02 遅刻には気をつけろ!
「とりあえず、そこ座っとき」
先輩の一人が、3人分の椅子を用意する。
「橋上、お前は優しいな。女にモテるワケだ!どこぞのバカとは違うな!」
奥にいたプロレスラーのようなガタイのいい男が大声で笑う。それに反応した未来が、
「何だと、テメエ!」
と大声で叫び立ち上がる。プロレスラーがこれに対し、
「何だ、自覚あったのか!気付いてねえと思ったぜ!」
と返し、未来は、「やんのかっ! コラアッ!!」と叫ぶ。橋上が未来の両肩を持ち、「まあまあ」と牽制した。未来は怒りが収まらない様子で、「止めんで下さいよぉ!!」と再びすごんだが、橋上が、「これ以上暴れると、俺も黙っとらんで」と睨む。未来は、舌打ちをして、自席に戻る。
「討田さんも後輩に絡むんはやめたって下さいよ」
と橋上はにこりと笑った。
大きな音とともに、扉が開いた。そこには汗だくの茶髪の男が立っていた。
「すんません、電車が止まって遅れてしまいました。小西秋彦です。よろしくお願いします」
小西は額から流れ出る汗をぬぐった。奥に座っていた男は窓の外を眺めながら、
「電車が止まったなら、仕方ないな。だが、侘びの印もないってのはよくないぜ……」
と静かに言った。フロアが静まり返る。小西は何度も頭を下げ謝り、
「すんません、金ですかね?」
と聞いた。奥の男は、
「後輩から金巻き上げるようなマネはしねえ。酒買って来い。新入社員を歓迎してやるよ」
男はそう言って、椅子を回し、こちらを見て笑った。左目の上に傷がある、オールバックの男だ。サングラスをかけ、僅かに笑っている。小西はすぐに飛び出していった。
「あの人が社長ですか?」
灰次は、隣に座っている眼鏡の男に聞いた。眼鏡の男は、小さな声で、
「そう。社長の白羽要次。白い悪魔って言われて怖れられてる男だ」
と囁いた。灰次は恐る恐る白羽を見た。また窓の方を見て、背を向けている。隣の眼鏡が、
「俺は岩倉間。カンて呼ばれてる。今晩は俺と飲みに行こう。お前ら一年全員な」
と眼鏡を中指で上げる。
灰次は、「はい」と短く答え、他の二人もうなづいていた。ポロシャツの小田は、短髪で長身だ。無精ひげを生やしている。マコトと呼ぶ。もう一人の藤崎吉は、目が見えないほど前髪が長く、無口そうだ。フジヨシと呼ぶことにした。しばらくして、灰次はあることに気が付き、マコトに、
「皆煙草吸ったり新聞読んだり、仕事って暇なもんなんだな」
と言うと、マコトは、
「そりゃ仕事なんてねえだろ」
と当たり前のように呟いた。
「そんなもんなのか」
と灰次が驚くと、マコトは面倒くさそうに、
「お前、何にも知らずにここに入ってきたのか? ここはな、仕事なんてしなくても給料貰える、俺達のようなロクデナシには最高の会社なんだよ」
「何で何もしないのに、金が貰えるんだ?」
「お前は『何でちゃん』かよ。まあいいや、説明してやるよ……」
マコトの説明の途中で扉が開き、小西が袋を大量にぶら下げて入ってきた。息を切らし、先ほどよりも汗をかいている。
「好きな酒選んでください!」
と小西は、30本くらいの酒をテーブルに並べた。白羽はゆっくりとテーブルに歩み寄り、
「ワインは買って来なかったのか?」
と目を細め、テーブルを窓まで放り投げた。テーブルは窓を割って、外に飛び出し、大きな音を立てた。小西は頭を下げ、「すぐに買ってきます!」と走り出した。
「待てよ」
白羽は咥えていた煙草を地面に捨て踏み潰し、窓の方を指し、
「あっちの方が近道だぜ」
と言って、小吉の胸倉を掴み、窓に向かって放り投げた。小吉はテーブルと同じように外に飛び出し、そのまま地面に叩き付けられた。外から悲鳴が聞こえる。灰次は瞬きも忘れて、
「嘘だろ……ここは3階だぜ……バカヤロウ……」
と言って、白羽を睨んだ。白羽が灰次の方を見て、笑う。討田も大声で笑った。
「白羽っ! お前やりすぎだぜっ!! ハハハ!」
マコトが、灰次の体を抑えて、
「寄せ、今は小西拾いに行く方が優先だ」
と扉の方へ引っ張る。フジヨシもそれにならい、外に出る。3人が外に出た時、既に小西の周りを野次馬たちが囲んでいた。急いで救急車を呼び、小西は病院に運ばれた。腕の骨折と、額を4針縫う程度で済んだが、灰次はその日から、こりゃ本当にやばい所だ、と肝を据えた。