠片が反応した。

 (……アルマが……震えている?)

 プロト・リオがささやく。

 「アルマは、最初の神の欠片……感情の素子から生まれた存在。

  君は意思の素子。

  君とアルマは本来ひとつだ。」

 リオは胸が熱くなる。

 (じゃあ……アルマは……俺と……)

 その瞬間。

 深淵全体が激しく震えた。


 水の世界が悲鳴を上げた。

 沈黙の海が裂け、

 上層から巨大な渦が落ちてきた。

 水界の中核が崩れ始めたのだ。

 カイが叫ぶ。

 ――おいリオ! 天井が落ちてきてる!

 ――ここ、全部崩れるぞ!!

 プロト・リオも険しい顔になる。

 「世界が……限界だ。

  ぼくらの会話を許す余裕が、もうない。」

 リオは叫んだ。

 (じゃあどうする!?

  俺は……何をすれば!?)

 《原初記録》が眩く光る。

 幼子の形が、薄く、透明になりながら、

 ゆっくりとリオに手を伸ばす。

 ――……かえして……

 ――……ぼくの……かけら……

 幼い声がリオの胸に触れた瞬間、

 アルマの欠片が光の奔流となり、

 リオの身体から外へ溢れ出した。

 カイが驚愕する。

 ――リオ! 胸が光って……!

 プロト・リオが叫ぶ。

 「リオ! 記録を返せ!

  それが君の役目だ!!」


 欠けた記録の返還

――最初の神への帰還

 リオは胸に手を当てた。

 アルマの光が脈打つ。

 彼女の声が響く。

 ――リオ……

 ――あなたなら……だいじょうぶ……

 涙が溢れた。

 (アルマ……)

 彼は光を原初記録へ差し出した。

 光の幼子がその光を受け取る。

 泣くように震え、

 笑うように光った。

 そして――

 世界が反転した。

 光の奔流がアトラシア全域に伝播し、

 水界の構造が音もなく崩れ始めた。

 壁が溶ける。

 海が割れる。

 空間の膜が破れる。

 プロト・リオが叫ぶ。

 「もう時間がない!

  リオ! カイ! 来い!!」


 音のない水界に轟音のような衝撃が走る。

 存在そのものが崩れる音。

 巨大な渦が大地ごと押し流し、

 空間が青い粉となって消えていく。

 リオはカイの腕を掴み、走った。

 水の中なのに、走れた。

 プロト・リオが空間の裂け目を開く。

 光が向こう側へ続く出口となる。

 だがその時――

 《原初記録》が崩れ始めた。

 幼い光が泣く。

 ――いかないで……

 ――ぼく……まだ……かけてる……

 リオの足が止まる。

 (まだ欠けてる?

  俺が返したのは……感情の欠片だけ……?)

 光が答える。

 ――……きみ……の……なにか……が……まだ……

 プロト・リオが絶叫する。

 「リオ! 戻れ!!

  これ以上は死ぬぞ!!」

 カイも叫ぶ。

 ――リオッ!! 来い!!

 だがリオは振り返った。

 胸が熱い。

 (俺は……まだ返していないものがある。

  俺自身も……まだ欠けたままなんだ。)

 リオは光の幼子に近づいた。

 プロト・リオが信じられないというように目を見開く。

 「お前……まさか……!」

 (これが……俺の罪なのか?

  なら……俺は返す。)

 リオの思念が深淵に響く。

 (俺の罪も痛みも喪失も……

  全部……持っていけ!)

 胸の奥から、黒い光が溢れた。

 それは記録の闇、後悔、トラウマ、絶望。

 リオが転生のたびに積み重ねた痛みそのもの。

 光の幼子はそれを受け取り、涙を流す。

 ――……ありがとう。

 ――リオ……

 リオは微笑んだ。

 (これで……やっと……俺はまっさらになれる。)

 次の瞬間――

 光が弾け、リオの身体は吹き飛ばされた。


 プロト・リオがリオを抱きとめる。

 「やったな……欠けた記録。

  お前は……ぼくが思っていた以上に……強い。」

 世界が崩れる。

 深淵が沈む。

 沈黙が裂ける。

 カイが光の出口へ向かって手を伸ばす。

 ――リオ!! 早く!!

 プロト・リオは最後にリオの耳元で囁いた。

 「行け。

  次の世界へ。

  自由な魂として。」

 リオは頷き、光の中へ走り出す。

 背後で世界が完全に崩れ落ちる。

 水界アトラシアは――

 静かに、音もなく終わりを迎えた。

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