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習作時代  作者: 中川 篤
地獄篇
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39話


 その日から昼食も食堂で取ることが決まった。部屋の環境がよくなり、俺は多少だが機嫌がよくなった。何より救われたのは、もう難しい問題に、これ以上、頭を悩ませる必要がなくなったことだ。


 でもだからと言って、周囲の環境が一変したわけではなかった。俺は相も変わらず施設の中で生活をしているし、その中にいる限り、その中での悩みは尽きなかった。新しくなった隣の部屋からは、始終、念仏を唱えつづける他人の声がした。食堂にはテレビがあったが、娯楽はその程度だった。



 それから四時になると再放送の水戸黄門が始まり、俺はテレビの前で項垂れてそれを見た。悪人が成敗される姿を自分に重ねながら。

 朝方に一度、看護士さんと一緒に庭に出ることが出来た。朝の彼らは、普段、ナースセンターに籠って、ミーティングをしており、それが終わらない内は、一緒になって出ることも出来なかった。

 そこの看護士の倉さんはテラスの鍵を持って来て、それで食堂から庭につながる戸を開いた。庭はそれほど広くなく、出てすぐの足元には、白い百合が咲いている。寒いね、と倉さんが言った。


 ついさっきテレビでやっていた天気予報によると、今朝は、相当に冷え込むらしかった。テレビは最悪だ。ある日何気なく、何かのチャンネルがやってるところを見ると、何かのドッキリにかけられたにしおかすみこが号泣しながら映っていた。


 気分が悪くなった。本当に悪くなった。



 それから俺はそこでしばらくぶらぶらしていた。横には、足元の百合を必死にスケッチしている男性がいた。


 少し話してみて、付けているノートを見せて貰った。それを読ませてもらいながら《この頃は風呂にもロクに入っていない、入らなくちゃ》と、ふと思う。


 庭から出ると、中の本棚から数冊抜き出して手に取った。あまり長くここに居なくても済むだろう、となぜだかそう思った。




     *     *     *




 病院を出、実家に戻った。家は暗く沈んでいた。ぼくが自室に入ると、部屋は霊安室のようにひっそりとしていた。こびり付く死の匂いがした。部屋は暖めようとしてもどうしても寒いままでいつもぼくは震えて眠った。


 ぼくが入試に失敗し、代わりに妹が進学した。これはよかった。全然良くないが。


 行く当てもない。仕事を探そう。働くんだ。とにかくこの家から出よう。しかし、上手くはいかなかった。



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