死の静寂、始まりの鼓動
第1章 黎明の欠片
1 死の静寂、始まりの鼓動
――光が、沈む音を立てていた。
燃え尽きた世界の空に、無数の欠片が散っていく。
彼の名はリオ・アーヴェント。
終末戦争の最後の兵として、灰の塔の最上階で息絶えた。
胸にはまだ、敵の刃の温もりが残っている。
けれど痛みは遠く、まるで別の世界の出来事のように感じられた。
風が吹く。焦げた大地を通り抜け、彼の髪を優しく撫でる。
(……終わった、のか)
その瞬間、視界が滲み、光が逆流した。
死の彼方から声がした。
「リオ・アーヴェント。お前はまた、選ばれた。」
金属のように冷たい声。
男でも女でもない。
それは機構の声だった。
――神々の記録装置。
この世界におけるすべての魂を監視し、再生を司る存在。
人は死ぬと、その魂はスパイアを通って新たな肉体へと転送される。
だが、リオの魂には異常があった。
「お前の記録には欠落がある。原因不明。再構築を行う。」
光の粒子が彼の身体を包み、世界が反転した。
白、青、金、そして――黒。
目を開けたとき、そこは静かな森だった。
葉のざわめき、湿った土の匂い、遠くで鳥が鳴く。
彼はゆっくりと手を見た。
血の跡も傷もない。だが、胸の奥に何かが欠けている感覚だけが残っていた。
「ここは……どこだ?」
声は確かに自分のもの。だが懐かしくもあった。
自分がリオであるという確信さえ、あやふやに揺らいでいる。
森の奥から、少女が歩いてきた。
白いローブ、金の瞳。
手には古びたランプ。灯りは風に揺れながらも、消えなかった。
「ようやく、目覚めたのね」
少女は微笑んだ。
リオは反射的に身構える。
「……お前は誰だ?」
「私はアルマ。夢界の案内人よ。あなたの魂を再編するために来たの」
アルマはまっすぐにリオを見つめた。
その瞳の奥で、幾千の光景が瞬いた――戦場、炎、愛、裏切り。
彼女はすべてを見ているのだ。
「君は一度、世界を滅ぼしたの」
「……何?」
「前の転生で、あなたは王だった。そして、その世界を終わらせた。
でも、あなたは覚えていない。記録が断たれているから。」
リオの脳裏に、稲妻のような痛みが走った。
視界の端に、焼けた王冠と、倒れる少女の影が見えた。
(誰だ……この記憶は……)
「あなたは輪廻の中心にいる」
アルマの声が静かに響く。
「七つの世界を渡り歩き、欠けた記録を集めなければならない。
それが完了したとき、真の神の記録が復元される。」
リオは息を呑んだ。
「……もし集めなかったら?」
「あなたは、永遠に同じ死を繰り返す。」
森に沈む夕陽が、血のように赤かった。
リオは拳を握った。
(もう……同じ過ちは繰り返さない)
そのとき、地面が揺れた。
遠くから黒い霧が迫ってくる。
アルマの表情が強張った。
「虚無界の狩人よ。あなたの欠片を狙って来た。」
黒い獣が木々をなぎ倒して迫る。
その形は、まるでリオ自身の影だった。
「行って、リオ。次の世界の門が開いてる!」
「待て、君は――」
「私は夢界に留まる者。あなたが帰る場所を、守るためにいるの。」
アルマが微笑み、ランプを掲げた。
光が弾け、森全体が白に染まる。
リオはその中に吸い込まれた。
霧が割れ、空間がねじれ、
次の瞬間――
彼は別の世界の空の下に立っていた。
砂漠。
燃えるような太陽。
遠くには蜃気楼のように浮かぶ巨大な塔。
その頂には、見覚えのある紋章――螺旋と目と羽の印。
リオの背に風が吹いた。
胸の奥で何かが脈打つ。
それは「記録の欠片」が再び動き出した証。
彼は静かに呟いた。
「……始めよう。終焉の向こうから、もう一度。」




