37話
浦賀の警察署に着くと、ぼくは降ろされた。中まで歩いて行けというが、トラックに轢かれた足がすごく痛むんで、とても歩けるような状態じゃなかった。
ぼくは警官の助けを借りて警察署内に入った。
警察署は混雑していた。
それからその奥にある小っちゃい部屋に連れ込まれる。部屋――取調室――には窓がなかった。何というか、絶望的に狭く感じられた。入り口にもしっかりとガタイの良い警官が一名立っていて、ここからは、逃げ出すことさえ封じられた形だった。
* * *
僕が、どうして家を飛び出してトラックを盗もうなどと考えたのか。それはある人に会いに行くためだった。先生だ。先生は悪の総帥なのだ。僕は路傍に停めてあった車から一台奪って行こうと考えた。いや――それどころか、俺は、走行中のトラックを襲ったのだ。
鉄パイプで。
先ほどから背後がジャングルのようになっていた。動物、高校の同級生、昔やったゲームの効果音……、日常に起きるありとあらゆる音、音、音で、騒がしい。
それから尋問が始まった、――何をしたのか、きみは誰か、何をしているのか――そんな事が尋問を取り行う警官の平坦な調子で、ぼくに対し、ひっきりなしに問われていく。
警官は二人いて、そこに立っているもう一人は、ぼくを尋問する警官と役目が違っているように見えた。
尋問を執り行うあの部屋に入ってから、僕はすっかり気が縮み上がっていた。自然と肩が吊り上り、紛れもない悪人になってしまった気持ちがした。確かに自分は、もう二度と、真面な顔をして人前に出る資格を失った人間なのだ、とそう思った。
――君は神奈川太郎だね?
警官はそう言った。(「てんかんがあるね?」それからそう言われて驚いた。確かに、僕にはてんかんがあったからだ。ただそれを言ったらその薬が処方されてもらえなくなるんじゃないか――馬鹿げたことに、そう僕は考えた。)
すると尋問を行うこの部屋の向こうから、トラックを奪った《先生》の声が聴こえたような気がした。
――てんかんがあるね?
警官が繰りかえす。その次の質問は、僕の家族構成だった。正直に答えると、家族になにか被害が及ぶような気がした――これは組織的な何かの犯罪に巻き込まれているのだと、犯罪を犯した僕は、真面目に思った。
いまから思えば、これも逃げの一手だ。彼らはぼくの、その恥ずべき行いを見逃しはしなかった。
同級生の声が聴こえる。背後の壁の向こうから、声がやって来る。別の警官がここに来るとき来ていたダウンのポケットから、様々なものを取り出して、ケースに載せて来る。
白紙一枚
財布 硬貨
ニャロメの描かれたメモ一枚
それから尋問に当たっていた警官は、今まで訊いたことの確認を取るように、ひとつひとつ、またもう一度、僕に尋ねてきた。
長い長い尋問。警官が入れ代わり立ち代わりしていく。警官が一人きりになったとき、ぼくは拳銃を奪おうとして失敗した。取調室に残っていた警官のぼくを見る目が、狂人を見るそれに変わった。
それから、最後にやってきたのは威圧的だったそれまでの2人とは違い、穏やかな感じの人だ。
――何をやったか分かるね?
ふと、閃くものがあった。奴らに一発。
――テロです。ぼくは言った。
* * *
何て言った? 場に二人いた警官は、一人を残して出て行った。
爆発だ。




