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習作時代  作者: 中川 篤
青春の終わり
36/45

35話


 テレビのニュースでは一昔前、殺人を犯したAに死刑判決を下すニュースが報じられていた。その時、なぜか、ぼくは何らかの理由で自分を取り巻く組織が消えたものと思った。ぼくは机の上のメモに「A 死刑」と書き残し、その上に白紙の紙を一枚載せ、部屋を出ていった。



       A   死刑



 それから少しして戻ってみると「A 死刑」の紙が、その真上になっていた。




       ●




 ぼくは急いで家を飛び出た。もう逃げ場はないと思った。サイレンの音が突如なり、これは自分を追っているのだと思った。

 近所の人の植木鉢から草をむしり取って、匂い消しに体に擦り付けた。たまたま読んだ小説にそんな記述があったのだ。それからその人の家の駐車場で息を潜めた。そこは誰も通りがからなく、ぼくには行き場もなかった。だが、しばらくしてぼくはやっぱり自宅に戻っていた。逃げ場はなかったのだ。親に頼んでどこか遠いところに逃げようといった。が、両親はぼくを相手にしなかった。


 洗脳されてるんだ!



 ぼくは一言、わっ、とわめき散らすと、家を飛び出た。自宅前の道路で車とすれ違うと、その止まった車の窓ガラスをどんどん叩いて、助けてください! 助けてください! と叫んだ。そのシボレーの運転手は最初怪訝な顔をしていたが、すぐにドアを開けてくれ、ぼく――俺――は車に乗ってそこから逃げた。




       ●




 ドクドクドクドク。


 俺は、この男との出会いは運命だと思った。俺がカストロで男がゲバラだ。世界は狂っているんだ。ぼくはいつの間にかサラ・コナーになっていた。ぼくがサラ・コナーであることが至極当然のことであるように感じられた。奴らは俺を捕まえようとしているんだ。逃げなくては


 ドクッ! ドクッ! ドクッ!

 心臓の鼓動が鳴り続ける。苦しい。


 俺は様々なものを連想する。連想。これまで観た創作物はすべて自分のためにあるような気がして、それが恐ろしかった。監視されている、操作されている、作り物の人生を自分が生きているという事に気づいた。くだらないと思って読んでいたあのマンガも、番組もすべて、すべて。

 連中から、俺を見張るすべてから、上手く行けば逃げ落とすことができる。それでもし逃げ切ったら。俺は思った。こんな世界はなくなったほうがいい。いつか、必ず、どれだけ時間がかがっても、こんな世界は作り変える。作り変えてやる。俺は狂ってるかもしれない、そうでないかもしれない。



 ドクッ、ドクッ! ドクッ! ドクッ!


 テレビセットの中で生きていた正直者の映画。今考えるとまるでバカみたいだが、それが事実だ。連中はアホだ。どうして俺みたいなものに関わり合って、もっと大きなものを追わないんだ? 俺なんかを猟犬よろしく追い立てて、殺そうとしてる! まるでゲームだ!


 ドクッ、ドクッ! ドクッ、ドクッ!


 もう耐えられない。降ろしてもらおう。



 それから鎌倉の材木座海岸まで乗せてもらった。鎌倉の下町だ。ぼくはそのくらい海辺をとぼとぼ歩いた。ガソリンスタンドがあった。そこで次のヒッチハイクの相手を待った――先ほどのがヒッチハイクと呼べるのなら――。車が通りかかり、俺はさっきと同じ手で助手席のガラスを打った。横山先輩だった。


「先輩!」

「いや、誰です?!」


 車は行ってしまう。俺は思った。横山先輩はぼくに愛想をつかして演技をしているんだ。もうどうにでもなれ、そう思って海岸沿いの道を歩いていった。フクが通りかかった。俺とすれ違いざまに、はあぁ……、とため息をついて。



 作り話にしてはひどい。しかしそうじゃない。なぜならこれは事実だからだ。たしかにその夜、じっさいにあったことだ。ぼくは星を見た。興奮していて心臓の鼓動が鐘をつくように早かったが、その鼓動もさえドクター・キリコが使うような機械で誰かがぼくを殺しに来ているのだと思っていた。そして星を見た。星は輝いていた。

 胸の鼓動が打ち続ける。ひたすら。心の臓が飛び出すかのように。


――狂ってる! こんなのは狂ってる……! どうして、俺が、こんなところで死ななきゃ……ならないんだよう……!


 思うに、革命とかいうものは、そのとき自分が見ていたような星を世界中の人間が見ることができたら実現するんだろう。

 おそらくだが、俺はその時そう感じた。




       ●




 それから銀行でおろした六万を使ってタクシーを捕まえた。六万。ぼくは東北の祖父のもとへ行けばなんとかなると思っていた。

 六万はこの檻のような街から逃げ出すための逃走経費で、小学生の頃からのお年玉や高校のバイト代で余ったすべてだった。



 タクシーで家に戻ると、両親は眠っていた。起こして、ぼくは逃げようと言った。

〈見られてる〉! 〈監視されてるん〉だ!

 だが両親には取り尽く島もなかった。

〈見られてるん〉だよ!

 ぼくは洗面所に向かうと濡れ雑巾を頭の上に乗せた。奴らがこちらを監視する電波を遮断するためだ。


 両親の説得が無理だとわかると、もう諦めて、電車で行くことにした。終電だった。キーンという耳鳴りがさっきからして、それは奴らからの警告に違いない。

 いいさ、ここで死んでやる。

 駅前の段々に頭をかけて、ぼくは横になった。すぐに頭が痛くなり、そこから移動した。背をかけるのによさそうな壁があった。


 凭れかかってみると、ひどいションベンの香りがした。



 また道を引き返した。三時近かった。新聞の購買所でバイクに積まれている新聞を見た。まるで当てつけのようにとびきり不景気な記事が大見出しで書かれていて、ぼくはそれを無心で眺めた。


 もう他に方法はない。

 家に帰ると、両親をたたき起こした。父が起きた。無理やり言って車に乗せた。

 これでやつらから逃げられるんだ! ザマアミロ! ぼくは興奮していた。勝ったんだ!

 父にどんどん飛ばすようにいい、翌朝目覚めると八景の牛丼屋にいた。




       ●




 有り体に言って、狂っていた。妄想が現実を凌駕していたし、それに対抗する手段がかなり過激だった。

 自分を害そうとしてくる言葉に対し、当時のぼくが選んだのはそれに対抗する言葉とかじゃない、選んだのはもっと直接的な行為、逃走だ。


 それからしばらくまた自宅の一室で数学の問題を解く日々が始まった。何かが脳に作用したように見え、問題を数問解くと、何かがひらめき、一階へ降りて甘いものでも口にするか、ここらで休もうよ、というように耳鳴りという指令が入る。


 ぼくはキレた。



 家を飛び出ると、またタクシーを使った。支払いが不安だったが行けるとこまで行こう。料金が払えなくなったら、その時はヒッチハイクしよう。

 そう思った。その時不意にこのタクシーの運ちゃんは奴らの手先なのではという気がした。一気に逃げ出したくなり、料金を支払って辺りの山に駆け込んだ。


 工事現場だった。この山を登って越えよう!


 やつらが追って来ないか調べるために砂山を駆け上がり、コンテナに登って伏せた。隠れろッ! 伏せるんだッ!

 その時。


 メタルギアソリッド・ソリッド3のアラーム音がなった。


 それで確定した。妄想と現実の境目は完全にぶっ壊れた。

 奴らが見てるのは確かなのだ。




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