34話
そしてそれから間もなく、ぼくが高校を卒業してからのことだ。
父に対し、「お前は誰だ?」と言ったときの事は、今でもよく覚えている。
――「父さん悲しいぞ――」
とその時、本当に悲しそうに父は返した。自分も辛かった。父の顔が他人に見えた。自分の周りを正体不明の何かが取り巻いている、とぼくは感じていた。どうしてそうなったのか。よくわからないと言い続けてきたが、実際はよくわかっている。ただそれを口にすることができなかっただけだ。口に出せなかった。今でも出せないし、ここにも書いていない。
●
高校の三年でぼくはカヌーを辞め、その年の夏は部屋に引きこもる毎日を送っていた。ぼくが部活を抜けるその終わりごろには、皆が部活にあまり来なくなり、野島は誰かが放置していった猫のフンで臭くなった。意気は段々下がり、ぼくは毎日は部活に来なくなっていた。
一人で練習して、一人でカヌーを片付けて、一人で夜遅く帰った。何が楽しいのだろう。猫のフンだらけの野島公園をカヌーを担ぎ、むなしく思った。
大学は?
推薦は狙えるのか?
そして毎日来ることができないなら、辞めてしまったほうが良いだろう。と、いつも通りの極端な考えに打って出た。そして部活を去った。
やめて泣いた。男泣きに泣いた。
受験に臨む日々が始まった。大正大学に入試で入ろう、そしてカヌーをしよう。そう思った。が、これはやはり甘い見通しだった。自分には勉強の才能が絶望的になかったからだ。
塾に入るのも何かが嫌だ。
放課後の勉強会のようなところでぼくは勉強を始めた。週二日。主に数学。cosineって何? tangentって? 習った覚えないよ。Σって初めて見る記号なんだけど、何スカ?
学校帰りの通学路では担任の井口先生が熱心に推薦入試を勧めてくれた。ぼくはそれを自力で大学に入るんだと言って聞かず、最後まで蹴った。
講師の先生はあきれていた。受験には失敗し、晴れてぼくはクラス唯一の浪人生となった。
* * *
それからの毎日はやることもなく、ドロップアウトした青春を送り、部屋のゴミ箱には、シコった後のティッシュペーパーが貯まった。ぼくは臭くなり、そしてそのうちネットにハマり、ふと「ゲーム」のレビューを見た。最初は何も感じなかったが、日に日に精神が参っていくように感じられ、フィクションと現実の境目がなくなる感じがしていった。
そして親と一緒に乗っていた車の車内、ゲームの制作者は世界を滅ぼそうとする悪の親玉でその計画に気づいているのは自分ひとりで、けれどそれはすべて自分の妄想かもしれなくて、だったらあの偶然やあの偶然はどう説明がつくのだろう?やはり世界は死にひんしている俺がそれを救わなくては俺がそれを救わなくてはおれがそれをすくわなくては。
その日の五時頃だった。




