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「ダエマオワレオ」
広い世界の大きな動く街。小さなゴミ箱に生まれ落ちた生命があった。なんと言おうか......まだこの頃にはその生命に名は無かった。三角の耳と四本の足、長い尻尾。この街では生きていけない「猫」だ。その猫は自分の生まれた裏路地に入る人間を頑なに拒否した。それでも無理に入ってくる人は引っ掻いて追い出していた。裏路地を守っているような姿から、「裏路地のヌシ」と呼ばれるようになったのだ。
この街は大きく、常に動いている。要塞のような、「コガ」と言う街だ。家々が連なりできているのでかなりの傾斜である。ヌシはその片道を歩いていた。その時だった。「いたぞ、ヌシだ!」という大きな声が聞こえてきた。この人々は、猫は人々を汚し化け物を呼ぶ使いだと考えていたためだ。偏った思想だと思いながらヌシはその場から逃げ去った。逃げることに不安は無い。ヌシにとって、争うことには意味がないと思っていたからだ。この場合、下手に殴り合うとさらに反感を買ってしまうからである。その判断は正しく、人々はヌシの存在を忘れていった。
ヌシは一つだけ欲しいものがあった。絶対にあるはずが、生まれたときから失ってしまったものであり、一番生物を動かす力を持つものだ。ヌシは心が欲しかった。尊い命が誕生したときから殺気と嫌悪感にさらされ、いつしか過去に置いてきたものだった。心を持つといちいち嫌味や悪口に反応するようになるが、ヌシはそれでも自分がうまくやるだろうという考えを抱いていた。だがそれに無反応とは無理なものであり、必ずどこかで思い出してしまう。それを知らないのか、もう感情を手に入れた姿を思い描いていた。
街で最近話題になっているものがあった。みんなが「幽霊」だとか「妖怪」とか言うものである。人魂の目撃情報が相次いでいるのだ。ヌシはその話を路地裏から聞いて、馬鹿馬鹿しいと感じた。その存在がこれからの生きる道を揺るがすものだとは思いもしなかっただろう。当然、今のヌシには未来が分からないのだから。
ヌシが寝床に付き、もうまもなく眠るというところで、眼の前に光が点いた。青白い光で、昼に話していた......そう、「人魂」を彷彿とさせるものだった。その時、ヌシは人魂から声が聞こえた。
「タレコテッドモ」
何を言っているのか分からなかったが、腐っても野生といったところだろう。すんなりと理解ができた。その人魂は必死に何かを探しているようだった。やっと見つけたのか、そこいらへんのカカシに入っていった。ヌシは不思議に思い、そのカカシに歩み寄った。すると、そのカカシは立ち上がり「レガサニロシウポッハ」と言った。ヌシは不審に思いながらもその通りにした。この行動でヌシは命を救われた。元いた場所に雷が落ちたのだ。この一件でカカシはすっかり信用された。
ヌシはカカシに「お前の名前はなんていうんだ?」と聞いた。カカシは二十秒ほど悩む素振りをして、やっと口を開いた。
「タレスワヲエマナ」
ヌシは適当にカカシにガコという名前を付けた。ガコからは「タッイニキ」という言葉が飛んできた。未だガコが普通に喋らないのを見て、ヌシはとても不思議に思った。