棺の戦い──原初の記録の奪還
4 棺の戦い──原初の記録の奪還
光が弾けた。
それは水界の輝きではなく、精神そのものが火花を散らすような光。
リオはその中心で、視界が白く染まるのを感じた。
水の重さ。
記憶の振動。
そしてもう一人の自分――プロト・リオの存在。
その全てが渦巻き、世界そのものを引き裂こうとしていた。
世界が反転し、足元の感覚が消えた。
次にリオが見たものは――
「無数の自分」だった。
砂の世界で泣く少年の自分。
風の世界で影として立つ自分。
空の世界で神を睨む自分。
水界で迷う自分。
そして見知らぬ世界で笑う自分。
どれも本物であり偽物でもある。
プロト・リオの声が響いた。
「魂は分裂する。
世界が変われば、魂はその形を変える。
君も例外じゃない。」
リオは歯を食いしばった。
(それでも……俺は俺だ!)
プロト・リオが笑う。
その笑みは美しくも冷たい。
「そう思い込めるのは、記録が欠けているからだよ、リオ。」
言葉と同時に、空間の水が逆流した。
リオの胸が締め付けられる。
砂の世界で最初に感じた恐怖。
風の世界で影に告げられた絶望。
空の世界で神を模倣する者の嘲笑。
それらすべてが鋭い波のように押し寄せる。
「――君が滅ぼした世界を、もう一度見せてあげる。」
プロト・リオが手を振ると、水界が影を落とし、空間に滅びの光景が映し出された。
砂のセレナリアが燃えている。
風の世界アルマが崩れ落ち、影たちが悲鳴を上げる。
空の大陸エリュシオンが割れ、子どもたちの夢が砕ける。
それら全ての中心に、リオ自身がいた。
燃え盛る空気を背にして、
涙を流しながら祈りを叫ぶ自分。
祈りは届かず、世界は崩れた。
プロト・リオの声が重なる。
「君が滅ぼしたんだよ、リオ。
気づかないうちにね。」
リオは拳を握った。
膝が笑いそうだった。
(……俺は……本当に……?)
肩を掴む強い力があった。
カイがいた。
――リオ、お前……記録に呑まれるな!
思念の声が荒い。
水界では声は出ないが、感情はそのまま伝わる。
カイの思念は熱く、荒れていた。
――リオ、お前は世界を壊してねぇ!
――壊したのは……その記録だ!
――お前の罪じゃねぇ!
プロト・リオの目が細まる。
「……守るのか?
君の欠けた模造品を。」
カイが睨み返す。
――守る。
――アイツは俺の仲間だ。友達だ。
――お前なんかとは違う。
プロト・リオは嘲笑を見せた。
「人間の友情ごっこなど、記録にならない。」
その言葉に、リオの胸が熱くなる。
(……記録にならない?
そんなの……どうだっていい。)
リオはまっすぐに前を見据えた。
(俺は、記録が欠けていても……世界を壊してしまっても……
何度でもやり直す。
何度でも……守りたいと思える世界を探す。)
プロト・リオの視線にわずかな揺らぎが走る。
そして、笑った。
皮肉でも軽蔑でもない。
「……そんなことを言えるのは、
欠けているからなんだよ。」
次の瞬間、棺の内部が開いた。
世界が反転し、リオの体が引きずられる。
水界ではなく、精神そのものの奥へ。
プロト・リオもそこに飛び込む。
「決着をつけよう。
リオ。
君の本当の記録を奪い返してみせろ。」
――精神世界・第一層
世界は白く霞んでいた。
天と地の境界はなく、
空気も水も混じり合い、ひとつの精神層を形作っている。
プロト・リオが姿を現す。
「ここは《第一層──記録の海》だ。
君が失った記録の破片が漂っている。」
周囲には光の粒が無数に漂い、
触れると淡い映像が流れ込む。
幼い頃の記憶。
母の声。
死の瞬間。
転生後の誕生。
アルマとの出会い。
しかしリオは気づく。
(……どれも、断片だ。
完全な記憶じゃない。)
プロト・リオが指先で光粒を払う。
「欠けた記録しか持たない君は、
不完全のまま世界を渡り続けてきた。」
次の瞬間。
プロト・リオが消えた。
いや、周囲の光粒が一斉に形を変え、
敵になった。
砂の世界の戦士たち。
風の世界の神官たち。
空の世界の守護者たち。
そして水の世界の警護者たち。
かつて戦い、かつて敗れ、
かつて守れなかった存在たち。
リオが拳を握る。
(これは……俺の記録にある罪の形か。)
戦いが始まった。
(水界×精神世界の複合バトル)
リオは水の上に立ち、
手のひらに光の流れを集める。
記録波が迸る。
光の刃となって襲い来る敵を切り裂く。
しかし次から次へと現れる。
倒すほどに数が増える。
これは敵ではない。
過去そのものだ。
プロト・リオの声が頭の奥で響く。
「罪を否定するな。
罪を抱えたまま進め。
それができなければ……君はここで消える。」
リオの動きが止まった。
(罪を……抱える?)
敵が四方から襲いかかる。
そのとき、背後に熱があった。
カイが立っていた。
――罪がどうした。
――全部まとめて抱えて進むのが……リオ、お前だろ!
カイの手がリオの肩を叩く。
その触感で、リオの精神がひとつになった。
(……そうか。
俺は、記録じゃない。
記録に残らない感情で出来てるんだ。)
リオは光の海へ飛び込む。
一瞬で敵が弾け、光へと還っていった。
――精神世界・第二層へ
プロト・リオの姿が現れる。
その顔には、もはや嘲笑はなかった。
「……驚いたよ。
君は記録ではなく、関係を力にするのか。」
リオは呼吸を整えながら言う。
(お前の言う記録なんて、どうでもいい。
俺はアルマを救う。
カイを守る。
この世界も、次の世界も……守りたいと思う。)
プロト・リオは目を伏せた。
「……まるで、ぼくみたいだ。」
その言葉に胸がざわつく。
プロト・リオは顔を上げた。
「次の層へ行こう、リオ。
ここからが本番だ。
原初の記録は、次の層の奥にある。」
世界が揺れた。
光が波のように押し寄せ、白い海が割れていく。
その先には――
黒い階段が沈んでいた。
プロト・リオが先に降りる。
リオとカイも続く。
リオは拳を握りしめた。
(待ってろ、アルマ。
俺は必ず始まりを取り戻す。)
沈黙の世界へ。
さらなる深淵へ。
本当の戦いが、いま始まる。




